読み返していた村上春樹の「ノルウェイの森」と「スプートニクの恋人」を読み終わった。


My Kiasu Life in JAPAN-ノルウェイの森 上

My Kiasu Life in JAPAN-ノルウェイの森 下

My Kiasu Life in JAPAN-スプートニクの恋人

かつては「ノルウェイの森」の性描写にドキドキしたものだが、今では血圧が1も上がらない。

仏壇の前でパンツを脱いでひっくり返り、自分の性器を死んだ父親に見せて説明をするという女の子の話を読んでも「ありえない」とつぶやくだけで、冷めたままだ。

「スプートニクの恋人」は最後の方のドッペルゲンガーの話が出てくるまで、ほとんど内容を忘れていて新鮮な気持ちで読むことができた。「ノルウェイの森」に驚くほど似ていて、本当にあだち充の漫画のようだ。


いま話題の二ノ宮知子の「のだめカンタービレ」(講談社コミックス・キス)も6巻ほど買ってきて読んだ。のだめの好きな千秋は自他共に認める天才だが、のだめ自身も本人が気づいていないだけで天才だ。


My Kiasu Life in JAPAN-のだめ1

My Kiasu Life in JAPAN-のだめ2

My Kiasu Life in JAPAN-のだめ3

My Kiasu Life in JAPAN-のだめ4

My Kiasu Life in JAPAN-のだめ5

My Kiasu Life in JAPAN-のだめ6

来月秘書検定の2級を受けることにして、まだほとんど勉強していないんだけど、ちょっと問題をパラパラ見ていたら、「叱られたり、注意されるのは期待の表れだと理解する」ってのがあった。

そのときは「そっかあ?」と思っていたんだけどその後、「のだめカンタービレ」でせっかく才能があるのに生かしきれていないのだめを千秋が怒っているのを見て、「確かに」って思った。

面白いけど、俺はもう6巻でいいや。

今、この年で読んでいると、若くて才能のあるのだめが眩しすぎて読んでいられない。


「働きマン」の3巻も出ていたので、つい買っちゃったけど、こちらはべつにどうってことはなかった。


My Kiasu Life in JAPAN-働きマン3

DVDでは「カリビアン・パイレーツ」と「ユージュアル・サスペクツ」を見た。


My Kiasu Life in JAPAN-パイレーツオブカリビアン

My Kiasu Life in JAPAN-ユージュアルサスペクト

カリビアンはまあ、ティーン・エイジャー向きの映画なので、僕があれこれいう映画じゃないし、まあこんなもんじゃないのかなあ。

「ユージュアル・サスペクツ」はいい映画だった。

僕には全くないものだけど、人生において演技力がどれだけ重要なのか、この映画で学んだような気がした。


あと以前、読んだルイス・サッカーの「穴」を英語で最後まで読み切った。


My Kiasu Life in JAPAN-HOLES

それだけの話だけれど。


TOEICの採点が返ってきた。

665点。前回より20点ほど下がっている。

何も努力しなかった割には、よくできた方なのかもしれないが、次回はもう少し頑張りたい。


ところで、来月は秘書検定2級の試験を受ける。

さっきまで、気にもしていなかったけど、あともう2週間しかなかった!!


問題 相手への頼みごとで「忙しいときにすまない」と言うとき、どう言えばよいか。

僕の解答 ごめん。頼む。わりいな。

解答 ご多忙のところ、誠に申し訳ありません。


こんなんで大丈夫なのだろうか。勉強しないとなあ。

週末は横浜に住むいとこ(女)の結婚式のために、横浜まで行った。

翌朝、早いのでホテルに前泊。

地下鉄「みなとみらい線」の「馬車道」駅近くのホテルの窓からは、観覧車やランドマークタワーが目の前に見えた。

高校生と大学生の姪は、赤レンガ倉庫などを観に行ったが、僕は日頃の残業疲れがどっと出ていたので、ジャケットだけ脱いでベッドで寝ていた。


夜は親戚が集まり中華街へ行った。

正華楼という店で中華料理を食べる。

給仕をしてくれた人は笑顔も愛想もほとんどなかったが、とても美味しかった。


翌朝、結婚式場に車で行く。

親族控え室に行くと、赤い着物を着た女性が僕を見ている。

何で俺を見ているんだろう?

目をそらして、再び目をやるとまだ見ている。

なんか文句あるのか!

ちょっとにらみつけてやろうとしたら、その女性が高校生の姪だということにようやく気づいた。

「まじで?本当にきれいになったね。」

着物のせいで姿勢もよくなり、髪もアップにしてメイクもばっちりしたせいで、彼女はまるで別人だった。


結婚式は、女性には感動的だったらしい。

僕の母も含め、女性は何人も「いい結婚式だった」と涙を拭いていた。

いとこはまだ24歳でとてもきれいで、肌も白く、ウェディングドレスが似合っていた。


でも、俺は苦手だなあ。結婚式。

わざとしゃべっているようなカタコトの日本語を話す外国人の神父(なんだろうな。やっぱり。でも普段はNOVAで講師とかやっていそう)とママゴトみたいなゴスペルで、俺なんかすぐ「やってらんねーよ」って思っちゃうんだけど。


披露宴も素晴らしかった。全員が観客で参加者でもある劇を見ているようだった。

コーディネーターと呼ばれる人が、すべての進行を徹底的に管理しているようで、演出が素晴らしかった。


普通の結婚式にあるような職場の上司や同僚の挨拶は全くなく、下品な芸も全くなく、さわやかな出し物がいくつか披露されていた。


新郎が披露宴で「きちんとしたプロポーズをしていなかったので、これからします」といい、誠実に、最後は緊張のためか「もう、勘弁してください。」なんて言っていたけど、したプロポーズを聞いて、新婦側の友人は大泣き。


でも僕には何で泣いているのかすら理解できず、俺、涙腺固いなあ、ドライアイなのかなあ、なんて思ったりしていた。


料理がたっぷりあったのとおいしかったのには驚かされた。

素晴らしい料理、計算し尽くされた演出、都会の結婚式って、今はこんなにすごいのか、と思った。


帰りの車の中で、姪2人のメーク、髪のスタイリングと着物の着付け代が4万3千円もかかったと聞いて、腰を抜かしそうになったけど。


結婚式での待ち時間に、大学生の姪から「(私の代わりに)レポート書いて」とメモを渡される。

僕はときどき、彼女にレポートを書いてあげるのだ。


「アロマとは何か。抽出法にはどんなものがあるか。どんな精油があるか→その効用・特徴も。800字以上。」


さっき家に帰ってきて、すぐに書いて姪に送った。

暇な人は、読んでみて。


アロマとは何か

アロマテラピーとは1920年代にフランスの化学者であるルネ・モーリス・ガットフォセが作った造語で、植物の作り出した有機化合物である精油を、健康、美容、精神の恒常性の維持などの目的で利用することをいう。香りは、人の原始的な脳に直接働きかけるため、身体や精神に様々な影響を及ぼすと言われている。

人類の長い歴史の中で、精油はさまざまな形で利用されてきた。古代エジプトではミイラ作りにも利用されたし、古代ローマの公衆浴場では香油を塗るなどして用いた。

イエスキリストに東方の三賢人が黄金とともに精油を捧げたことや、古代ローマのネロ皇帝がバラの香油を体に塗っていたことなども有名である。

精油の蒸留法はアラビアのイブン・シーナが確立し、十字軍の遠征によってその文化がヨーロッパに伝わった。


抽出法にはどんなものがあるか

精油の抽出法には、水蒸気蒸留法、圧搾法、溶剤抽出法、油脂吸着法などがあるが、油脂吸着法は手間とコストがかかるため、商業的にはほとんど使われていない。

もっとも一般的なのは水蒸気蒸留法で(装置が簡単で、安いため)、水蒸気で蒸して精油を取る方法なのだが、水と熱にさらされるので、熱で変質してしまう精油(柑橘類の果皮から取れる精油など)には使うことができない。

柑橘類の果皮から取れる精油(オレンジ・スイートやグレープフルーツ)は、圧搾法を使う。かつては、スポンジで多くの職人が搾り取っていたのだが、今ではローラーなどで圧搾する方法が取られている。

溶剤抽出法はジャスミンやローズといった微妙な花の香りを得るために使われる。しかし、エーテルやベンゼンといった溶剤が残留してしまう可能性があるため、マッサージ等に使うには不向きである。


どんな精油があるか→その効能・特徴も

ペパーミントは、そのさわやかな香りで気分がリフレッシュされる。胃の調子をよくする作用もある。

同じくシソ科のローズマリーは、すっきりとした香りで集中力や記憶力を強める作用がある。

フトモモ科のユーカリは優れた殺菌効果があり、古くから傷薬やうがい薬の成分として用いられていた。

イネ科のレモングラスは、防虫剤としても使われ、解熱の効果があると言われている。

ミカン科のグレープフルーツやレモンには抗鬱作用があるといわれ、肌を引き締める効果があることでも知られている。

先週の3連休のうち、2日つぶして会議のための資料を作った。

水曜日にその会議があった。


僕は、会議やプレゼンの前には、ニュージーランドのフィンクルとオーストラリアのジェレミーが作った、「上手なプレゼンテーションをするには」を読むようにしている。


「上手なプレゼンテーションをするには」

1 部屋を知ること。スピーチをする会場についてあらかじめよく調べておくこと。早めに会場に行き、話すところを歩き、マイクや映像資料の使い方を練習すること。

2 聴衆を知ること。 聴衆が入場するときに何人かに挨拶をしておく。知らない人たちのグループよりも、知っている人たちのグループに話す方が楽である。

3 内容について知ること。 話す内容について詳しく知らないと、緊張感が増してくる。必要であれば、スピーチを練習し、内容を修正しておくこと。

4 リラックスすること。 軽く体操をし、緊張感をほぐすこと。

5 スピーチをしている自分の姿を想像すること。大きな声で、はっきりと明確に話している自分の姿を想像する。自分自身が成功した姿を想像することができれば、きっと成功する。

6 聴衆はあなたに成功してもらいたがっていることを知ること。 聞き手は、あなたのスピーチが面白く、刺激的で、有益であることを望んでいる。聴衆はあなたに失敗してほしくない。

7 謝らないこと。 自分が緊張している、またはスピーチに問題がある、と言ったことを話したり謝ったりすると、聴衆が気づかなかったようなことにまで注意を呼び起こしてしまうかもしれない。そういうことは言ってはいけない。

8 どう話しているかではなく、何について話しているかについて集中すること。注意を自分自身からそらし、伝えたいメッセージや聴衆の方に集中すること。これにより、緊張感がほぐれてくる。

9 緊張感をプラスに変えること。緊張感を抑え、そして活力と熱意に変えなさい。

10 経験を積むこと。


万全な準備を整えたと思っていた会議だったが、本論に入る前から形式的な話で火がついた。

僕は今まで、外国人の集会に何度か参加したことがあるが、彼らはとても聞き上手なのだ。誰かがしゃべっているときに、少しでも面白いことを言うと、大きな反応をしてくれるので話しやすい。

でも、ここではそんなことは望めない。


僕は非常に面倒な調査を依頼しなければならない立場で、聞き手は、少しでも負担が軽くなるように願っている。

ジェレミーやフィンクルの前提としている状況とは違い、観衆の一部の人達は僕に失敗してもらいたがっている。それは冒頭から感じていた。

失敗したところで、負担が軽くなるわけではないのだが、抵抗したいのだろう。


正直、僕としても、こんな手間のかかる調査はしたくはない。こんな調査をしても無意味だと僕も感じている。

集計だって大事になるのは目に見えているし、最終的に僕は13個も表も作らなければならない。馬鹿げていると思うけれど、でも担当だから仕方がないのだ。


他の人に作ってもらったデータの一部に些細なミスがあるのを発見し、大騒ぎしだした一部の人をよく観察しながら、僕はジェレミーとフィンクルの「決して謝らない」というルールを破ることを意識しながら、さっさと謝ってしまった。

「すみませんでした。間違えた部分は、後日、メールでデータを送りします。」


ジェレミーとフィンクルの予言どおり、その直後からデータのあら探しが始まった。

間違いを見つけた人は「このデータを頼りにしなければならないのに、このデータには絶対に誤りがないと言い切れるのか」と、大声を出し、あたりを見回して得意げに笑っていた。

「現に間違っていたわけですから、誤りがないとは言えません。でも、そのデータ以外は正しいと信じて、まとめています。」


会議は炎上していた。

「じゃあ、このデータの入ったフロッピーは一度返さないといけないことになりますなあ。」

「その他のデータは正しいわけですから、そのデータは使ってください。誤っていた部分は改めて送付します。」


会議には年配の人も多く、そのなかでも負担が一番少ないはずの部署の人がやたらと騒ぎ立てようと場を不自然に盛り上げているのを見たときに、心底うんざりとした気分になった。

目の色が、暗い楽しみを込めた光で輝いているのだ。

「彼は、今の状況を喜んでいるのだ」と思ったら、吐きたい気分になった。


会議が終わったときには、声が枯れていた。

「そんなにいろいろ言わずに、やってやればいいじゃないか。」

慰めに来てくれた人もいて、少し救われた。

「結局、当初計画どおりのことをやることは認めさせたんだから、上出来ですよ。」

同席していた他の課の同僚も声をかけに来てくれたが、僕はぐったりとした気分のままだった。


上司に報告し、「ちゃんと回答してくれますかね?」と相談すると「それは、するだろう。もし回答して来なかったときは人事も含めていろいろと考えてもらうことになる。」と言うので、「それより僕の方の人事を変えてくださいよ。」と頼んだ。



週末は、友達と善光寺、黒姫高原、高山村の雷滝、小布施、渋温泉の外湯巡り、上高地、松本城、穂高の大王わさび農場などを回り旅行三昧の日々を過ごした。


紅葉を見るために訪れた雷滝では、大きな滝の後ろ側を歩くことができる。

想像以上の音と水量に、自然と微笑んでしまう。


渋温泉の外湯巡りも思っていたよりもずっと楽しかった。

9つの温泉に入り、手ぬぐいにスタンプを押していく。全部入るのはあきらめたけれど、それでも3つほど入った。スタンプだけはすべて押した。

9つ入ると苦(九)労が流れるそうだ。

スタンプを押した手ぬぐいは、受験合格祈願のハチマキとして使えるそうである。説明書を読んで笑ってしまった。


上高地を散策していたとき、ふと今までの上高地の旅行の思い出が甦ってきた。

奥穂高に登ったときのこと。雨の日の上高地のこと。ウエストンレリーフの前ではしゃいでいたときのこと。

考えてみたら、僕はもう10回以上ここに来ているのだ。


日曜日はきれいな本当に雲一つない秋晴れだった。

紅葉の美しい上高地を眺めながら、僕はでも、悲しくなってきた。


今まで、いろんな人とここに来たことを思い出した。

昔、無理矢理別れてしまった彼女の顔が目に浮かぶ。

彼女も今の僕が感じているような心の痛みを感じて傷ついたのかな?と思った。

もう謝ることもできない。


旅行は楽しかったけれど、上高地や松本城など昔の思い出が甦る場所が多かったので、そのたびに寂しさや空しさも感じた。


黒姫高原ではカメラを紛失し、それも少しショックだった。


次に来るときには、もっと幸せな気分で来られたらいいな、と思った。

日曜日だというのに午後1時から10時まで仕事をしていた。


i-podに中島みゆきの初期の頃のアルバムを詰め込んで行ったのだが、隣の席の同僚もいたのでiTunesで爆笑問題のラジオ放送を流して一緒に聞きながら仕事をしていた。


仕事は砂を噛むように虚しく、それでいて手間のかかるものだった。

「脳はいらないけど、手は要る」というタイプの仕事だ。


爆笑問題のその番組は、思った以上に面白かった。

笑っているとだんだんと笑いが止まらなくなってくる。

最初は「大きな桃を割ってみたら、犬と猿とキジが出てきました。」「合体、早すぎだろ!」くらいで笑っていたのだが、そのうちに、ルパンに出てくる峰不二子の「ねえ、ジダン」(もともとは「ねえ、次元」)くらいで笑ってしまうようになり、終いには「手下のジョー」(もともとは「あしたのジョー」)くらいで爆笑していた。


窓から外を見ると青空が広がっていて、気持ちよさそうな日差しが降り注いでいる。

「今頃、上高地でハイキングをしているはずだったのになあ。」

なんだか悔しくなってくる。


土曜日の昼、僕は松本駅まで栃木の女性と目白に住むお嬢様を迎えに行った。


二人は2泊3日で上高地の散策をし、五千尺ホテルに泊まるのだという。

僕も一度だけ五千尺ホテルに泊まったことがあるが値段はびっくりするほど高い。

夜の食事はフレンチのフルコースだった。

計画を聞いたときまず驚いたのが、その五千尺ホテルに連泊するということだった。


具体的なプランを立てているようではなかったし、一緒にどうですか?というメールをもらったので、返事を書いた。

「1日目は乗鞍を散策して、2日目は上高地の明神池あたりまでハイキングに行くのはどうですか?僕は乗鞍のペンションに泊まります。」

それでOKということだったので、スケジュールも空けておいたのだが、結局仕事が入ってしまい、1日目しか同行できなくなってしまった。


電車が遅れたのと会うはずの場所を僕がうまく説明できなかったので、松本駅ではしばらく二人に会えなかった。

携帯電話で連絡を取り合いながら、それでもなんとか会う。


「とりあえず、おいしいそばが食べたい」

二人の要望に応えるため、松本の「野麦路」という外観はまるで工場なのだが、味は確かなそば屋に寄る。

店は思ったよりもずっと混んでいた。


そばを食べながら話をする。


二人とも海外経験が豊富なのだが、最近はもっぱら国内旅行を楽しんでいるのだという。

そしてお嬢様は先週も上高地に来て母親と帝国ホテルに泊まったのだという。

「母が来たがっていたので。」

そう彼女は言うのだった。


歌舞伎の話も聞いた。

二人ともよく観に行っているらしい。

「玉三郎を前から4列目で見た」という。

僕はフレディ・マーキュリーを最前列で見た人を知っているが、たぶん、きっと同じくらいすごいことなのだろう。

僕は全く知らない世界の話だったので、とても興味深く聞かせてもらった。


歌舞伎の世界では、無意識をビジュアルで表現するらしい。

「宝塚みたいに「私はむいしきー」とか歌うんじゃないんだ。」

一度ぜひ観に行きたい。


久しぶりだったが、そばはおいしかった。


国道158号線を西に向かう。

運転しながら見上げると、安曇方面には重そうな雲がかかり、天候は悪そうだ。


トンネルの中程にある道を左折し、158号を離れ、乗鞍方面に向かう。

紅葉が始まっている。

ガスに覆われているかと思ったが、ところどころで青空も見えた。

それでも天気はとても変わりやすく、日が差したと思ったすぐ直後に雨が降りだしたりした。


国民休暇村に行く細い道を走っているとき、明るい日差しが前方の黄色く紅葉した葉を視界いっぱいにきれいに照らし出した。

そしてそこに激しい風が吹いて、その黄色の葉が吹雪のようにいっせいに舞い上がった。

まるで映画のワンシーンのように美しく、印象深かった。


そして休暇村の近くでは虹を見た。

虹の写真

(写真はどれも下手なので、後日、他の人の撮ったものに差し替えます。)


(やっぱうまいなあ。下手なやつほどズームを使うというのは本当だ。)


時間もあまりなかったので、そこで引き返して善五郎の滝を見に行くことにする。


本格的な雨が降ってきたが、紅葉した木々の間を滝に向かって歩いていると、雨の景色も落ち着いていて悪くなかった。

写真を何枚も撮ったが、水蒸気のせいなのか露出のせいなのか本来の色が出ず、写真はどれも白っぽくなってしまった。


(写真は差し替えました。)


滝を見た後は、湯けむり館の温泉に行く。

僕は以前も来たことがあるはずなのだが、記憶とはほとんど違っていた。

普通の温泉よりぬるめで、白濁したお湯は体にとても優しく、いつまでも入っていられそうだった。


温泉から出た後、沢渡のバス停まで二人を送った。


二人が上高地行きのバスに乗り込み、上高地に向かうのを見送った後、僕も長野に向かった。


「仕事さえなければなあ。」

帰り道、考えても仕方がないことを、僕は運転しながら何度も何度も考えていた。


(僕が見たかった上高地。)

先日、駅前の本屋に行き、「プリズン・ブレイク」のDVDを全7巻を大人買いしてしまった。

前評判もよかったし、気に入る予感があった。


My Kiasu Life in JAPAN-プリズンブレイクBOX

主人公は天才肌の建築士。

陰謀に巻き込まれて死刑になる兄の無実を信じ、わざと派手な銀行強盗をして同じ刑務所に入れられる。

全身に刑務所の脱獄ルートを刺青し、必要な情報を研究しつくしてから入所するのだが、周りは凶悪犯だらけですべてのことが思い通りにならない。

殺されないために情報を徹底的に管理し脱獄の準備を着々と進めるのだが、最も知られてはならない人物にばれてしまうなど、予期せぬ事態が次々と起こる。


ようやく5巻まで見終わった。


毎晩、1巻ずつ見ているのだが最近だんだんと仕事量が増えだし、残業もするようになってきた。

当然睡眠不足になる。

でも、見るのをやめられない。

この脚本を書いた人間は本当に天才だと思う。


昨日の金曜日。

3時頃、来週からの出張のための会議から帰ってくると、所有する全車(約300台!)の16年、17年、18年9月30日までの各年間走行距離数と総走行距離数をまとめて提出しろと通知が来ている。

期限は来週の金曜日だが、出張でいなくなるために、処理できるのは2日間だけだ。


車を保有している部署をとりまとめ、情報を提出するように通知を出したり、4WD、ディーゼル、ナンバー、軽自動車、特殊用途車両などなどを指示どおりに種別していたら11時を過ぎていた。


僕が以前にエクセルでまとめた一覧表では、車のナンバーはすべて半角で管理していた。

例えば「55あ1234」なら「あ」の部分はすべて半角カタカナになっていたのだ。

指示ではその部分は全角ひらがなにしろ、ということになっている。

半角から全角にするのは「JIS関数」、「値のみコピー」でできる。

でも、カタカナからひらがなに変換はどうするのだろう?


ネットで調べたら「PHONETIC関数」、「書式-ふりがな-設定」、「値のみコピー」でできることがわかった。

エクセルは本当に頼りになる。エクセルを作った人にノーベル賞をあげたい。

そしてワードは本当にアホだ。余計なことしかしない。

エクセルのようにシート管理ができたら、もっと使えるのに。


締め切りが切られているのはこれだけではない。

おかげで10月8日には上高地にハイキングにいくつもりで、ザックやハイドレーション・システム(ザックから水筒を取り出さなくてもチューブ経由でいつでも水が飲める。僕みたいな水好きには最適)まで買って準備していたのに、行けなくなってしまった。


そして、昨日は疲れ果てて家に帰ってきたのに、やっぱり「プリズン・ブレイク」は見る。


寝る前に時計を見たら2時を過ぎていた。

あのなあ、と思った。

今日はTOEICの試験の日だった。


昨日の土曜日に真剣に勉強すれば、まだ何とかなったんだけど、朝からくだらないブログを書いたり(もともとだけど特に昨日のは最悪)、パスタを時間かけて料理したり、洗濯をしたりして…。

やることがなくなるとワイシャツにアイロンまでかけ始めて徹底的に勉強から逃げていた。


人はストレスに直面するとよく眠るのだというが(アメリカでベトナム戦争に駆り出された青年はなぜかその直前に皆、よく眠ったのだという)、そのとおり不必要なくらいに土曜日はよく眠った。

そして今日も朝、起きてから、まだ時間があったので2度寝した。


現実から逃避しているのがよくわかったけれど仕方がない。

普段からの勉強もサボりがちで、最後の追い込みも放棄してしまった。

「もう今日の試験はやめた」と言い出しそうになった。


でも、冷静になって考えてみたらバックれたところで何もすることがない。

すべての予定はTOEICがあるからという理由ではずしてしまったのだ。


「ああ、もう。行けばいいんだろ!」文句を言いながら家を出る。

日差しは眩しく、空気は涼しく、こんな日に試験なんて馬鹿みたいだと思った。

こんな日は可愛い女の子とドライブでも行けば楽しいのになあ、と思ったんだけど、どこに付き合ってくれる可愛い女の子がいるんだよ、と思い直してあきらめた。


日赤病院前の駐車場に車を駐車して平青学院という会場まで5分ほど歩く。

会場につくと、会場には駐車場がないといわれていたのに実際にはあるし、自転車も禁止だったのに駐輪場があることまでわかって、だんだんとアドレナリンが出始めてきた。


それから受付で身分証明の写真の顔の部分が小さいとかくだらないことを大いばりで言っている男を見ていたらだんだんと腹が立ってきて、おまけに俺の写真の顔の部分まで小さいと言われて本格的に腹が立ってきた。


もともとの受験票に示している顔の大きさの目安の図が小さいのだ。


写真がお気に召さなかった人達は一列に並ばされる。

「受けさせてもらえないんですか」と緊張のあまり震え声の男の人がいる。

「そんなに気にすんなよ」と声をかけてあげたくなる。

結局、話を聞いていると顔の部分が小さいと証明書に載せたときに影が写り込んでしまうかも、という程度の話なのだ。


僕の番が来て「このままだと、証明書に写真がうまく載りませんよ。いいんですか」などと言うので「いいよ、別に」と答えたら、別の受験票を渡され、「写真なし」と書けというので、そう書いた。


このような社会的に与えられた役割で簡単に偉そうに振る舞ってしまう人を見ていると、心理学の実験で「看守と囚人」が禁止されたわけも何だかわかるような気がする。


試験会場は思いのほか人数が多く、若い女性が多かった。

こんなに英語ってみんなが勉強しているのかと改めて感心した。

司法試験の短答模試だと、一教室に一人ぐらいは「洞穴で暮らしていたんですか?」といった風体の人がいるものだが、さすがにTOEICではそういう人は見当たらなかった。


試験は、前半は「まあまあ」だったが、後半は時間がなく、結局14問も解けなかった、どころか何も見ないまま終了した。


久しぶりに本格的に勉強をしたせいか肩と背中が痛い。


岩盤浴に行って1時間ほど寝ながら、自分に説教した。

「まあ、文句言いながらも会場まで行ったことは認めるけどさ、もう少し普段からの積み重ねってものが必要じゃないの?君、最近、残業時間少ないのに、時間の無駄遣い多すぎるんじゃない?くだらないネット麻雀したりさあ。あれって、君に何のメリットがあるわけ?その分、1問でもいいんだから勉強すれば?最近読み返しているノルウェイの森で、外務省に入った先輩が「努力と労働は違う。労働なんか誰でも一生懸命やる。でも、語学を身につけるといった努力をする人は少ない。努力しない日本人が多すぎる」って言ってただろ。おまえも努力ってものを少ししてみろよ。」

大量の汗をかいて1時間後に岩盤浴から出ると、痛みも随分と軽減されていた。

家に帰ってきた。

今日から勉強を始めるぞ、と思ったけれど、ビールを飲み始めたら、なんだかどうでもよくなってきた。

明日から始めることにした。

ヨーロッパに以前、旅行したときにずっとTACOのAfter Eightというアルバムを探していた。

タコなんて名前は日本で成功するためにわざわざつけた名前かと思っていたのだが、彼はインドネシアのジャカルタ出身でドイツ在住、本名がタコ・オカースなのだという。


昔、街の遊撃手というキャッチコピーで、いすゞがジェミニという車を売っていた。

雨の中を2台のジェミニが併走して走るそのCMのバックミュージックがタコのシンギング・イン・ザ・レインだった。

実際の映像では、まるで車がダンスをしているように見える。

当時の記憶が正しければ、その撮影のために、2台の車を鉄骨で結びつけたのだとか…。

僕はその歌い方がとても気に入って、荻窪のルミネに買いにいった。


そのシングルのジャケットにも、ジェミニが併走して走る姿が映っていた。

僕は実家のステレオで、何度もこの曲を聴いた。

僕が買った最後のシングル・レコードだったと思う。


シングルジャケットの裏面には歌詞が載っていてその横に、タコのアルバムの紹介が出ていた。

タコの絵を背景にタコが載っているそのアルバムの写真はかなり印象深いものだった。


タコ オン タコ


彼の曲で有名なのは、Puttin'On the Ritz(邦題「踊るリッツの夜」)で、これはラジオを聴いていると未だによくかかる。

昔のハリウッド映画にも出てきた曲らしいのだが、タコが歌うとなんだかとても妖しい感じがする。


このAfter Eightのアルバムは、結局ロンドンでもパリでも見つからなかった。

手に入れようと思ってアマゾンの中古市場も何度か見てみたが、随分と高い値段で取り引きされていて、手が出なかった。

iTunesでも探してみたが見当たらず、がっかりしていたのだが、先日再びiTunesで探してみたら、たった1500円で売っていた。


早速ダウンロードして聴いてみる。

1曲目はシンギング・イン・ザ・レイン。

朗々と歌い上げるその声を聴いていると、昔の日々がいろいろと思い出される。

思ったような感激はでも、なかった。

シンセサイザーの音が鼻につく。

もう随分遠くまで来ちゃったんだなあ、と思う。


今回、タコのアルバムが手に入ったので、今度はMark Goldenbergの3枚のアルバムも手に入れたくなった。


My Kiasu Life in JAPAN-鞄を持った男

彼はギタリストで3枚ともインストなのだけど、とても繊細な曲作りをする。

昔のCMでサントリーローヤル「ガウディ篇」「ランボー篇」という有名なものがあるが、そのバックミュージックだと言えば、わかる人はわかるかもしれない。


僕は彼の3枚のアルバムとベストアルバムをかつてすべて持っていたのだが、すべてなくしてしまった。

これらのアルバムは日本のみの販売だったと最近になって知った。

手に入れるのは難しいかもしれない。


最近、世間ではヘヴィ・メタルが復活傾向にあるらしい。

僕もSKID ROWのアルバムを買い直した。


My Kiasu Life in JAPAN-SKID ROW1

久しぶりに名曲I REMEMBER YOUのべたべたな歌詞を読むと、つい微笑んでしまう。

攻撃的なパフォーマンスとチェーンで武装した衣装の下で、彼らはこう歌うのだ。


手をつないで歩いた昨日のことを覚えてるかい。

砂に書いた、I REMEMBER YOUっていうラブレターのこと。

眠れない夜も、うんざりする昼も、

君にI REMEMBER YOUって言って欲しいんだ。


…たった一度キスができたら、僕の命をあげてもいいと僕は言った。

君の微笑みのために生き、君のキスのために死ぬと。

友達がレーシックの手術を受けるというので広尾の病院まで付き添うことにした。

彼女でもないのに、わざわざ付いて行く自分というのはいったいどういうものなのだろうか?と多少疑問に思わないでもなかったが、レーシック自体にも興味があったので行くことにした。


僕のいとこも4年ほど前にレーシックを受けたが、その頃は70万円くらいしたらしい。

今では25万円程度だという。


友達は普通のレーシックではなくEPIレーシックという手術をするらしい。

普通のレーシックと違って角膜を焼く特別な処置をするらしい。

「手術中に地震が来たらどうしよう?」

「初めての失敗例になるかも…。」

どんな手術でも、不安は尽きないものだ。


レーシックの病院はとても混み合っていた。

手術前の人は不安そうに、手術が終わった人はある人は幸せそうに、ある人は痛そうにイスに腰掛けていた。


普通のレーシックであれば、手術は痛みもなく20分の手術を終えた後すぐに視力が回復するらしいのだが、EPIレーシックだと手術が終わったあと2、3日は痛みを感じるらしい。


4時半頃に病院に入って、病院を出たのは7時を過ぎていた。

かなり痛み、まだ視界もぼやけているようだった。


それでも、まこも竹を炭火で炙ったものやからすみ、赤むつのお造りなどを食べる。

広尾にある「煮と炙り 五楓」という店は値段も安く、気取ったところがなくて、味はとてもよかった。

友達は目をつぶって泣きながら、おいしい、と言う。

まだ、痛々しい。

手術の後はお酒も飲めないし、ちょっと料理を楽しむのには無理があるなあ、と思ったので早めにお店は出てホテルに送った。


翌日は10時半に再び検査に行った。


検査は10分くらいで終わってしまった。

まだ痛むらしく、目をつぶって涙を流している。

それでも経過は順調そうだ。


恵比寿駅のアトレに入っている千疋屋で朝食兼昼食を取る。

病院で飲んだ痛み止めが効いたせいか、食事をしたら少し痛みも減ったようだ。


少し、目を開けたときに覗き込んだら気のせいか黒目が以前よりも黒くきれいに輝いているように見えた。

痛そうだったけれど、視力が0.1もなかったのに、一晩でもう0.5くらいは見えだしたようだった。

なんだかうらやましかった。


友達とはその恵比寿の駅で別れた。


本当によくなるまで、1週間くらいはかかるらしい。

今は仕事が忙しくてとても無理だけど、暇な部署に移ったら、僕もレーシックをしてみたい、と思った。



ルイス・サッカーの「There's a Boy in the Girls' Bathroom」を読み終わった。直訳すると「女子トイレに少年がいる」だけど、別に変態の話ではない。


My Kiasu Life in JAPAN-THEREISABOYINTHEGIRLSBATHROOM

主人公は最悪のくそガキで、嘘はつく、大人の言うことは聞かない、文句は人一倍、宿題はしない、友達を裏切る、そのくせ喧嘩は女の子にも負ける、といいところが全くない少年なのだ。

読んでいて腹が立ってむかむかする。


ところが、彼を愛して100%受け入れてくれる若く美しい女性のカウンセラーが来てから、彼は変わる。

最初はそのカウンセラーに対しても反抗的で嫌っていたのだが、「あなたが来てくれて私はとても嬉しい。」、「一緒に時間を過ごしてくれて嬉しかった。」と言われ続けているうちに彼は本当にいい子に変わっていくのだ。

その変わっていく過程にリアリティーがある。


日本でも最近はスクールカウンセラーがいる学校もあるが、名ばかりのカウンセラーで、実際にいるのはカウンセリングの能力も意欲もないただ「経験」(ケッ!)があるだけの教職員OBばかり。

教師の天下り先が増えただけだ。

悩みを持った小学生が、あんな文句ばかり言い、命令ばかりしている低脳のじじいのところに相談になんか行くものか。

主人公がうらやましく、僕もこんなカウンセリングを受けていれば学校アレルギーももう少し減っていただろうに、と思った。


最近ルイス・サッカーの本を洋書で読んでいるので、僕はもう英語の本が読めるのだ、と思っていたのだけど、同じ児童書でも彼の本以外は全然読めないことがわかった。

ブルー・バレットの「Chasing Vermeer」(邦題「フェルメールの暗号」)を買ったんだけどさっぱり。


My Kiasu Life in JAPAN-CHASINGVERMEER

それで昨年読んで面白かったルイス・サッカーの「穴」の洋書版を今回持って東京に行った。

待ち時間ばかりだったので、半分くらい読むことができた。

なぜか、彼の本だけは読めるんだよなあ。

先週末は、福島からTどんがやって来たので2人で長野県を旅した。


信濃町ICまで、福島から4時間程度でたどり着いたという。

信濃町の道の駅にTどんの車を駐車して、僕の車で移動する。


腹が空いたというので、小布施に行って栗おこわを食べて、それから北斎館に行った。

上映していた「画狂-北斎と肉筆画」(上映時間18分)と「小布施の北斎」(同14分)を見る。

今まで何度か北斎館に来ていたけれど、映画を観たのは初めてだった。

北斎が90歳まで生きたこと、そして年を取るほど絵がどんどんと凄みを増していることを知った。

彼は6歳から絵を描き始めたのだが、本当に何でも描けるようになったのは73歳からだという。

若い頃の絵は、写実的でものすごく上手だ。ピカソが少年時代に描いたというデッサンのように「これほど描けたらどれだけ楽しいだろう。」と思わせる絵だ。

年を取ってからは龍や鳳凰のように世の中に存在しないものまで写実的に描いていく。

彼が晩年に描いた「富士越龍図 <ふじこしのりゅうず> 」は富士山を超えていく龍の絵だが、簡単な筆致なのに龍は実に生き生きとしている。

この絵は黒一色なのだが、気づくまでは何色も色を使っているかのように見える。


小布施ではその後おみやげ用の日本酒を買って、微かに栗の味を感じるほとんどバニラの栗ソフトを食べた。


次に高山村の七味温泉に行った。

高山村は紅葉で有名なところだが、当然のことながら紅葉にはまだ早い。

狭い橋を渡って温泉に向かう。

温泉の湯は白濁していて、湯ノ花が風呂の底に積もっている。

露天風呂と内湯に何度か入ってから、温泉を出た。

この日は気温が高く暑かったが、さすがに七味温泉まで来ると涼しかった。


近くに山田牧場があるので、そこに行く。

牛が放し飼いになっているのだという。

「そこで濃厚なバニラのソフトクリームを食べたい。」とTどんが言う。

「牧場にどんな牛を飼っているのか知らないよ。全部肉牛かもしれないぜ。」

実際に行ってみると、道路に点々と牛の糞が落ちているだけで、牛の姿はどこにも見えず、ソフトクリームを売っていそうな店も見つからなかった。


そのまま笠ヶ岳の登山口まで行き、志賀高原に向かう狭い道を降りる。


「温泉巡りをしようと思ったけれど、温泉って意外と疲れるからぬるい温泉に入りたい。」

Tどんがそう言うので松代に向かう。


松代温泉にある寿楽苑という温泉は他と比べると湯温が低い。

僕は夕方に行くことが多いので、日差しがまだ高い午後には入ったことがなかった。

明るい日差しのなかで、設備を見るとかなりぼろぼろなのが目につく。

温泉は鉄分の匂いの強い赤い湯に、白い膜が浮かんでいる。

温泉に浸かりながら「僕、さっきからこの温泉のいいところを一生懸命探しているんですが、どこにもありません。」とTどんは悲しそうに言った。

実はその後いつまでも、この温泉の錆びた鉄の匂いが体から取れなかったのだが、Tどんはあとで「いい温泉だった」と、あれほどけなしていたのになぜかそう言うのだった。


温泉から出た後、川中島合戦場に行ってソフトクリームを食べ、そば屋に寄って家に帰った。


ビールやワインを飲みながら、「みんなのゴルフ4」をPSでやる。

1時過ぎまで遊んで寝た。


翌朝、8時頃に起きて善光寺にお参りする。

戒壇巡りをして出てくると、Tどんが「頭と胸が痛い」と言う。

「怖かった。暗くて怖かった」と言うので思わず笑ってしまう。

今まで何人も戒壇巡りに連れて行ったけれど怖かった、と言った人は初めてだった。

「で、錠前は握れたの?」

と聞くと「触れなかった。そんな余裕どこにもなかった」と言う。

善光寺の仲店でソフトクリームを注文する。

「僕さっきから口数少ないでしょ?」ソフトクリームを食べながら、Tどんが言う。

「そうかあ?」

「本当に怖かったんですよ。こんなに怖い思いをしたのは幼児体験以来です。」

「暗闇恐怖症なの?」

「違いますよ。でも、後ろから強面の人は入ってくるし、あなたはどんどん前に行っちゃうし、本当に泣きそうになりました。」

思わず笑ってしまう。

「僕、怒っているんですよ。あんなの消防法違反ですよ。暗すぎるって苦情が今までだっていっぱいあったはずです。」

「ああ、そうかもなあ。」

暗闇恐怖症でもないのに何を怒っているのかさっぱり理解ができない。

「僕もう2度と善光寺なんか行きません!」


その後、善光寺を出て、友達の女性をピックアップする。

Tどんはその女性にもいかに善光寺の戒壇巡りがひどいか訴えていた。

笑われただけだったけど、だいぶ落ち着いたようだった。

女性の力は偉大だ、と思った。


3人で戸隠の喫茶店に寄った後、中社の「うずら家」に行く。

天ぷらそばと、そばがきを食べる。

新そば直前でそばには一番よくない時期だけど、やはりずば抜けて美味しく、Tどんも満足したようだった。


それから信濃町の黒姫高原に行って、コスモスを見る。

リフトに乗って、上の展望台まで行ったが、ガスが出ていて何も見られなかった。

ここではトウモロコシのソフトクリームを食べた。


信濃町の道の駅でTどんとは別れた。


まさか戒壇巡りであんなに怒るとは思わなかったけれど、楽しい旅行だった。

28日の月曜日は東京出張だった。

朝、職場で上司から「ちゃんと出勤してきたじゃないか。」と声をかけられる。

「本当は、東京へ直接行きたかったんですけど、朝、職場に顔を出せって言われたんで来ましたよ。僕は上司の言いつけを守りますから。」

「別に気にしなくてもよかったのに。午後から始まる会議なのに、直接、東京に行っていいですか、なんて聞いてきた時点でおまえの評価は1だし。」

「くそう。行っちゃってよかったのか…。」

毎度のことだが、素直な自分の性格が恨めしくなることがある。


午後からの会議に間に合うよう新幹線に乗っていく。

封筒が配られているので、なかを覗くと資料の他に基礎データの入ったフロッピーディスクが1枚入っている。

封筒から資料を取り出し、封筒とフロッピーは机のなかにしまい込む。


会議は延々と資料を読み上げるという単調なもので、しかも全く理解ができない。

その資料を基に調査をしなければならないのだが、具体的に何をしたらいいのかさっぱりわからない。

提出しなければならない書類は13種類もあり、内容はわからないが手間がかかることだけはよくわかる。

悪い夢を見ているような気分になった。


会議終了後、鞄に資料をしまい込みながら、隣の席に座っていた他の課の人と話す。

やはり何をしたらいいのかさっぱりわからないという。

「結局、昨年提出した資料を見ながらまとめるしかないですね。」

「何のための会議なんだ?読み上げるだけなら郵送で十分だろ。」

互いにうんざりとした顔を見合わせる。


丸の内線に乗って銀座に行く。

友達と会って、久しぶりに食事することになった。

待ち合わせの間、銀座三越の前にある教文館で本を立ち読みしていた。

そしてそこでアダム・ファウアーの「数学的にありえない」(文藝春秋社、上下巻)を買う。

立ち読みをし始めたら止まらなくなってしまったのだ。


My Kiasu Life in JAPAN-数学的にありえない 上

My Kiasu Life in JAPAN-数学的にありえない 下

そのときに買った「数学的にありえない」について。


主人公はギャンブル依存症で統計学の講師。

最近では突発的にてんかんの症状を起こすようになった。しかも一般の薬では治せない。一般の薬で治るてんかんは60%なのだという。

彼はカジノでポーカーをしながら、どちらが強いのか自分の手と相手の手を確率論から推論する。彼は瞬時に確率計算をできるのだ。

彼の手持ちはエースの4カード。まず、負けることは考えられない。

しかし相手は確率的に遙かに低いはずのストレートフラッシュを出して大勝利を得る。

そのギャンブルの巨額の損失のせいで、彼はカジノを仕切るロシア人に追われ、そして彼が身につけた特殊な能力のせいで、FBIからも科学技術研究所からも追われることになる。

逃げる過程で、天才肌だが精神異常の双子の兄や、ロシアとCIAに徹底的にスパイ訓練を受けた女性が、彼を体を張って守る。

追う側も追われる側も、それぞれ必死にならなければならない事情があり、そしてそこに量子力学や数学的な解法が絡んでくる。

ダ・ヴィンチ・コードのような知的興奮に溢れた本で、今回のテーマは僕が好きな「時間と空間」だ。

実際、僕はこの本の中毒になって、夜はもちろんのこと昼休みや朝のわずかな暇を見つけてでも読み進めなければならないほどだった。

解説によると、この本の作者は6歳の時に両目を難病に冒され、以後、ずっと失明の恐怖に怯えながら、図書館の録音テープで大量に本を「聴いた」のだという。

それを知ったとき、ストーリーのひとつひとつが、彼が自分の厳しい人生をいかに克服してきたかを物語っているかのようで、それにも体が震えるほどに深く感動した。


友達とは銀座の松屋で待ち合わせ、「Restaurant GINTO(銀兎)」に行く。

池袋の銀兎には今までに何度も行ったが、銀座の銀兎は初めてだった。

月曜日の早い時間だったので、まるで貸し切りにしたかのように店内はガラガラだった。


僕たちはたいていコースでは頼まずに、いつも適当に注文していく。

エビマヨ、炙りフォアグラのにぎり寿司、炙り刺身、コースメニューにしかないけれど作ってもらったアクアパッツァ、などなど。

好きなものを好きな順に注文していく。

リゾットを注文したときに、池袋店では目の前で大きなチーズのなかでライスを混ぜてくれるのだが、そういったサービスがなかったことと、僕の好きな銀兎のカリフォルニアロールがなかったことはさびしかったが、味は銀座の方がよかったかもしれない。


友達と別れ、新幹線に乗ってその日のうちに長野まで帰ってきた。


途中で、ふと、会議のときにもらったフロッピーディスクを封筒ごと引き出しに置き忘れたことに気がついて、顔から血が引いて白くなるのを感じた。

でも「なんとかなるだろう。」と思って、なるべくそのことを考えないように気をつけるのが今回の東京出張でいちばんたいへんなことだった。