ブルブル鳥の民俗 アラブの民俗観

                                    ブルブルbulbul(アラビア鵯、アラビア鶯)2

  

キーワード:

ブルブルの民俗  別称が三種  ブルブルの謎々

最も美声の持ち主  Bulbulの両義性  謎かけ的法学問答

ブルブルはよく囀るもの=よく喋る者、冗舌なもの、うるさいもの

鳴き真似(まね)、人との会話   鳥の言葉を解するソロモン

ブルブルはタムル(ナツメヤシの実)が好物  ブルブルと夢判断

 

 

                      ブルブルの民俗        

前ブログで述べたブルブルの代表種、「頭黒ブルブル・シリアブルブル」と「頬白ブルブル・イラクブルブル」を念頭に、アラブのブルブル民俗観を少し述べておきたい。

 

 

ブルブルの別称三種

ブルブルbulbulの名称分析については前回のブログで述べておいた。名称にかかわることから論を進める。

先ずブルブルには別称があるということ。

このブルブルBulbulに分析称が三種ある。

一つはクアイトal-Ku”aytであり、二つはジュマイルal-Jumaylであり、また三つはヌガルal-Nugharである。

1 クアイトal-Ku”aytの方はカウトka”t(短い、小さいもの)の指小辞であって、愛称であり「小さい物、短いもの」が鳥に当てはめられ「小鳥」の意味から「ブルブル」がその代表とされて成り立ったものと思われる。

2 ジュマイルal-Jumaylの方はジャミールjamiil(美しいもの)の指小辞であり、こちらも愛称となって「声が小美しいもの」の義からブルブルに当てはめられたものと思われる。

3 ヌガルal-Nughar。こちらはどちらかというと方名と考えられる。聖地メッカを擁するアラビア半島の西岸ヒジャーズ地方に多く生息しており、知られた名である。メッカ巡礼などでハッジ(巡礼者)も眼にすることが多く、巡礼行事とともに、その目と耳で得た感動がイスラム世界に広まったと考えられえる。             

                                                Dam.Ⅰ257

 

上はズグロブルブルの図2点。左図は木陰で様子を見て鳴こうとしている。Nabiil Yemen p.147 右図はズグロブルブルの雌雄の仲良しペア。Damiirii Ⅰp.259

 

 

ブルブルの謎々:

ブルブルBulbulは/b・l/の畳語である。そのためその親しさから次のような謎々が知られている。単純な謎かけではなく、詩の形をとり、何行にもわたる。口語ではこれらの詩行のいくつかを会話調にすればよい;

       さて何の鳥か その半分ですべてになる。

                Maa taa’irun nusfu-hu kullu-hu

                     訪れてはとどまり、その樹陰に身をひそめる

                                    La-hu fii dharaa l-dawhi sayrun wa-labithun

       視界に捕らえても せいぜいその四分の三

                                Ra’aynaa thalaathata arbaa’i-hi

       子音点を変えると 三分の一の意味となる

                                  Idhaa dahhafuu-haa ghaddat wa-hiya thulthun

                                        Dam.Ⅰ257   thaa'脚韻詩 /thun/

1行目「その半分ですべてになる」とはブルブルの原語Bulbulは/b・l/の畳語であることを指す。2行目、3行目はブルブルの生態を言っており、我が国のウグイスも茂みや藪の中にいてなかなか見つけにくい。4行目「子音点を変えると 三分の一の意味となる」とはBulbulの bulbまでの/b・l・b/までを言っており、子音点を持つのは、第一、第三の子音/b/である。その台字の下の子音点一つ/b/の代わりに、台字の上に子音点を三つ打つと/th/となりthulthとの語が成り立つ。thulthすなわち「三分の一」の意味を実現することになる。

 

 

    もっとも美しい鳴き声の持ち主

ブルブルbulbulは上で述べたように別名を三つ持っており、そのうちの一つがジュマイルal-Jumaylであった。ジャミールjamiil(美しいもの)の指小辞であり、愛称となして「声が小美しいもの」の義で、ブルブルの鳴き声の属性を言い当てている。

 

9世紀イラクの文豪ジャーヒズは鳥の中で、最も美しい囀りを見せるのは鳩(hamaam)とブルブルとであることを述べ、また雄鶏(diyk)やミツスイ(dubsiyy pl.dabaasiyy)の中にも鳴鳥が見られると述べれいる。そのあとに鳩(hamaam)の種のなかでもクムリッヤ(al-Qumriyyahキジバト、複数形qamaariyy)、ウラシャーン(al-Wurashaanシラコバト pl. waraashiin)、シフリーン(al-Shifriinキジバトと似た別種 pl.shafaariin)、ファーヒタ(al-Faakhitahジュズカケバトpl.fawaakhit)などを並べる。そしてその囀りについて、詩を引用しながら続けている(Ⅰ194、Ⅲ194-45)。

一方中世後期のエジプトの文豪ダミーリーは、ブルブルbulbulの項で、二つのブルブルを謳った詩を引用している。一つは前ブログの稿末に訳出しておいた。ここでもう一つの方を紹介しよう:

       ブルブルを詩に謳う(2)

ダミーリーはアラブのナイチンゲールとも称されるブルブルを記述する中で、二篇の詩を引用している。ここではもう一篇アラブのブルブル愛を感じさせるものを訳出する。

      「早朝そぞろ歩きにブルブルのさえずり」

作詞家はユーフス・イブン・ルウルウ(Yuusuf ibn Lu"lu")、中世アラブの詩人。

 

1. 汝が愛(め)でる庭園(その)に 早朝に起きて散策する者よ

                  baakirun ila r-rawdati tastajlii-haa

      朝には庭園の入口から微笑み一杯で迎え入れられる

                                    fa-thaghru-haa fi s-subhi massaam

2. みずみずしい水仙も はにかみを顕わにしながら

                    wa-n-narjisu l-ghaddu “taraa-hu l-hayaa

        目の端を閉じる 未だ眠いといわんばかりに

                                        fa-ghadda tarfan fii-hi asqaam

3. ブルブルは高い木の茂みで高々と歌いかける

          wa-bulbulu d-dawhi fasiihun “ala

        するとシュフルール鳥負けじと囀り上げる

                        l-aykati wa-shuhruuru tamtaam

4. 朝の風そよと吹きて芳香漂わす 

          wa-nasamatu s-subhi “alaa da”fi-haa

        そぞろ歩きの我々の頬を撫で行く

                                       la-haa bi-naa marra wa-ilmaam

5. いざ持ち来たれ 北風に冷やされしブドー酒を

          fa-“aati-ni s-sahbaa’a mashmuulah

       乙女らも来れ、陰口をたたく輩(やから)いまだ惰眠中なれば

                                   “adhraa’a fa-l-waashuuna nawwaam

6. なれど我らの間の恋の話はさし控えよう

           wa-aktim ahaadiitha l-hawaa bayna-naa

       庭園の陰には中傷者潜(ひそ)むやも知れぬゆえ

                                       fa-fii xilaali r-rawdi nammaam

             (ダミーリー I p.336)miim脚韻詩 脚韻は/-aam/

  第3詩行、シュフルールshuhruurとは、和語ではスルスミ鳥、学名はTurdus torquatus。

6詩行はブルブルの性格も詠い込んでいる。樹陰に隠れ身を全部は出さない。そして鳴き声は流暢で、悪い意味では軽口とも中傷とも受け取られる。

 

 

     ブルブルはよく囀るもの=よく喋る者、冗舌なもの、うるさいもの

ブルブルbulbulは、美しい囀りが最も知られるが、一方雄同士の争いや、警戒音では不快な音もだして鳴きまくる。その様子はよく弁の立つ、冗舌で口達者な若者はブルブルと呼ばれることが多かった。秀才で誉高かった法学者のマーリク・イブン・アナスもまたそうした意味でブルブルbulbulと呼ばれた一人であった、良い意味での方の。        Dam.Ⅰ258

Bulbul は、実は原義はこちらの方にあり、「よくしゃべる人、冗舌な人」の意味がある。語根義から考えてもこちらの意味が先にあり、それが「良く囀る鳥」にも適用されたと考えてよい。よい意味では<美声>が、悪い意味では<冗舌、五月蠅(うるさ)さ>が象徴される。

Bulbulの語根義には<鳥>に関したものは見当たらないし、派生語の中にも存在しない。

ブルブルbulbulの複数形はBalaabilである。

 

 

     謎かけ法学問答、Bulbulの両義性

またブルブルBulbulの上のような両義性をついて、謎かけ的に法学問答が繰り広げられた。

一例を示そう:

砂漠に暮らす遊牧部族のキャンプ地にもイスラムの法を知ってもらうために、巡回ファキーフ(法学者)の訪れが不定期にあった。

ハルブ族にも巡回ファキーフが本拠地にやってきたので、族長クラス、識者、知の探究者、詩人たちなどが集まり、日ごろの疑問、イスラムの解釈について質問する。巡回ファキーフはそれに回答を与える。ここでは何人かの ここでは知識に飢え、学問を究めようとする気鋭の若者が質問を行う。集会所での多くの法律問答が展開される。

 

若者は(最後に刑法に関わる)質問を向けた、「ブルブル(bulbul)の眼を故意にくりぬく者に対してはどのように対処すべきでしょうか?」。ファキーフは答えるに、「ブルブルが(鳥のことならばマクルーフ忌避すべきでしょう。ですが)それが「軽口・軽率な男」の意味ならば)その者の眼をくりぬいて(=話を中断させて)、一言で終わらせなさい」。

          第32話  タイバ(メディナ)のマカーマ ハルブ族集会所での100の法律問答

ブルブルが<鳥>そのものと、原義の<人間>のおしゃべりという属性の両義性をついたもの。両方ともフィクフ(イスラム法規定)ではマクルーフ(行為としては「しない方が良い、ハラーム禁止ではないが、忌避すべき行為、人間の「おしゃべり」も慎みをもってすべし、と。

               ハリ―リー作『マカーマート』、第32話より

 

 

    鳴き真似(まね)ができ、また仕込まれると人との会話も

様々な声を出す鳥、声帯が人間似ている鳥、などにはよく物真似や他の鳥の声の真似、時には人の声を真似が出来、またその鳴き声がよく似ているため、聞きなしができる鳥がいる。

オームや九官鳥などよく知られた例であるが、そうした中でブルブルbulbulもまた籠で飼われたりすると、そうした環境の中で飼い主が教え込むこともできる個体もあることが知られている。

一説ではブルブルは自由を愛し、籠に閉じ込められると、落ち着いていないで、外に出たいとバタバタしている、というのである。人間とは不仲(tasaafud)である、とする。

しかし幕や覆いを使えばその加減で上手く飼いならすことができる、とされる。

 

文豪ジャーヒズはある時、友人の家を訪問した時、友人が籠のブルブルに対して対話している光景を見て驚いている。その友人はブルブルに鳥語か分からないが、意味不明な言葉をかけると、ブルブルの方も喋るような声を返してきて対話していることを見聞記で述べている。鳥との会話をティラーフtiraahとの用語で表している。

                                             Jah.Ⅲ339、Ⅶ186

 

 

 

         鳥の言葉を解するソロモン

動物の言葉を解するソロモンは、当然鳥の言葉を解することができた。アラブ世界ではそのうちの一つとして、ブルブルの言葉を解した事例が残っている。

マーリク・イブン・ディーナールの伝えるハディースとして:

預言者ダーウード(ダビデ)の子スライマーン(ソロモン)はかつて旅にある時、一本の大木の下を通り過ぎた。その木の枝には一羽のブルブルが止まっていて、鳴き声を上げ、頭を動かし、尾を左右に振った。そこでスライマーンは侍従の者達に尋ねた、「あのブルブルが何と言ったか分かるかね?」と。一同が「さー一向に分かりません」と答えた。

スライマーンが答えるに、「ブルブルが言うには、あたしがタムル(ナツメヤシの実)を半分食べ終わったところなのに(邪魔されてしまったじゃないか)、忌々しい、この世など埃だらけになってしまえ!と言っているんだよ」と。       

                                              Dam.Ⅰ258

 

 

      ブルブルはタムル(ナツメヤシの実)が好物

上のソロモンの逸話でもわかるように、ブルブルはタムル(ナツメヤシの実)が好物で、熟れたのを一粒とって来ては、安全な大木の木陰で食べるわけである。この時偶然ソロモン一行が樹下を物々しく通ったため、腹をすかして食べようとしていたブルブルは邪魔されて、食べるのを中断して訴えたのを、鳥の言葉を解するソロモンが聞き分けたわけであった。

またブルブルの特異な習性があり、収穫期に達した熟れたタムルを幾つか、あるいは数十、大木の窪みや穴にため込む(yahtakir)習性がある、という。そして欠乏時に空腹になると、そこから適宜選んで、採食すると言われている。         

                                         Dam.Ⅰ258

 

 

 

ズグロボルボル(左図)とホオジロボルボル(右図)。両者には共通して腰の部分の黄色yellow-ventedもまた目立つ。いずれもUAE、Plate 12,13.

 

 

                           

        ブルブルと夢判断

アラブ世界には、庶民の一般家庭生活には公的イスラームの協議とは異なる、イスラム期以前から伝わり、イスラム化でも私的な俗信領域は維持継承されていた。占も多方面に存在し、夢判断なども信じられ、イスラムとのすり合わせも多々見られるが、何かの折には頼りにされていた。

こうした夢占いの領域に、幸いにもブルブルの事例も挙がっている。

数少ないが、夢にも出て来るほどブルブルが身近な生活領域に入っていることになる。

ここでブルブルの夢占いの事例を紹介しておこう:

 

ブルブルが出て来る夢を見ると、

ブルブルが雄ならば、それは金持ちの男性と、雌ならば富裕な女性と解される。(囀りの属性として、豊穣さ、美しさを保ちうる富裕さ)

ブルブルが若鳥であったならば、男の子であり、聖なるコーランの読誦者(Qaari‘)となる、

と解される。(美しい囀りは、雄のみであり、若い時の方がより清澄である。また囀りの調べは口頭芸術ともいえる「キラーア(Qiraa’ah コーランの読誦)」の体現者である「コーランの読誦者(Qaari‘)」とも見たてられる)

自分自身がブルブルに変身した夢を見た場合、事業家となり有能なアッシスタントを得て大成するであろう。     

ブルブルの美しい囀りを聞いた夢を見た場合、それは遠方方の吉報がもたらされることを、あるいは予期せぬ物品か財産が飛び込んで来ることを意味する。カラスの声は真逆である。

                     “Awdullaah p.18,Al-Aklii p.304、Qutb p.58, Dam.Ⅰ260

 

                      Jah.Ⅰ194、Ⅲ339、Ⅴ224、Ⅶ186、Dam.Ⅰ257―60