愛知、岐阜、三重、東海地方の城と史跡と街道歩き


令和三年(2021)10月よりスタートする、愛知ウォーキング城巡りクラブの桶狭間合戦ゆかりの城、史跡巡り。今回は桶狭間合戦に特化した城や戦国史跡を巡ります。全国区の有名な史跡はもちろん、地元にしか知られていないディープなスポットを同じ歴史が趣味の仲間たちと歩いてみませんか?

 

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  • 23Jan
    • 小牧山城本丸の石垣はなぜ織田信長時代に築かれたといわれるのか?その理由の画像

      小牧山城本丸の石垣はなぜ織田信長時代に築かれたといわれるのか?その理由

      日本続100名城にも認定されている愛知県小牧市の小牧山城本丸には石垣群が発見されています。この石垣群は織田信長が稲葉山城を攻めるために小牧山に居城を移した時、つまり永禄六年(1563)~永禄十年(1567)年頃に築かれたものと考えられています。●小牧・長久手の戦いではないの?●ここでひとつ疑問が出ます。それは小牧山が軍事的に活用されたのは織田信長の時代だけではないからです。もうひとつが天正十二年(1584)の小牧・長久手の戦い。この時、廃城となっていた小牧山城に徳川家康と織田信雄連合軍が本陣を置きました。だから天正十二年(1584)年頃に築かれた石垣ではないのか?という疑問だ出るのです。でも結論から言うと、天正十二年(1584)の小牧・長久手の戦いの時に築かれた石垣ではないと考えられています。その根拠が石垣の石です。簡単に説明します。小牧山城の本丸にある石垣郡の石は、小牧山から採れた石ではなく、近くの岩崎山から運んだ石ということが分かっています。でも岩崎山は小牧・長久手の戦いの時、徳川家康・織田信雄連合軍の敵だった羽柴軍の稲葉一鉄父子が陣を置いていたので採掘ができませんでした。これは小牧山に展示してある羽柴軍と徳川・織田連合軍の陣の配置図。青が羽柴軍で赤が徳川・織田連合軍です。これを見ると小牧山の徳川・織田連合軍に対して、岩崎山砦の羽柴軍が睨み合っていたのが分かります。だからノコノコと敵の陣がある山から石を運ぶことはできない。でも信長時代は岩崎山ではなく稲葉山城(現在の岐阜市)に敵がいたわけですから、岩崎山から石を運ぶことができたんですね。というのが小牧山城本丸の石垣は信長時代に築かれたという理由。ちなみに江戸時代は小牧山は徳川家康ゆかりの地ということで尾張藩が管理し、一般人は入ることができず、もちろん石垣や城も築かれませんでした。●名古屋城の石も採られた岩崎山●ところで岩崎山は小牧山から直線距離で焼く3.7kmほど。現在車で移動すると所要時間は約10分です。小牧・長久手の戦いの時には稲葉一鉄父子が陣を置いた砦跡でもあります。また名古屋城築城時にもここから石が採られ名古屋城に運ばれました。今でも山中には石垣の石切場跡が残っており、巨石や矢穴(やあな)の痕が残っている石を見ることができます。>>岩崎山の行き方や詳細はこちら・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・【一緒に愛知の城巡りしませんか?】愛知県の城址や戦国史跡を現地集合解散で巡る城の会・【愛知ウォーキング城巡りクラブ(AWC)】。活動は夏季を除く毎月第一土曜、もしくは日曜日。城好き、戦国好きの集まりですが知識の多い少ないは関係なし!好きならそれでOKです。入会費や年会費などもないので、あなたも気軽に遊びに来てみませんか?>>愛知ウォーキング城巡りクラブ(AWC)の詳細はこちら

  • 15Jan
    • 国宝天守だけではない!歴史講座で巡る犬山城に入らない犬山城巡りの画像

      国宝天守だけではない!歴史講座で巡る犬山城に入らない犬山城巡り

      毎日文化センター名古屋の城巡り講座で、犬山城に入らない犬山城巡りを開催します。【ひにち】 2月12(土)【時間】 13:00~15:30くらい【集合、解散場所】 名鉄・犬山遊園駅【参加費】 2,200円>>詳細は毎日文化センター名古屋公式サイトより愛知県犬山市にある犬山城は、国宝天守で日本100名城にも認定されています。また愛知県でも屈指の観光地として整備され、あなたも行った事があるはず。でも?犬山城は歴史好き、城好きにとって、楽しみは天守だけじゃないんです。では何かというと、犬山城周辺には城好き、歴史好きを楽しませる要素がビッシリとあるんです。そんな犬山城の外にこびりついている旨み(楽しみ)を味わうのが、毎日文化センター名古屋の城巡り講座、犬山城に入らない犬山城巡りです。ではどんな歴史講座なのか?当日現地を散策するポイントといくつか紹介します。●こういうことをやります!観光で犬山城を訪れると南側の天守正面の写真ばかりですが、犬山城は北、東、西は崖でした。だからそれらの方向から写真を撮ると、いつもと違う写真が撮れます。今回のメインのひとつに犬山城の移築門があります。犬山城は明治維新後、取り壊しを免れ天守は残りましたが、門は周辺に移築されたのです。今回はそんな犬山城の移築門を2つ訪ねます。犬山城は現在の場所にいきなり築かれたのではなく、前身の城がありました。それが木ノ下城です。この木ノ下城を移転する形で築かれたのが犬山城なんですね。この木ノ下城跡も訪れます。犬山城の遺構は天守近くだけではありません。城下町の入り口に残る虎口跡(木戸跡)は犬山城の防衛ライン。いまでは普通に県道になっていますが、少し折れ曲がった城下町の入り口など、マニアックな犬山城の遺構を楽しみます。今回は城だけではなく少し街道もチェックします。それが稲置(いなき)街道です。稲置街道とは、犬山街道とも呼ばれる名古屋と犬山を結ぶ街道。さらに犬山を経由して木曽川を渡り中山道の鵜沼宿(岐阜県各務原市)に繋がります。そして忘れてはいけないのが犬山城の高低差。犬山城は平地ではなく、崖の上にある舌状台地といって、人間の舌の様にとがった大地の上にあるんです。その高低差も城を楽しむポイントのひとつ。【コース】・犬山遊園駅↓・瑞泉寺(犬山城移築門)↓・木之下城跡↓・犬山城馬場跡↓・犬山城虎口跡↓・木之下城伝承館・堀部邸↓・常満寺(犬山城移築門)↓・針綱神社↓・犬山城天守前で解散↓・犬山遊園駅●参加される方へ犬山城は日本100名城にも認定されている有名な城なので、あなたも行った事があると思います。でも今回の城巡りは、1歩踏み込んだマニアのための城巡り講座です。天守だけが犬山城の楽しみではありません。周辺にごっそりと残っている楽しみを是非、一緒に味わいに行きましょう!【ひにち】 2月12(土)【時間】 13:00~15:30くらい【集合、解散場所】 名鉄・犬山遊園駅【参加費】 2,200円>>参加と詳細はこちら・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・【一緒に愛知の城巡りしませんか?】愛知県の城址や戦国史跡を現地集合解散で巡る城の会・【愛知ウォーキング城巡りクラブ(AWC)】。活動は夏季を除く毎月第一土曜、もしくは日曜日。城好き、戦国好きの集まりですが知識の多い少ないは関係なし!好きならそれでOKです。入会費や年会費などもないので、あなたも気軽に遊びに来てみませんか?>>愛知ウォーキング城巡りクラブ(AWC)の詳細はこちら

  • 13Jan
    • 名古屋市中区熱田神宮近くにある源頼朝生誕地が現在の誓願寺の画像

      名古屋市中区熱田神宮近くにある源頼朝生誕地が現在の誓願寺

      令和四年(2022)NHK大河ドラマ・鎌倉殿の13人、見てますか?あの時代は名前も人間関係も複雑で、正直、期待していませんでしたが、見てみるとさすが三谷幸喜!と言わんばかりのクオリティ。時代劇というよりエンターテイメントですね。今年1年楽しみです。さて、大泉洋さんが演じる佐殿(すけどの)こと、源頼朝は鎌倉幕府を開いたので関東生まれと思われがちですが、現在の名古屋市熱田区出身です。熱田神宮の徒歩圏内に誓願寺前に源頼朝生誕地の石碑も建っています。>>誓願寺の地図と詳細・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・【一緒に愛知の城巡りしませんか?】愛知県の城址や戦国史跡を現地集合解散で巡る城の会・【愛知ウォーキング城巡りクラブ(AWC)】。活動は夏季を除く毎月第一土曜、もしくは日曜日。城好き、戦国好きの集まりですが知識の多い少ないは関係なし!好きならそれでOKです。入会費や年会費などもないので、あなたも気軽に遊びに来てみませんか?>>愛知ウォーキング城巡りクラブ(AWC)の詳細はこちら

  • 08Jan
    • 史跡や城跡の地層の調べ方は国土地理院の基盤地図情報が便利!の画像

      史跡や城跡の地層の調べ方は国土地理院の基盤地図情報が便利!

      城巡りや歴史史跡を歩いていて、高低差が気になった事はありませんか?戦国時代や江戸時代から数百年経っているので、当時の地形はよく分かりません。しかし現在の地下の高低差や地層を簡単に見ることができるサイトがあります。それが国土地理院基盤地図情報です。>>国土地理院の基盤地図情報の使い方以前、私が講師を務める愛知ウォーキング城巡りクラブで、名古屋市緑区の鳴海城をはじめ、丹下砦、善照寺砦、中島砦の見学会を行ないました。これらの歴史史跡は織田信長と今川義元が戦った桶狭間合戦ゆかりの史跡です。現在、この周辺は閑静な住宅地になっており、戦国時代の様子はよく分かりませんが、国土地理院地図で地下の高低差や地盤などをチェックしてみました。↑これが現在の住宅地図↑国土地理院 基盤地図情報だとこうなります。(城砦跡は加筆)この地図だと緑が高い場所で、青が低い場所。海辺とかですね。大高城や鳴海城は今ではかなり内陸にあるイメージですが、国土地理院基盤地図情報を見ると低い土地に隣接しています。戦国時代は海辺の城だったのかもしれません。こんなカンジで、城跡や史跡の地下を見てみると、意外な高低差を見ることができ、そこからいろんな仮説を立てることもできるので、城巡りや史跡巡りに活用できるサイトだと思います。ただ国土地理院の基盤地図情報は使い方に慣れるまで、ちょっとしたコツが必要です。その使い方をまとめておきました。>>国土地理院の基盤地図情報の使い方・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・【一緒に愛知の城巡りしませんか?】愛知県の城址や戦国史跡を現地集合解散で巡る城の会・【愛知ウォーキング城巡りクラブ(AWC)】。活動は夏季を除く毎月第一土曜、もしくは日曜日。城好き、戦国好きの集まりですが知識の多い少ないは関係なし!好きならそれでOKです。入会費や年会費などもないので、あなたも気軽に遊びに来てみませんか?>>愛知ウォーキング城巡りクラブ(AWC)の詳細はこちら

  • 05Jan
    • 徳川家康生誕地の岡崎城を毎日文化センター名古屋の歴史講座で歩きますの画像

      徳川家康生誕地の岡崎城を毎日文化センター名古屋の歴史講座で歩きます

      毎日新聞でおなじみの毎日文化センター名古屋の歴史講座で徳川家康生誕地の岡崎城を散策します。開催は令和四年(2022)1月15(土)。といっても今回は少し変わった内容です。分かりやすくいうと、岡崎城周辺の歴史史跡を歩いて巡る歴史講座です。岡崎城に入らない岡崎城巡りとでもいいましょうか(笑)>>毎日文化センター名古屋現在私達が知っている岡崎城は公園になっています。天守閣や資料館もありますよね。でも、それはかつての岡崎城のほんの一部。ほんとはもっと大きく、城下町をすっぽりと取り囲んだ巨大な城だったのです。今回は歩いてその規模を実感します。また城下町を通っていた曲がりくねった東海道、そして城がこの場所に築かれた地形などを歩いて体感します。石垣の醍醐味!岡崎城の特徴のひとつに石垣があります。しかし一度に全部築かれたのではなく、時代の流れによって工法や築かれた場所も変わってくるのです。今回はこれら岡崎城の石垣の一部ですが、時代と工法の違いを解説します。また中には墓石を石垣に再利用した転用石もあるんですよ。その他には抜け穴伝説、岡崎城にまつわる武将の逸話など、同じ趣味の歴史好きの皆さんと城巡りの時間を楽しんでみませんか?集合場所や参加費など詳細は毎日文化センター名古屋の公式サイトからチェックして下さい。>>毎日文化センター名古屋・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・【一緒に愛知の城巡りしませんか?】愛知県の城址や戦国史跡を現地集合解散で巡る城の会・【愛知ウォーキング城巡りクラブ(AWC)】。活動は夏季を除く毎月第一土曜、もしくは日曜日。城好き、戦国好きの集まりですが知識の多い少ないは関係なし!好きならそれでOKです。入会費や年会費などもないので、あなたも気軽に遊びに来てみませんか?>>愛知ウォーキング城巡りクラブ(AWC)の詳細はこちら

  • 04Jan
    • 桶狭間合戦後に織田信長が熱田神宮に信長塀を奉納したホントの理由とはの画像

      桶狭間合戦後に織田信長が熱田神宮に信長塀を奉納したホントの理由とは

      熱田神宮には、信長が戦勝祈願してお礼を奉納したといわれる信長塀があります。でも、信長が桶狭間合戦の時、戦勝祈願した寺社は分かっているだけで5つあるのです。あの神をも信じない信長がなぜそんなに戦勝祈願しまくったのか?理由は寺社で僧兵を借りていたという説があるのです。熱田神宮の信長塀、あなたは見ましたか?あれは戦勝祈願のお礼で奉納した塀だといわれてますが、大げさだと思いませんか?本宮の側面に至るほどの大規模なものです。桶狭間合戦で信長は勝利したものの、領土は少しも増えていません。自衛の合戦だったからです。だから収入を得ることはできなかったんですね。だから戦に勝っても所領安堵とまんじゅうくらいで良かったはずなのに…また清洲城を出た信長は義元本陣に攻撃を仕掛けた時、約2,000人に膨れ上がっていました。ケータイ電話で尾張国内の味方に連絡していたわけではないのになぜこんなに増えたのか?理由は、立ち寄った寺社で僧兵を借りたという説があります。戦国時代の寺社は、自衛のために若い修行僧(修行の神官)が有事には武器を持ち兵士になっていました。比叡山延暦寺がわかりやすいでしょうか。戦国時代の寺社には、そういった僧兵がおり、桶狭間合戦で亡くなった僧兵もいたので、お礼も大規模になったという説です。ともあれ、信長が戦勝祈願した5つの寺社がこちらです>>桶狭間合戦で信長が戦勝祈願した神社が熱田神宮以外にこんなにあった!・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・【一緒に愛知の城巡りしませんか?】愛知県の城址や戦国史跡を現地集合解散で巡る城の会・【愛知ウォーキング城巡りクラブ(AWC)】。活動は夏季を除く毎月第一土曜、もしくは日曜日。城好き、戦国好きの集まりですが知識の多い少ないは関係なし!好きならそれでOKです。入会費や年会費などもないので、あなたも気軽に遊びに来てみませんか?>>愛知ウォーキング城巡りクラブ(AWC)の詳細はこちら

  • 03Jan
    • 名古屋市緑区の鳴海城、丹下砦、善照寺砦、中島砦史跡歩き見学会の感想の画像

      名古屋市緑区の鳴海城、丹下砦、善照寺砦、中島砦史跡歩き見学会の感想

      令和四年(2022)正月休みに早速、城巡り見学会に行ってきました!これは愛知県、名古屋市の歴史史跡の見学会を現地集合、解散で行っている愛知ウォーキング城巡りクラブの城巡りウォーキングです。今回は織田信長と今川義元が戦った桶狭間合戦ゆかりの史跡を歩くという企画。名古屋市緑区の鳴海城、丹下砦、善照寺砦、中島砦を信長の進軍経路で歩きました。参加者は2日間で55名。熱田神宮(上知我麻神社)から、織田軍の鷲津砦、丸根砦の陥落を確認した信長は、上手の道を通り、現在の名古屋市緑区の鳴海城、丹下砦、善照寺砦、中島砦を経由して桶狭間に向かっています。この経路を実際に歩いてきたので、個人的に印象的だったポイントを3つ挙げてみます。鳴海城は県道で分断されている織田信長が力攻めで落とす事ができなかった鳴海城中心部は公園になってます。でも近くを通る県道242号線の向こう側も鳴海城の一部分でした。現在は天神社が建立されています。天神社に入ると、鳴海城址の石碑と名古屋市教育委員会の案内看板があります。県道を作る時に城域が分断されてしまったんですね。鳴海城と善照寺砦の間の堀切が残っている!今川軍の鳴海城を包囲するために織田信長は丹下砦、善照寺砦、中島砦を築きます。しかし善照寺砦は鳴海城と同じ台地上に有ります。そこで鳴海城と善照寺砦の間にどちらかの軍により堀切が掘られました。その堀切は今でも名古屋市立鳴海小学校の東側に残っています。濃尾平野ではない桶狭間の戦いは尾張なので、教科書にも出てくる濃尾平野、つまり平地での合戦というイメージがあります。しかし桶狭間周辺はすでに濃尾平野ではなく、山谷が続く高低差が激しい地域です。つまり桶狭間の戦いは平地での合戦ではないということ。これは現地を知らないと、なかなかわかりませんよね。ということで今回は織田信長が桶狭間合戦で通った進軍経路を信長公記に沿って歩いてみました。名古屋市緑区の鳴海城、そして丹下砦、善照寺砦、中島砦の史跡歩き見学、なかなか面白かったです。城巡り、歴史史跡歩きは自分のペースで1人で歩くのも良いですが、同じ趣味の仲間を歩くのもまた楽しいものです。令和四年(2022)も愛知ウォーキング城巡りクラブで、いろんな城歩き、歴史史跡巡りができればと思います。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・【一緒に愛知の城巡りしませんか?】愛知県の城址や戦国史跡を現地集合解散で巡る城の会・【愛知ウォーキング城巡りクラブ(AWC)】。活動は夏季を除く毎月第一土曜、もしくは日曜日。城好き、戦国好きの集まりですが知識の多い少ないは関係なし!好きならそれでOKです。入会費や年会費などもないので、あなたも気軽に遊びに来てみませんか?>>愛知ウォーキング城巡りクラブ(AWC)の詳細はこちら

  • 01Jan
    • 承久の乱・梶原景時ゆかりの地スタンプラリー行ってきた!御城印と御城印帳の画像

      承久の乱・梶原景時ゆかりの地スタンプラリー行ってきた!御城印と御城印帳

      明けましておめでとうございます!令和四年(2022)も愛知県の城巡りをはじめ、近県の城や戦国史跡情報などをディープにお伝えします!まず第一回目の記事は、国宝で日本100名城にも認定されている犬山城がある愛知県犬山市のスタンプラリーについて。それが承久の乱・梶原景時ゆかりの地スタンプラリーです。これは令和四年(2022)NHK大河ドラマ・鎌倉殿の13人で中村獅童さん演じる梶原景時ゆかりの地を巡るスタンプラリー。チェックポイント(全部で8ヶ所)を巡ってスタンプを集めます。スタンプが5つ集まったら、宿泊利用券が当たる抽選に応募できます。総額はなんと20万円分!詳しくはこちら⇒ 各務原市観光協会公式サイトまた興禅寺や前渡不動山(各務原市)では新たに御朱印を発行しています。キャンペーンとして、1月1日以降に犬山城、興禅寺、承久の乱供養塔で御城印・御朱印を受けられた方、先着1,000名(1人につき1枚)に、オリジナル御朱印帳をプレゼント!これがその御城印帳です。中には3枚の御城印帳が収納できる様になってます。折り曲げるとちょっとした観光ポイントを解説。今回の承久の乱・梶原景時ゆかりの地スタンプラリーで集まる3枚まとめるにはちょうどよいです。また今回ゲットできた犬山市・尾張羽黒城の御城印袋には、よく見てみると梶原景時の辞世が記載してありました。もののふの かくこ(覚悟)もかかる 時にこそ 心の知らぬ 名のみ を(惜)しけれあとこれは興禅寺の御朱印。興禅寺の御朱印300円。羽黒城の御城印も300円ですが、セットで購入すると割引きがあり500円です。私の感想ですが、世間的にはあまり知られていない梶原景時ですが、大河ドラマをキッカケに注目される武将のひとりだと思います。ドラマだけではなく、これを機にゆかりの地も巡ってみるとドラマだけではなく史跡も楽しめるでしょう。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・【一緒に愛知の城巡りしませんか?】愛知県の城址や戦国史跡を現地集合解散で巡る城の会・【愛知ウォーキング城巡りクラブ(AWC)】。活動は夏季を除く毎月第一土曜、もしくは日曜日。城好き、戦国好きの集まりですが知識の多い少ないは関係なし!好きならそれでOKです。入会費や年会費などもないので、あなたも気軽に遊びに来てみませんか?>>愛知ウォーキング城巡りクラブ(AWC)の詳細はこちら

  • 31Dec
    • 令和四年1月に6回開催!恵那峡・岩村城・苗木城巡りモニターバスツアーの画像

      令和四年1月に6回開催!恵那峡・岩村城・苗木城巡りモニターバスツアー

      岐阜県恵那市、中津川市のモニターバスツアーが開催されます。参加料金は1,000円で恵那峡・馬籠地区で利用できる1,000円分の利用券が発行されますので、参加費は実質無料です。開催は令和四年(2022)1月9(日)~30(日)の間、計6回運行!私のイチオシの理由は、このモニターバスツアーに岩村城(日本100名城)と苗木城(続100名城)がコースに含まれているからです。これらの城は御城印も100名城スタンプもあるので、集めている人には朗報ですね。詳しくはこちらからチェック!>> 株式会社ツーリストアイチ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・【一緒に愛知の城巡りしませんか?】愛知県の城址や戦国史跡を現地集合解散で巡る城の会・【愛知ウォーキング城巡りクラブ(AWC)】。活動は夏季を除く毎月第一土曜、もしくは日曜日。城好き、戦国好きの集まりですが知識の多い少ないは関係なし!好きならそれでOKです。入会費や年会費などもないので、あなたも気軽に遊びに来てみませんか?>>愛知ウォーキング城巡りクラブ(AWC)の詳細はこちら

  • 24Dec
    • 愛知県知立市の東海道松並木と現存の来迎寺一里塚を見学!の画像

      愛知県知立市の東海道松並木と現存の来迎寺一里塚を見学!

      私が所属する愛知ウォーキング街道巡りクラブで知立(ちりゅう)市の東海道ウォーク見学会に行ってきました!愛知ウォーキング街道巡りクラブとは、現地集合、解散で愛知県内の東海道や美濃路、佐屋街道を歩くという歴史散策の団体です。現在、愛知県の東海道宿場町をすべて歩こうという企画で、今回は知立市の東海道知立(池鯉鮒)宿へ行ってきました。知立宿の近くには現存の一里塚があります。それが東海道の来迎寺(らいごうじ)一里塚です。一里塚とは、江戸日本橋より大坂(当時の記載は大坂)まで、約4kmごとに道の両脇にあった塚のこと。なぜこんな塚を築いたのかというと、旅人の行程の目安になりましたし、運賃の目安にもなったからです。基本、一里塚は道の両脇に築かれましたが、両方とも残っているのはかなり貴重。ちなみに愛知県内の東海道で両方残っているのは、知立市の来迎寺一里塚、豊明市の阿野一里塚だけです。そして東海道知立宿の特徴として松並木が整備されているということ。残念ながらすべて現存ではありませんが、こうやってかつての景色を再現しているのは嬉しい限りですね。今回は新安城駅から知立駅まで約8kmの行程でした。東海道を含む街道歩きも城巡りと歴史的に繋がります。例えば街道の知識が城巡りに役立つ事って、ちょくちょくあるのです。だからいつもの城巡りをより楽しむために街道ウォークを追加で楽しむという感じでしょうか。あなたの城巡りをもっと楽しくする場合、街道の事を学ぶとかなりプラスアルファで楽しくなると思います。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・【一緒に東海道の宿場巡りや街道歩きをしませんか?】愛知県の東海道五十三次の宿場や美濃路、佐屋街道などの街道歩きを現地集合解散で巡る街道ウォークの会・【愛知ウォーキング街道巡りクラブ(AWK)】。活動は夏季を除く毎月第一土曜、もしくは日曜日。江戸好き、街道歩き好きの集まりですが知識の多い少ないは関係なし!好きならそれでOKです。入会費や年会費などもないので、あなたも気軽に遊びに来てみませんか?>>愛知ウォーキング街道巡りクラブ(AWK)の詳細はこちら