山川健一さんのブログ「イージーゴーイング」『素樹文生、ブログ文学の誕生!』からのトラックバックです。というか、コメント書こうとおもって、言葉を尽くしたら長くなったのでエントリに。

素樹さんの言葉の扱いの繊細さにはわたくしもうらやましく読んでおります。文学者の固有名をあけずとも、うつと文学の関係の深さは切っても切れないものなのだろう、と思いますし。しかし、

>「鬱」に「ウッツー」という名辞を与えたその瞬間に

名辞、では少なくともないと思います。うつに別の愛称をつけるのは、うつ病患者の間ではよくあることでありまして、

たとえば「今日は宇津井健です(駄洒落系)」
「のんべんだらりいきましょう」「ぽてぽていきましょう」(頑張るを言い方変換系)などなど…

そのなかでも「ウッツー」はかなり言い換える意味の低い(「元の言葉である「鬱」とイメージがあまり変わらず)さらにからかいの意味を含んでいるという誤解を受ける愛称といえるでしょう。私も最初は、自分を落とすことで周りと一緒に状況を笑ってみる方法、だと思いましたので。そういう意味で「客観性を得た」とはいえますが。

このエントリを読んで「ウッツー」について書くのはポイントが違う、といわれてしまうかもしれませんが、「自分のうつを売りにし始めた瞬間」と私には読めてしまい、また山川さんもそのような意味で使われていらっしゃると読みました。
売りにするのが悪いということはないのです。ですが、「魂の深部に到達する」ような病気では決してないので、美化は作品の中だけにしていただきたい。ブログも「ブログ文学」だというのは、そういうものが生まれてきているのは分かりますし、仕事として書いていらっしゃるプロの方に文学ではないただの記録を記されても、困りますが。

しかし読者はどうでしょう。読者も「ブログ文学」として読んでいるでしょうか。これからは「ブログ文学読者」の育成に力添えもいただきたいとおもいます。(「ウッツー」を発する前はブログ文学ではなかったのでしょうか…少し少し気になります…)