友達でもあるスナックの女の子が、僕の大きなスーツケースを借りに来る。今までも何度か貸してあげた。
「近くまで来たから下まで持ってきて」
そう携帯にメールが入るので、めんどくさいなあと思いながらも一階の駐車場までスーツケースを転がしていく。
僕は5階に住んでいるのだ。
駐車場で彼女に会う。
これからスナックに出勤するせいもあるのだろうけれど、久しぶりに見た彼女は美しさに凄みが増していた。
まだ25歳だけど、この世界にはどんどんと若い女の子が供給されるから、彼女もいろいろと気を張っているのだろう。
「久しぶり。元気だった?」
後部座席にスーツケースを入れながら聞く。
「うん。まあね。」
「どこに行くの?」
「ニューカレドニア。1週間行ってくる。」
彼女の彼氏は年に2~3回彼女を旅行に連れて行く。
毎回、40万円近くかかる行程なので、僕はいつも驚く。
この前の旅行は、松本にある扉温泉の「明神館」、阿智村にある昼神温泉の「石苔亭いしだ」、静岡県伊東の「月のうさぎ」にそれぞれ連泊したのだという。
「贅沢すぎるんだよ。なんで連泊する必要があるんだよ。それも全部彼氏持ちだろ。かわいそうだろ。」
「どっちが?」
「彼氏に決まっているだろう。」
「どうして?彼はあんたみたいに本だのアロマだの映画だのってくだらない趣味を持ってないから、お金が貯まるのよ。で、使い方を知らないから私が教えてあげてるの。すごく彼も喜んでいるんだ。」
「月のうさぎなんて予約よく取れたなあ。」
「私だって苦労しているんだから。」
「苦労って…。」
彼女との話はいつも平行線だ。
「ニューカレドニアかあ。天国に一番近い島だね。」
「よく知ってるじゃん。見たの?」
「見ないよ。原田知世のアイドル映画だろ。」
「ふーん。なかなかレンタルとかしてなくて、見つからないんだよね。」
駐車場も夜は随分と寒かった。
「彼氏の家にさあ、よく遊びに行くんだけど、今度の旅行前に結婚するかどうか決めてくれって向こうの両親に言われちゃってまいっているんだ。」
「そうなんだ…。しちゃえばいいじゃん。」
「やだよ。私、31までは遊んでいたい。あんたはいいよね。そんな年になるまで未だに独身だなんて。よっぽど遊んだんじゃない?」
「ふざけるな。俺はずっと勉強していたんだよ。」
彼女は少しだけ笑った。
「おまけに、未だに童貞だし。」
「はいはい。うるさい。」
最近、40歳代で独身男性のうち、3分の1は童貞だという記事を、タカ&トシが「40歳代で独身男性のうち、3分の1は河童だ」と読んでたのを思い出して、僕も少し笑ってしまった。
「何か海外に、これだけは持っていった方がいい物ってある?」
「別にないなあ。カードさえあれば十分だよ。」
「そっかあ。じゃあ、行くね。」
「いってらっしゃい。」
車に乗って去っていく直前に窓を開けて「スーツケース、ありがとう」と彼女が言った。
「じゃあね。」
僕も手を振った。
こうして、僕のスーツケースは、僕の知らないいろいろな国に今回も出かけていくのだ。