恐ろしきこの本

 まず先に言い訳をしておくと(笑)、ぼくは小沢一郎の政治家としての資質や性格がどうか、ということは正直分からない。少なくとも小沢一郎ひいきでこの本を手に取ったというわけではない。  

では、どうしてか。  

は、この小沢一郎の西松建設事件と言うのが、この数十年間の政治家汚職事件につながる「大でっちあげ事件の続き」という日本政治史の「ウラ」に興味があったからだ。  

読んだ結果としてはどうか。  

「空恐ろしきは、日本の検察司法」。  

いやいや、この本のことを書いていいのかどうか、(泡沫ブログのぼくでさえ)不安になるくらいに、この国の司法権力と言うのは無茶苦茶にやりたい放題ということだ。  

た、それをあおるマスコミ。  

マスコミがあおれば、あおるほど「世間を見方につけた」検察権力は、やりやすくなり、裁判所も「国民の風」を判決に影響されるのは必定であるのだ。  

だから、今朝も新聞に検察しか知らないような極秘情報が新聞紙面に載るのだ。要するにリークが日常化している。(これは厳格に守秘義務違反として禁じられている)  

ぼくらは新聞紙面を読みながら「ほぉ~、そうか」などと悠長に感心している場合ではないのだ。  

かつて田原総一朗は、 「検察が情報をリークし、リークをもとに記事を書いた記者が、スクープを世に出したとして評価され、出世する。そして世の中で大きな事件になる。  

すると、リークした担当検事は、大きな事件を扱うことで出世する。この構図が問題だ」  

と実にこの日本の仕組みを言い当てている表現をしているという。  

これは残念ながら間違いない構図だと言うことが、本書を読むとより具体的に日本政治史上におきた大事件がこの仕組みにはまってきたのかが良く理解できる。    

沢一郎の西松建設事件も、読めば読むほど、どうして彼が立件されようとしているのか、さっぱりわからない。むしろ、この件に関しては(彼が好きかどうかは別問題として)、なぜ彼に犯罪性があるのか、という理路整然とした理由を述べる人を私は周りに知らない。  

ほとんどの人がマスコミにあおられたオモテの話で、そう思い込まされている。  

だから今になって、新聞は有罪にできるかどうかわからないなどとトーンを下げたことを言い出したではないか。  いやいや、私は今回、なにも小沢一郎を弁護するために書いているのではない。  

本と言う国が、なんとオソロシイ国になってしまっているのか、ということを知っておいてほしいのだ。  マスコミも小沢をたたく大きな理由がある。それは小沢一郎の主張にある。  ひとつは「記者クラブ制度の解体」。もうひとつは「マスコミのクロスオーナーシップの禁止(新聞とテレビの資本の持ち合いの禁止)」。実は、テレビに出るコメンテーターも馬鹿ではないから、そのために出演させられていることぐらいは分かっている。でも、そこの「感じて」発言しなければ、彼らとてマスコミでの露出は不可能になるからだ。  

ロッキード事件。  

リクルート事件。  

KSD事件。  

日歯連ヤミ献金事件。  

鈴木宗男ロシア事件。  

大阪高検公安部長・三井環事件。  

などなど・・・・。政界と司法取引の裏側をあますことなく書いている。  

なかでも第4章「ロッキード事件の裏側」と、第5章「リクルート事件と言う虚構」は、その真実と理路整然な文章と言い、驚愕に価する。  

読みながら感じたのは、  

「この本だけはマスコミも広めるわけにはいかない」ということだ。   

本書の副題には、  

「特高検察」が犯した7つの大罪~とあるが、どうやらこちらのほうが本当のテーマだったあらしいが、それでは売れないと思った出版社がインパクトのある題名をつけた、というのが本当のところだろう。  

政府は知られたくないものを隠す。  

司法権力は気に入らない者は、ウソでも捕まえる。  

これはアジアの「あの」や「あの」国と変わらない日本の現実だと言うことに気づく。  

自分の国を悪くは言いたくないのだが。  

眠れない夜に一気に読んでしまったが、読み始めたから眠れなかったのかは、いまだに謎の夏の夜であった。

しかし、これだけ書いてよく無事なもんだと、いつも感心します。

恐ろしきこの本










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ほめる時の心得

間以外の動物も互いに仲間に何らかの感情を伝えるすべはもっているだろう。  

怒り、威嚇、信頼、もしかしたら、いや恐らく感謝までも何らかの伝えるすべを持っていると思う。  

しかししかし、(よくわからんが)恐らく人間にしか持っていない素晴らしいわざがある。  

それは「ほめる」というわざである。  

れは、よくよく考えてみると人間に与えられたかなり高度なわざだと思うのだ。感謝とはまた違う、自分の評価や自分のレベルをその場で捨てて「ほめる」のである。だからこそ「ほめ上手」な人こそ人生の達人であると思うし、そこんじょそこらの人は褒めるのが下手である。  

本当に陰でも気持ちよく褒める人には、なかなか出会うことがない。     

基本的に褒めるとい行為は、その人に直接云うか、その人がいない時に他人と褒めあうのだ。そこで褒めるにも二つのレベルがある。  

とつには、その人に直接褒める場合だ。  

これも人によってうまい下手が当然ある。誰もが認めるところを褒める場合。これはその本人もちょくちょく言われている可能性が大なので、そうではないその人が日ごろ意識していて分かりにくいところをきちんと見てあげてそれを褒めて伝えることができる人。  

これは何もお世辞とは違うのだ。感心しなければほめる必要はない。  

その次に、これはかなりひどい情景なのだが、他人と褒めている時に「かならず」その人の欠点をついでに言ってバランスを取ろうとするかなり劣悪なレベルである。いや、特に劣悪というよりも、普通によくある人種である。  

人がほめているのに、「でもね、あの人・・・・」「だってさ、この前あの人・・・」という具合にかならず人がほめている口先で欠点をとりあえず述べる人だ。これは始末に終えない。  

をほめる時には、ちゃんとほめる事だ。  

ほめている時に、頭に駆け巡る過去のことなど、わざわざその時に言う必要はない。ほめるというのは、神さまから与えられた人間に対する高度なわざだからである。それを見事に使い切る人間になりたいものだ。  

何か人の欠点を言い添えておかなければ氣の済まない人が、この世には存在するのだ。そしてこの人たちは自分だけがそれを気づいているかのように、自分に酔いしれているフシがある。本当にその人の嫌らしい部分を見るようだ。  

美味しい食事を食べている時には、精一杯その食事をほめて、美味しい美味しいと口づさめばいいのだ。わざわざ探してまで気になることを口にしなくてよろしい。と同じように(かどうか知らんが)、褒めるべき時にはただほめる。  

そういう人たちで満ち溢れる世界になればいい。  

そんなことが地球のエネルギーをひとりひとりの力で高めるということだ。

 世界平和を説く前に、ぼくたちは目の前の人の幸せを考えなければならないと思う。なかなか意識をしていないと難しいことだね。  

褒めるときには、自分のブライドだろうが、小ざかしい気づきだろうが、一切の自我と煩悩を放して褒めねばならぬ。  褒めるときには、ただほめることだ。  

        神戸で見た鉄人28号。 夕焼けをバックに印象的な勇姿でありました。

ほめる時の心得










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元気が出る!すごい制度100

 もいろいろとこのブログで本を紹介してきたが、初めての雑誌の紹介だ。雑誌と云ってもビジネス雑誌であり、地方の人は定期購読にて読むしかない類いだ。  

「日経ビジネス 8月1日号」(毎週月曜日発売)  

今週のテーマは、ご覧のように「元気が出る! すごい制度100」。

れぞれの会社の制度やらしくみというのは、普段から経営者同士で聞いていても結構面白いものだ。でも、意外とそんな話を詳しく聞く機会もありそうで、あまりない。  

この本を読んでつくづく思ったのが、活力のある会社と言うのは、画一的な会社運営にはなっていない、という大事な点なのだ。  

場合によっては非常識に思えるような制度や運営もある。  

しかし、それらがあるからこそ「当たり前の」「普通の」「面白くもない」会社となりがちで、そこに働く社員も労働とは面白くないものだと言う観念で仕事をしてしまう。  

この雑誌に紹介された例は、詳しいものから情報だけのものまで100例。  

◆全員が必ず健康診断を受けること。その結果によっては残業や深夜勤務、海外出張までが制限される。またその診断分析も普通の数値より厳しく運営する(日立ソリューションズ)  

◆毎月の給料日の前に、給料+ボーナス分として、基本給の1~6%の上乗せを全社員がサイコロを振って自分で決める。上司の評価など公平とは言い切れず、それならゲーム性を持たせて会社に活気を与えるという。(カヤック)  

◆新卒内定者には、海外で1年間勉強をするというプログラムに参加できる。しかし、条件も厳しくて、家族や現地の日本人とも連絡を取ってはならず、日本語も禁止。極力お金は使わないこと。自分で稼ぐこと、などが挙げられる。4割の新卒者がトライしているようだ。(矢崎総業)  

◆新人は、障害者やお年寄りと同行して四国霊場88ヶ所めぐりをサポートすること。相手の立場でものを考えられるようになり、固定観念も払拭できる。これは顧客満足に大いに影響されていく(ネッツトヨタ南国)  

◆採用は先着順。それだけやる気があると判断する。金髪だろうが態度が悪かろうが採用。いい人材になるかどうかは、教える側のレベルで決まる(樹研工業)  

◆社内でコスプレ。毎年10月には社内でコスプレ続出。社内でもっとも苦労の多いコールセンター部門を慰労するイベントの一環。(アールエスコンポーネンツ)  

◆新卒最終面接は顧客が担当。上司や社長の顔色を見て働くのではなく、最初から顧客が何を望んでいるかを意識勉強させる。(ニッコウトラベル)  

◆嫌な顧客とは取引を止めていい。楽しいか楽しくないかが社長のポリシー。嫌な取引先を切ったら、気に入る新規開拓をすればいい。(中里スプリング製作所)  

◆経営ビジョンは社員みんなで考える。理念や5年後のあり方を全社員を巻き込んだ徹底討論を通じて確立していく(東京海上日動システム)  

などなど、枚挙に暇がない。  

の雑誌には「日本でいちばん大切にしたい会社」の著者である坂本光司氏がコメントを寄せいる。坂本氏によると、経営陣と従業員の心理的距離が近く、業績も順調な会社には次のような共通項があるという。  

1)その会社で「個人として成長できる」と社員が感じている。  

⇔社員教育制度の充実が有効。現場の意欲向上へ。  

2)「経営陣が自分たちのことを見てくれている」「現場の声をきちんと拾ってくれている」と社員が感じている。  

⇔提案や表彰制度、社内行事などの工夫を。  

3)「経営陣が自分たちのことを信じてくれている」と社員が感じている。  

⇔社員に主体性を持たせた自由な働き方の導入などが効果的。  

「画一的ではない独自の仕組みを、企業はもっとうまく利用していくべきだ」と坂本氏は締めくくっている。  

も10年以上の経営で痛感するのは、経営者と言うのは本を読んだり、セミナーなどで「あるべき」「せねばならない」とマユをしかめて勉強をするのだが、それを武器にいかに早く「自分の経営スタイル」を確立していくか、に会社の業績はかかっている。  

いまから思うと、それまでのわが社はなんとも面白くもなんともない、「べき論」で経営されるもんだから、働く人も個人のキャラクターを発揮しにくい、いや、発揮してはいけないかのような閉塞感があったと率直に反省している。  

私の力が足りなかった。  

転して、いまやブービーを月間表彰したり、劇団ミムラが立ち上がったり、経営発表会では涙、ナミダでみんなで喜び合ったり、そして目標達成者を連れて社長が東京に同行して社員に接客をさせていただいたり、とずいぶんとミムラは笑いが多い会社になってきたと思う。良い悪いではなく、それがウチのキャラクターだからだ。  

社長らしい会社にしてほしい。  

そう思っているのは、実はそこに働く社員さん達ではないだろうか。  

金太郎飴のような会社に勤めて、誰が嬉しいだろうか。  

どうやるか、ではなく、  

やるかやらないか、の問題なんだけど。  

会社の運営を自分のエネルギーとして、「楽しく、厳しく」変換していく。  

会社はそこにかかわる人間の幸せ追求の公器であるからだと思うからだ。

8月1日月曜日発行の週刊誌。首都圏JRのキオスクで販売。 お取引さんに買っておいてもらおう。

元気が出る!すごい制度100










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宿命という道

 生にとって振り返ってみれば、それを受け入れなければならないこと、辛くともその道を突きつめていかなければならなかったことを知るのだろう。  

先日の産経新聞にノンフィクションライターの小松成美さんが横綱・白鵬の「こころ」について実に感動的な文章を紹介してくれている。  

辛い入門時から、現在の勝つことを定められた横綱の地位について白鵬は「宿命」という日本語に大きく心を揺さぶられてきた。  

「一番一番相手を倒し、必ずチャンピオンになる。そう自分を奮い立たせてきた。だからこそ、血を吐くような稽古にも耐えられた。でも、横綱が宿命ならば、私が生まれたときからこの地位に就くことが決められてきたことになる」(白鵬)  

そう白鵬を言わせるまでには、実に大きな試練が彼の運命を突き上げ続けていたのだ。  

15歳で来日した白鵬は、最初は日本に興味があっただけの観光気分であったのだ。  

父親はモンゴル国内では誰も知らぬものはないモンゴル相撲の英雄的な横綱。レスリング選手としてもメキシコ五輪ではモンゴル人としては初めてのメダル(銀)を獲得までしている。  しかし、彼(ムンフバト・ダヴァジャルガル)は、一人の兄と3人の姉に溺愛されて、甘え続けてきた可愛いだけの末っ子なのだったのである。日本にくるまでは両親と15歳まで川の字になって寝ていたという。  

名門の進学校に通い、衛星放送でバスケットを楽しみ、レスリングでは全国大会で優勝したことはあっても、それほどスポーツに一生を捧げるつもりなどまったくなかったのだ。  

かし、ある地元力士によって彼の運命は一変する。  

その力士の名前はモンゴル出身の旭鷲山(きょくしゅうざん)。父親の教え子でもある旭鷲山の活躍はモンゴルでも大人気であり、少年白鵬自身も「家族のようなつもりで」応援し、クラスメートと学校で貴乃花や曙のマネをして相撲を取って楽しんでいた。と同時に、少年は取り組みの最後を飾る横綱の強さに心を奪われていた。  

そんな彼に旭鷲山が力士候補を日本に連れていくことになり、少年は「日本行きたさ」に即座に頼み込んだ。力士になりたいのではなく、ただ日本見たさのためだった。しかし、この発想が大変なことになるのだ。

宿命という道

2010年10月。  

6人のモンゴル人とともに日本にやってきた少年。そしてさっそく相撲の稽古が始まった。そこへ連日、各部屋の親方が訪れ、目星をつけて者をスカウトして次々と連れて帰るのだ。  

「当時、私は175センチ、68?とやせていて、稽古場ではまったく歯が立たなかった。一緒に日本に来た仲間が次々と入門を決めていく中で、私だけが取り残されました」  

観光のためにきたのだ。一人でモンゴルに帰っても誰からも責められることはない。しかし、そんな重いとは裏腹な複雑な憤怒が、彼の体を貫いていった。  

「日本の社会人力士を一度も倒せなかった私に、どの親方も声すらかけなかった。このまま逃げるようにモンゴルに帰れば偉大なる横綱である父の名を汚すことになる。その思いが胸を突き上げていました」(白鵬)  

分を恥じた少年は、このままではモンゴルに帰れないと、旭鷲山に胸の内を明かした。涙を流す少年を放っておけない旭鷲山は自分の師匠の大島親方に相談し、親方の骨折りで宮城野部屋にやっと入門が決まったといういきさつがあったのだ。   

しかし、しょせん力もないひよわな少年である。ましてや片言の日本語もできないし、日本のカルチャーにもなじめない。新弟子では朝稽古で土俵を這いつくばらされ、土を食った。  

それは、私らには想像もつかない辛さであっただろう。  

ここあたりから彼の言う「宿命」という受け入れが心に芽生えてきた。  

「人生が一変したことに驚く暇さえなかった。ただ、受け入れるしか生きる道はないのだと自分に言い聞かせていました」(白鵬)  

小松成美さんはこう文章を締めくくっている。  

-日本という国との邂逅、自分の血を沸騰させた王者である父の存在、わずか15歳で享受した異国の文化。白鵬が宿命を持った横綱であるか否か、試される激動の日々がスタートしたのだった。-  

受け入れることによって人生の宿命を感じる。  

辛きこともただただ黙って享受し、自らの命を上り詰めていくのだ。

彼もあなたも、そして、私も。

宿命という道










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柳井正

ニクロの柳井正社長がドラッカーに影響を受けたと言うことは聞いた(読んだ?)ことがあるのだけれど、どうやら筋金入りのドラカリアンだということがこの本を読むとよくわかった。  

なにもドラッカーに影響を受けたユニクロ快進撃の秘密を知りたいなんて思うこともなく、経営者・柳井正としてのドラッカーの解釈を知りたくて購入したのだ。  

しかし、しかし。  

結局は、ユニクロの考え方をしっかりと発信してもらった感じ、当たり前か。  

の本は2009年にNHK教育テレビ(誰が気づくか)で放送された「仕事学のすすめ  

わがドラッカー流経営論」に柳井社長が出演した「伝説の番組」をあまりの反響にNHKがちゃっかりと書籍化したもの。  

柳井社長がドラッカーに引き付けられるのは、「人を幸せにする経営」の原点にドラッカーがあるということを、言葉を替えて何度も書いているのだ。ドラッカーは実際に経済人としても活動し、日本の経営システムなども十二分に吸収していく中で、「企業はひとのためにある」という本質を深く指摘していると。  

「ほとんどの経営学者は理論でばっさばさと切っていくだけで、そこには『人』が存在していない。でもドラッカーの経営理論の中心には『人』がいる。そこがなんといっても彼の著書の一番の魅力なんです」(柳井正)  

みながらすこしづつ違和感を感じてていたことが氷解していく。  

つまり、5兆円企業にチャレンジしていこうとする経営者の冷徹さにも似た割りきりとのギャップである。しかし、何冊ものドラッカーを、何度も、何年かおきに、ノートを細かく取っていきながら勉強に勉強を重ねる経営者・柳井正は、まさに自らのバランスを取ろうとしているのだろうか。

柳井正

「彼の著書は、なんのために私たちは商売をするのか、企業は社会においてどういう存在なのか、さらに人間の幸せとはいったい何であるのか、といった根源的な部分にまで深く追求している」 (柳井正)  

大化する自社と人間経営の狭間に立って、恐らくどこの誰よりも何倍も柳井正は「経営とは」という命題を考えさせられるのだろう。もう金銭欲ではない経営者として、何のために経営者は存在して、何のために企業を成長させるのだろう、というテーマを考えてきた、その深き悩みのバイブルがドラッカーであったように推察するのだ。  

だから、柳井はサラリーマン精神を徹底的に嫌う。  

「すべての社員が経営者たれ」という、いっけん無茶苦茶に聞こえる激しいゲキを投げつけるのだ。  

そのためには、「人生は有限であることを知れ」と柳井は書いている。  

どれほどの人間が、それを真剣に考えているだろうか、と。  

「成果をあげる者は仕事からスタートしない。時間からスタートする。  

計画からスタートしない。時間が何にとられているかを明らかにすることからスタートする」  

ドラッカー『経営者の条件』より

 「企業は人を幸福にするための存在だ」(柳井)  

しかし、他方でその企業も存在意義のある企業でなければ淘汰されるのは当然であるからこそドラッカーは繰り返し言うのである。  

「企業は社会や経済の許しがあって存在している。有用かつ生産的な仕事をしているから存続を許されているにすぎない」    

うだ。  

我われはかろうじて社会より存続を許されているにすぎないのだ。  

利益がいくらあるのかどうだ、とはひと時の通過点でしかないだろう。  

いつまでも企業が存続していく。  

それは公器として社会から存続を許されてきたかろうじて証明できうる、しかし心もとない歴史であるのだろうと考えさせられずにはいられない。  

ありがたい一冊だ。

かつてユニクロ全社員に配ったと言う教則本。

柳井正










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