劇団を結成

  るでどこかのスポーツ新聞のような見出しであるが、「ミムラ時計店が劇団を結成!」を報じているのが、地元経済情報誌「経済リポート」さんの7月1日号なのである。   

”保育園などで「仲良しになった桃太郎」上演”とあるではないか。  

わが愛すべき社員のこの間抜けな勇姿をみなさんにお伝えいただいて、ちょっと阿呆な社長としては喜びにむせび泣いておりまする。本当にみんな良かったね。  

年の社内委員会でこの話が出てから、もう一年近くが経つだろうか。「自分たちで考え、自分たちで決断し、自分たちで行動する」という私の理想の会社に近づくための第一歩だったかもしれないね。それ以外にも、次々と自分たちでの考え方を一体化しながらやってくれている社員が、私は本当に誇らしいです。  

また先日、とても感激する話がフジグラン店の岩井から社内携帯メーリングに報告されました。  

井がフジグラン神辺店の食品売り場を歩いていると、面識のないお客様が突然岩井をつかまえて、 

「あんた!桃太郎さんでしょ!」と話しかけられた、というのだ。  

岩井は一瞬、何のことか氣が動転したらしいのだが、すぐに意図をくみ取ると「いいえ、違うんです。あれは姉で、私は犬なんです」と答えた。そうなのだ、姉妹で我が社に勤務してくれているお姉ちゃんの方が桃太郎役で、妹の岩井は犬役だったのです。  

すると、そのゲリラ的なおばちゃまは、  

「あっ、そうなの。私ねブログ見てるから!!」  

と言われて立ち去って行かれたとのことでした。  

あっ、このブログを見て頂いているのにゲリラ的とは失礼な。犬役、あとで謝っておいてな。  

やいや、こんなストレートなお客様のひと言でどれだけミムラの社員は嬉しいことか。本当にありがとうございます。  

ミムラはこれから先もずっと地元のお客様とかかわりながら生きていくと強く決めているのです。劇団も次のネタを考えています。どうか、このブログを読まれておられる方で、保育園、幼稚園、施設、老人ホームなどに訪問させて頂けるところがありましたらお声掛けをくださいませんか。  

先日の保育園でも緊張していたスタッフですが、帰り際に子ども達から声を掛けられながら立ち去る快感が忘れられなくなっているようです。ぜひともお邪魔させてください。本当にありがとうございました。  

「犬役」岩井理恵の嬉しそうな顔(右端)。左端がこれまたのびのび演技をしている桃太郎役の姉。  

感謝。

劇団を結成










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小善は大悪に似たり

ま私の手元に稲盛和夫氏による「京セラフィロソフィ」という六百数十ページになる一冊の本がある。  

京セラの社員に配られるバイブルだ。もちろん非売品。  

この本には稲盛和夫氏の血を吐くような想いと、ほとばしる熱き情熱が文字として凝縮されているから、こちらも姿勢を正して読むような次第だ。  

「小善は大悪に似たり」  

間関係の基本は、愛情を持って接することにあります。しかし、それは盲目の愛であったり、溺愛であってはなりません。  

上司と部下の関係でも、信念もなく部下に迎合する上司は、一見愛情深いように見えますが、結果として部下をだめにします。これを小善といいます。  

「小善は大悪に似たり」と言われますが、表面的な愛情は相手を不幸にします。逆に信念をもって厳しく指導する上司は、けむたいかもしれませんが、長い目で見れば部下を大きく成長させることになります。これが大善です。  

真の愛情とは、どうあることが相手にとって本当に良いのかを厳しく見極めることなのです。(稲盛和夫)  

れに行くまでが、なかなかの経験と信念の確立がいる。  

自分では分からないが、「ものわかりのいい上司」であろうと皆したがる。厳しくは接しているつもりでも、最後の詰めの部分で仏を出してしまう。そのうち相手にそれを見透かされるのだ。  

稲盛和夫氏もこの精神を最初から持っていたわけではない、と告白している。厳しさと同時に優しい心を持つべきだと心がけたと言う。  

「しかし、いざ事業を始めてみるとどうしても社員に小言を言わなければならないし、時には厳しく叱責をしなければなりません。場合によっては『君、辞めてくれ』ということまで言わなければならない。社員に優しくしようと思っていたのに、たちまち矛盾に直面したのです」  

稲盛和夫氏は、それこそが自分のエゴだと覚悟したらしい。人生観を磨いてきたつもりが、自分の悪の本性が現われ出たと、かなり悩んだと告白する。  

そうしていろいろな本を読み漁るうちに、この「小善は大悪に似たり」という仏教の言葉に出会ったらしい。  

社員に厳しくすることや、会社のためにならない人間を正す勇気がないばかりに、社員の機嫌を取り、やがて会社全体を不幸にする。優しくするとは何なのか。本人のためにとって本当の優しさとは何なのか。  

その悩みから救ってくれた言葉こそが、この言葉だったのだと。  

リーダー、誰しもがぶつかる難問だ。  

得てして、自分はうまくそこをやっている錯覚に必ず陥る。しかし、かならずどこかで悩み苦しむか、いつまでも結論を先延ばしにして部下からどこか見透かされたままにするか。  

大きな壁が何度も立ちはだかる。  

そして、これを乗り越えねば春はやってこない。


小善は大悪に似たり










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優しく、易しく。

 「子どもに優しく、易しく」  

本人といわず、世界ののトップヴァイオリニストを何人も育ててこられたのが、故ドロシー・ディレイさんだった。  

猛烈なスパルタのような練習方法でトップをつくりだしていたそれまでの日本の指導者はこの本が出されたときに、衝撃を覚えまた疑ったことだろう。  

彼女はあのニューヨークの名門、ジュリアード音楽院で教え始め、半世紀以上を教育に捧げてきたという。国際舞台を目指し、世界各国から集まる天才的な少年少女たちと長年接してきた経験から培われた方法論は、ただひとつだという。  

「子どもたちを常に楽しませることです」  

しかし、それができないからこそ世の親も指導者も泣いているのだ。  

この「人を育てる」という苦悩は、会社での仲間の成長とも同じように重なる。仕事という「プロであり、給料をもらう」にも関わらず苦しみと義務とあきらめが多くの社会人の心の中を占領しているからだ。  

ディレイさんは、高等で難解な楽理を説かず、ほめてほめてほめて、子どもを励ましていく育て方だ。  

やりかたをほめてやれば、子ども達のエネルギーはどんどん高まって、チャレンジ精神というものが出てくるのは本当はみんなどこかでわかっている。会社はそこをどう作り上げていくか、というのがトップの重要な使命だと思う。ただし、前提として社員のコップが上を向いていなければならない。言い訳で逃げる人に構っているほど会社は安穏のしておれない。  

ディレイさんは、難しい技法に子どもが取り組むときに気をつけることとして、  

「『自分にもできる』という楽しい気分にさえなれば、練習に励みが出て、弾けるようになります」とひと言で片づけてしまう。  

おそらく、子どもも彼女の笑顔を見ようとして、懸命に練習を積み重ねてレッスンにやってくるのだろう。       

 

 

「優しく、易しく。」   

 

つくづくトップは勉強が必要だ。   

 

自分のコントロールだけでも精一杯なのに、それだけでは許されぬからだ。

優しく、易しく。










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男の浪漫老後ナックル

球で投手の投げる「ナックルボール」という球種は、誰にでも投げることができるわけでなく、その努力と素質が大いに左右する、ましてや投げた本人自体もどこに球が行くのかわからない、いわば「魔球」とまで言われる特殊な球種であることは、おおかたの男性はご存知だろう。  

こで6月下旬の日曜日、日本経済新聞の最終面に作家であるねじめ正一氏のコラムがぼくをひきつけた。そのタイトルも「老後ナックル」というお題だったのだ。  

この文章が非常にいい。  

とても心に残る名文だったので、そのざっくりとした文章の内容を紹介してみたいと思う。  

じめ氏のお母さんは難病で、その看病疲れもあり息子として「落ち込む日々」が続いていた。そんな日々と重なるように親友の漫画家がナックルボールの練習を始めたという。最初にそれを聞いたときには、ねじめ氏も母の介護に追われていて聞き捨てていたようだが、2年たってもまだナックルボールの練習を親友は止めていないと言う。  

朝、壁に向かって「魔球ナックル」に挑戦する親友は、電話で話をしていても自然とそのナックルボールの話になり、立てる指の数は2本がいいとか3本にしてみたとか、投げ方の説明をしだす。そして「どこへいくかわからないんだ。このわからなさがたまらなくいいんだよ」と云ってくる。  

「彼のナックル理論は理解不可能ではないのであるが、母の介護の最中の私にはもうひとつ彼のナックル理論が響いてこなかったのである」  

 

 

◆   ◆   ◆   ◆    ◆    ◆  

 

うこうしているうちに、その親友の漫画家は20年、30年以上続けていた連載をすべて止めてナックル習得に集中しはじめたという。連載と言うのは安定性と引き換えに、不自由さを差し出すのである。止めたいと思う漫画家(作家)は多いのだが、実際にそれをすっぱり止められる人は稀(まれ)なのだという。それはそうだろう。  

しかし、その漫画家の友人は老齢を迎えてその安定をきっぱりとうっちゃり、ナックルボールに没頭していくのである。  

そんなある日、ねじめ氏とその親友が逢うことになり、せっかくなのでキャッチボールをやろうということになった。「ねじめさんには、前々からナックルを見てもらいたかった」と無邪気に云うのだ。そして二人はまるで子どものように適した公園を探してまわり、やっと大人が二人でキャッチボールを始めた。  

「ねじめさん、オレのナックルは縫い目に頼らないんだよ」  ナックルって夢のある球だけど、落ち着かないんだよね」と言うと、彼はすかさず「そうなんだよ。ナックルって自分の思うとおりにいってくれないんだ」と嬉しそうに言うのであった。  

最初は肩慣らしから始めた二人のキャッチボールも、親友の肩が温まりいよいよねじめ氏はナックルを受けるために座る。どんどん投げるうちにふわふわゆらゆらと適度に揺れて落ちて来る。低めに決まりだすと、ショートバウンドも増えてくる。「でも、このあわただしさがナックルである。落ち着いたナックルなんかナックルではない」  彼は「自分でも納得のいくナックルが一球も投げられないんだ。でも、それがオレにはいいんだ。あと5年はナックルを投げ続けてみるよ」と答えた。  

親友は長年の仕事の疲れを癒すためにナックル習得に燃えていたと思い込んでいたねじめ氏だが、そのひと言でそうではなかったことに気づく。そんな単純なことではなかったことに。  

「彼自身の理想の老後を考えるためのナックルだったのだ。彼は次の仕事なんぞ考えるのは野暮だと言わんばかりに壁に向かってナックルを投げ、本気で楽しんでいるのである。」  

 

◆   ◆    ◆   ◆    ◆    ◆   ◆   ◆  

 

 

以上、長文を簡単にまとめるのは至難の技であり、その能力もないので彼のほのぼのとしあ文体をお伝えできないのが非常に残念なのだ。  

年をとり分別も常識も、そろそろ人生の終着点のイメージも、誰しもが「収めよう」とする頃がいつしかできてくるのだろう。ましてや、自分のことでも精一杯の毎日に親の看病などが重なる年である。「こんなもんさ、人生は」などと現実を無理やり重ねていく私たち。  

 していいか悪いかなどという分別は、もうたくさんなのだろう。 わくわくすることにチャレンジできなかったことなども脳裏をよぎるのだろうか。 毎日を壁に向かって(誰とも対決するわけでもない)ナックルボールを、ひたすら投げまくる。  

「どこへいくかわからないんだ。このわからなさがたまらなくいいんだよ」  そう思いながら若い時には毎日が新鮮であり、落ち着くことを拒絶してきたはずだ。 

ナックルボールにあの親友は、自分の人生の想いを馳せたに違いない。    

「夢はあるが落ち着かない。自分の思い通りにならないこと極まりない」。 

なんと人生とナックルボールとはかくも重なり合うことだろう。  

行き先はボールに聞いとくれ。  

老後のナックルボールは、実にその球筋に反してなんと潔いことか。  

その日の朝刊を読んで勇気づけられた初老はなんと多かったことだろう。  

ねじめ正一さんに感謝。

男の浪漫老後ナックル










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人生でいちばん大事なこと

 拝啓  ぼくは16歳で、人生に好奇心があります。そのせいだと思いますが、人間とはどいうことを考えるものなのか、ひとの話を聞いて勉強したくなりました。  
そこで、人生で学んだ一番大事なこととはいったい何ですか、 という質問にできるだけたくさんのひとから答えをいただいて、それをまとめてみようと思いました。十分に集まったら、それらの言葉を集めて本にしたいと考えています。この計画は13歳のときから頭にありました。あなたが人生で学んだ一番大事なことについて短い言葉をくださり、ぼくのこの目標の実現にご協力をいただけるとしたら、幸いです。あなたの人生経験には耳を傾けるべきものがたくさんあると考えています。お返事をお待ちします。                                敬具

                                                         ボー・バウマン

                                                      1993年10月1日

 

 

 すべての人たちへの質問の内容は、  

「人生でいちばん大事なことは何ですか?」というテーマだ。  

れは米国の16歳の少年が、人生の大事なことを探すために全米に数千通送った手紙の内容です。 小説家や大学の先生、俳優にお医者さん、運転手からこどもにまで、紳士録とかいろいろな名簿を頼りに出したのだそうだ。それで返信されてきた手紙はどれくらいだったでしょうか?  

約20%の人から返ってきたそうです。  

それでも数百人の人からの「人生でいちばん大事なこと」が集まったのです。それらをまとめたこの本には、はっとした気づきから大きくうなずくこと、時には笑ってしまうことまで「大事な宝物」がつまった本になりました。  つかまえるのが大変で、何度も手紙を送ってやっと返事のもらえた物理学者のスティーブン・ホーキンスの回答は、   

「わたしが人生で学んだことは、じぶんがいまもっている力をぜんぶ使えということです。」   

「人生でいちばん大事なこと」の歌手・ビリー・ジョエルの回答は、   

「それがわからない。」  

フロリダの名もなき聾盲学校の主事のサム・ビスコンティさんは、   

「へこたれるな、事態がどんなに暗くなっても。」    

全国催眠術師連盟会長のドワイト・F・デイモンさん(こんな人にまで!)の回答はすこし長いが紹介しておこう。  

ジョージ・バーナード・ショーが亡くなる直前のことだ。誰かが彼につぎのようなことを聞いた、 「ミスター・ショー、あなたにはたくさんの立派なお知り合いがいらっしゃいました。芸術家とか作家とか国会議員とか。王族の方々とも付き合うことが許されていました。世界の運命を左右した人々とお酒や食事をいっしょに楽しんできたりもなさいました。  

そこで、ミスター・ショー、もしも生まれ変わって、好きな人物の人生を生きてもかわまないということになったら、誰の人生になさいますか?」  ミスター・ショーは、一瞬もためらうことなく、こう答えた。「好きな人物を生きて構わないということになったら、わたしは、ジョージ・バーナード・ショーが成れたに違いないのになれなかった、そんな人物になりたい。」  

この男は、いかなる基準に照らしても、それは大変な大人物だった。それなのに、そのかれはじぶんに満足していなかったのだ。もっと大きくなれたのに、と思っていたのだ。  

 

の回答文から教えられるべきことは、「わたしたちは自分の可能性を人生に生かしていない」ということなのだろう。わかっているつもりではあるが、それを他人事や名言のように机の引き出しにしまっておくのではなく、常に頭の中にしっかりと入れておかなくてはならないのだろうと思う。やがて人生はせっぱつまってくる。その時に、こんなはずではと思いながら過去は通り過ぎていくのだろうか。  

自分の旅の道しるべに、そして若い可能性ある尊敬すべき人たちへのプレゼントに最高の一冊だ。

人生でいちばん大事なこと










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