プロムナード -34ページ目

プロムナード

古いこと、新しいこと
いつでも、どこでも
思いつくまま、気の向くまま


最近のマイブーム、100均のスグレモノの解体(^^)


今回は、ダイソー、キャンドゥに続き、セリアにあったマグネットスイッチ付LED。


クローゼットとかの扉に付けておくと、開いた時にマグネット式でLEDが点灯するというグッズ。これ、車のダッシュボード用とかに使うと便利。


マグネットと書いてあるので、まさかホール素子とか使っているのか!?とか思ったので、早速分解してみた。


実際にはそんなものを使っているわけじゃなく、リードスイッチが入っていて、それがマグネットでオン・オフするだけというもの。そりゃそうだよな、それで十分だし。ということで、とりあえず回路図に落としてみることにした。

回路としては下図の様なもので、チョー簡単な回路となっている。即ち、

-  扉が開いている=リードスイッチがオフ: LEDはオン
-  扉が閉じている=リードスイッチがオフ: LEDはオフ


という構造。つまり、インバータが働いてLEDをオン・オフするという仕組みだ。


基板上には、そのインバータと思しきICが、この手の製品によく見られるように樹脂でポッティングされている。したがって完全な回路図には落とせないが、まぁ、インバータに間違いはない。因みに、TIや東芝などが出している表面実装用のインバータ(1個のみ搭載)は、大きさが1㎜~2㎜程度の大きさなので、そのベアチップがポッティングされているのだろう。

しかし、470kΩの抵抗は表面実装用のチップ部品だし、こいつの実装と同時に完成計のICを実装して一緒にリフローした方が安いのでは、という気もするが、まあいいや(^^;

回路を見てみると、LEDが直接LR44 x3の端子から直接ドライブされていることが分かる。直列に抵抗を挿入したりしていない。

さすが100円モノ、徹底的なコスト削減となっている。


本来LEDは電流駆動であるから、直列抵抗で電流制御をしないと破壊されてしまうのだが、ボタン電池自体の内部抵抗が高いことと、電流容量が小さいことを鑑みて、直接駆動としているのだろう。逆に云えば、電池寿命を長くさせようなんていうスケベ心を起こし、アルカリ電池などで代用させるとLEDが破裂しそうだ。

なので、その改造は改悪であり、キチンと抵抗を入れないとヤバいです。

それと、ちょっと気になったところは、扉が閉じているとき、つまりリードスイッチがオンのとき、電池からは抵抗を通じて回路が形成される。つまり、電流が流れっぱなしのだ。従って、LEDが点灯していなくても常時電池は消耗しているわけだ。これは如何なものかと思うが、しかし、470kΩを経由しているので、電流値としては4.5V/470x1000^3、つまり約9μAだから、まあいいか、というところか。

ところで、この商品、白色LEDが2個、更に1.5Vボタン電池が3個が漏れなく付いているというお買い得感満載の商品。つまり、

電池が消耗した後は、電池の交換なんてケチなことせず、本体ごと買い替えた方がゼンゼン安いんだぜ

という、
時代の趨勢にアンチテーゼする、ステキな商品でもあります(^^)
先日放映された、AKB48に於けるBKA48(バカ48)のセンターを決めるために、英語、数学、理科、社会、国語という5教科の抜き打ちテストを受けさせるという、めちゃ×2イケてるッ!(通称めちゃイケ)は、まさに抱腹絶倒の企画だった。

この企画というか試みは、かつてモーニング娘。に対して行われたものと同等だが、先生役であるナイナイたちから、何と言われようとも屈託のないメンバーの対応が実に心地よく、小生的には大歓迎の番組だ。

世間知らずというか、常識知らずというか、彼女たちは元々そういう世界にいるのだから、多少の非常識さは大きな問題ではないだろう。というより、一般の同世代の人達にしても、同等のレベルの知識しか持ち合わせていない人も少なくない。そちらの方よっぽど問題だ。

小生は、世の中、同じ教育を受けて同じ価値観を持つこと、つまり万人が平均化することがが果たして大切なのかどうか、疑問に考えている。大衆が平均化するということは、管理する側から見てコントロールしやすくなることは確かだが、そこに新しい発想が生まれるかどうかというと、いささか疑問。奇抜なアイデアとか、突拍子もない行動がもたらす効果といったものは、知識が平均化されていると出難いだろう。

芸術の世界に限るのかもしれないが、その世界に於ける天才というのは、ステレオタイプな教育を施された人よりも自由気ままに生きている人に多いのではないだろうか。そもそもエンターテインメントの世界は、普遍性よりも異常性こそが個性でもあり、
法律を遵守し道徳と倫理が常識の範囲を超えてさえいなければ、一般知識としての常識が常識ではなく、一般の非常識が常識、ということがあってもおかしくない世界だと考える。

そもそも、学業に専念すべき(あまり良い言葉ではないが)年頃のときに、学業と歌やダンスのレッスンを並行して行うことは土台無理だろう。ともかく、彼女たちは素人ではなく、プロの歌手なのだから、学業にも優先して芸の技を磨くということがあってもしかるべきだ。それがいやなら、さっさと卒業して、平均化すればよい。エンターテイナーというのは、そういうものだと思う。

とにかく、バカといわれようがなんだろうが、そういう評価を武器に転化し、更なる活動に邁進している姿は、誠に頼もしい。

元々、AKBの立ち位置は、ファンが崇める存在として君臨するプレゼンスではなく、不完全なままの姿をむき出しにし、ファンが育てていくというスタンスで生まれたものであるから、どうしようもない奴らだなぁ、と思わせる方が、むしろ点数が高いかもしれない。

世の中には、スポーツ万能で、しかもロクに勉強もしていないのに成績優秀というユルセナイ奴もたくさんいる。一方、AKB48はファンと等身大であるというスタンス、或いはファンよりも下のレベル、というところに近親感を生み出す仕組みで成り立っている。実際、学業のみならず、運動能力にしても、あれだけのダンスをこなしているにもかかわらず、スキップができないとか逆上がりができないメンバーもいるからオドロキだ。逆に云えば、それだけ努力しているということなのだろう。

つまり、努力している姿が共感を生んでいるのだ。

20%を超す視聴率だったということ含め、ファンとの間の緊密感はさらに近くなったと考える。


100均にはたくさんのスグレモノがあって、いつ行っても飽きない(^^)

今回の獲物は、100円ショップ「キャンドゥ」で売られていたバッテリーチェッカーだ。


これまで、バッテリーのチェックなんかテスターで見ればいいじゃんと思っていたから、高い金出してバッテリチェッカーなんか買う必要なし、なんて思っていたんだけど、100円だったら何も考える必要なし、ということでソッコーで調達し、それなりに使っている。表示はちょーアバウトだけど、生きているかどうかぐらいは簡単にわかるので、意外と便利。

っで、パッケージの表示に「1.5Vの乾電池と9Vの乾電池以外には使えない」と書いてあるんだけど、そう書かれていると、じゃ、ボタン電池は計れないのか、なんて思うのが、人間の性。ということで試してみた。もし、ボタン電池にも使えるのであれば、少し改造すればCR2450の様な3Vのリチウム電池の元気度の確認にも使えるようにもなるし。

結果、新品のボタン電池であっても、確かに針の振れは小さいのだ。試しにテスターで測ってみたら、ちゃんと1.5Vが出ている。なんで??

そうなると、俄然興味が出てくる。ということで、今回も分解してみた(^^;

分解に当たっては、プラスチックケースの貼り合わせ面にマイナスドライバーを突っ込んで捻じれば、簡単に開けることができる。つまり、貼り合わせに使用している接着剤の量はコストダウンを鑑みて、微量というしたということだろう。開封した写真は次の通り。


ご覧の様に、100均もの名物、アートな3D空中配線と、ポップでラブなハンダ付けが見られる、エキゾチック仕上がりとなっています(^^)

このハンダ付け、お世辞にもきれいとは言えないんだけど、まぁ、100円だし。。。導通損失とかどーでもイイだろうし、動作保証もないしね。もちろん、文句は言いませんけど。


次にこれを回路図に落とす。回路図がこれだ。

この回路図を眺めながら、あれ?と思った。小生、バッテリのチェックは電圧を見ると思っていたんだけど、これ、電流を流しながら電流の値を読んでいる。つまり、メーターは電圧計じゃなくて電流計だったのだ。

考えてみれば、電池の元気度というのは電圧が発生しているかどうかではなく、電池の内部抵抗で決まるのだから、電流を流して初めてわかる。そのことをてっきり忘れていました。

だから、もともと電流容量の小さいボタン電池は、回路に電流を供給する能力に乏しいから針が振れないということか。なるほど。。。

早い話、ボタン電池を計るとなると、ボタン電池は内部抵抗が大きいために電流を取り出すと電圧降下してしまうから、このバッテリチェッカーの方式では測れないということになる。

さすが、100円モノ、基本というか、原理原則に対して忠実に設計されているということなんですね。安いことには理由があるが、手抜き、精度の低い部品の使用とかそういうことだけじゃなく、システムを最小限度で構成し、無駄がないということも非常に重要な要素なわけだ。

しかし、毎度のことだが100均にはたくさんのナゾがあって興味が尽きない。

今回もたくさん勉強させてもらいました(^^)


アメリカというと、自由平等というイメージがある。しかし、ひょっとすると電子技術関連に限ったことなのかも知れないが、

実はものすごく学閥意識が強い。


仕事柄、シリコンバレー界隈のスタートアップ会社との付き合いがきわめて多いのだが、新興会社の案内を見ると「CEOの誰々はxx大学を卒業し(書かれているのは、スタンフォードやUCバークレイの様な名だたる大学名)、その後xx大学でPh.Dを取得、さらにxx大学でMBAを取得」とか、やたら書いてある。また、他のManagement Team Member、即ちCOOにしてもCFOにしても、或いはCTOにしてもしかり。どんだけ自己顕示が激しいか。日本の場合だと、会社案内の中に社長の学歴を見ることは殆どない。

名門スタンフォード大学の中庭(といってもちょー広いからその一部)

もちろん、実力社会だから経歴も実力の一つだし、アタリマエとは思うが、しかし「これでもか」みたいな経歴の羅列は、ある意味笑えるのだ。しかし、それでVCから金が集まるなら、正しいやり方なのだろう。

ご存じの様にアメリカという国は様々な人種のるつぼでもあるから、取引を開始する会社や新たな採用を検討する相手について、その「人となり」を見極めるためには、きちんとしたレジメが重要ということなのだろう。実際、会社間の取引であっても、取引を行う相手について、その会社に関する経歴や実績などを他社に尋ねる「Reference」がないと、取引が成立しないことも多い。

要は、

彼らは取引相手が信用できる相手かどうかという客観的な情報が欲しいのだ。

もちろんReferenceを提供する側は保証人というほどの重いものではないにせよ、求められる以上はまじめに対応せざるを得ない。実際に小生もこれまでに何度か、このReferenceを書いたことがあった。

また、新製品の紹介などの各種プレスリリースについても、たいていの場合は他社のコメントを「Quote:引用」として掲載する。これも、評価に対する客観性を訴求するための手段の一つなのだろう。

疑り深いのか騙す奴が多いのか、いずれにしても本人の証言だけでは信用しないという姿勢は、日本のそれに比べるとはるかに高い気がする。

また、広告についても、比較広告のえげつなさも日本の比ではない。「こんな比較結果を言っていいの?」みたいな比較広告が巷にあふれている。あまりにもあからさま過ぎて、見ている日本人がドン引きする様な広告もたくさんある。

つまり、訴求するポイントは「差別化」なのだろう。

したがって、冒頭に述べた学歴も、この差別化を表しているのだと理解することが可能だ。

小生も多数のコネクションをリンクしているLinkedInの様なSNSには「Recommendation」という項目があり、リンクしている他者から本人を称える「こそばゆくなるような美辞麗句」でちりばめられた紹介がてんこ盛りに載っている。これも、一種のReference。

物事を遂行させる上では「見通し、根回し、段取り」という重要なプロセスがある。ある意味我国が最も苦手な部分でもあるわけで、

アメリカのやり方を見ていると、こういうプロセスをキチンとこなすことが、どんだけ重要なのかが見えてくる。

アメリカンドリームという、成り上がりが成功する話もたくさんあるのだろうが、一般的に言って、努力の一つに学歴も入るのであれば、成功するためには若いうちからしっかりとしたビジョンを持つ必要があるということなのだろう。

世界を相手にする上では、こういうスキルも身に着けておく必要がありそうだ。



マクドナルドの企画として、ハッピーセットというメニューがある。このオマケが秀逸だったりする。

近未来の電子技術を担う今の子供達に、このようなおもちゃを渡し、実験させ、考えさせる。

それこそが、我々大人たちの仕事だ。

先週発売のオマケは、「おしゃべり宇宙人」という人体通信を用いたおもちゃだった。既に完売してしまったようだが、今週も更にオマケが続くという。


このオマケ、日頃懇意させて頂いている東京電機大学非常勤講師、東京大学 22世紀医療センター、更に会社社長でもある人体通信技術の第一人者の方から「マクドナルドのハッピーセットに人体通信おもちゃが付いたよ」という連絡を頂き、早速調達してみたものだ。

この人体通信は、人体を導体として微小電流が流れることによって電気信号を伝達するというもので、右手と左手とか、或いは複数の人が間に入って回路が形成されれば閉ループとなり、あらかじめ録音されていたメッセージがスピーカで再生されるという、子供目線でみれば魔法の様な仕組みとなっている。

具体的に言えば、センターとなる1つの金属片に片手をふれておき、3つある金属片の一つにもう片手で触れるとメッセージが再生される。メッセージは3つの種類があり、それぞれが独立した金属片にアサインされている。数人の体を数珠つなぎにしても電流が流れれば再生可能だ。

分解した写真がこれ。


分解に当たっては、裏ぶたを止めるネジが三角ネジとなっており、一般家庭では三角ネジドライバーを持っていないことが多いために、分解するには少し敷居が高い。実際、商品の包装袋には「分解できません。無理に分解しないでください」といった文言が謳ってあった。更に、裏蓋の一部が接着剤で固定されているため、ネジを外すだけでは分解はできず、無理矢理切断することが必要となる。したがって、ここで挫折することもあろうかと思う。

分解後の所見。

ご覧の様に、プリント基板上にベアチップが樹脂でポッティングされており、信号処理はそこで行われている様だ。その他、小信号トランジスタが数本並んでいる。ディスクリート部品以外にICが搭載されていると、回路図に落とすことが困難ではあるが、信号処理内容はさほど複雑なものではないものと思う。

電源としては、L736H(LR41相当)が2個搭載されているのだが、この手のオマケ的製品の場合、電池切れが製品寿命として仕様されていて電池の交換はできない構成となっているものが多いが、この製品では電池交換が可能である。上に書いたように分解させない方針であるとはいえ、電池交換可能ということは、分解に挑戦する人に対しては使い捨てさせないということかもしれない。

人体通信には、この微小電流を体に流す方法以外に、人体の周りにある電界を用いる方法もある。その方法だと、非接触での通信が可能だ。つまり手を触れなくてもかざすだけでメッセージが再生可能となる。ただし、その場合は電磁波を用いるので、電波法遵守が必要となるし、コストもオマケ程度ではすまないだろう。

とにかく、こういうオマケは大変すばらしいと思う。

子供たち(大人も含め)が、「何人まで手つなぎが可能か」などという実験を行うようになれば、まずは大成功だ。

例えば、3人まではOKだけど4人だったらダメ、とか3人でも人によってはダメとか、或いは、「じゃ、お刺身だったらどうなの?」
「ラーメンは?」 「アイスだったらどうかな?」

そういう「条件づけ」を見出せれば、直列に挿入される抵抗値が増大することによって、電流値が下がるという自由研究のテーマにだってなり得る。まさしく「オームの法則」の実践版だ。


願わくば、このオマケに保護者に簡単でもよいから原理や仕組みについて述べる用紙を入れてほしかった。

疑問を持った子供たちに、保護者がきちんと説明できれば、彼らの向上心もステップアップすると考える。


説明なんぞ、簡単でよい。「人間の体は電気を通します。でも、電線よりは通りにくいので、たくさんの人をつなげると、電気が通りにくくなるのです。ではどんなものが電気を通すのか、調べてみましょう」などという程度の説明が書かれたペラモンの紙切れ一枚で十分だ。

こういう身近な物理現象を子供に体験されることはとても重要だ。

と同時に、

その現象をわかりやすく説明してあげることも、大人たちの重要な課題だと思う。


更なる物理実験オマケに期待したい。



100円ショップで売られている製品を

コストと品質及び性能のバランスという視点で見ると、すごく勉強になる(^^)


写真は、ダイソーで購入したLED搭載のナツメ球。ナツメ球というのは、蛍光灯などに付属された常夜灯などに使用される小電力のくら~い電球のこと。LEDが搭載される前は大体5Wぐらいが標準だったが、LEDが登場してからは0.5Wと、約10分の1値度まで省電力となっている。

ところで、LEDは従来のフィラメント型と異なり、100Vの電源電圧を直接印加させることはできない。そんなことをしたら、ブレーカが落ちる前にLEDに大電流が流れ、燃えて破裂してとんでもないことになる。

LEDは低圧で駆動し、なおかつ明るさは電流で制御されるものだ。これをどう処理しているのか、いったいどんな回路になっているのか、とても興味があったので天気があまり良くない休日に分解してみた。天気の良い日は外出する。


現物を眺めながら回路図に落としてみた。極めてシンプルな回路であるが、基本に忠実で教科書通りの回路となっていた。逆に云えば、安全設計などの冗長性は最低限度なので、早い話「使用するのは自己責任で」ということか?


とはいえ、100円ショップの名誉のために言っておくが、別段危険というわけではないので、特に使用する上での問題はない。ただし、とにかく徹底的なコストダウンがされているので、ある程度のリスクはやむを得ないというところだろう。

さて、回路的にみると、100VAC電源から150Ωの抵抗を通じて0.47μFのフィルムコンデンサで降圧し、LEDに流し込む電流値を得ている。まぁ、なにせこの大きさなので、100Vから降圧させるためにトランスなんぞ使っているわけないし、どうやって降圧しているのか、一番の興味はそこだったのだが、100Vを直接ぶち込む方式としてコンデンサ降圧方式を使っているのは、なるほどと思った。

0.47μFのコンデンサを介して100Vを印加すると、直列に接続されている抵抗とかダイオードのインピーダンスなんかを無視すれば、関東の場合、回路の電流値=100 x ωC=0.00147(A)、つまり約15mAとなる。一般的なLEDへの流し込み電流はだいたい20mA程度だから、関西での使用を鑑みてディレーティングして設計してあるのだろう。

実際のコンデンサのインピーダンスを計算してみると、


となる。

このコンデンサに並列挿入されている470kΩの抵抗は、おそらく電源遮断時の感電防止用としてコンデンサに蓄電されている電荷を消すために挿入されているいるんじゃないかと思う。このあたりは安全設計かもしれない。

そういえば、ACに直結して直列に入っている160Ωの抵抗はヒューズも兼任しているようだ。これもある意味、安全設計だ。

そのあとは、教科書通りのフルブリッジによる全波整流でDC化している。ただし平滑コンデンサは搭載していないから、脈流のままLEDに流し込むという手段。もちろん平滑なんぞしなくたって、電流の方向が一方向であればフリッカーが出ようが効率が落ちようが、使用上の問題はないから、これで良しとしているわけだ。一方、コンデンサを用いて降圧された電圧を整流しているので、かなり「鈍っている」ために、平滑しなくても相当に平滑に近い脈流となっている可能性もあるから、わざわざ平滑コンデンサを使わなくてすんでいるのかもしれない。とすれば、

目的にあった回路として完成されているといえる。

以上の様に、極めてシンプルに、しかも基本に忠実に回路構成されていることが分かった。ただし、先に書いたように、安全設計の冗長性はかなり犠牲にしているようだ。

ところで、回路はともかく、製造についてだが、100Vの口金部分から直接抵抗を空中配線しているのには、ちょっと驚いた。絶縁チューブを使っているとはいえ、ハンダ不良部分の経年劣化や落下衝撃などで外れて反対側に触れたら確実にショートし、ブレーカーが落ちる前に口金部分が溶けてしまうだろう。。。これはちょっとコワイ。

そもそもハンダ付けも、見た感じではゼッタイ手付によるものだし、かなり粗い出来具合だったから、リスクも大きい気はする。とはいえ、工賃を鑑みると、

たとえこの程度の出来であっても日本国内ではこの価格、全く無理だろう。

部品代だけを見ると、確かに100円では十分おつりが出ると思うが、原価、品質、性能という三大要素はそれぞれトレードオフの様なものだから、枯れた技術を使う限り、三大要素のうちどれかを優先させれば、他の要素は犠牲になるという例だ。

100円ショップの「究極のコストダウンを図りつつ、どこまで品質を保ちながら性能を維持できるか」という戦いは、大変興味深い。


狂犬病の予防接種、或いは身近なところでは低温殺菌牛乳でよく知られているパスツールの言葉に、


「学問に国境はなく、学者に祖国あり」

というのがある。けだし名言で、没後百十余年を経た今でも、全くその通りだと思う。 

小生は、日本の頭脳流出についてあまり悲観的ではない。何故なら、頭脳流出」は今日の日本が抱えている重要なテーマの一つでもある「グローバル化」と、トレードオフの関係にあるからだ。

グローバル化を進める上で頭脳あるいは技術の流出について、小生は或る程度覚悟する必要があると考えている。逆にそうでなければ、海外から見て日本のやり方はフェアではないと見られるだろう。もしフェアでないと判断されてしまえば、日本は今後世界が合い塗れる土俵にすら登場させてもらえなくなる。

それは世界的なルールだといっていい。

一方、あまり報道されてないが、日本への頭脳流入もたくさんある。因みにエレクトロニクスの世界では、インドや中東の天才的な頭脳に大変世話になっている。

それと、記憶しておくべきは、「日本はヤバい、危ない、凋落する」というお題目を唱えると本や雑誌や新聞が売れるということ。この話、産業系新聞雑誌の編集長が言っていたことだから間違いないだろう。つまり、あまりその手の扇動に洗脳されない方が良いいうことだ。

実際問題、頭脳流出問題はずっと以前からあることだし、今取り立てて騒ぐということは、取りも直さずマスコミの情報に踊らされている結果だという気がするのだ。私たちは表面的な(商売としての)報道の裏にある事実も、きちんと把握しておく必要があると考える。

小生、たとえ多少頭脳や技術が海外に流出しても、日本のそれが枯渇することなど全くないと考えている。日本人はそれほどバカじゃない。むしろ、流出した分を流入させればいいわけで、懸念することよりも収支勘定して前向きにとらえた方が良いはずだ。

人間に生まれた以上、真理や技術を極めるためには国境など意味がない。人類の叡智を人類のために役立てていこうとする姿に、頭脳流出と揶揄するのはいかがなものか。

一方、人は自分が生まれた国を忘れることはない。それは帰巣する鳥や魚の様に人間も動物だからアタリマエのこと。
冒頭のパスツールの言葉は、それだと思う。

それよりも、日本の保守的な構えの方が問題だ。海外で開催される技術シンポジウムにしても技術展示会にしても、会合に出席してわかるのだが、日本はせっかく良い技術があってもアピールが下手で、というか保守的なので、グローバル視点で見ると日本は遅れていると見られている。

エレクトロニクスの世界でいえば、テレビやスマホの様なアプリケーションに於いて、日本メーカーは悲しいかな世界規模でみると今日の様な体たらく。しかも日本のお家芸ともいわれるエコ技術についてすら、海外メーカーは日本を尻目に突き放し始めている。
実は日本の方がとっくに開発している技術であっても、旨くアピールしていないから他国による開発の二番煎じだと見られているのだ。

世界の目がアピールの強いところに注目するということは、ごく当然のことだ。いきおい、日本は技術開発技術が廃れていると思われる。

それは違う、と叫ぶのは単なる遠吠えでしか過ぎない。


いきおい、そんな状態で頭脳流出を拒んでいれば、日本はグローバル化どころか技術後進国に成り下がってしまう。

技術者や研究者が最も欲することは、研究開発に没頭するための時間や資金だろう。先に述べた様に、海外が日本が斜陽であると判断すれば、資金は底をつく。そうなったら頭脳流出云々以前に、日本は破産だ。

今すべきことは、頭脳流出を憂うことではなく、日本は魅力的であることを理解してもらうことです。

だって、実際にそうだから。



家から半日程度の小旅行といえば、あてずっぽうに街を歩いて廻るのが楽しい。冬は寒いから外出が億劫になるが、春先になると外に出たくなる。街の徘徊は適度な運動にもなる。

今回は東京都北区東十条駅付近。

東十条駅には北口と南口があって、北口は西と東とにそれぞれ出口が分かれる。東側は東十条銀座という商店街へとつながる。幾つかのリサイクルショップがあるが、ひとつの通りに出口が幾つもあるというのはちょっと珍しい。

これに対し、西側の方は地方都市の場末風酒場やバーが並んでいる。都内にも、こういう時間の停止した空間があるんだなぁ。

写真はそのうちのひとつ。


恐ろしく折れ曲がったヘアピンカーブが急坂となっているこの道、当然道幅は車一台分。切り替えしをしなければ通れない。その横に並ぶ呑み屋。

こういう風景、古い温泉街で見覚えがあるような風景だ。そうそう、怪しげな店やスマートボールがあるような(^^

或いは都心でも昭和の三十年代はそうだった。

恐らく常連以外は入らないと思しき店だし、そもそも入る気はないが、ママさんと客の下世話な会話をしている姿が想像できる、こういう風景を見るのは好きだ。


 



長年付き合ってくれた電機機器が故障すると、たいていの場合、修理を試みるという名目のもとで分解することが多い。
そうでないと申し訳ないし、どんな仕組みで役に立ってくれたのかは、ぜひとも知りたいところでもある。
少なくとも、これまで健気に働いてきた相棒を、動かなくなったからといって、そのまま捨てちゃうというのは

「失礼際まりない」

と思う。

それが供養だし、分解したいと思うということは仕組みを知らないからであって、分解することによって初めてその仕組みが理解できるというもの(できないことも多いが)。

つまり、生きた教材なのだ。

更に、場合によっては部品取りも可能だし、抵抗やコンデンサはともかく、モーターやコネクタ、トランスなど個別に買うと結構高い部品も取り外して使用することも可能だから、その意味でもいきなり捨てるのはもったいなさすぎる。

そもそも分解することはこの上なく好きなのだが、現役のものを分解すると、絶妙のバランスでケーシングされていたり、専用治具を使って押し込んでいる場合もあるので、元に戻らなくなってしまうことも多々ある上、最悪動かなくなってしまうこともあるため、分解するのは壊れてしまったときだけに限定するようにはしている。

自分がいつ初めて分解作業をしたのかは記憶にないが、思い起こせば、幼稚園にも入る前に母親がブリキのロボットおもちゃが壊れた際に分解修理に挑戦したことが最も古い記憶となっている。幼稚園に上がる前だったから、おそらく3-4歳程度だったと思う。そんな昔のことではあるが、はっきりと覚えているんですよね、その姿。

しかし、生粋の文系人間であり、機械は苦手な母親がなぜそういう挑戦したのかは定かではないが、隣で見ていて、相当なインパクトはあったようだ。だから記憶にあるのだろう。

ある意味、母親のDNAが小生の中でメジャーになったということなのかもしれないが、分解することでしくみを知るという行動は、今日の小生の行動原点でもあるし、それなりに役にたっていると思う(信じたい)。

写真は、最近アキバで買った「爆笑 オウムみどりちゃん」というシロモノ。

足元にある止まり木のLEDが赤く点灯している間に、「みどりちゃん」に1-2秒間話しかけると、ソッコーで2回ほどオウム返しするという優れもの。しかも、15秒沈黙していると自動的にパワーオフするという親切設計のペット。しかも、しゃべるときにはくちばしをパクパクさせ、しかも、なんと翼をバタバタとはためかせるという「ハイテク」商品。単三乾電池4本、6V駆動となっている。

はっきり言って、これで500円は安すぎる。

問題はといえば、みどりちゃんというネーミングがベタすぎることかな(^^;

ということで、さっそく買い求め、しばし遊んだあと、この程度なら壊して買い直ししても問題はないということで、さっそく分解改造にとりかかった


改造しようとしたポイントは、15秒という沈黙時間が意外と短いために、いちいちスイッチを入れ直すのが面倒なのでもっと長時間対応させようということ。

しかし、想像していた通り、中にはベアチップが搭載された基板が入っていて、改造するに手も足も出ない。しばし考えたわけだが、見ると、基板上に比較的容量の大きな電解コンデンサがついているので、もしかしたらこいつが時定数を定めているのかもしれないと考えて、手持ちのコンデンサをパラってみたけど、結果、全然変わらなかった。

それ以外に改造するといえば、せいぜい電池駆動とAC駆動の2電源方式にする程度なので、それは済ませたのだが。それ以外に何かないかといじくっているうちに、突然みどりちゃんは、人の話も聞かずにひたすら羽とくちばしを動き続ける様に変身してしまったのだ。当然回路図などはついていないから(アタリマエ)、手の施しようがない。

いったい何がそうさせたのか、大変疑問なのだが、とにかく故障してしまったようだ、というか、壊しちゃったみたい。。。

仕方がないので、予定通り、もう一羽を調達。近いうちにその子を分解し、それぞれの信号線を当たりながら、どの信号がおかしいのか、当たってみる予定。

まぁ、故障する前に分解すると、元に戻すには余計な時間がかかるという例でもある(金もかかる。。。)





全国の都道府県別平均寿命が発表された。男性79.59歳、女性86.35歳だそうだ。

そういえば、1万年ぐらい前から18世紀までの人類の平均寿命は20数歳、1900年の統計では31歳だったそうである。

この100年ぐらいの間に突然延びたわけだ。

  


平均寿命とは、0歳における平均余命を示す。平均余命とは、ある年齢の人々がその後何年生きられるかという期待値のこと。決して難しいことを言っているわけじゃないが、定義とはこういう書き方をするから、ややこしい。

くだんのデータ、男性と女性とでは値が異なるが、今、ここで両方を分析するのは面倒だから、取り急ぎ男性の分だけ分析する。女性分については、気が向いたら後で分析してみる予定。

このデータを基に、読み取れる現況をまとめて記録しておこう。そこに隠された事実の解明や将来予測については、いずれ考えてみる。尤も、考える前に小生が寿命を迎える可能性もあるが。。。

その前に、平均の算出方法として、相加平均と二乗平均平方根という2つの方法について記述しておく。

平均の算出には、相加平均と二乗平均平方根という方法がある。

通常参照される平均値の求め方は、小学校の頃に学ぶ、いわゆる平均の求め方で、正式名称は相加平均といい、次の様に表される。

数式にすると堅苦しいが、要はサンプリングされた数を合計し、サンプリングした数で割るという方法で、ごく一般的に使われる平均値の求め方だ。

この方法、計算も簡単だし、平均という意味では間違いではない。しかし、この方法だとサンプリングされたデータのばらつきは表現できない。例えば、こういうことだ。
1年1組と1年2組という二つのクラスがあったとする。あるテストを行った結果、両クラスとも平均点は50点だった。しかしよく調べてみると、1組には100点の子もいたし0点の子もいたが、2組は大体50点の子ばかりだったという。

この二つのクラスを比較した場合、たとえ平均点が共に50点だったとしても、1組は生徒のテスト結果がばらついているのに対し、2組は生徒のテスト結果が大体同じとなるのだから、この二つのクラスにおける生徒の「出来」は全く同じではない。

この2クラス、同じ50点平均のクラスとして、今後も同様の扱いをしてよいのだろうか?

この違いを値として表現するには、データがばらついているかどうか、ばらついているとしたら、どの様にばらついているかを示す必要がある。これを示す方法が二乗平均平方根だ。

話を簡単にするために、各クラスの生徒数はそれぞれ2名だったとする。テストの点数結果は、1組は100点と0点だった。2組は2名とも50点だった。
この場合、1組の相加平均は(100+0)÷2=50。2組の相加平均は(50+50)÷2=50。つまり同じとなる。

一方、二乗平均平方根で結果を求める。この計算式は次の通り。


サンプリングされた数を二乗して合計し、サンプリングした数で割った後、平方根を取るという方法だ。

実際に計算してみると、

1組:√(100^2+0^2)/2=70.712組:√(50^2+50^2)/2=50.00

このように1組と2組では、計算結果が異なってくる。この結果から、最もばらつきのない場合の50点と比較して結果が離れているほど、ばらつきがあることを示す。データのばらつきは、こういう方法で表すことができる。

さて、この方法を用いて平均年齢の地方別ばらつき具合を見てみよう。

‐ 日本全体でみる場合、平均寿命は相加平均、二乗平均平方根共に79.59歳となっており、ばらつきは少ない。

‐ 地方別でばらつきが大きい地方は東北地方。相加平均が78.748歳であるのに対し、二乗平均平方根の値は78.753歳と、各地方の中では最もばらつきが大きい。ちなみに、青森県は77.28歳、山形県は79.97歳である。

‐ 更に、東北地方は相加平均の寿命も低い。

‐ 青森県は平均寿命の値も77.28歳と全国最低。

‐ 一方、ばらつきが最も少なかったのは四国。相加平均も二乗平均平方根も共に79.03歳。中国地方も両平均値共に、ほぼ79.45歳で次点となっている。ただし、両方とも全国平均の値よりも下回っている。


こういう比較データについて、諸外国ではどの様に違うのか、興味深い。日本の場合だと、若干のばらつきはあるものの、大体肉薄している。

この結果をどう解釈するかは今後考えるとして、こういう見方でデータを分析してみると、また違った事情が見えてきそうだ。