こんにちは!
今日もこのブログにお立ち寄り頂き、ありがとうございます。
アドラー心理学勇気づけリーダー、マインドフルネスコーチのジュバ智子です。
前回の記事で、苦しい感情を見つめた先に「どんな時でも大丈夫な自分」がいます、と書きました。
ちょっと長くなりますが、今日は私がどんな風に「どんな時でも大丈夫な自分」に出逢ったか書こうと思います。とても説明するのが難しいので、うまく伝えることが出来なかったら、ごめんなさい。
……
もうかれこれ3年ほど前のことですが、娘が登校しぶり、テストの時はパニックを起こすか頭が真っ白、ちょっとしたストレスで過呼吸になるという、親としてとても心配で不安まみれだった時期があります。
そんな心配と不安を何とかしようと縋りついたのが、アドラー心理学とマインドフルネス(Mindfulness Based Stress Reduction=通称MBSR、マインドフルネス・ストレス低減法)でした。
MBSRの初心者コースに通い、週に一度、2時間半の講義と瞑想のお稽古をして、自宅でも毎日45分の瞑想(宿題)を続けていた頃。瞑想しても瞑想しても、出てくるのは胸が締め付けられるような不安ばかりでした。
アドラー心理学で学んだ声がけをできる限りして、瞑想で私の心の安定を心掛けてはいても、娘はテストのたびにブラックアウトで赤点を取り続け、月曜日には吐き気・頭痛を訴える、過呼吸が治らない。
本当にこのままで大丈夫なのだろうか、自分と娘はいったいどこへ向かっているんだろう、不安ばかりが沸き上がっていました。
……
そんなある日、会社から家に向かう頃、娘からもらったLINEには、こんなことが書いてありました。
「ママ、Mちゃん、またテストでやらかしちゃった。ほんとにごめんね。いつもダメで。でね、学校でたくさん泣いちゃって、もう涙出ない(笑)。だからお家に帰ってきたら、ママはMちゃんに何も聞かないでね。たくさん泣いたから、Mちゃんは、もう大丈夫だから。心配しないで、ママは笑っててね」
帰宅した娘は元気そうな声で「ただいま~」と言って、私にちょっと笑いかけると、そのまま自分の部屋に行ってしまいました。
いつもなら、しばらくすると「今日のおやつ何?」とか言いながら部屋から出てくるのに、出てこない。そっと様子を見に行くと、娘は教科書を机の上に開き、それを虚ろな目で見つめていました。
ああ、
この子は、涙が枯れるほど、学校で泣いたんだ。
一生懸命勉強しても、テストの時には結果が残せない、何度やっても失敗する。
お友達も心の中ではこの子をバカにしているし、「できない子」とレッテルを貼ってる先生がいっぱいいる。
どれだけ辛い思いをして学校に行っているんだろう。力尽きて、これ以上どこから力を得たらいいかもわからない。
それなのに、わたし心配させないために、家では泣かないように頑張ってる。
本当に苦しいのは、わたしなんかじゃない、この子なんだ。
そう思うと、娘にかける言葉など、出てきませんでした。
娘が感じている痛みと、それをどうにもしてあげられない私の悲しみが一緒になって、胸がつぶれそうでした。
何も言わず、机に向かっている娘の肩にそっと触れると、娘は私の方に向き直って、私の胸のあたりに顔をうずめると、絞り出すような声で泣き始めました。
私は娘の髪をなでながら、彼女の嗚咽を聴きながら、彼女の痛みと自分の悲しみを丸ごと受け止めていました。心が引きちぎられるような、身が切られるような、先が見えない、砂嵐の中にいるような感覚でした。
私の中の悲しみは、荒々しく吹き荒れています。いつ止むかもわからない。でも、悲しみに巻き込まれないように、瞑想でお稽古したように、ひたすらその激しさに寄り添っていると、
ふっ と
風が緩んだような瞬間が来ました。
自分の中で荒れ狂っていた悲しみが、ちょっと弱まった瞬間です。
「あ、息ができる」
そう思った瞬間、
娘の身体のぬくもり
優しい陽だまりのにおいがする髪
部屋に差し込んでいる日差しの柔らかさ
を感じたのです。
すると、不思議なことに、あれほど暴れていた悲しみがすっと引いていくと同時に、
ああ、温かい。
この子は生きている。
私も生きている。
だから、大丈夫なんだ。
私もこの子も、絶対大丈夫なんだ。
と心の底から思えたのです。
どのくらい時間が経ったのか覚えていません。
娘が顔を上げると、娘は笑顔になっていました。
ここまで娘とは一切言葉を交わしていないのに、
私が
「大丈夫だからね」というと、
娘は
「うん!」と言って笑いました。
……
不思議な体験でした。
この時から自分を心底信頼できるようになった気がしています。
この後も瞑想合宿で「どんな時も大丈夫な自分」を感じることができ、
「大丈夫な自分」は本当にいるんだ、あの時の感覚は本物なんだ、とわかった時は、
涙が止まりませんでした。
辛い感情があったからこそ、「どんな時も大丈夫な自分」に出逢うことができました。
娘がもたらしてくれた数々の悩み・苦しみには、今は感謝しかありません。
私も人間ですから、辛い感情はできれば感じたくないなあと思います。でも、私も、このブログをお読みになっている皆さんも、
感情はとどまることを知らない海の表面の波
自分は海そのもの
感情は刻一刻と変わっていくお天気
自分は空そのもの
なのです。
だから、「どんな時でも大丈夫」なのです。
辛くて涙がこぼれる時、「どんな時でも大丈夫なあなた」は、あなたの中にいるのです。
あなたの毎日が豊かで軽やかでありますように