精神科の薬の処方の仕方って、たまにすっごく偏っているような気がする…ような気がするお医者さんもいるような気がする。
よく離婚の理由で、「性格の不一致」とゆーのがありますが。私も最初の医者とは「性格の不一致」で別れました、とその時は思った。けど、今考えると「間違った処方をされた」としか思えない。
よく精神疾患だと「ドクターショッピングしがち」ときいていて、「そんなにたくさんまわらないと相性のいい医者って、見つからないの? そんなに相性って大事なの?」と思っていたけれど、相性というより「信頼関係は大切だ」それは今も思う。

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で。初めての病院でのこと。
S病院へ行きました。まず、問診票を書かされる。
「家族構成」「億劫さがあるか」「誰かが自分の悪口を言っているような気がするか」などなど。
「何親等内かに、精神疾患の既往者がいないか」というのもあって、ちょっとビックリしたけれど、好意的に考えてみれば「躁うつ病」患者はけっこう遺伝するらしいですし(例・斎藤茂吉さんと斎藤茂太さん&北杜夫さん)、私の覚え違いで「脳出血などの疾患」という意味合いも含まれていたのかも。後遺症でうつになる人はいますからねー。

底冷えする待合室で待つ。かなり寒いので、人目もはばからず思わず正座をして足下を暖めた(笑)

いざ、病室へ。

あれ? ここ、研究室かなんか? と思えるような部屋でした。意味なく広い。10畳くらい。置いてあるのは壁に本棚と高そうな机と、パイプ椅子だけ。医療用具が全然なかったから、きっと違和感を覚えたんだと思う。なくても不思議じゃないんだけどー。
そいで、一通り質問される。なんか偉そうなセンセで、初めての診療ということもあり、緊張気味に応答。十五分くらいで終了。で、
「おそらくうつ病ですね。薬を飲んでゆっくり休んでください」
終わり。でもその「薬」がまた問題で!!

私、胃腸が弱いんですよね。風邪薬出してもらう時には「なにをさしおいても、胃薬は一緒に処方してくださいっ!!」というタイプなんです。しかも、この時は消化器科で内視鏡を飲んだ時に「胃炎でちょっと出血したあとがあるね」といわれ、胃が弱っているという自覚もあったので、

「胃薬も一緒に出してください!」

と頼んだのである。もちろん出してくれると思った。でも、センセは「だいじょーぶだいじょーぶ」といって出さなかったのだ。…なにを根拠に。別に胃薬くらいひとつ多く処方したからって、病院に困ったことは起こらないとおもうのだが(違うのか?)。

結局だされたのは、白い錠剤の抗不安薬だけ。いっこだけ。

そして、そのために、私は二日後、じごくをみるのだ。

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地獄、ってほどじゃないか。私は今でも胃薬は出してもらってます。みなさんは、胃薬ナシで飲んでます?
山川健一さんのブログ「イージーゴーイング」『素樹文生、ブログ文学の誕生!』からのトラックバックです。というか、コメント書こうとおもって、言葉を尽くしたら長くなったのでエントリに。

素樹さんの言葉の扱いの繊細さにはわたくしもうらやましく読んでおります。文学者の固有名をあけずとも、うつと文学の関係の深さは切っても切れないものなのだろう、と思いますし。しかし、

>「鬱」に「ウッツー」という名辞を与えたその瞬間に

名辞、では少なくともないと思います。うつに別の愛称をつけるのは、うつ病患者の間ではよくあることでありまして、

たとえば「今日は宇津井健です(駄洒落系)」
「のんべんだらりいきましょう」「ぽてぽていきましょう」(頑張るを言い方変換系)などなど…

そのなかでも「ウッツー」はかなり言い換える意味の低い(「元の言葉である「鬱」とイメージがあまり変わらず)さらにからかいの意味を含んでいるという誤解を受ける愛称といえるでしょう。私も最初は、自分を落とすことで周りと一緒に状況を笑ってみる方法、だと思いましたので。そういう意味で「客観性を得た」とはいえますが。

このエントリを読んで「ウッツー」について書くのはポイントが違う、といわれてしまうかもしれませんが、「自分のうつを売りにし始めた瞬間」と私には読めてしまい、また山川さんもそのような意味で使われていらっしゃると読みました。
売りにするのが悪いということはないのです。ですが、「魂の深部に到達する」ような病気では決してないので、美化は作品の中だけにしていただきたい。ブログも「ブログ文学」だというのは、そういうものが生まれてきているのは分かりますし、仕事として書いていらっしゃるプロの方に文学ではないただの記録を記されても、困りますが。

しかし読者はどうでしょう。読者も「ブログ文学」として読んでいるでしょうか。これからは「ブログ文学読者」の育成に力添えもいただきたいとおもいます。(「ウッツー」を発する前はブログ文学ではなかったのでしょうか…少し少し気になります…)
かいつまんで話すと、最初はたぶん「気分が悪い」とかそんな感じの症状がでて

とりあえず外科に行ってみる(この診療科のチョイスの理由は覚えてない)
CTスキャンをとるが、異常なし。「気分の悪さは、(眩暈がすることにより)耳に問題がある場合もあるよ」

耳鼻科へ
「右耳がメニエール病ですね」
「まだ気分が悪いようだったら、胃のほうも診てもらっておくと安心かも」

消化器科
「エコーでも内視鏡でも、(ちょっと胃炎っぽかったけど)異常はないですね」
ソラナックス処方
「身体が元気で、不安感がおさまらないようだったら、専門家にまかせたほうがいいかも」

精神科・神経科・内科のある総合病院へ

という流れをたどりました。遠回りかな? でも、最初は不安感じゃなくて、気分が悪いような気がしていたのだ。それが、徐々に耐えるのが難しい不安感がでるようになってきて。ちょうど四年前の今頃、精神科へいきました。

身体の症状がでる(もしくは身体の症状がはっきりとでて、精神的な症状はあまり出ない)うつを「仮面うつ病」といいますが。なんか変な名前ですよね。仮病みたい…(汗・実際に誤解されている気もする)。
それでなくとも、なかなか、「精神科に行こう!」という感じにはならないかと。身体がだるいというと、肝臓の病気かな?とか。貧血かな?って、まず思いますもんね。

しかし、私はそこでいわゆる「相性の悪い医者」と出会ってしまうのでした。
------つづく------
今日、友人に誘われて「ポーラー・エクスプレス」のジャパンプレミアをみにいきました。

とりあえず、生トム・ハンクスをみたよ。
陽気な人に見えました。DVD「キャスト・アウェイ」にサインもしてもらった!! 解読するの難解だけど(汗)。


しかし、私はこういうイベントにいくのは初めてなので、かなり緊張してました。電車の中で動悸が激しくなって「あわわわ、薬薬!」と思って「いやぁ、オイラは頓服ないんだった、ていうかこーいうときはレキソタン飲めばいいのか? うんん?」とかなんとかいってる間に「なんかこれって、就職の面接待つ間に感じた激しい動悸と似てる?」と思ったりなんだり。もしかして「病気じゃない緊張感」と「病気で不安になってドキドキ」とって思ったより似てるんだね…。私、四年も患ってる間にそういう感覚をぜんぶ忘れかけていたのかも知れない。ちょっと発見。


映画はみるかどうか、微妙です。。。
スキンは、みてみたい映画のモノに変更してみました。でもちょっとピンクすぎる。若すぎるかも。これからみる予定の映画。「2046」と「ソウ」と「雲の向こう、約束の場所」あと、「誰も知らない」をもう一回みたい。
うつ病などの患者さんの、周りの方々へ

「頑張れ」発言について。

基本はしない方がよいと思われます。なぜなら、うつ病の人間はいわれなくても
「毎日、一瞬一瞬をギリギリまで精一杯努めているから」です。

たとえ仕事ができなくても、たとえお風呂掃除をさぼっても、たとえ寝逃げ(客観的にはふて寝?)していても、本人にとっては「今はそれが精一杯」なのであります。

うつ病で、とくに社会生活どころか、家庭内の生活もままならない状態だと、病人は当然「今のままではいけない」と考えます。当然です。特に、それまで普通に社会生活を送ってきた方にとっては、社会生活を送れないという事実で既にメガトン級のダメージなのです。
「駄目人間ですわ」と中居に呟かれただけで、「俺のことか?!」と過剰反応してしまうのです!(って、コレはオイラだけかい? 今だビビります、あのコーナー。内容じゃなくってタイトルのみ)

そのうえ、うつ病ってヤツは神経を過敏にさせるようで。
自分の周り半径三メートルくらいまで「自分のテリトリー」と感覚の触手を伸ばして、それにひっかかる全てのものをチェックしてしまうので、ひとごみを抜けた頃にはもうグッタリバッタリっすよ。気にするなといわれても無理ですよ。意識して感覚を鋭くさせているわけじゃないんだから。
で、そんな風に神経疲れちゃって、本来使うべきところにまで神経がまわせなかったりするので。人によっては「気がきかない」とか「なまけているだけ」とか思われて、更に自己嫌悪倍率ドーーーーーン、さらに倍(かけるなら低倍率のはらたいらさんに!!(古))。

でも自覚がないので、「私って本当に気がきかないんだ…!!どうしよう、ただでさえのんびり屋なのに」「なまけているだけなのか? 私が辛いと思っているこの気持ちは、じつは"病気でない多数の人たち"と同じレベルの辛さ、だったりするのではないか。本当は病気じゃないんじゃ?」とか。そういう風に追い込んでしまったり。


なので。周りの方にできればお願い。と、うつの人もいろいろ自覚してみようというテスト。

・体調が日々かわるので、昨日できても今日できなかったりするのは当たり前。ゆるせ!スマン

・「もうちょっと頑張ろう」はただの「頑張ろう」より、もっと禁句だ。最善を尽くしているつもりなのに、それ以上を求められると、愕然とする。自分に能力がないからできないのだろうか、と、思ってしまうからだ。

・少しずつ前進、というが、たまに後退しても気にしない。変になぐさめない。「波がある」ということにしよう、そうしよう

こんな感じかな。先日のものよりも「対象」を広めにしてみた。あとなにか、つけ加えた方がよさげな項目あったら教えてください。