スナックで働いている女の子が、友達を連れて部屋にやってきた。

看護婦だというその友達は、下呂に行く道を教えて欲しいという。


「中津川ICで降りれば、あとは国道だろ?」

「中津川までどう行ったらいいのかわからない。」


インターネットで調べて、メモを作ってやる。

「料金がいくらかかるかも教えて。それから時間も。」

それも書く。渡してやると「ありがとう」と言って財布の中にしまった。


食事をしてきたというので、僕は自分の分だけ料理を作って食べることにする。

2人はインターネットでヴィトンのサイトを見ている。


「ねえ。あんたって女の子に2万円以上のプレゼントってしたことないでしょ。」

ネットを見ていたスナックの子が声をかけてくる。

「ないな。」

「だからダメなんだよ。うちの店のお客さんなんか、私に20万円のバッグをプレゼントしてくれるんだよ。」

「見返りに何かしてやるの?」

「ううん。ありがとうって言うだけ。」

サイトで見た型番を携帯のメールに打ち込んでいる。

それだけで、バッグが手に入るのだという。

「まるで、魔法使いだな。」


「私もバッグ欲しい。」

看護婦の子も言う。彼女は18万円のバッグが欲しいのだという。

「ダメダメ。この人ケチだから。100回くらいエッチしてあげないと買ってくれないよ。」

「じゃあいらない。ケチ。」

「ふざけるな。」


僕はサケとイクラの親子丼を作って食べる。

「やだやだ。男の料理ってわびしいよね。」

「ねえ。」

「うるせえ。」

「だいたい、その年で独身っていうのがおかしいんだよ。」

「きっと変な性癖とかあるんだよ。」

「ふざけるな。」


それからも彼女たちは、ずっとネットを見ていた。

僕は付き合うのもバカバカしいので、ずっと本を読んでいた。

彼女たちはネットを見飽きると、テレビをボーっと見て、それから帰って行った。


別に、それだけで何もなかったんだけど。

彼女たちの金銭感覚のおかげで、僕の中のリミッターが外れてしまった。


日曜日にスタッドレスタイヤに履き替えようとガソリンスタンドに行ったら、ついつい店員の言うとおりに、2万7千円のバッテリー、8千円分のハイオク、6千円の下部防錆塗装、1本1万3千円のスタッドレスタイヤを2本買い、さらに、帰りに本屋で勉強のための本を7千円分と、シーナ&ロケッツ、井上陽水、中島みゆき、RCのアルバムを全部で1万5千円分ほども買い、その他にDVDも4枚買ってしまった。

そして、夜は6万円の腕時計と、3万5千円のカメラ、1GBのSDカードをネットで購入。


自己嫌悪に陥る。


でも、俺にはやはりシーナの歌声が必要だと思ったんだし、

腕時計もGショックのベルトが切れたんだし、

カメラも紛失したから仕方がないんだし、

バッテリーだってスタッドレスだってそれなりの理由はあるし、

すべてはALRIGHT(YA BABY)だし。


あの看護婦の子にバッグを買ってあげたと思えば、まだ傷は浅い。


でも、ああ。もう。

最近、残業で夜遅くなることが多い。

それでも、僕は12時前には帰るようにしているので、早い方だ。

僕の隣の席の同僚は、水曜日に朝4時まで残業したという。

それでも彼は木曜日の朝8時に出勤し、新聞を課まで運んでくるのだ。


木曜日に、僕は疲れ果てて10時には寝ていたのだが、彼はその日も12時近くまで残業をした。


人事のことで課長に呼ばれたので、僕はその話をした。

「というわけでですね、僕はそんなガッツもないし、適性がないと思っているんですよ。」

「そうか。ここをどうしても出たい、ということだな。」

「そういうことで、よろしくお願いします。」

「しかし経験を積むためにということなら、ここに残ることになってもいいと。」

「ちょっと待ってくださいよ。そんなこと誰も言ってませんよ。」


係長にも呼ばれる。

「課の全体プランを建てていたら、君の転勤が4年後になっちゃった。悪いな。」

冗談だと信じたい。


夜6時にニュースを課で見ていたら、公務員が収賄で逮捕された事件が報道されていた。

250万円を受け取ったその現場は、彼の職場だったという。

「職場?250万円を?普通はもっと目立たないところで受け取るだろう。駐車場とか。」と係長が言う。

確かに、職場で渡されたら目立ってしまうだろうと僕も思う。

なぜ、他の場所で受け取らなかったのだろう?


先日読んだ、ジャック・リッチーの「10ドルだって大金だ」(河出書房新社)のなかの短編「とっておきの場所」に、こんな刑事のセリフが載っている。


10ドルだって大金だ

「合衆国の面積は3026789平方マイルです。ここには山地、平原、都市、農地、荒野、それに湖や河川が含まれます。しかるに、人は妻を殺害すると、必ず自分の土地の境界内に埋めるのです。」

人は、何か思い切ったことをするときに自分が安心できる場所を選ぶのだろうか。

それがどれだけ不合理だと頭ではわかっていても。


金曜日はジョン・レノンの命日で(ちなみに、土曜日は夏目漱石の命日だった)、僕も職場の行き帰りに、ジョンを聴こうとi-podを持って家を出た。


ジョンレノン

意外なことに、i-podにジョンの曲を僕は1曲も入れていなかった。

もう800曲以上このi-podに入れているのに。

かわりにと思ったストーンズもなかった。


仕方なく、サイケデリック・ロックの名盤であるLOVEの「forever change」を聴く。


ラブ

久しぶりに聴くLOVEだったが、冬の夜に歩きながら聴くと曲が胸に沁みる。

このアルバムを聴くと、60年代の空気を感じる。


中島みゆきのアルバムと同じで、曲としてでなく、アルバムとして完成している。

だから歌詞も紹介するようなものではないんだけど、アンドモアアゲインという曲の一部だけ、ちょっと訳してみた。

るん、ぱん、ぱん、ぱん。という歌詞が不思議な感じにさせてくれる。


そしてもし君がアンドモアアゲインに会って、

アンドモアアゲインを知ったら、

君は彼女の瞳の中の君を見て、

自分の心臓の鼓動を感じる。

るん、ぱん、ぱん、ぱん。

仕事が本格的に忙しくなってきた。

土曜日も日曜日も当然のように仕事だ。


僕より働く隣の席の同僚は、今日も僕より先に出勤している。

「先輩って、本当に仕事好きですね。噂によると、毎朝、「早く職場に行きたい」ってドアに体当たりしているから、奥さんが困っているそうじゃないですか。」

「俺は朝、散歩に行きたがっている犬か!」

「僕なんかもうあと、4か月だと思っているから、なんとか我慢できるんですけどね。」

「はあ?ああ、あと5年と4か月ね。」

「違いますよ。冗談じゃないですよ。」


分厚いファイルを眺めていると、ため息が出てくる。


金曜日の夕方には、新たな調査の依頼に来た他の課の係長にキレてしまい「なんでこの時期にそんな調査をするのだ」と怒ってしまった。

落ち着いてから考えると、その係長も調査を出すのを申し訳ないと思っているからわざわざ僕のところに説明に来たわけだし、怒るようなことではなかった。

怒ったところで調査がなくなるわけではないんだし。


人事の申告書の締め切りが来たので、職の適性欄に「適さない」と思い切りチェックを入れて提出したら、係長に呼ばれ「こんな記述で本当にいいのか」と言われた。

「はい」と答えると、「俺は向いていると思うけどな」という。

黙っていたら「仕方がないな。じゃあ「僕には適性があるか不安です。」って言葉の後ろに「これからも今の仕事を頑張りたい」って、俺の方で付け足しをしとくよ」とふざけたことをいう。

「やめてくださいよ。」

来年度からは新たな仕事がさらにいくつか加わるという噂もある。

本当に逃げ出したい。


土曜日には久しぶりに飲みに行った。

3件ほどはしごをした。

久しぶりにお酒をたくさん飲んで、話をした。


僕は酒癖は悪い方ではないと思うけれど、酔ってくると、まず満腹中枢がやられて、いくらでも食べたくなる。

次に金銭感覚が麻痺して、いつまでも遊べる気になってきてしまい、最終的には記憶を遠くに置き忘れてきてしまう。

翌朝、自分の行動を思い出したくなくて、財布の中身を見るときに思わず目をつぶってしまうことが、今までの人生では数え切れないほどあった。


昨日は、ビールを中心に飲んでいたので、それほどひどいことにはならなかった。

ただやはり満腹中枢がやられていたのだろう。

さんざん食べたはずなのに家に帰ってから大量のパスタを茹でて、フライパンで炒めたりまでして、全部食べてしまった。

洗面台の前に体重計が置いてあるが、しばらくは乗れない。


以前から買ってあったけど時間がなくて読めなかった「風に舞いあがるビニールシート」(森絵都(文藝春秋))を読み終わった。

短編集だけどどれもいい作品で、買って損はしないと思う。


風に舞い上がるビニールシート

「犬の散歩」と「風に舞いあがるビニールシート」には、作品を通じて作者が社会を動かそうとする強いメッセージが込められていて、僕も考えさせられた。

全体的に取材がきちんとされていて、安心感がある。でもなあ。


取材した材料っていうのはドキュメントなのでそれだけで力がある。そのまま加工をせずに出した方がいい場合も多いとは思う。でも、もう少しこなしてから作品にすればいいのに、と思うものもあった。


「鐘の音」なんか、もう少し寝かせてから出せば本当に名作になったと思う。なんで、あんなオチにしてしまったのか。読者に「うまい」と言わせたかったのだろうか。


もったいないなあと思う作品が多くて、この作者は何か焦っていたんだろうか?と疑問をもった。

コンビニでビールを買っていたら、ザ・フィーリングの「ヘリコプター」という曲が流れていた。

今年の夏、ザ・フィーリングはよく売れていた。

大衆受けするポップスで、僕は歌うやつも聴くやつもどうかしていると思っていたんだけど。


ザ・フィーリング

彼らのアルバムを実は僕も買ってしまい(どうかしてたから)、誰も評価しない(本当に!)彼らの「ストレンジ」という曲ばかり何度も聴いていた。

歌詞は底が浅いけれど、後半の駆け下りてくるキーボードの美しい音色はいつまでも心に残る。

俺に言わせてもらえば、彼らの「ソーン~君でいっぱい」や「ヘリコプター」こそ何で評価されるのかさっぱりわからない。


ストレンジ


人生を掘り下げるな。

人は君に、地に足をつけた生活をさせたがる。

もし君が舞い上がると、引きずり下ろされる。


みんな自分たちは変わっていると思っている。

だったらどうして君は恥ずかしいなんて思うの?

みんな自分たちは人と違うと思っている。

だったらどうして君は恥ずかしいなんて思うの?

僕たちは君のことが好きだ。


人は君を見たいように見る。

人は君を評価し、憎み、こづき回し、愛そうとする。

人は何でも自分たちに都合がいいようにするものだ。



本当は仕事をしなければならないのだけれど、そんな気には全くなれないので、週末は実家に帰ることにする。


実家では昼から寝転がって、ユーモアSFの傑作集だという「グラックの卵」(ハーヴェイ・ジェイコブス他、国書刊行会)を読む。


グラックの卵
SFの短編集なのだが正直いって全然面白くない。

「モーニエル・マサウェイの発見」だけは素晴らしく「ギャラハー・プラス」がまあまあだったくらいで、後はいったい何を基準に選んでいるのかさっぱりわからない。

抱腹絶倒作が勢揃いなんて広告文には書いてあるけれど、そんな作品は一つもなかった。


本を読んだ後、知り合いの人と昼神温泉にある「十字屋」という喫茶店に行き、ホットケーキを食べる。

姉が小さな頃から「十字屋のホットケーキ」が好きだったせいで、僕も何度か付き合わされたことがある。

バターを塗り、たっぷりとシロップをかけて食べる。

懐かしい味がした。


新しいスキー靴も買った。

昨年、友達からもらった高価な(7万円くらい)アトミックのスキー靴は僕には少し小さかったので、買い直すことにしたのだ。

4万円くらいでちょっと高かったけれど、いいのがあったので思い切って買ってしまった。


日曜日には長野に戻ってきた。


職場に行こうとも思ったけれど、そんなガッツはどこにもなかった。

で、明日からの僕に頑張ってもらうことにした。


秘書検定の結果がネットでわかるので調べてみる。

よかった。合格していた。

依頼していた解答も送られてきていたので、自己採点をする。

理論は9割近くできていたけれど、実技は7割前後だった、

実技でも6割を切ると落ちるので、危ないところだった。


試験中にとても悩んだ会議でペットボトルと紙コップを1人に1つずつ置くにはどうしたらよいかという問題は、結局、ふたをしたままのペットボトルの隣に、口を上に向けた空の紙コップを置いておく、という当たり前のものが正解だった。

よく考え抜いた人(天才)とど素人は同じ解答を選ぶのものだ。

中途半端な知識で中途半端に考えた奴だけが間違える典型的な問題だった。


その他マナー問題では、問題集と本番の試験とで正解肢が違うものが3問ほどあって、当然のことながら僕はそれらすべてを間違えた。

例えば問題集では、弔電を打つときに上司に、社名や肩書きを入れるかどうかなどということは、常識的なことだからわざわざ聞くな、と書いてあるのだが、本番の試験では、それは聞いていいことになっていた。

よくわかんない試験だな、と思った。


僕はこれ以上、秘書検定の試験を受けるつもりなんてさらさらないけれど、1級を受かるような人は大抵の場合、仕える上司よりも常識を知り、礼儀正しく、優秀なことが多そうな気がする。

それでも秘書は補佐役に徹しなければならない。

決断力を持ってはいけないことになっているのだ。


僕は受かる可能性もないし(面接で「べつに」「(うる)せーな」「まあね」「ふざけるな」のどれか言いそう)、受かっても補佐役に徹することができないし、で二重の意味で無理だな、と思う。


カレンダーを見たら来週の週末は12月。

またジョンの月がやってくる。

コンビニの曲も「イマジン」に替わるんだろう。

ジョンレノン

今日は押し入れの整理をすることにした。

古い防虫スプレーや殺虫剤がごろごろと出てくる。


始めは「吹き飛ばされるのでは?」などと抵抗があったが、スプレー缶に穴を開ける作業も慣れると楽しいものだ。

シャワーを出しっぱなしにして、排水口の辺りに2、3箇所の穴を開けたスプレー缶を置く。

勢いよく穴から液体が噴き出しているのが見える。

しばらくして見に行くと、なかはすっかり空になっている。

それを5本ほどした。

最後に大量の水を排水口から流し込んで、シャワーを辺り一面に撒き散らして、周りに飛び散った液体を流して浴室を出る。


部屋の方で、聞いたこともないような音が鳴っている。

そのうちに、廊下の天井に設置してあるガス感知器まで鳴り始めた。


スプレー缶のガスで作動してしまったのだ。


部屋に入るとガス漏れランプが点滅している。

今まで存在すら気づかなかったマニュアルを読み、警報音停止ボタンを押す。


天井にあるガス感知器はそれでも鳴り続けるので、イスを持ってきて登り、どうやったら鳴りやむのか調べてみる。

「ハンドセット下のカバーを開け、試験釦を押します?」

どれがハンドセットで、何がカバーなんだ?試験釦って何のことだよ。

ああ、めんどくせえ。

無理矢理天井から外してしまった。

ようやく音が止まった。


それから換気扇を回し、窓を開けて換気する。

換気をしながら、外の景色を見ていたら外でも警報が鳴っている。


1階のポストの隣だ。

5階から1階まで降りて様子を見に行く。


ポストの隣にある警報装置を見ると、503という僕の部屋の番号とガス漏れランプが点滅し、ビービーとわめいている。


どうしたら、黙らせることができるんだ?

押して開くボタンがあるので、押して開け、なかに入っている受話器を取り上げる。

外部のこの警報装置を管理している事務所に繋がるのかと思ったんだけど無音。

この電話は今問題が起きている俺の部屋に繋がっているんだ、と理解する。


全警報解除のボタンを見つけたので、すぐに押してみる。

ビンゴ!音が止まった。


それでも、まだ503号の間抜けがガス漏れを起こしたといつまでも点滅をしている。

全部忘れてしまえ。

メモリ解除のボタンを押す。

点滅も消えた。


やれやれ。と思っていたら、今度は機械が各部屋の警報器の再チェックを始めた。

俺の部屋のガス感知器を外しっぱなしだ。

急いで5階に戻りガス感知器を取り付ける。

外すのは簡単だったが、取り付けるのは少しめんどうだった。

ガス感知器の緑のランプが点灯をするのを見て、ようやく一安心。


それにしても、あれだけ警報が鳴っても、誰一人として部屋から出てこなかった。

本当の災害だったらどうするんだろう?


以前、イギリスの大学の寄宿舎?に泊まっていたとき、火災報知器が鳴った。

僕たちは「どうせ誤作動だろ」と思って誰も避難しなかった。

ドアをノックする人がいたので開けたら、そこに完全防備をした消防士が立っていて、「警報が鳴っているからさっさと建物の外へ出ろ!」と怒っていた。

翌日もなぜ昨晩避難しなかったのだ、と怒られた。

そのときは誰かが部屋でこっそりとタバコを吸ったのが原因だったらしい。


イングランドの北にあるカーライル市役所で話を聞いていたときも、火災報知器が鳴った。

当然のように全員、外に逃げ出す。どうせ誤作動なのに。

逃げているときに、隣で話している男の声が耳に入った。

「これ、俺が原因なんだよ。パンをフライパンで焼いていたら、煙が出て…。ごめん。」

うんうん、と周りの人も頷きながら、それでも逃げる。

原因は、やっぱりそのパンだった。


日本では、火災報知器が鳴ると、まず誤作動だと思うのが普通だ。

不必要に鳴った後、解除するのがかえってストレスだし面倒くさい。


国は、警報機の取り付けを法律で全家屋に義務づけをするのだという(罰則はない)。

「本当に日本で役に立つのか?」と思い、それから「警報の解除の方法も教えておけよな。」と思った。



DVDでオードリーヘップバーンの「シャレード」と死刑制度を描いた「ライフ・オブ・デビッド・ゲイル」を観た。

「シャレード」は昔の女性向けの映画なので、僕がとやかくいう映画じゃない。

娯楽映画なので、ポップコーンでも食べながら観るのにいい映画だ。


シャレード

「ライフ・オブ・デビッド・ゲイル」では、またもケビン・スペイシーに「人生において演技力がいかに重要なのか」ということを教えてもらった。


ライフオブデイビットゲイル

人に薦めるような映画ではないけれど、僕に彼の半分でも演技力と度胸があれば、僕の人生はまた変わったものになるんだろうなあ、と思った。

何年か前に読んだ本によると、クマは冬になると鬱になって冬眠をするのだという。

僕も最近は鬱気味だ。僕も冬眠したいが、仕事は増えていくばかり。


車を走らせていると、遠くの山に雪が降り積もっているのが見える。

ああ、嫌な季節になったなあ、と思う。

冬の灰色の雲の下にいるのが、僕は大嫌いだ。

冬の凍った路面も、冬になるとやってくる大量でうんざりする仕事の山も、何もかも大嫌いだ。

すべて捨てて、太陽の輝く南の島へ逃げてしまいたい。


僕の隣の席に座っている同僚は毎朝、僕より早く職場に来る。

僕も遅い方ではない。8時には職場に着いているのだが彼はもっと早い。

そして彼は夜も僕より遅く帰る。

夜が遅い人は朝、遅刻するかぎりぎりに来るものだが、彼は朝も早いのがすごい。

朝、職場に新聞を運んでくるのが彼の日課になっているので、彼が休むと昼過ぎまで職場に新聞がなく、休刊日と勘違いしてしまうほどだ。

そして週末も僕よりずっと長時間働いている。こんなに働く人を僕は見たことがない。

仕事のスピードも決して遅くない。僕より辛抱強く、質問がしぶとい。


「体壊さないでね。」心配になって声をかける。

「僕、君のやっている仕事、引き受けたくないから。」


彼もときどき僕が体調が悪いというと声をかけてくれる。

「大丈夫ですよ。気のせいだから。もしかしたら、仕事が足りないんじゃないですか?」

「ふざけるな!」


先日、帰りの電車のなかで、昔の友達にあった。

彼女とは昔、松本で一緒に仕事をしていた。

きれいな子で、夜よく一緒にドライブに行った。

彼氏がいたので、僕は彼女に手を出さなかったし、そんな雰囲気にもならなかった。


夜中に美ヶ原公園に行ったり、いくつものラブホテルのカーテンをくぐって出たり、そんなくだらないことをして遊んでいた。

「今でもおひとり?」

僕がうなずくと、一緒にいた友達の方に去っていった。


僕は結局、ほとんど話さなかった。

昔はきれいな子だったんだ、本当に。

僕たち、仲がよかったんだよ。


僕の心の芯が疲れているようだった。

コールドプレイのクロックスを聴きながら、僕は過ぎ去っていく外の明かりを眺めていた。


coldplay2

クロックス


光は消え、僕は救われない。

波に逆らって泳ごうとしたけれど、

打ちのめされて崩れ落ちた。

僕は願う。

歌いながら。

断ち切るんだ、語られなかった出来事を。

打ち抜くんだ、頭上のリンゴを。

言葉にできないやっかいごとを。

トラは牙を抜かれるのを待っている。

歌いながら。

君は。

果てしない混沌。

迫り来る壁、時を刻む時計。

帰ってくるよ。君を連れ戻しに。

僕はやめられなかった。君も知っているように。

今こそ浮かび上がるんだ、

逃したチャンスを呪ってきた。

僕は癒しなのか、災いなのか。

歌いながら。

君は、なにものにも較べられない。

君は、僕の帰りたかった家だ。


試験がしばらくないので、最近、勉強はあまりしていない。

時間があるときは本を読んだりDVDを観たりしている。


今日は、ジャック・リッチーの「10ドルだって大金だ」(河出書房新社)を読み終わり、DVDで「ソラリス(特別編)」を見た。


10ドルだって大金だ

ジャック・リッチーの本は面白かった。この作者は頭がいいんだなあ、と思った。

彼のように人に好かれる人間、嫌われる人間を、誰もが納得する形で簡単に作品のなかに生み出すことができれば、小説なんて書くのは簡単だと思う。


「ソラリス」はSF映画でそれなりに面白かった。人に薦めるほどじゃないけれど。

僕も「ソラリス」に行ったら、誰と会うのだろうか?
ソラリス

秘書検定(2級)の勉強をしようと思っていたのだが、結局、金曜日まではダラダラと問題集を眺めていただけで、勉強らしい勉強はしなかった。

机にすら一度も座らなかった。


土曜日の朝、起きて勉強を始めるのかと思ったんだけど、なぜか窓ふきを始めて、昼になったら料理を作って、食べて、DVDでワイルドシングスを見始めたときはさすがにあきらめかけた。


僕はこのワイルドシングスという映画が大好きで、もう何回見たかわからない。

エロスと犯罪、詐欺、そして最後に正義ではなく、一番賢かった者が勝つ。


ワイルドシングス

夕方6時になって、ようやく火がついた。朝の3時過ぎまで真剣に勉強をする。

日曜日の朝も8時頃に起きて続きを始める。

問題集は3級を1冊と2級のものを2冊、450問くらいは解いた。


試験は2時50分からだった。

家を出たのは1時45分。時間はたっぷりあると思っていた。

でもカーナビを無視して最短距離を走っていたら、渋滞に巻き込まれてしまい、到着したのはちょうど試験の注意が始まる2時50分だった。

危うく遅刻のために試験が受けられないところだった。


試験は勉強したこと以外からの問題がほとんどで、ずっと悩んでいた。時間だけはたっぷりある試験なので、どんなに悩んでいても平気なのだ。


例えばこんな問題が出る(内容はかなり略してある)。

会議で、一人1本ずつのペットボトルのお茶と紙コップを用意する。
そのとき、どのように置くのがよいか。

1 ペットボトルのふたを開け、紙コップをボトルにかぶせる。

2 ふたを開けずに、紙コップをそばに立てて置く。

3 ふたを開けずに、紙コップは伏せてそばに置く。

4 ボトルからお茶を紙コップに注いで、そばに置く。

5 ふたを開けずに、茶たくを置いて、その上に紙コップを伏せておく。


わからないでしょ。知るか!って感じなんだけど。


そこで、昨日見たワイルドシングスに出ていた女の子ならどう考えるのか、考えてみた。

まず、軽い紙コップのまま立たせておくと倒れやすいし、ゴミが入るから2はないな、と思う。

毒を盛られる可能性があるから、ふたは開けない方が安心感がある。だから1と4もないな、と勝手に結論づける。

会議室の机に大腸菌がいっぱいいたら困るから、3もない。

よって5。


でもさらにちょっと現実的に考えてみたら、茶たくに紙コップって間抜けだろと思って、それからもずっと悩みっぱなし。

今でも正解はわからない。


でも、落ちても受かっても、この勉強はいい勉強になった。常識も少しは身についたし、敬語も少しは使おうと思えば使えるようになったし。


落ちていたら、2月にまた受けようと思っている。

掃除をすすんでやるようになってから、料理の腕が格段に上がった。

理由はさっぱりわからないんだけど。

つい先日まで、デミグラスソースに大根おろしを加えて大失敗、なんてことをしていたのが嘘のようだ。

今まで、シンクの排水溝を汚すことと、その後処理がすごいストレスだったのだけれど、それがなくなったのが原因なのかもしれない。

排水溝の汚れ取りも、それほど苦痛ではなくなった。


長野にシネマコンプレックスができてから、駅前の千石劇場はますます観客が減ったみたいだ。

先日、残業のできない日に、千石劇場の前を通りがかったとき、ちょうど時間がぴったりだったので「狩人と犬、最後の旅」というフランスの映画を観に行った。

入り口で2000円を出してお釣りを待っていたら、1000円札をそのまま返された。

「どうして?」

「今日は、男性優待デーなんです。」

そんなサービスがあるなんて思いもしなかった。

それでも中に入ると上映直前なのに、観客は僕も含めて3人だけ。

人ごとながら、経営は大丈夫なんだろうかと心配になる。


狩人と犬

映画は、カナダの自然に生きる風変わりな猟師の夫婦を撮った作品で、厳しい環境のなかに生きる人と犬の生活を描いた静かなドラマだった。

その映画に出てくる女性は、年配で化粧をせず、美人でもない。選び抜かれた美人に最高のメイクをするハリウッドのやり方とは正反対だ。

でも、彼女には映画の大きなスクリーンに耐え得る力がある。

それは自分の生活に対する誇りだったり、まっとうな思いだったり、自信だったりするのだろう。

「皇帝ペンギン」のような映画なので(実際に「皇帝ペンギン」は観てないけど、たぶんきっとそう。)、人に薦めるような映画ではないけれど、いい映画だと思った。


皇帝ペンギン

今日は人間ドッグに行き、胃カメラを飲んだ。

以前、胃カメラを飲んだときに死ぬほど苦しい思いをし、もう2度とやるものかと思っていたのだが、また自分の胃を見たくなって申し込んでしまった。

とてつもなく苦い麻酔を喉にかけられ、「以前もそうだった」などと思い出す。

太いカメラの管が食道から胃に入っていくと、ひどい二日酔いのような吐き気に襲われて、何度も吐きそうになる。

その度に看護師さんが背中を撫でてくれる。

涙がポタポタと流れ落ち、唾液もダラダラと止まらない。

「外に唾液は出してください。むせますから。」

言われる前から、出っぱなしだって。

カメラは十二指腸まで行って、辺りをうろうろしながらまた食道から外に出て行った。

自分の胃や十二指腸の位置をなんとなく把握できた。

「ここが胃の出口。で、ここが入り口。ここは十二指腸。きれいですね。問題ありません。」

問題がないので先生の話も素っ気ない。


一日仕事は休んだけれど、午後1時にはすべてが終了した。

何も食べていないので、帰りに野菜や鶏肉を買って帰り、大量のサラダと鶏肉料理を作って食べる。

昼と夜と明日の朝の三食分のつもりで作ったのに、皿一杯のサラダと、フライパン一杯の鶏料理を全部食べてしまった。


食事のあとDVDで「ユージュアル・サスペクツ」をまた見ていたら、眠たくなって寝てしまった。


ユージュアルサスペクツ

本当は、今日、人間ドッグから帰ってきたら秘書検定の勉強をする予定だった。

でも、ここまで週末の試験を無視した行動を取る自分には、あきれたと言うよりも、器がでかいんだなあ、と感心すらしてしまう。

文化の日を含んだ3連休だったが、金曜日はやはり休日出勤となってしまい、土日の2連休のみになった。

それでも、土日が休めるのはありがたい。


先日の結婚式の前日、横浜の中華街で叔父と話をした。

そのとき、叔父が横浜の中田市長は便所掃除を進んでやるらしい。それも手袋なしで手で行うらしい。という話をしていた。

そのときは中田市長って物好きなやつだなあ、と思った程度だった。

そういえば、甲子園で優勝した早稲田のハンカチ王子の趣味も「料理と掃除」だった。情けない趣味だなあと思っていたけど、掃除が好きな男って増えているのかなあと思ったりもした。


普段はノウハウ本など手にも取らないのだが、その話がどこか心に引っかかっていたのだろう。

長野駅前の大きな本屋で本を選んでいたときに、目に入った舛田光洋著「3日で運がよくなる「そうじ力」」(三笠書房)という本を衝動買いしてしまった。


そうじ力

ちょうどいい電車がなかったので駅のホームに座って読み、電車が来た後、電車の中でも読みふけっていたら、家に着く前に読み終わってしまった。

字が大きく行間もたっぷりあるので、あっと言う間なのだ。


作者のメッセージはとてもシンプルでわかりやすい。

「幸せになりたかったら、整理・整頓、掃除をしろ」ということだ。


僕はそんなにきれい好きじゃないけれど「あるのに見つからない」という状態が大嫌いなので、どこに何があるかだけは把握できる程度に部屋はきれいだ。

それでも「そんなんじゃ、全然ダメ」とこの本は言うのだ。


土曜日の朝、本の勧めるとおり浴室の掃除から始める。

まずは換気扇のそうじ。

換気扇カバーには、網目に黒いカビ?がついているのが見える。

さっそく、カバーを外してカビキラーをかけ歯ブラシでこする。

シャワーをかけると、真っ黒な水が排水溝に流れていく。

いつの間にか溜まってしまった不要なボディーソープが4本ほど見つかったので、中身を流して容器もどんどん捨てていく。

壁や、入り口のドア、スイッチや蛇口も磨く。

窓を拭き、排水溝のフタを掃除し、汚れをシャワーで洗い流す。

排水溝の奥まできれいにする。

掃除をしていると、今までこんな汚いところで体を洗っていたのかと、驚く。


僕は掃除をこんなに熱心にしたことがなかった。

掃除がこんなに無心になってできるものだと知らなかった。

今までよく、この汚れを無視できたものだと思った。

普段から、ありのままに見れる人間になろうと努力をしているつもりだったが、やはりどこかで汚い物は見なかったことにしてしまっていたのだろう。


運がよくなるかどうかはわからない。だけど掃除をすると確かに気分がよくなるし、冷蔵庫や台所がきれいになると料理も作る気になる。


職場のトイレを手で磨く気にはまだまだならないけれど「そういう気持もわからないではない」という程度には、僕も変わったような気がした。



(ところで、俺、どうするんだよ、秘書検定!来週なのに。掃除なんかに逃げ込みやがって。無心になってる場合か!)

友達でもあるスナックの女の子が、僕の大きなスーツケースを借りに来る。今までも何度か貸してあげた。

「近くまで来たから下まで持ってきて」

そう携帯にメールが入るので、めんどくさいなあと思いながらも一階の駐車場までスーツケースを転がしていく。

僕は5階に住んでいるのだ。


駐車場で彼女に会う。

これからスナックに出勤するせいもあるのだろうけれど、久しぶりに見た彼女は美しさに凄みが増していた。

まだ25歳だけど、この世界にはどんどんと若い女の子が供給されるから、彼女もいろいろと気を張っているのだろう。


「久しぶり。元気だった?」

後部座席にスーツケースを入れながら聞く。

「うん。まあね。」

「どこに行くの?」

「ニューカレドニア。1週間行ってくる。」


彼女の彼氏は年に2~3回彼女を旅行に連れて行く。

毎回、40万円近くかかる行程なので、僕はいつも驚く。

この前の旅行は、松本にある扉温泉の「明神館」、阿智村にある昼神温泉の「石苔亭いしだ」、静岡県伊東の「月のうさぎ」にそれぞれ連泊したのだという。


「贅沢すぎるんだよ。なんで連泊する必要があるんだよ。それも全部彼氏持ちだろ。かわいそうだろ。」

「どっちが?」

「彼氏に決まっているだろう。」

「どうして?彼はあんたみたいに本だのアロマだの映画だのってくだらない趣味を持ってないから、お金が貯まるのよ。で、使い方を知らないから私が教えてあげてるの。すごく彼も喜んでいるんだ。」

「月のうさぎなんて予約よく取れたなあ。」

「私だって苦労しているんだから。」

「苦労って…。」

彼女との話はいつも平行線だ。


「ニューカレドニアかあ。天国に一番近い島だね。」

「よく知ってるじゃん。見たの?」

「見ないよ。原田知世のアイドル映画だろ。」

「ふーん。なかなかレンタルとかしてなくて、見つからないんだよね。」


My Kiasu Life in JAPAN-天国に一番近い島

駐車場も夜は随分と寒かった。

「彼氏の家にさあ、よく遊びに行くんだけど、今度の旅行前に結婚するかどうか決めてくれって向こうの両親に言われちゃってまいっているんだ。」

「そうなんだ…。しちゃえばいいじゃん。」

「やだよ。私、31までは遊んでいたい。あんたはいいよね。そんな年になるまで未だに独身だなんて。よっぽど遊んだんじゃない?」

「ふざけるな。俺はずっと勉強していたんだよ。」

彼女は少しだけ笑った。

「おまけに、未だに童貞だし。」

「はいはい。うるさい。」

最近、40歳代で独身男性のうち、3分の1は童貞だという記事を、タカ&トシが「40歳代で独身男性のうち、3分の1は河童だ」と読んでたのを思い出して、僕も少し笑ってしまった。


「何か海外に、これだけは持っていった方がいい物ってある?」

「別にないなあ。カードさえあれば十分だよ。」

「そっかあ。じゃあ、行くね。」

「いってらっしゃい。」

車に乗って去っていく直前に窓を開けて「スーツケース、ありがとう」と彼女が言った。

「じゃあね。」

僕も手を振った。


こうして、僕のスーツケースは、僕の知らないいろいろな国に今回も出かけていくのだ。