スー・チー女史は善人か

本の現代史は大国ふたつへのかかわり方がその歴史を”つくって”きたようだ。  ひとつは日本を占領下においてその後も陰から日なたから国政と日本の価値観に大きな影響を与えてきた米国。もうひとつは日本の統治時代と戦中に多大な迷惑と被害をこうむったと主張する中国・韓国に対する自虐史観と呼ばれるものだ。  

経新聞の人気コラムニストであった著者が週刊新潮で連載している人気コラムの文庫だ。前作の「サダム・フセインは偉かった」があまりに快作だったのでぼくもこのブログで紹介したほどだ。

この産経新聞出身のこのコラムニストは、とにかくこの著書の中で朝日新聞をけちょんけちょんにこきおろす。ということは中国に対してもかなりあからさまな態度だ。云ってみれば朝日新聞に靴を脱いで投げつける感じか。お前のインチキ記事のお陰でどれだけ日本が間違った方向にいってしまったか、と激しい。  

いや中国だけではない。その投げつける靴の先には英国・オランダといったかつてのアジア・アフリカの宗主国であった人種がさんざん好きにやり放題やってきた裏の世界史をどんどん暴く。もう誰を信じていいのか分からないくらいに。    

やはり戦勝国がすべての歴史をつくるのだ。  

げんに米国もGHQが7千点余の本を選んで没収し、数十万冊を廃棄処分にしている。史実をつくり、都合の悪い史実は捨て去るか改変することで、いまの「事実」が出来上がる。  

この本を読むと、いままで習ってきた教科書や新聞での史実が、ぜんぜん違うではないかと嫌になる。ただ中国を叩いてはいるが、米国への厳しさは”さほど”でもない。前作のタイトルになった「サダム・フセインは実は偉かった」もそうだし、「アウンサン・スーチーは本当にいい人だとみんなは思っているのか」とストレートに直球を投げ込む。とんでもない奴だと。  

「ミャンマーは植民地支配の残した負の遺産をだれのせいにするでなし、国名も変え、貧しさに耐えつつ平和的に解決した例を他に知らない。  そういうビルマ人の努力をすべてぶち壊しているのが性悪のアウンサン・スーチーだ。彼女は植民地時代の支配階級だった山岳民族やビルマ人不満分子を糾合し、政権奪取を狙う。 」(本文より)       

いやはや、ぼくらが新聞で「スーチー女史、またもや軟禁」という記事に心を痛め、「スーチー女史、軟禁状態から解放」という記事に安堵したりしたのは、いったいなんだったのか。  

ただし、スーチー女史についてだけ語られた本ではなく、それは数ある項目のひとつでしかないのであって、それ以外には寝ぼけた頭を張り倒すような歴史や世界の報道への偏見にかみついているのだ。  

詳しくはこの本を買い求めて読んでみられたい。  

れにしても、内容が刺激的なこともさることながら、この高山正之という人の文章が非常にリズム感があって、また硬派な文章が非常に読みやすい。  

研ぎ澄まされた一撃は、見事にすっぱりと断ち割ってしまう。その文体は無駄をまったく排除しており、リズミカルで美学を感じる。まさにコラムの達人と云ってよいだろう。  

当然だと教えられてきたことに、疑問を感じる。  

またその主張する人間の言葉にも疑問を投げかけてみる。  

頭ごなしに信じきって思考停止に陥る人生よりも、それは健康的だ

スー・チー女史は善人か

6年ぶりに戒厳令が解除されたスリランカ。長い国の海岸線を護る警官にもプライドがある。










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てんびんの詩

の名作「てんびんの詩」をまだご覧になってない経営者が多い。  

見たとしても、あまり印象的でさえない、とか。  

の教育としては名作ビデオはミムラでは最高の師として、先日の年度経営計画発表会では、社員の方から「また研修として見させてください」という声があがって、みんなで泣きながら観たという傑作中の傑作だ。  

この映画を制作されたのは、自動車部品販売「イエローハット」の創業者である鍵山秀三郎氏ということは有名だ。  

彼の著書に珍しくこの「てんびんの詩」についてのいきさつが書かれていた。「てんびんの詩」ファンも興味があるだろう。  

映画「てんびんの詩」は、昭和58年(1983年)、私が50歳のとき、全額出資をして制作した作品です。  

当時は、ビッグストアが景気と会社規模を背景にして、弱小の問屋メーカーを泣かしていた時代だったのです。  

現に、私と親しかった経営者達も追いつめられて、何社も倒産しました。  

ビッグストアーの幹部がスーツを着て格好だけは、経営者然としていたものですから、わたしは余計に許せなかったのです。  

そこで、商いの原点を世に問いたい一心で、映画「てんびんの詩」を製作しました。  

「てんびんの詩」は、主人公の近藤大作少年が、悪戦苦闘しながら商人として成長していくという筋書きで、商いのあるべき姿を描いたものです。このドラマこそ、弱小の小売店やメーカーの人々に、大きな勇気と感動を与えると確信したのです。感動することの少ない世の中で、せめて「少しでも多くの人に感度を共有してもらいたい」と願って製作しました。  

おかげで皮肉にも同業ライバル会社の社員教育にも使用されました。  

この映画の底辺にあるのは「感動」。  

感動なき民族は滅びます。  

感動なき組織も衰退します。                                 

(鍵山秀三郎著 「仕事の作法」より)               

カンドーしてんのか、お前。 オイラを見習えよ。

てんびんの詩










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ひらく言葉

なんとかなるし、なんとかする。」                 

「失わないとわからないのか。    

その大切さが。」    

「何を迷っていたのだろう。  

何に怯えていたのだろう。  

ただ目の前のことに集中すればいいだけなのに。」  

「天国と地獄は、自分の心の中にあったんだ」  

「あなたのその笑顔と挨拶が   

世界を救っているとは、あなたは夢にも思わないだろう」   

「ワクワクという言葉を考えた人はすごい。    

言うだけでワクワクしてくる」   

「楽しく迷い、 明るく悩む」

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ミムラでの修行

る日の午後、  

一人の青年が会社に飛び込みでやってきた。  

白いポロシャツを着た青年は、営業の飛び込みでなく、

 

「何でもいいから仕事をさせてください」とのことだ。  

それも「時給をいただかなくてはならないんです」と言うではないか。  

 

くは大卒内定者の企業研修の一環で、仕事の厳しさを植え付けることなのかと思って訊ねたら、彼は立派な入社数年の男性である。会社は福山市内では誰もが知っているジャスダック上場の24時間大手スーパーなのだ。   

朝早くに研修センターを出発して、午後の6時までに5000円分の時給を獲得して帰らねばならない、という何とも過酷な体験学習なのだそうだ。もたされたお金は一日で300円。前日は無料奉仕で仕事を探しており、興味本位で使ってくれるお店(会社)もあり楽勝だったという。  

しかし、一転してその日は「時給付き」ということもあり、足が棒のようになるまで仕事を探していたが、ヤマと断られたという。もういくつの会社やお店を訪問して回ったかわからないというのだ。  

 

「あと1100円分の時給を稼がねば、今回の研修にパスしない」ともう顔が半泣きだ。  

 

ぼくは話を聞いて、面白くもあり「よし!」と快諾した。  

「2時間でよければ、1100円のお金をお支払いしましょう」というと、その青年は、  

「わぁ~、涙が出そうです。ありがとうございますっっっ。」    

ともう、せっぱ詰まった様子だったことをうかがわせるのだ。  

後からわかったことだが、もうギリギリのタイムリミットだったらしい。  

 

かし、問題は「何を仕事にしてもらうか」ということ。  

以外と急に言われてもそんなにない。本人はトイレ掃除でもなんでもやります、という。  

思いあまって相談した事務員は、領収書にハンコでも押してもらいましょうか(笑)という。  

でもなぁ、どうせなら印象に残る仕事もさせたいな、と。  

ということで、ぼくが選んだ仕事は、  

 

教育用「てんびんの詩」のDVDを観て感想文を書いてもらうことにした。  

 

「てんびんの詩」とは、近江商人の商売の厳しさを教える教育ビデオなのだ。  

一枚の鍋ぶたを売ることさえできない主人公と、厳しく育てようとする家族や親戚。  

そして、一枚の鍋ぶたを売った瞬間に、主人公の少年は商売の本質を知るのである。  

こんどの我が社の経営会議でも、社員から「また観たい!」と言い出すぐらいに、みんなの心を打つ。

 

して、かの青年に、「これからこのDVDを観なさい。観た後に感想文を書くんよ。それで1100円分の研修にしようじゃないの」と告げたのである。「感想文がいまいちだったら、書き直しだかんね。真面目に観んさいよ」と伝えた。

 

かくして、  

彼は上のような写真の通り、人の会社で必死に研修ビデオを観るという間抜けな話となった。  

しかし、そこは社会人。観ながらちゃんとメモを取っていた。  

帰りも歩いて1時間はかかるだろう研修施設まで、お金がないので徒歩で帰るという。  

制限時間に間に合わない。かくしてミムラのユージ平田が優しく車で送り届けた、とさ。  

 

数日後、  

彼の会社の社長様名でお礼状と、1500円分の商品券が届けられた。  

当社滞在時間約2時間。   

なかなか面白い研修だ。  

ご縁をいただいて、ありがとう。  

ミムラでの修行










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松下幸之助

る人が松下幸之助に訊ねた。  

総理大臣がみんなから辞めろ、辞めてほしいと言われて総理を辞めるときは、しんどいでしょうね、と。 続けて幸之助はこう云うのだった。  

結局、人間は死ぬときは死なんといかんということや。死ぬというとおかしい言葉やけれどね。  

ぼくは死ぬときに死ぬということが、一番大事やと思うな。死ぬと云うことはいろんなことに通じますわ。  

その覚悟が常にできている人やないといかんと思うな。昔はそれを教えたんやからね。 葉隠れの武士道精神みたいやが、それが武士の心得として大事やったもんや。まぁ、そういうようなことでいけたわけですな。   

とんどの中小企業のオーナー社長は、社長としての死を覚悟してはいまい。   

誰が継げるのかとか、まだ息子には早い、とか。   

ぼくは人間としては「死ぬことと見つけたり」という精神が6月30日から生じた。   

誰の人生でもない、自分の人生を「誰でも いつでも 死ぬ」という観点から生きるようになったからだ。   

しかし、まだ経営者としての「死」までは意識していなかった。   

業績が悪かろうと、良かろうと、経営者は経営者であり、誰も取って代わることができないと思いこんでいた。   

だから自分のことを評価などしてもないし、されても仕方ないとさえ思ってた。   

でもこの本を読んで、   

経営者として「死ぬときは 死ぬ覚悟があるか」と突きつけられた。   

よしっ、人間として精いっぱいいつでも死んでやろう。   

経営者として、自分の幕引きのできる決断の中で仕事をしてやろう、と思うようになった。   

「絶対に必要なのは熱意である。    

熱意にかけては        

最高でなければならない」               

幸之助

松下幸之助










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