ニューズレター巻頭挨拶

いっとうしょうぐう 

             ジュエリー&ウォッチ ミムラ                   

代表取締役    三村真二    

さま方のお陰をもちまして、ミムラは大正2年(1913年)の創業以来、98年の月日を数えて今日まで商売をさせていただいております。誠にありがとうございます。   

取引先様からも「創業98年ですか。すごいことですね。」などとお褒めともお世辞ともつかないお言葉を頂戴することが多々あるのですが、本当に凄いのは私たちではないのです。これを言うならば、「98年間もよくぞミムラをお引き立ていただいたお客様がかくもたくさんいらっしゃるものですね。」と驚くべきことなのであります。  

本当にお客様からのお付き合いを98年間で考えたときに、これは大変なことであると、心の中で手を合わせずにおられません。     

自身もバブルを経験し、年を重ねて商売を通しての本当の喜びを体験させて頂いた時に、「地元で大きくして頂いたお客様に、地元の立ち足で喜びをご提供する」いや、丁寧語で書くから伝わらないのですが、「地元でずっとお世話になってきたんだろ、ちゃんと足元の福山の目の前のお客さんをもっともっと愛していこうや」ということになります。     

説によりますと、創業100年継続できた企業の確率は、 「0.3%」とも言われます。 

調査によると、その100年企業に共通する言葉は、「信」であり「和」だということです。 

私たちは果たしてそれに相応しい仲間入りができるのでしょうか。     

分たちの手でこそ、足元を照らす」。    

れは商売だけの話ではなく、私たちの会社の働き方にも同じことが言えると思います。 

自分たち一人ひとりができることは、決して大きな事ではないかもしれません。遠くにあるものに向かって松明(たいまつ)をかざす必要はないのです。みんな一人ひとりが足元を、いや、心にしか映らない世界を照らすことで、その総和がみんなが住む世界全体を明るくしていく、これが宇宙の原理原則だと思うのです。人の掲げる松明にいつまでも照らしてもらうばかりの人間は、ミムラの組織では必要ないと考えています。    

燈照隅」   

あれこれ自分の仕事の不出来や想いの至らなさからくる人間の不平不満。そんなことを言う前にまず、自分の周りの人たちを照らして歩く。歴史ある城下町・福山の100年企業の仲間入りをひかえた商売人として、なにができるのか。お客様を「笑顔」という最大の灯りでもって喜びに変えさせて頂くしかないのだと思うのです。  










▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼


広島県福山市 ジュエリー&ウォッチ ミムラ
ウェブサイトはこちらから→http://www.j-mimura.co.jp/
Facebookページはこちら→https://www.facebook.com/mimura1913



▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼

山田方谷

 つか読んでみたいと思っていた一冊をやっと休日の午後に一気に読んでしまった。感謝。  

山田方谷(ほうこく)は、備中松山藩(現在の岡山県高梁市)の家老職として藩主・片倉勝静(かつきよ)より、藩運営を任され、没落寸前の備中松山藩を見事に財政復興させた伝説の人である。  

は農民出身の自らを「暗愚」と呼ぶ、しかれどもその一本の筋の通った性格は、幼少より父母の教育、教えの厳しさの賜物だったものと思われる。

 著者の童門冬二氏は、この備中松山藩をドラスティックな手法で立て直らさせたのは、養子である藩主・片倉勝静と、農民上がりで前藩主の抜擢により藩の重鎮を務めた方谷という、しがらみのない絶妙のコンビであったことがひとつのポイントであったと書いている。

 たしかに方谷は、思い切った手法を随所に見せて見事に財政再建を行った。しかし、では果たして彼が切れ味鋭いエリートタイプであったかというと、童門冬二氏の文筆では「否」である。方谷にはいつもぶれないものがあった。  

「誠は天の道なり。 誠ならんとするは人の道なり」

 これが方谷の信条であった。   

の道”の実現こそ大事だと説いてきた。

 だから、彼はどんな反対があっても誠の道を貫いた手法を持って、忍耐強く藩の財政を救っていったが、かといって民に性急さだけは押し付けなかった。しかし、まず彼ら農民と一緒に藩の重鎮が倹約に努めることだけは譲らなかったという。  

当時はどの藩も、商人から莫大な借金を背負っており、その金利を返済するだけでも藩政を圧迫し、しいては農民の年貢に跳ね返っていた。それを方谷は他の重鎮達の反対意見を退けて、自らの責任において行動し、見事それを実現させた。  

れは、今で言う「銀行に対するリスケ」のようなものである。(当初契約していた返済スケジュールを見直ししてもらうこと。信用につながるので申し入れしにくい)  

藩の信用失墜を怖れたほかの家老は猛反対をした。  

その時の備中松山藩では大坂商人に、莫大な借り入れを行っていた。それも同藩は「五万石」という幕府の認定であったが、「実は二万石しかない」ということを正直に大坂商人に頭を下げて伝えたのである。  それを聞いた商人は当初は大いに驚いたが方谷の正直さと真摯さに心を打たれて、十年賦と五十年賦という長期の返済スケジュールに組み替えることに成功したのである。それどころか、「誠」をもって藩財政の建て直しに懸命に立ち向かう山田方谷の人間性に魅かれた商人達は、その後、藩の江戸屋敷が火災で焼失した時に屋敷再建にお金を出し合ってこれを助けたと言うおまけまでついている。  

そして、方谷は勝負に出た。  

発濫造していた「藩札」(今で言う公債)の信用失墜に頭を痛めていた方谷。  

これでは外部からの資金調達がますます難しくなるばかりか、正貨(現金)との引き換え要望が引きをきらず、藩の長期的な財政再建に大きな悪影響を与えていた。  

それを方谷は、どこからか現金を調達して(あるいは長年の倹約でキャッシュが多少はあったと見えて)、それまでの藩札をすべて現金に引き換えて、古い藩札はすべて焼き捨てるという荒療治に打って出たのだった。失墜した藩札はニセの札まで出回っていたが、方谷はそれまでもすべて換金せよと命じたのだ。  

「備中松山藩の藩札は、国内で一番信用できる」という話になった。 結果的には、この手法は大成功して、新しい藩札が大きな信用を得ることになり、藩の財政もより安定化するのだった。  

しかし、何よりも大きな信用を得たのは山田方谷、その人だったのだ。  

主・片倉勝静は、幕末の徳川で家老職として、騒乱に巻き込まれ自藩をかえりみるどころではなかった。藩の再建を山田方谷に託したばかりではなく、最後には井伊直弼との政争でのアドバイスまで務めることになったのだ。  

備中松山藩のそれまでの財政状態と、現在の日本の状態が重なって見える。

 国債の濫発。労働意欲を低下させる税の負担。  

藩の財政は火の車で国民の胸のうちをおもんばかる余裕さえない。  

そんなときでも、幕府(国)は、権力者それぞれのイデオロギー論争に明け暮れる。  

ああ、歴史は繰り返す。  

山田方谷。  

明治十年七月、西南戦争の年に七十三歳にて没す。

山田方谷










▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼


広島県福山市 ジュエリー&ウォッチ ミムラ
ウェブサイトはこちらから→http://www.j-mimura.co.jp/
Facebookページはこちら→https://www.facebook.com/mimura1913



▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼

哀しみにも終わりがある

スリランカの結婚式にて。  

家の伊集院静さんはいまご自宅を仙台においておられてそこで被災されたそうだ。  

(どのCMだったかぼくは忘れたのだけど)被災直後のテレビやCMで「頑張ろう」というフレーズを連発されたのにとても違和感を覚えたと伊集院さんは言う。  

また、菅首相がやはり被災地で「頑張ってください」と言ったことにも、こんな都合のいいばかりの言葉は日本語から外すべきだ、と思われたそうだ。 「苦しんでいる人にはもっと具体的な言葉じゃないと伝わらない」 (伊集院静)  

近、つくづく思う。  

人は便利でおおまかな言葉で口を飾るが、そんな具体性のないアバウトな言葉がどれだけ相手に伝わっているのかもっと考えたほうがいい。「頑張ってください」はそのアバウトな言葉のいい例だろう。  

身内の人が亡くなった時に、「お力を落されませんように」。  

そんなもの、お力は落すに決まってるじゃないね(笑)  

 しかし日本ではそれでいいのである。日本人は余計なことを言わないように訓練され続けているのである。  

言われたほうは特別どうだとは思わないと思うが、すくなくとも特別な感情は伝わることはない。「常識的な表現」を優先させる日本人らしい。なんと言っていいかわからないということもあろう。しかし、ぼくらはもっと表現力を磨くべきかもしれない。

 たちはこの星に生まれて、言葉を通じて相手の胸に届けるべき時をいつしか知る。  

その時に、言葉の引き出しをきちんとつくっておく、あるいは、その時に感じた言葉をきちんと相手に表現として伝えるという人間性を磨かずして、何年生きてきたのかと思う。  

同じように、気落ちした会社の仲間や、部下。  

あるいは鼓舞すべき人間。頑張れでは通じないのだ。伝わらないのだ。  

「頑張ろう」をできるだけ言わないことだ。  

災で気持ちの落ち込んだ伊集院静氏。  

その昔、妻で女優の夏目雅子さんを亡くされた伊集院氏。    

その時に彼が胸に響いた言葉と言うのは、ある外国映画に登場した年老いた女性のセリフ。  

「哀しみにも終わりがある。」  

氏はこのセリフは震災で受けた心の支えと同じものを感じたのだと言う。この哀しみにもいつか終わりがあるのだと、受け止められない哀しみに言葉を探す。  

そして、彼は頑張りますとは言わない。その決意は力強く、具体的なのだ。

「東北はかならず再生する」と。

哀しみにも終わりがある










▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼


広島県福山市 ジュエリー&ウォッチ ミムラ
ウェブサイトはこちらから→http://www.j-mimura.co.jp/
Facebookページはこちら→https://www.facebook.com/mimura1913



▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼

マスコミとお金は人の幸せをこうして食べている

 てつもなくインパクトを与える本である。

よくこんな本が出版できる時代にもなったものだ。 この本を紹介した人はみんな私に「すごい」と感想を寄せてくるので、間違いなかろうと紹介することにした。  

お金とマスコミ(あるいは情報)、そして世界の覇権争いが作り上げてきた歴史が、いまの世界である。まずその点だけを冷静に押さえていないと本質が見えなくなる、いや、この本を読めばあっさりと承服をしてしまうだろう。  

ぜお金というものが出来て、銀行ができたのか。つまり資本主義の根本である。  

この当たり前に思っていたことのカラクリにまず深く心に突き刺さる。そして、いまの情報が偏った日本人にはどうにも胡散臭い話のように聞こえる、ロスチャイルド家とロックフェラー家の話こそが決してはずせない近代資本主義のスタートとも言えることが良く分かる。  

の本によると、なにしろ19世紀前半にヨーロッパで頭角を現したロスチャイルド一族は、19世紀後半には世界の富の半分以上を所有していたと推測される、のだそうだ。そして、これは単なる歴史の話ではなくて、今現在をもっても我われが当たり前に生活している隅々にまで彼らの富による支配は「ごく当たり前に」存在し続けているし、その影響下におかれる国家や政治家、そして情報マスコミが張り巡らされていることにも納得がいく。  

人が生きていくのに欠かせない食糧についても同様のことが言える。  

世界中の遺伝子改変作物の種の特許の90%を所有しているのは、ロックフェラー財閥の所有するサンモルト社である。この企業が販売する種は、一年目は実をつけるが、次の年は実をつけないように遺伝子改造されている。自然な種をもちいた農業はどんどん縮小されている。つまり、我われの知らないうちに食糧供給までも徐々に彼らの支配下に置かれているのだ。(本文より)  

こんなことは、農家の人に聞けば誰でも知っていることだが、「どうしてか」はよく分かっていなかった。  

こんな話も書いてある。  

くべきことに、テレビのデジタル化の理由のひとつは、従来のテレビで使用されていたアナログ波帯を大幅に空けることによって、その周波数帯を国民ひとりひとりの無線管理に用いるためだった、というある大手情報管理企業の内部告発者の話もある。    

この話も書いておこう。  

宮頸がんワクチンは絶対に受けてはいけない、という話だ。  

このワクチンは、実は世界中で物議をかもししているという(日本では報道しないが)。  

インドでは、米メルク社のガーダシルという子宮頚がんワクチンを小学生24000人に摂取後、6人の死者を出している。インド政府は摂取プログラムを急きょ、中止した。  

日本で使われているワクチンの開発会社のものを摂取された14歳の少女が2009年にイギリスでも死亡したことが、欧米のマスコミでも報道されたとのこと。実際に2010年の読売新聞報道でも「子宮頚がんワクチンで副作用、失神多発」と報道され、栃木県の大田原市では集団接種を取りやめた事例もあるという。  

なぜなのか。  

その答えは衝撃的過ぎるし、こブログで正確に伝える自信がないので本文を読まれたい。やはり鍵は、それらの病気を煽るテレビ番組のスポンサーは外資であることが多いし、そこにマスコミの役割も大きい。もうひとつの鍵は、世界人口の肥大化である。  

明治維新の本当の仕掛け人とは誰だったのか。  

なぜ日本はロシアに戦争で勝つことができたのか。  

広島、長崎に原子爆弾を落したのは誰なのか、なぜなのか。

 地球温暖化の問題を言い出したのは、誰なのか、なぜなのか。

 食品偽装問題で、なぜマスコミの情報操作は行われていたのか。  

マスコミが伝えないうまみ調味料の興奮毒性とは。  

などなど、  

読み進めておくと、これがとんでもないでっち上げではないことが分かるし、「知らない」ということはなんと幸せなことであり、それを知らない不幸とどっちが人間は幸せなんだろうかと悩んでしまう。  

衝撃的である。しかし、重たい。  

それだけは言っておきたい。

マスコミとお金は人の幸せをこうして食べている










▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼


広島県福山市 ジュエリー&ウォッチ ミムラ
ウェブサイトはこちらから→http://www.j-mimura.co.jp/
Facebookページはこちら→https://www.facebook.com/mimura1913



▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼

6月度ブービー表彰

 報告がおそくなりましたが、「6月度 営業活動ポイントゲーム」のブービー表彰を先日行いました。  

6月度のブービーは、フジグラン神辺店の大村慎也センセイです。  

フジグラン店は、6月に全員ペナルティーポイントが発生しましてマイナスがありましたので、メンバーは苦しい戦いだったと思いますがルールはルール。ブービーを免れたメンバーもいるわけですから、やはり日頃の貯金がものを言うわけです。

 

村主任の最近の「開眼」には、目を見張るモノがあります。そのわかりやすい現象として「言い訳をしなくなった」ことがあります。もともと頭の冴えはある男ですから、理屈をつけて言い訳をするのは朝飯前でした。それがどうしたことか、最近では腹を決めたような雰囲気さえあるのです。    

ただ、まだ必死で数字をやる自分をみせるのが格好悪いという小さな克服点も見受けられるのです。  

まだまだ理屈でみんなを引っ張ろうとしているところもありますが、「社員を日本一にする会」でのリーダーシップは見ていてとてもハラハラ面白いモノがあります。ここで彼はまたひと皮むけました。  

 

うしても現場にいる以上は、「数字」で示さなければなりません。

 彼が理屈と理論で主張しようとすればするほど、僕も数字で追い込んで行こうと思っています。それが彼のためになるからです。ミムラでも抜群のキャラクターの一人である大村慎也。(彼の背後でバカ笑いをしているセンセイも含めて)ミムラには楽しいキャラクターが満載です。  

6月度ブービー表彰

村主任への課題図書は、私の友人の影山惠子さんが書かれた「彼女が会社を辞めた理由」です。これを読むと元気が湧いてきます。いま私も何人もの知人にお勧めしております。  

男社会でありがちな日本ですが、女性が自分の人生をせいいっぱい開花させたい!と夢にチャレンジしていく人13人を渾身の取材で紹介されています。  

まだまだ男はこの社会のしくみにあぐらを書いていると思います。  

この本はまた僕の心に火をつけてくれました。

詳しい内容はまたこのブログで紹介させて頂きますが、とりあえずは影山惠子さんのブログ「ゆかいな日々」をご覧ください。 

表している凛々しい姿は、天満屋店の土井健嗣主任です。上の写真では大笑いをしておりましたが、数日後にはこの神妙な姿です。  

5月度のブービーだった土井主任は課題図書の感想発表をしているところです。  

6月度ブービー表彰

長する店長の秘密」という本が、課題図書でありました。ちょっとハードルの高い本をあえてお願いしましたが、主任としての責務というのは、その先に店長という大きな壁があるのを前提で仕事をしていかなくてはなりません。  

そこに向かって行きたいのか、それとも、一流のジュエラーとして宝石の最高の「語り部」として極めていきたいのか、どちらにしても最高の人生を自分自身でつくりあげていって欲しいと思います。  

土井主任がこの本の報告に書いてありました。  

必要なのは「3C主義」  

1.チャレンジ     

店のメンバーをまとめてひっぱる目標設定を明確にすること。

 2.チェンジ      

時流に合わせ自分自身の考え方ややり方を変えていける人間になる。  

3.コンペティション 成長するためには必ず競争が必要である。  

みんなありがとう。










▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼


広島県福山市 ジュエリー&ウォッチ ミムラ
ウェブサイトはこちらから→http://www.j-mimura.co.jp/
Facebookページはこちら→https://www.facebook.com/mimura1913



▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼