>>独裁政治の欠陥は、独裁者におもねる組織や個人が必ず現れ、政治を偏らせます
>「素晴らしい人物」とはおもねる組織や個人におもねない人物なんですけどね。私
>利私欲ではなく国のために働ける人物。ただ、ここまでくると神の領域ですかね?
素晴らしい人物の定義は難しいですが、金をはじめとする物欲、名誉・権力の欲、他5欲に執着がない人物、高度な知性、人類愛、道徳倫理観を備えた人・・と言うべきかも知れません。
以前ドイツのコール首相がその典型のように思われていたことがあります
しかし兵器商人の篭絡に遭って施策を曲げました。
独裁者に色欲や趣味で近寄り、篭絡するなどは多くの例があるところです
尚、真に素晴らしい人物は欲のレベルが低く、「立候補して議員になり、政治を仕切りたい」などとは思わないでしょう。むしろそうした方は市井の中におられるものです。
巨額の供託金を賭けてでも「我こそは議員に」と争うような人々から選ばなければならない選挙制度にも構造的な欠陥があります。
2007/8/28日経一面、「ネットと文明」未完の羅針盤では以下のような文を載せています。映画の祭典「アカデミー賞の8部門全てを予想適中」させた集団がある、インターネット上の仮想市場の投資家2万数千人だ、受賞しそうな候補作や監督を自分の好き嫌いでなく、客観的に周囲の意見や報道を参考に予想、プロの映画評論家が予想を外したのと対照的な結果に、国際金融情報センター審議役の山口宏氏は「一般人の予測も大量に集めれば専門家より精度が高まる」と指摘する。
「当選後は自由委任」という制度にも問題があるのです、僅かの選挙期間中に立候補者の真実、考え方の全てが分かるはずはありません
弁舌は爽やかでも「誠実で内省的な人物」の立候補は少ないように感じられます。
今太閤と言われた松下幸之助は「あなたの成功の秘訣は?」と問われたとき「ぼくに学問がなかったことと身体が弱かったこと」と答えています。
その理由は、学問がないために社員の意見に素直に耳を傾けることができ、身体が弱かったために思い切って部下に仕事を任せるようになった。おかげで衆知が集まり、社員の持ち味を生かすことができた、と言います。
彼のような人物は決して「俺はできる、俺に任せろ」などとは言われず、多分立候補さえされないでしょう、
国民にも幅広い価値観、内省的で優れた人々は多数おられます。いやむしろそうした人々が国民の多数派ではないでしょうか。
参政員制度はそうした人々を政治決定に参加して頂こうという制度です