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Mind Shift

「すべては心(Mind)の持ち方によって変わる(Shift)」

をモットーに、

働くこと、生きること、楽しむこと について

日々の気付きを書いています。


本日は、お休みを頂き、各種連絡をしながら、

ごちゃっとしている頭の中を少し整理していました。



昨日の「言葉のセンス。」の中で、

自分の言葉が自分の思考やものの捉え方と密接に関わっていると

書きましたが、まさにその通りで、頭の中がごちゃっとしているときは、

それを外に出そうとしても、ごちゃっとしたまま、ばらばらと出てきます。


とにかく書き出したことをグルーピングしたり、

頭の中をもう少しうろうろしながら、少し、まとめました。



この「頭の中を書き出す」というのを進化させると

「プライベートライティング」という形になるようです⬇⬇


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書きながら考えるとうまくいく!―プライベート・ライティングの奇跡/PHP研究所
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<詳細説明>
自分の潜在能力を自由自在に引き出すプライベート・ライティングで、
あなたの能力は開花する。そのための6つの秘訣を明らかにする。


誰でも独創的なアイディアが湧き出てくる瞬間があるはずである。
しかし、その「天才の瞬間」はたいてい忘れたころにやってくる。
もし、この「天才の瞬間」を自在に操ることができたらビジネスも必ず成功するようになるのだが……。

本書では、この「天才の瞬間」というあなたの隠れた能力を自在に操る驚異の方法、
「プライベート・ライティング」を披露していく。


目次より
◎プライベート・ライティングの6つの秘訣
(1)肩の力を抜いて
(2)速く書き続ける
(3)限られた時間で
(4)考える言葉で書く
(5)思考に導かれるままに
(6)フォーカス・チェンジャーで新たな方向を探る


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本日は、「天才の瞬間」とは全くかけはなれたものでしたが、

書くことで、どうもそこに集中しきれない何かがあることに気づくことができました。

そして、自分の中で折り合いを付けるための手紙を

一通したためることができました。

金曜日には落ち着かせることができそうです。



やはり、書くことは力なり、です。
本日も終日仕事。

本日はなぜか沢山「言葉」に関する情報が集まってきました。




■会社の先輩より

「とにかくアウトプットすることが大切。

 なぜなら、言葉にすることで曖昧さがなくなるから。

 文章は曖昧さをゆるさない」



■新聞 吉井由吉氏(作家)インタビューより

「現代は、歴史から切り離された新造語が、特に経済で多いのではないか。

 例えばイノベーション。新しくするという意味だが、リフォームとか

 ありふれた言葉を使わず、流れから断ち切られた言葉がなぜか突然出てきた。

 (略)言葉はおのずから人の考えを検証する。

 思ったことを口にしてみたら、とんでもないことだったとか。

 その抑制力がずいぶん失せてきた。」



※政治家のテレビ討論などでは、自分で表現を考え抜いた言葉ではなく、
 反射神経でやりとりがされているように見られることに関して

「本来は、いまのような複雑な世では、

 一つの考えや状態を人に伝えるのに、

 どうしてもワンセンテンスの呼吸が長くなるはず
なんです。

 切れ切れの話でやたららちがあかない。
 
 もちろん、複雑な事態を複雑なまま、できるだけ正確に伝えるのは難しいが。

 まずは、一つの呼吸を長くする、というようなことでしょうか」




■過去に書き留めていたノートより

「私は私の言葉です。

 世界の全ては言葉の中に立ち現れる。

 私は私の言葉からどんな未来も創りだすことができる。

 私は私の宣言した未来から生きている。」







いずれも、

「その人の言葉が、その人の思考や捉える世界と密接な関係がある」

というメッセージに感じられます。



何かを学ぶ際は、人から学ぶ、言葉から学ぶ、体験から学ぶと

いろいろなルートがありますが、

それを自分のものとするには、何らかの「形」にすることが欠かせません。

その「形」は、言葉以外にも、絵やものづくり、身体表現など

いろいろなルートがあります。

ですが、多くの人にとって、もっとも身近で取り組みやすいのが、

「言葉にすること」ではないかと思います。

それなのに、例えば電車の中やカフェで耳にする会話の中には、

「どうせ」「だって」「私なんか」・・・と

ネガティブ、他責的な言葉が耳につくことがあります。

それはとても残念なこと。

なぜなら、そういう言葉を使ってしまうと、

そういう思考が自分の中にしみついてしまうと思うからです。



言葉に対するセンスや、言葉の力を磨くような環境作りをしたい。



そのためにも、まずは自分の言葉に対する感度からもっと上げて行きたいと思います。




7日は終日仕事。本年初出勤日よりみっちり仕事しました。



最近、朝日新聞のビリオメディアの記事を読むのが日課です。


<朝日新聞 ビリオメディア
http://www.asahi.com/special/billiomedia/

「10億(ビリオン)を超える人たちが
 ソーシャルメディアで発信する世界、名付けて「ビリオメディア」。

 私たち自身もソーシャルメディアを駆使し、取材に挑んだ。」


とあるように、twitterでつぶやきながらの取材模様がそのまま
記事になっているものです。


沖縄の基地問題や、日韓の間の歴史問題、いじめの後遺症についてなど
何か事実を伝えて終わり、ではなく、正解のない問題について、
記者、取材班自身のつぶやき、それに反応してくる人のやり取りそのものが
記事になっています。

そのため、すべての記事から「途中経過」という印象を受けます。

この「途中経過感」が何とも言えず面白いのです。


新聞、というメディアがあまたあるメディアの一つにしかすぎなくなり
もはや圧倒的な存在感はない新聞が、twitterとくみ合わさって
新しい形の取材や記事を作り出している、という「実験感」も何だか面白いです。

実際、「この取材、この記事は実験です」と言い切っています。

あまり詳しくは知らない中ですが、twitterと紙面の連動企画は
過去にも企画されており、「コケた」と揶揄されてしまったものも
少なくはなさそうです。


メディアの組み合わせ方、
新しい取材のあり方も、
テーマの深掘り方も、すべてが試行錯誤の実験。


次はどんなメディアの組み合わせが出てくるのか。

また、組み合わされたメディアの中で、テーマの探求はどのように展開していくのか。


後日談をチェックが楽しみです!


※大変恐縮ですが、本日は不幸事の話題のため、
 以下ご覧頂く際はその旨ご了承頂ければ幸いです





6日は、入院中の祖母のお見舞いに出かけたところ、

朝方に息を引き取ったという連絡が入り、

親戚と共に、病院から自宅へ帰り、最初のお別れ会をしました。



2歳の子どもから、30代、50代、60代、70代、80代の親戚が集まり、

寂しいですが、にぎやかな会となりました。


15年ぶりに会う親戚、初めて会う親戚と短い時間でしたが話す中、

それぞれの人生には、それぞれの個性が色濃く出ていること、

自分の中に流れている血のようなものを感じました。


それぞれ、本当に色々な立場、事情がある中、

同じ場所に集まり、同じ人を想うコミュニケーションは

互いへの配慮と共に、個々人らしさが自然体で醸し出される場でした。


このblogでは日々の振返りのためにこうして様子を書かせて頂いていますが、

明日から一歩外に出れば、各人、不幸事なのでおそらく

必要な方以外にはお伝えしないことになります。


そう考えると、自分が普段接している方も、

もしかしたら、自分にお話にならないだけで、

その背景には、苦しいことや悲しいことを抱えていらっしゃるのかもしれません。

新年のお祝いをしているそばから、お祝いではなくなってしまうことも普通にあるのです。



今までに、自分が気づかないだけで

相手の方の気持ちや神経を逆なでしてしまったこと、

気分を害してしまったこと、傷口を広げてしまったことが

あったかもしれません。



悪気はなかったとはいえ、相手の状況に対する想像力を持った上で

コミュニケーションを取っていれば、

安易に自分のことをひけらかすこともなく、

そのようなことをしでかす確率は減らせるはずです。



相手への配慮、本当の思いやりとはそういうことなのだと、

心に留めて明日からも素敵な1日を過ごしていきたいと思います。

5日は、イギリス留学から帰国中の先輩とご飯。

留学生活のびっくり話から、

何をどのように考えてこれまでのキャリアを築いてこられたか、というお話、

今後に向けてのアドバイスなど色々とお話させていただきました。


その先輩がふとした瞬間に繰り返し仰っていたのが

「人生は短く、一回しかない」ということ。



その帰り道、電車の中で、入院中の祖母の容態がかなり悪化し、

痛みが激しくなってきたという連絡が入りました。

点滴経由で入れていた痛み止めが切れ始め、

だんだん強い痛み止めでないと効かなくなってきてしまったとか。

しかし、痛み止めを打つと、血圧が下がってしまい、難しい状況。




そばで看病をしている叔父の判断で、

明日家族、親戚と面会をしたら、強い痛み止め、モルヒネを打ってもらうよう

先生にお願いしたということでした。



寂しく、悲しいですが、天寿を全うする祖母を

感謝の気持ちと笑顔でしっかりと送りたいと思います。




100年を超える歳月は長いのか短いのか、まだ自分には分かりません。


しかし、人間いつかは死ぬのだという当たり前のことを改めて知りました。


何かが起きてからでは遅く、日常の1日1日の積み重ねが人生になること。


放っておくとすぐに忘れてしまうこの大切なことを、


忘れない仕組み、体質に自分をつくりかえられるかどうかが勝負なのだと感じます。


忘れようがない環境づくり、仕組み作りをしていきたいと思います。