日本中枢の崩壊

 の本の著者である古賀茂明さんと、この本の存在はずっと氣になっていたのだが、「そのうち読もう」ぐらいに思ってた。  

そうしたら、備後地方書店の雄である?啓文社の手塚社長がフェイスブックで「ビジネス書ですごく売れているけど、うちの支店には在庫があるのだろうか」と書いておられたので、すぐに手配をいただいて入手したという一冊なのだ。  

やはや、ぐんぐんと引き込まれていくのが分かる、わかる。著者の古賀氏は官僚の身でありながら身内が一番に嫌がる「国家公務員改革」に捨て身で切り込んだ結果、干されて仕事をさせてもらえなくなったのだ。そのいきさつも全部書いてしまっている。  

どうやらマスコミがちょっとしか出していない「官僚の村組織の掟」は、かくも腐敗しきった中枢となったのである。彼らにとって国家公務員改革制度というものは「絶対にやらせてはいけない」最悪のタブーであるのだ。  

また、くるくると変わる大臣などはまったく官僚からは相手にされていない。その部門に強いから大臣になっているわけでもなく、ただ当選回数に応じて大臣ポストが割り当てられる現在の政治の酷さを完全に笑っているのが官僚だ。何も分からないから官僚の言うとおりにしなければ国会での答弁もままならないから、ヘソを曲げさせれない。ましてや、官僚の氣にくわない方針でも出そうものなら、省庁からサボタージュにあい大臣としての職責が果たせなくなるだけでなく、デマまで飛ばされる。  

「改革」を旗印にしただけの民主党にあって数少ないこう改革派・長妻氏などは完全にそうであったのはマスコミによって有名だが、そのもっとディープな官僚の本音までこの本では紹介をされている。  

して、すべての省庁と政治家が遠慮する、最大の実力者が「財務省」であることも、この本ではあらためて詳細に書かれている。財務省の尻尾を踏んだ政治家はことごとく失脚させられているのである。 

あるとき、社会保険庁と国税庁の歳入を一緒にした「歳入庁」の設立が検討されたことがある。しかし、財務省は絶対に国税庁を手放したりはしない。  

とえば、マスコミに国税庁が数年に一度調査に入るらしい。  

そのときに、誰に、どんなお金を、どれぐらい使ったか、という記録をすべて保管しておく。そのときは、知らぬフリをして帰るらしいのだが、「怪しい使い道」の経費は国税庁~財務省にとっての「人質」となる。  

マスコミは金の流れという尻尾を握られているために、財務省相手に下手なことは報道しない。たとえば、消費税アップに対して公然と反対を張ることは絶対にしないのである(せめて国民の声とするぐらいがせいぜい)。  他の大企業に対しても、「脱税だ」ぐらいの難グセはいくらでもつけることが出来るではないか。処理をきちんとしていないだけで脱税で挙げることぐらいは朝メシ前である。だから、氣に入らないと「知ってますよ」というほのめかしをしておくだけで、たいがいの人間は大人しくなるのだそうだ。  

そうやって事実上、政治家と経済を牛耳る財務省の恐ろしさも本書では詳しく述べられている。  

80ページに渡る日本の恥部と言おうか、日本の崩壊した内容を我われは幸か不幸か知ることになるのだ。著者の古賀氏もこれを書いた時点では「日本中枢が崩壊するぞ」という警告のつもりで書いたらしいが、震災以降の国家のカタチや財務省のどさくさにまぎれた「増税キャンペーン」などを見ると、「すでに崩壊してしまっている」と位置づけている。  

そして、ついに古賀氏はこの7月をもって退職するように所属の経済産業省から勧告を受けた。もちろん、そんな流れは百も承知だろう。なぜそれほどまでに彼は闘おうとしているのか。なぜ彼は不利な人生を賭してでも荒波に逆らいながら生きていこうとしているのか。  

その彼の魂の本音が、巻末に披露されている。  

そうか、そうだったのか。とこうべを垂れるしかないのだ。  (そんな悲壮な想いをここで簡単に述べるのは勘弁していただいて、読んでいただきたい)  

この本は単なる暴露本ではなく、古賀氏なりの「日本再生の提言」がしっかりと盛り込まれている。復旧でもなく、復興でもなく、いまこそ「日本創造」の時であると。  

「間違いなく崩壊していく」のか、「崩壊した」のか、  

この日本という「最大不幸な国のシステム」を呪いながら、必ずや読んでいただきたい一冊でありました。

日本中枢の崩壊











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ミムラの会社づくり

 くたちの会社の成長のテーマは、「仲間の成長を通じて自己を高めよう」ということだ。(いちいち言葉に出すことはすくないが)  

その時の大事な、大事なキーワードは、

 

「かかわり合い」。  

 

そして、ミムラではその言葉は 「かかわり愛」と置き換えられるのだ。

近、ぼくが猛烈に熱くなったことがあった。怒っているとかなんとかではなくて、こんなんじゃ会社のカタチはつくれんな、とトップとして大いなる危機感を抱いたのだ。  

それはある大事な人に関して、ぼくが4~5日後を「急きょ」社員集合日とするようにある幹部に依頼したことから始まる。それも始業前の15分だけ。  

社員たちには前々から決めていた休日や出勤のシフト(早出・遅番)があるから、当の本人達にしてみたら「また、社長が急に訳のワカランことで集合をかけた」というのが本音だろう。それは間違いない。本当に申し訳ないことをした。  

すると、ぼくのところへ来た報告は「無理をして店長だけでも集まります」ということだった。「無理をして」心から来てくれるのではなく、「無理をして要請をしました」というのがどうやら見え隠れする本音のわけだ。まず、そこで指示の出し方にカチンと来た。  

は、その日は43年勤めてくださった方の最後の出勤日。  にぎやかな送別会を辞退されたその方には、本部の人間だけで朝礼時に記念品を渡して労をねぎらうことにしていたのだ。  でも、「ちょっと待て。それでええんかい、シンジ。」とぼくの守り神がささやくのだ。  

「支店のメンバーも集めて送り出さんでいいんかい」  ささやくんなら、もっと早くにささやいてくれればいいのに(笑)、ぼくの守り神は急に耳元でささやかれるもんだから、焦りと後悔をしたくない気持ちがごっちゃになって、最後の最後、「急だけど全員集合!」となったのだ。そりゃ、社員はたまらんわね。  

すると、集合できない理由は100も出てくる。  

曰く、「その日は遅番だから出られません」  

曰く、「お店に留守番がいません」  

曰く、「その日はあの人が休みだから・・」  

曰く、「その日は私は休みをいただいているから・・」  

そりゃ、そうだろ。  

結局、「何のために」の話をしないといけなくなる。    

ぼくたちは「かかわり愛」をテーマとして「日本一の幸せな仲間たち」にしていきたいのじゃないんかい。確かに、急に言い出す社長が一番悪いわ。でもな、自分らは何でもかんでも自分の条件に合うことができんかったら、それは全部「NO!」なんかい。  

何年にいっぺんあるかないかの大事な日も、全員の「すべてOKな環境」ができんかったら、それは許されるんかい。会社は社長だけでつくるもんじゃないだろ。みんなが「どんな会社、どんな仲間づくりをしたい」かが大事なんじゃないんかい。  

上等じゃんかい。  

ずっと君たちは「条件がととのった事柄だけで 人生を生きていきなさい」  

もっと、どんな会社を自分たちはつくりあげていきたいんか、よう考えてみ!  と桜島のごとく噴き出してしまったのだ(幹部にだけど)。  

条件が合えば云うことを聞きます、なんて神さまに言えるか?  

条件が合えばやりますけど、そうでなくても幸せになりたいです、なんて神さまに言えるか?  

条件が合えば動きますけど、そうでなくても会社は大事です、なんて仲間に言えるか?  

んな周りを見てみると、自分自身の生き方もよく分かった。  

いままで書いたことは、実はぜんぶ僕自身に言いたいことだと分かった。  

常に満足な条件と環境が整った時に神さまからお呼び出しがかかるのではないのだ。  

でもそれがどれだけ大事なことだったのか、あるいは、それがきっかけでどんな気づきや出逢いが生まれてくるのか分からないということを反省しなければならない。  

もちろん、何もかにも動け!と言ってるのではなく、  

大事なことは意外とそんなときに神さまは声掛けされるということだろう。本気でお題目を唱えているのか、神さまは試されたのだ。  ミムラはまだまだ口先だけの「かかわり愛」だ。  

本気で、かかわり愛を通して「日本一の幸せな仲間たち」をつくろうともしていない。  

会社作りの原点を再確認できて、本当にありがたいことだと思う。  

おかげでたくさんの遅番の人が朝から出社してくれたり、たくさんの人が休みの日に出社したり、レジ開けだけしに出てきてくれたり、ご面倒をたくさんお掛けした。  

素晴らしい仲間に大いなるお詫びとお礼を、この場を借りて申し上げたい。

ミムラの会社づくり










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心がこもってまへんで

 (たまにしか逢えないスリランカのビジネスバートナーと写る)

先月だったか、日本経済新聞の「私の履歴書」にアサヒビールの元会長・瀬戸雄三氏の文章が一ヶ月間掲載されていた。  

昔むかし、アサヒビールの第一次全盛期の頃の話だ。  

瀬戸氏は営業でろくな引継ぎなどなくても片っ端から特約店をまわっていた。もう、アサヒビールの営業マンが来るだけで先客があろうと座布団を出されて小売店は最敬礼。もうどっちがお客気分か分からなくなるほどだったと述懐されていた。  

ある時、瀬戸氏は創業150年の歴史をもつお店に訪問した。  

3度目の訪問の時だった、そこのご主人にひと言。

 「あんさんのお辞儀は心がこもってまへんで」  

その場で、白鶴酒造のある人を紹介されてなぜかわからないままに移動したそうだ。そこであった人物は、にっこり笑って「瀬戸はん、おいでやす」と両手を膝頭に当て、ゆっくりと頭をさげて迎えてくれたそうだ。その時は本当に全身に電気が走ったそうだ。  

自分のお辞儀は形だけだったのだ、そうだ。  

私がこんなことを書くのはかなり氣がひけるが、いまの日本の商売というのはとてつもなくレベルが低下している。これは対消費者に限らない話だ。  

確かに言葉遣いやら、マナーはきちんと教育がそれなりになされている。でも、お辞儀ひとつで相手に何かを伝えられる人間が何人入るのだろうか。挨拶ひとつで相手のスイッチをいれることのできる人が何人いるのだろうか。  

カタチさえ押さえていれば何とかなる、という風潮が蔓延している。  

それには、一にも二にも「人間力」しかないのだろう。  

瀬戸氏はこんな示唆に富んだ言葉を書いておられる。  

「ビジネスの挨拶は、特に余韻が大事なのだ」と。

スリランカでレストランの女性を一枚。

心がこもってまへんで










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心貧しき者、その名は。

  の自分に何か一つ神様が能力を与えてくださるとしたら、 

ぼくはこう云うだろう。  

「どうか、人の悪口を言わない能力をお与えください」  

別に特別ぼくがコソコソと他人の悪口を言っているという訳ではない(と思う)が、人がこぼす他人への不満や悪口を聞いていると、その人がとてつもなく品位が低いと感じられて嫌だ。  

でも、ある程度のことぐらいはぼくでも云ってるんだろうな、と省みたときに、恥ずかしくて仕方がないのである。  

一番やっかいなのは、云ってる本人がそれを悪口だと思っていないことなのだ。  

その人のことを分析したり、「事実を言ってる」だけというしっかりした言い訳が心の中にあるものだから、堂々と他人と悪口が言えたりするのである。こう云っては怒られるかもしれないが、女性の中の分別のない人には特に多い気がする。  

女性だけの職場は難しい、と言われるのは寄ってたかってはすぐに悪口を言う人がいたり、控えめながら不満を組織に蔓延する人がいるからだと思う。かといって、本人の前で言うだけの度胸はないし、それがエチケットだと勘違いしているフシもある。  

ちろん、男性にもたくさんいる。  

特に、自分のプライドをつぶされた時の男性の反撃たるや分かりやすい。 

男はえてして、心のどこかにプライドを優先する生き方をしているからだ。  

ひどい人は、直接自分とは何も関係ないことまで「そうそう、そういえば・・」などと他人の前でその人の「伝聞にすぎない」物語をご丁寧に話して聞かせるのだ。  

人の悪口はその人の品位をひどく落す。  

ぼくから見ればその人のやってきたことは台無しだ。  

これは世間的に見てどれだけ立派な人かどうか、ほとんど関係ない。  

それぐらいにあちらこちらに「心貧しき人」がいるではないか。そんな人の仲間から早く離れてしまいたいと心から思うからこそぼくは「悪口を決して云わない能力」を神様に与えてほしいと思うのだ。  

また、これぐらいのことはみんな云っている、などと言う勝手な基準までつくる。  

まったく大人感覚のないことだ。  

う一度云う。  

言ってる本人は、けっしてその自分の口から出た言葉が悪口などとは思っていない。 ただ、そのへんのセンサーが無いことと、自分の中のモラルが確立していないのだ。  

人の陰口や悪口を言う、  

というのは、人間が持って生まれた性(さが)に近いかもしれない。誰でもがやってしまう、誰でもが言われて傷つけられる、ついてまわる性なのだ。  

どうして神様は、そんな辛いファクターを人間に植え付けられたのだろうか。 それは逆に言うと、「気づきなさい」という学習能力を身に付けるためのものかもしれない。  

人間の品位として、陰口や悪口や言うものではないのである。  

少なくとも言わないと決心ぐらいはしておかねば、安心して死んでいけそうにないくらいに人間のレベルとしては哀しい自分がある。  

一番の不幸は、言ってる本人はぜんぜんそのつもりがないのだが、今日もまた言っちゃったのである。  

あなたが他人に迷惑をかける不始末をしでかしたとしても、神様はそれを陰でコソコソ悪口を言う人間の方を必ず罰せるのは間違いないと思う。それぐらいに本来は罪深く、醜いことのように思う。  

ぼくも人の評価を陰でコソコソ言わない人間になりたい。    

スリランカ。ポルトガル植民地時代の教会がいまだたたずむ。人間は祈りと愚かを繰り返して生きていく。

心貧しき者、その名は。










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RURIKO

 戦後の日本女優ではまれに見る「女優美」を体現していた代表的な存在が、浅丘ルリ子である。  

本の巻末に取材を基に構成したフィクションであると断りを小さく入れてあるが、ほぼフィクションであることが読めばすぐに分かる。  

そして、なんと浅丘ルリ子という稀代の美人女優と大物俳優たちが「日活」という戦後空前の映画ブームの中で激しく消耗され、また、彼らの中での恋愛と言う大きな波がその人たちの一生を左右して行ったことか。  

浅丘ルリ子と石原裕次郎。  

浅丘ルリ子と小林旭。  

そして、小林旭と美空ひばり。  

彼らはスクリーンでの純愛を、また私生活でも繰り広げていたのだ。  

小林旭と結婚直前まで考え抜いた浅丘ルリ子だが、旭の性格に最後の最後はついていけなかった。いや、本当にルリ子は旭のことを愛していたのだろうかと自問自答する。  

そこでいつも脳裏をよぎるのは、幾度となく共演した石原裕次郎のことだ。つねに裕次郎と旭を比較する自分がいる。旭はそれを見抜いていたのだ。  

美空ひばりも小林旭との結婚直前で、それをためらう時があった。  

その時に相談を持ちかけたのが、旭の「元カノ」である浅丘ルリ子だったのだ。大丈夫よ、と慰めながら旭との過去を頭の中でぐるぐると反芻してみる。  

旭とひばりの最後には、山口組三代目田岡組長のお出ましだ。  

「ひばりはファンのものだ。だからファンに返してやってくれ」  

別居生活を続けていたけれど、有無を言わさぬ幕引きであった。  

ひばりは、それ以来自宅で酒をたしなむようになってはルリ子に夜電話をする。 

ひばりにとって、ルリ子は寂しさと愚痴を聞いてもらう最高の話し相手であった。 

ひばりの酒量はどんどんと増えていき、肝臓を病んでやがて死んでいく。まさに、石原裕次郎と同じである。  浅丘ルリ子の恋愛遍歴も赤裸々に書いてある。  

驚くような恋の物語。驚くような大女優の心模様に引きずりこまれてしまった。  

あっと言う間に読んでしまう、興味のある方には特におすすめの一冊だ。  

(ぼくは小さい時にとてもとても厳しくて近寄るのがおっかないおじいさんが、映画に連れて行ってやろうと、後にも先にも唯一いっしょに行った映画が「栄光の5000キロ」という映画だった。あまりの迫力におじいさんの横に座っているという緊張感も忘れてのめりこんだ記憶がある。ぼくにとっての奇跡的なおじいさんの甘い思い出なのだ)  

石原プロ制作の映画。 共演は心から好きだと気づいてしまった石原裕次郎。

その時の監督が、実生活のルリ子の恋人と言う複雑な環境の中で過酷なロケを行った。

1969年公開。

RURIKO










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