あなたの人生が一瞬で変わる田仲真治のブレイン・アップデート・キネシオロジー -123ページ目

あなたの人生が一瞬で変わる田仲真治のブレイン・アップデート・キネシオロジー

次世代グローバルリーダーとなるビジネスマンやフリーエージェント、自分らしさを追求する女性へブレインアップデート・メソッドを提供しています。

《まえのブログからの続きです》

セクシャリティなくしては、 

人生の問題がみえないのではないかと思います。 


セクシャリティの問題を通して人生をみてみると、 
わかることがいっぱいありますね。 




だけど、 
今のわたしがここにいるのは、 
セックスレスだった私だからこそ、なんですね。 

だから、私なんです。 


だから、スピリチュアルなワークではなく、 
肉体と心と魂をつなぐキネシオロジーに惹かれるのだと思います。 


なぜならセックスは肉体をとおしたエネルギー交換だから。 

触れることでキネシオロジーは相手のエネルギー情報をわかる言葉に置き換えていきます。 

肉体の動きで自分の心に気づきます。 



いいセッションって、 
セックスと同じなんだということを痛感しました。 

一緒につくりあげていくもの、、、なんですね。 

クライアントとセラピストとのエネルギー交換の場。 

何をされているのかわからないで進んでいくセッションでは 
エネルギーが交換できない、、んじゃないかと思うんですね。 

何をされるのかわからないセックスって不安じゃあないですか?? 



クライアントが何をされているのかわからない、、、 
そういうセッションにならないように心を配っていました。 

が、今やっているヒーリングキネシオロジーは目に見えない領域を扱うことも多く、そして、すべてを話すわけではないので、 
勝手に体をつかって何をされているのかわからずに進んでいく、、という盲点があります。 

結果いやされればいい、、、そう思い込んできたけど、 

やっぱりそうじゃない。 

見えないものに焦点をあてすぎるのは、 
私の意図するところではない。。。 


私は今ある「肉体」というものが大切だと思っています。 

たぶん、この肉体をとおした癒し、というものにこだわってるんだと思います。 


それは、自分の肉体を通した愛を表現したい!! 

それを強く願い続けて生きてきたから、、、かもしれません。 

なぜ、肉体をもって生まれてきたのか? 

スピリチュアルな問題だけでは解決できないことを学ぶために、 
肉体があるんだと思うのです。 

肉体以外のエネルギーだけで解決するならば、 
肉体など持つ必要がないわけです。 



今ある現実の問題をちゃんとみつめるのに、 
自分の潜在意識の情報を 
「今ある肉体」をとおして知ることができるこのキネシオロジーは本当に役に立ってくれます。 


ブレインジムが大好きなのは、 
この肉体、にフォーカスしているところなんですね。 

肉体をとおした動きが心をかえていく、、、 

そこは、すごく私のやりたいことにマッチングしてます。 





一緒にセッションをつくっていくセッション。 

エネルギーを交換するセッション。 

かゆいところに、 
感じるところに、手が届くセッション。 


そういうセッションをするセラピストでいたいと思いました。 


本当に満足をするセッションってなんだろう、、、 

私はこれからも模索し続けます。 


今、私はまだ肉体の問題を解決しきれていないんですね。 

セクシャリティの問題を抱えたまま、 
いいセッションはできないんじゃないかと私自身は感じています。 


自分がセクシャリティを解放できてはじめて 
クライアントさんのセクシャリティを包括した人生の問題をみていくことができるんじゃないかと。 


いずれ、セクシャリティのセッションをできる自分になれるでしょう。 

今の私には今の私のレベルでしかセッションができない。。。 

それが今の私の精一杯で、そこを認めてあげます。 

でも、ここで満足はしていないんですね。 

私の最優先は、私を解放することですね。 

セラピストは、いつも自分をクリアリングしつづけていくことが 
テーマだなあと思っています。 



で、まだまだセッションでの気づきは続きます。笑 
数年前にセクシャリティについての個人セッションをした時に頂いた感想をシェアいたします。
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セクシャリティの問題について話しています。 

苦手な方はご遠慮下さい。 
だけど、とても大事なことだと思っています。 
苦手だけど勇気をもってよんでみる選択をするのもあなた次第かな。 


マイミクしんちゃんが主催する『人生を本気で変えたい人』のバーベキューの会に参加したあと、 

2日目はしんちゃんのキネシオロジーの顔のセミナーに参加してきました。 


2日目のキネシセミナーは参加者がキャンセルになり、 
私ひとりで丸一日講師を独占できるという、スペシャルな特典までついていたのでした。 

そして、、、 
この日は私の今の問題をすべてすべて~~~包括したキネシオロジーセッションDAYとなったのです。 


そう、過去の自分はすべて勘違いをして生きていた、ってことを痛感し続けました。 


まず、、、 
今まで私のセッションを受けてくださった方に、 
本当に本当に申し訳ないセッションをしてきたなということを痛感しました。 

本当のセッションとはどういうものか、、、を 
しんちゃんのセッションで体感したのです。 



あなたの人生において「セックス」ってどういうものか 
考えたことありますか?? 


私は 
ずっとセックスレスでした。 

だから、セックスというものを否定したし、 
あきらめてました。 


ついでに、女もあきらめたし、 
人として生きることもあきらめたことも何度もありました。 


ひとりという孤独に耐えられなかったんですね。 
そこにパートナーがいるのに、 
ひとりぼっちという、孤独感。 

子供がいたけど、 
子供では埋まらない孤独感。 
肌のさみしさ。 

ぽっかり空いた穴があって、 
なにものでも埋めることができない空虚感をもっていました。 

そんな感情は 
私の肉体の状況とつながっていますよね。 


そう、 
人生の問題が、 
私のセックスを含めたセクシャリティにすべて凝縮していました。 

今回のセッションは、 
がっつり味わいきれていなかったこれらの感覚を味わいつくしました。 


麻痺させて感じなくしていた私の感覚を、 
取り戻すセッションでした。 


これ、、、 
ほんとにセックスでもそうなんですよ。 


感じない。。。 


感じることができない人は 
麻痺させている人かもしれません。 

女性には多いのではないかと感じています。 





自分のセクシャリティを麻痺させている人、 
押し殺している人、 
不満を持っている人、 
必要性を感じていない人、、、 


あなたはどんな感覚を麻痺させてますか? 

なにを押し殺していますか? 

なにに不満を感じていますか? 

必要性がないものはなんですか? 

ぜんぶ、人生のメタファーとセクシャリティがつながってるんですねえ。。。 


今の私はイケナイ女。 

イケル女になりたい。 

イケテル女は魅力ある女性ですよね。 


イカス男もしかり。 

しっかり女性をイカシてあげる男がイカス男です。笑 

《つづく》



●私たちは生まれて間もない赤ちゃんの頃は、自分が世界の中心であり、源であることを知っていました。 
この頃は「男の子」と「女の子」の差はほとんどなく、右脳と左脳がバランスのとれた一人の完全な人間として存在していました。 

そして、人目を気にすることなく、世界に対する興味と好奇心で何でも行動に移し、探究し、自分の世界を広げてきました。 

しかし、大人たちにとっては、そのあまりに大胆な行動は脅威でした。 

「この子に何かあってはいけない」という親心とはいえ、 

躾や学校教育を通して、親や先生から恐怖を使ってコントロールされるようになったのです。 
 例「そんなことしたら、怖い人が来て連れてっちゃうわよ!」 

その頃から、自分がすること、しないことの動機が 
「自分がしたいから、したくないから」ではなく 
「こうしないと怒られるから(誉めてもらえるから)、やっておこう」 
「こうしたら怒られるから(誉めてもらえるなくなっちゃうから、やめておこう」に反転してしまいます。 

そして、人目を気にしたり、人の顔色をうかがって生きるようになってしまったのです。 

このことが幼年期からの恐怖症として、私たちを支配し、 
自分自身が「今ここで選択」し、楽しむ力を失っていきます。 



●第二次成長期(思春期)を迎えると、私たちのの身体は「男性の特徴」と「女性の特徴」がはっきりと分かれてきます。 
ここから二極化が生まれます。 


そして、「幼年期の恐怖症」が、「思春期の性的役割や性行為にまつわる中毒症」に移行します。 

「男(女)だったら、こうあるべき、こうしていさえすれば、仲間外れにされなくて安全だ」 

「彼女(彼)を喜ばすことさえができたら、この関係が維持できて安心だ」 
となり、「同性の仲間達」や「異性」に受け入れてもらう為の演技に没頭することになっていきます。 

そして、マスコミもこれを使って、ファッションや風俗産業などを流行させ、ビジネス化にすることで、「社会全体が性にまつわる中毒症」に陥っています。これは洗脳とも言えます。 

そして、自ら意志で選択し、楽しんだり、喜んだり、モチベーションを上げることができなくなってしまうのです。 

中毒症とは、「何かに耽(ふけ)ること」 
その目的は、その行為に耽ってさえいれば、過去の恐怖症を思い出すことがなく、束の間の今を楽しむことができるからです。 

こうして、バーチャルな空想の世界で「できてるつもり」にはなるものの、「今ここ」で本当にやるべきこと、最優先事項を逃し続ける為 
現実は何も変わらず、その現実に直面することを避けるため、ますます現実逃避の為にSEXやゲーム、セミナーなどに中毒していくわけです。 
こうなると、人と話をしていても、食事をしていても、SEXをしていても、みんな自分ワールドに入ったままで、例え肉体は一緒にいても、心は上の空ですから、一体感を味わうことは難しい。 
誰も「今ここ」にいないのですから、誰とも出会っていないのです。 

これでは、相手の身体を使ってマスターベーションしているのと変わりません。変に興奮したとしても、本当の意味で自分とパートナーとの「心と体と魂のつながりを感じ、そのエネルギーを交換しながら共に高まり、エクスタシーに至る」というところに行きつく事は難しいことでしょう。 


●こうしているうちに、時間は無駄にどんどん過ぎていき、ゲームセット(タイムリミット)が訪れます。 

これが「老いること」「死が訪れること」への脅迫観念となって、 
「もう時間がないんだから~しなくっちゃ!」と起きてもいない幻想を作ってパニックし老化や病気をつくっていきます。 

このことは、釈迦の時代からずっと抱えている「生老病死」の問題そのものではないでしょうか? 

私たちは「今を楽しむ」為に生れてきたのではないでしょうか・ 

もう、過去に生きたり、未来にぶっとんだりするのを終わりにし、 

本当に意味ある今を生きたらどうでしょうか? 

その為には、セクシャリティの問題に真剣に取り組むことは不可欠です。 


個人セッションを通して、肉体の問題、精神の問題、人間関係の問題など、様々なテーマを扱ってきました。 

一事が万事とつながっている為、1回のセッションでも、ほとんどの問題は解決します。 

ところが、セクシャリティに関しては、「ほとんどの人が隠しておきたい別モノ」と考えている為、セッションの効果がそこまで至らないことがあります。 

逆に、セクシャリティの問題から入っていくと、あらゆる問題が同時に解決していきます。 

 例えば、「SEXで感じた事がない」としたら、相手の手前演技しているケースがほとんどです。 
その場合、日常会話でも私生活でも職場でも、常に人目を気にして相手に合わせて演技している為、自分が空っぽに感じ、感覚が麻痺して、自分の肉体とつながっていない感じ…だから、SEXだけでなく、人生そのものでも本当の喜びを感じられていないのではないでしょうか? 

                         《つづく》



昨日は、チャオンサの公開セッションでした。
第2回目は、「第2チャクラ、テーマはセクシャリティの解放」でした。

心と身体の統合をテーマにセッションをしていると、 
どうしても外せないのがセクシャリティの問題です。 

セクシャリティの問題を「隠さなければならない恥ずかしいもの」と捉えたり、興味本位で捉えたりするのは、人類の共通する知覚錯誤といえます。 

そのことは、スリーインワン・キネシオロジーがこの問題が現れた時に提示する情報を読めば理解いただけることと思います。 


以下、スリーインワンのテキストからの引用です。 

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●苦痛に伴う態度 段階6 
 「活発な性生活 あるいは性的役割から身を引く」 


肉体的痛み:慢性疾患をもつ人にとって、セックスは痛みそのものではなくても、不快なものになります。 

それでも多くの場合、関係を危うくしないために、性交渉を続けます。 

もっと正確には、セックスを演じ(普通オーガズムを感じるふりをし)ますが、最後にはその行為があまりにも苦痛になります。 

このことから、マゾヒステッィク あるいはサド・マゾヒスティックな感情が生まれやすく、どうしても苦しんでいない相手は敵に見えてしまいます。 


人生の痛み:「活発な性生活あるいは性的役割から周期的に身を引きます」 

どちらかがセックスや性的役割を武器として使った来たような深い関係では、特にこういったことが起こります。 

「活発な性的役割から身を引く」とは、問題になっている関係にいると、「女性らしい」または「男性らしい」感覚を失うという事です。 

自分は「女性以下」「男性以下」の存在になってしまうのです。 

あるいは、もっと正確には、条件づけによる信じ込みが教える「理想の女性像」「理想の男性像」には、はるかに及ばない存在になってしまうのです。 

性的役割につながるトラウマがあると、もう二度と「女性としての自分」「男性としての自分」が十分だと感じとることはないので、疑うようになります。 

このような疑問はトラウマを解放するまで残り続けます。 

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$田中信二さんのブログ

●セクシャリティ  (選ぶ/選べない) 

性、性的役割に対する期待(男[女]は、夫[妻]は、父親[母親]はこうあるべき) 
そして性の行為そのものが、ここでは問題になっています。 

こういったことに関しては、少しも選べないと感じるので、欲求不満がつのります。 

大抵の場合、この問題や性の行為そのものは、愛情よりも怒りを生み出すのです。 

このセクシャリティ、性的な必要、そして期待された性的役割を演じることに投資している感情的チャージは、どれほどのものでしょうか? 

ひょっとして、問題全体に対して基本的に間違った受け取り方をしているから、これほど苦しむのでは、ないでしょうか? 

こういったものに傾けているだけの時間とエネルギーに本当に見合うものでしょうか? 

もしその問題に対して、その行為に対して、そして今やっている役割に対して、対応の仕方を選ぶことができるとすれば、どうでしょう? 

そうなれば、違った行動をするでしょうか?  どのように? 

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いかがでしょうか? 

性にまつわる問題は、古来から人類が抱え続けている本質的テーマです。 

             《つづく》




新年明けましておめでとうございます!
昨年の干支の辰(龍)は、12支の中で唯一想像上の動物でした。
「辰年から巳年へ」それは、「バーチャルの世界」から「リアルの世界」への変容を意味するのかもしれませんね。
 私も今年は、「リアルの世界」の中で次のステージに進むことを決めました。同じ思いの方との出会いを楽しみにしています。
 共に人生に奇跡を起こしていきましょう!



今年は愛娘の莉愛ちゃんと迎える初のお正月です。
独り身の時と違って、大きな生命の流れの中に自分も生かされていることが実感できています。なんか しあわせ~^^

うちの奥さんは、新潟出身なので、
お正月は「のっぺ汁」です。
これ、超美味しい!