先週の3連休のうち、2日つぶして会議のための資料を作った。
水曜日にその会議があった。
僕は、会議やプレゼンの前には、ニュージーランドのフィンクルとオーストラリアのジェレミーが作った、「上手なプレゼンテーションをするには」を読むようにしている。
「上手なプレゼンテーションをするには」
1 部屋を知ること。スピーチをする会場についてあらかじめよく調べておくこと。早めに会場に行き、話すところを歩き、マイクや映像資料の使い方を練習すること。
2 聴衆を知ること。 聴衆が入場するときに何人かに挨拶をしておく。知らない人たちのグループよりも、知っている人たちのグループに話す方が楽である。
3 内容について知ること。 話す内容について詳しく知らないと、緊張感が増してくる。必要であれば、スピーチを練習し、内容を修正しておくこと。
4 リラックスすること。 軽く体操をし、緊張感をほぐすこと。
5 スピーチをしている自分の姿を想像すること。大きな声で、はっきりと明確に話している自分の姿を想像する。自分自身が成功した姿を想像することができれば、きっと成功する。
6 聴衆はあなたに成功してもらいたがっていることを知ること。 聞き手は、あなたのスピーチが面白く、刺激的で、有益であることを望んでいる。聴衆はあなたに失敗してほしくない。
7 謝らないこと。 自分が緊張している、またはスピーチに問題がある、と言ったことを話したり謝ったりすると、聴衆が気づかなかったようなことにまで注意を呼び起こしてしまうかもしれない。そういうことは言ってはいけない。
8 どう話しているかではなく、何について話しているかについて集中すること。注意を自分自身からそらし、伝えたいメッセージや聴衆の方に集中すること。これにより、緊張感がほぐれてくる。
9 緊張感をプラスに変えること。緊張感を抑え、そして活力と熱意に変えなさい。
10 経験を積むこと。
万全な準備を整えたと思っていた会議だったが、本論に入る前から形式的な話で火がついた。
僕は今まで、外国人の集会に何度か参加したことがあるが、彼らはとても聞き上手なのだ。誰かがしゃべっているときに、少しでも面白いことを言うと、大きな反応をしてくれるので話しやすい。
でも、ここではそんなことは望めない。
僕は非常に面倒な調査を依頼しなければならない立場で、聞き手は、少しでも負担が軽くなるように願っている。
ジェレミーやフィンクルの前提としている状況とは違い、観衆の一部の人達は僕に失敗してもらいたがっている。それは冒頭から感じていた。
失敗したところで、負担が軽くなるわけではないのだが、抵抗したいのだろう。
正直、僕としても、こんな手間のかかる調査はしたくはない。こんな調査をしても無意味だと僕も感じている。
集計だって大事になるのは目に見えているし、最終的に僕は13個も表も作らなければならない。馬鹿げていると思うけれど、でも担当だから仕方がないのだ。
他の人に作ってもらったデータの一部に些細なミスがあるのを発見し、大騒ぎしだした一部の人をよく観察しながら、僕はジェレミーとフィンクルの「決して謝らない」というルールを破ることを意識しながら、さっさと謝ってしまった。
「すみませんでした。間違えた部分は、後日、メールでデータを送りします。」
ジェレミーとフィンクルの予言どおり、その直後からデータのあら探しが始まった。
間違いを見つけた人は「このデータを頼りにしなければならないのに、このデータには絶対に誤りがないと言い切れるのか」と、大声を出し、あたりを見回して得意げに笑っていた。
「現に間違っていたわけですから、誤りがないとは言えません。でも、そのデータ以外は正しいと信じて、まとめています。」
会議は炎上していた。
「じゃあ、このデータの入ったフロッピーは一度返さないといけないことになりますなあ。」
「その他のデータは正しいわけですから、そのデータは使ってください。誤っていた部分は改めて送付します。」
会議には年配の人も多く、そのなかでも負担が一番少ないはずの部署の人がやたらと騒ぎ立てようと場を不自然に盛り上げているのを見たときに、心底うんざりとした気分になった。
目の色が、暗い楽しみを込めた光で輝いているのだ。
「彼は、今の状況を喜んでいるのだ」と思ったら、吐きたい気分になった。
会議が終わったときには、声が枯れていた。
「そんなにいろいろ言わずに、やってやればいいじゃないか。」
慰めに来てくれた人もいて、少し救われた。
「結局、当初計画どおりのことをやることは認めさせたんだから、上出来ですよ。」
同席していた他の課の同僚も声をかけに来てくれたが、僕はぐったりとした気分のままだった。
上司に報告し、「ちゃんと回答してくれますかね?」と相談すると「それは、するだろう。もし回答して来なかったときは人事も含めていろいろと考えてもらうことになる。」と言うので、「それより僕の方の人事を変えてくださいよ。」と頼んだ。
週末は、友達と善光寺、黒姫高原、高山村の雷滝、小布施、渋温泉の外湯巡り、上高地、松本城、穂高の大王わさび農場などを回り旅行三昧の日々を過ごした。
紅葉を見るために訪れた雷滝では、大きな滝の後ろ側を歩くことができる。
想像以上の音と水量に、自然と微笑んでしまう。
渋温泉の外湯巡りも思っていたよりもずっと楽しかった。
9つの温泉に入り、手ぬぐいにスタンプを押していく。全部入るのはあきらめたけれど、それでも3つほど入った。スタンプだけはすべて押した。
9つ入ると苦(九)労が流れるそうだ。
スタンプを押した手ぬぐいは、受験合格祈願のハチマキとして使えるそうである。説明書を読んで笑ってしまった。
上高地を散策していたとき、ふと今までの上高地の旅行の思い出が甦ってきた。
奥穂高に登ったときのこと。雨の日の上高地のこと。ウエストンレリーフの前ではしゃいでいたときのこと。
考えてみたら、僕はもう10回以上ここに来ているのだ。
日曜日はきれいな本当に雲一つない秋晴れだった。
紅葉の美しい上高地を眺めながら、僕はでも、悲しくなってきた。
今まで、いろんな人とここに来たことを思い出した。
昔、無理矢理別れてしまった彼女の顔が目に浮かぶ。
彼女も今の僕が感じているような心の痛みを感じて傷ついたのかな?と思った。
もう謝ることもできない。
旅行は楽しかったけれど、上高地や松本城など昔の思い出が甦る場所が多かったので、そのたびに寂しさや空しさも感じた。
黒姫高原ではカメラを紛失し、それも少しショックだった。
次に来るときには、もっと幸せな気分で来られたらいいな、と思った。