AKB48の仕様 - 「常識外れ」というパフォーマンス | プロムナード

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先日放映された、AKB48に於けるBKA48(バカ48)のセンターを決めるために、英語、数学、理科、社会、国語という5教科の抜き打ちテストを受けさせるという、めちゃ×2イケてるッ!(通称めちゃイケ)は、まさに抱腹絶倒の企画だった。

この企画というか試みは、かつてモーニング娘。に対して行われたものと同等だが、先生役であるナイナイたちから、何と言われようとも屈託のないメンバーの対応が実に心地よく、小生的には大歓迎の番組だ。

世間知らずというか、常識知らずというか、彼女たちは元々そういう世界にいるのだから、多少の非常識さは大きな問題ではないだろう。というより、一般の同世代の人達にしても、同等のレベルの知識しか持ち合わせていない人も少なくない。そちらの方よっぽど問題だ。

小生は、世の中、同じ教育を受けて同じ価値観を持つこと、つまり万人が平均化することがが果たして大切なのかどうか、疑問に考えている。大衆が平均化するということは、管理する側から見てコントロールしやすくなることは確かだが、そこに新しい発想が生まれるかどうかというと、いささか疑問。奇抜なアイデアとか、突拍子もない行動がもたらす効果といったものは、知識が平均化されていると出難いだろう。

芸術の世界に限るのかもしれないが、その世界に於ける天才というのは、ステレオタイプな教育を施された人よりも自由気ままに生きている人に多いのではないだろうか。そもそもエンターテインメントの世界は、普遍性よりも異常性こそが個性でもあり、
法律を遵守し道徳と倫理が常識の範囲を超えてさえいなければ、一般知識としての常識が常識ではなく、一般の非常識が常識、ということがあってもおかしくない世界だと考える。

そもそも、学業に専念すべき(あまり良い言葉ではないが)年頃のときに、学業と歌やダンスのレッスンを並行して行うことは土台無理だろう。ともかく、彼女たちは素人ではなく、プロの歌手なのだから、学業にも優先して芸の技を磨くということがあってもしかるべきだ。それがいやなら、さっさと卒業して、平均化すればよい。エンターテイナーというのは、そういうものだと思う。

とにかく、バカといわれようがなんだろうが、そういう評価を武器に転化し、更なる活動に邁進している姿は、誠に頼もしい。

元々、AKBの立ち位置は、ファンが崇める存在として君臨するプレゼンスではなく、不完全なままの姿をむき出しにし、ファンが育てていくというスタンスで生まれたものであるから、どうしようもない奴らだなぁ、と思わせる方が、むしろ点数が高いかもしれない。

世の中には、スポーツ万能で、しかもロクに勉強もしていないのに成績優秀というユルセナイ奴もたくさんいる。一方、AKB48はファンと等身大であるというスタンス、或いはファンよりも下のレベル、というところに近親感を生み出す仕組みで成り立っている。実際、学業のみならず、運動能力にしても、あれだけのダンスをこなしているにもかかわらず、スキップができないとか逆上がりができないメンバーもいるからオドロキだ。逆に云えば、それだけ努力しているということなのだろう。

つまり、努力している姿が共感を生んでいるのだ。

20%を超す視聴率だったということ含め、ファンとの間の緊密感はさらに近くなったと考える。