今の自分に何か一つ神様が能力を与えてくださるとしたら、
ぼくはこう云うだろう。
「どうか、人の悪口を言わない能力をお与えください」
別に特別ぼくがコソコソと他人の悪口を言っているという訳ではない(と思う)が、人がこぼす他人への不満や悪口を聞いていると、その人がとてつもなく品位が低いと感じられて嫌だ。
でも、ある程度のことぐらいはぼくでも云ってるんだろうな、と省みたときに、恥ずかしくて仕方がないのである。
一番やっかいなのは、云ってる本人がそれを悪口だと思っていないことなのだ。
その人のことを分析したり、「事実を言ってる」だけというしっかりした言い訳が心の中にあるものだから、堂々と他人と悪口が言えたりするのである。こう云っては怒られるかもしれないが、女性の中の分別のない人には特に多い気がする。
女性だけの職場は難しい、と言われるのは寄ってたかってはすぐに悪口を言う人がいたり、控えめながら不満を組織に蔓延する人がいるからだと思う。かといって、本人の前で言うだけの度胸はないし、それがエチケットだと勘違いしているフシもある。
もちろん、男性にもたくさんいる。
特に、自分のプライドをつぶされた時の男性の反撃たるや分かりやすい。
男はえてして、心のどこかにプライドを優先する生き方をしているからだ。
ひどい人は、直接自分とは何も関係ないことまで「そうそう、そういえば・・」などと他人の前でその人の「伝聞にすぎない」物語をご丁寧に話して聞かせるのだ。
人の悪口はその人の品位をひどく落す。
ぼくから見ればその人のやってきたことは台無しだ。
これは世間的に見てどれだけ立派な人かどうか、ほとんど関係ない。
それぐらいにあちらこちらに「心貧しき人」がいるではないか。そんな人の仲間から早く離れてしまいたいと心から思うからこそぼくは「悪口を決して云わない能力」を神様に与えてほしいと思うのだ。
また、これぐらいのことはみんな云っている、などと言う勝手な基準までつくる。
まったく大人感覚のないことだ。
もう一度云う。
言ってる本人は、けっしてその自分の口から出た言葉が悪口などとは思っていない。 ただ、そのへんのセンサーが無いことと、自分の中のモラルが確立していないのだ。
人の陰口や悪口を言う、
というのは、人間が持って生まれた性(さが)に近いかもしれない。誰でもがやってしまう、誰でもが言われて傷つけられる、ついてまわる性なのだ。
どうして神様は、そんな辛いファクターを人間に植え付けられたのだろうか。 それは逆に言うと、「気づきなさい」という学習能力を身に付けるためのものかもしれない。
人間の品位として、陰口や悪口や言うものではないのである。
少なくとも言わないと決心ぐらいはしておかねば、安心して死んでいけそうにないくらいに人間のレベルとしては哀しい自分がある。
一番の不幸は、言ってる本人はぜんぜんそのつもりがないのだが、今日もまた言っちゃったのである。
あなたが他人に迷惑をかける不始末をしでかしたとしても、神様はそれを陰でコソコソ悪口を言う人間の方を必ず罰せるのは間違いないと思う。それぐらいに本来は罪深く、醜いことのように思う。
ぼくも人の評価を陰でコソコソ言わない人間になりたい。
スリランカ。ポルトガル植民地時代の教会がいまだたたずむ。人間は祈りと愚かを繰り返して生きていく。
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