3/7の清水ミチコさんのトーク&ライブに夫婦で行く予定だったのに新型コロナウィルスでキャンセルになりました。
夫婦でコンサートに行くのは26年間で初めてのことだったのに残念です。
返金は今日、文化センターに行ってしてもらいました。
清水ミチコさんも含めて、主催者側の損失は大きいでしょうね。
学校が休校になり私学に行っている高2の私の生徒も休みで、おかげで19時のところが18時から始められていいのですが・・・
何をするように言われたかと聞くと自習だそうです。
いつまでこの混乱が続くんだろうか。
3/2、月曜日に犬エルが来ました。
エルは2018年2月までおじいさんが入院するまではそのおじいさんと一匹と一人で暮らしていました。
おじいさんは帰宅することなく亡くなり、エルはだれもいない家に残され、近所の親切な人が面倒をみてきました。
エルの里親募集というポスターはずいぶん前から知り合いのトリマーの職場に貼られていました。
カイが亡くなり、我が家には保護犬しかいなくなったのでエルを引き取れると思い引き取ることにしました。
エルは12歳なので、高齢で犬を亡くした里親に声を掛けてみようとも思っています。
エルを見た時、思ったより大きいと思いました。
クリ、ナナ、さくらよりも大きく、カイよりは小さいですが、体重は同じくらいかもしれないです。
おとなしい子ですが、猫には慣れないようで、猫も警戒しているので時々バタバタともめごとが起きているようです。
もずくが最初唸って、でも散歩に行ったら急に襲い、エルは噛まれて悲鳴を上げていました。
もずくを叱り、警戒もしているのでそれからは何もないです。
思えば、我が家の飼い犬たち、クリ、ナナ、さくら、カイはどんな犬が来ても無関心で心の広い子たちでした。
さくらは特に子犬から好かれるくらいでした。
まだ慣れず、常に外に出ようと狙っているので気を付けないといけないです。
2/8、13:30から銚子市保健福祉センターでの若年性アルツハイマー丹野智文さんの講演会に行ってきました。
このポスターを見て彼の本「笑顔で生きる」を読みました。
だからとても楽しみにしていました。
原稿を読んでの講演で、内容は本とほとんど一緒でしたが生の声を聴かせてもらえてよかったです。
一番前の席に座ったのですが、途中ウトウトしてしまいました。
はっきりとした口調で元気もよくてわかりやすかったです。
自動車免許は5年前に返納し、勤めているトヨタディーラーには電車で行くそうです。
切符の買い方もわからなくなっているそうですが、聞けば親切にみんな教えてくれるそうです。
それは「私はアルツハイマー本人です」というラベルを常に身に着けていて見せるからだそうです。
これを作る前は聞かれた人はこんなに普通の人が切符の買い方を聞くので「ふざけているのか。」のようなことを言われたそうです。
そうでしょうね。大人が切符の買い方がわからないなんてと思うでしょう。
でもこのラベルを見せれば今はみんな親切に教えてくれるそうです。
切符の買い方もわからないから、行く駅名も忘れるそうです。
それも紙に書いて、「この駅に行きたい。」と駅員に言えば親切に教えてくれるそうです。
妻や子供の顔も忘れて家に帰って「この子、多分自分の子供だろうけど、覚えていない。」そうですが
子供が「私は○○」と名前を言ってくれるので問題ないそうです。
これももしかしたら症状が進行すれば子供がいたことさえも忘れてしまうかもしれないので、今のところはいいのでしょうね。
本人の声が聴けて良かったです。
最後の質疑応答の時は質問しました。
発表の後に質問しないのは失礼であると筑波大の院に行っている時に言われたので、こういう時はなるべく質問するようにしています。それに講演者と話せるなんてうれしいです。
まず質問したことは本に書かれているパートナーについてです。
彼は助けてくれる人をサポーターとは言いません。
これは認知症対策が進んでいるスコットランドでもそういう名称は使われていなくて、丹野さんが行った後にスコットランドでも活用することなったそうです。
私が聞いたのはそのパートナーにお金を払っているかです。
払っていないそうです。
パートナーとはお互い助けたり助けられたりするので、話を聞いていると友達のような存在なのだそうです。だからお金は払いません。
もう一つ聞いたのは私が丹野さんの「笑顔・・・」の本の後に読んだ「脳科学者の母が認知症になる」の本では物事に対するやる気がなくなると書かれていましたが、丹野さんは全然やる気がなくなっているように見えないので、それはどうしてかということです。
それは周りの対応だとおっしゃっていました。
アルツハイマーになったから、外に出さない、財布を持たせないというようなことをすれば、誰でもやる気がなくなる。丹野さんはそのようなことはさせられていないからだとおっしゃっていました。
帰り際にもう会えないかもと思っていたら出口のところにみんなを見送ってくださっていて、写真撮りました。素敵な笑顔です。
そして前日に焼いたスコーンがたくさんあったので渡せればいいなと持って行っていたのですが、写真を撮った後に「帰りの道中にでも召し上がってください」と手渡すことができました。
なんでも忘れてしまうとおっしゃっていたので、どんな人からもらったことは忘れても仕方ないですが、持って帰るのを忘れてしまったらどうしようとちょっと心配になりました。でも誰かが気を利かせて持たせて下さるでしょう。
本の題名通り丹野さんはさわやかな笑顔で、とてもいい講演会でした。
前掲載、ダスティの一生では私も飼い主になった気持ちでしか書いておらず、里親I川さんへの感謝の気持ちを書いていませんでした。
私ってなんか抜けてるんですよね。
終わった後に思い出す。
ダスティが19歳まで生きられたのは、I川家に迎えられたからだと思います。
いや、だっかからです。
たくさん掲載されている犬の中から成犬のジョン君に目が留まったこと。
これが始まりでした。
ジョン君をきっかけに勇気をもらいたくさんの犬猫を保護し救うことができました。
最初に連絡いただいたメッセージが残っていて、
犬を飼うのは初めてで、妻は迷っている状態と書かれていました。
でも譲渡会に来られた時はもう迎えると決められていたと思います。
可愛がられているから、毎日楽しいからこの笑顔です。
2003年10月14日に頂いた手紙に入っていた写真です。
駒沢公園のドッグランと書かれていました。
こちらは凛々しい。
うちにいた時、腿の根っこ辺りが剥げていて、獣医に行くとたいしたことないと言われたので気にしていませんでしたが、それはアカラスという皮膚病ということが譲渡後わかり、その時の様子が書かれています。
『アカラス、と呼ばれる病気でした。毛包虫症。
ザックリ言うと、顕微鏡でないと確認できない極小の毛包虫(=ニキビダニ)、健康な皮膚にも常在している(人間にも)ものに、何故か反応して脱毛や皮膚の炎症が起こる、というものです。
「これはねぇ、昔は不治の病で、ブリーダーなんかでは安楽死の対象だったんです。それが見つかったんでこの子は捨てられちゃったのかなあ……」
「不治の病、なんですか?」
「いや、最近できたイベルメクチンという注射薬が効果があるという研究があります。」
「じゃあ、その注射を打ってやってもらえませんか。」
「分かりました。注射が可能かどうかの検査をして……ただ……」
「ただ……?」
「1000頭に3頭くらいの確率で、ショックを起こす場合があると言われています。」
「!!」
数分、悩んだ。
「打ってやってください。」
「分かりました。これを間隔を置いて何回か打ちます。ただし、このアカラスは一種体質のようなもんで、また体調によって発症することがあります。なんらかの問題で免疫が落ちた時、あとは老犬になって体力が落ちた時、ずっと付き合ってゆくことになります。」
「はい。」
その時に改めて決めたんだ。お前の命は預かった。
間違いなく一生面倒をみてやるぞ。
注射はあっけなく終わりました。ショックは起こしませんでした。
その後も一生通じて、ダスティは注射をまったく痛がらない犬でした。』
この時のことを私は聞いていて、命に関わるかもしれない注射に同伴していた娘さんが大泣きしたそうです。
でも何もなくてよかった。その後も何度か発症したそうですが、年を取ってからはなかったそうです。
そしでこの注射の薬剤のイベルメクチン。これを作って大村智さんがノーベル賞を受賞されました。
『2015年、ノーベル賞生理学・医学賞を受賞した北里の大村智先生。
その受賞理由に出てきました。ニュースで見て「あっ!」と思いました。
イベルメクチンとは、大村先生が作った駆虫薬だったのです。
ダスティは、大村先生に救ってもらったんです。』
私が犬に与えているフィラリアの薬もイベルメクチンなので、私もありがたい、いや、大村智さん、すごい、犬を救ってくれたと思ったことを覚えています。
いろんなところに連れて行ってもらいました。
子ども劇場イベントと記されていました。2002年4月28日
ここでも良い子にしていたと記憶しています。
伊豆旅行です。2002年8月11日
ダスティのこと、よく見ていただきました。
『ある時、どうしてもダスティを置いて一家で出かけなければならないことがあり、一泊だけ、同じく犬を飼っているHさんに預かっていただきました。良くしていただいたはずなのに、迎えにゆくと何故かとても憔悴した様子。そしてなんと、血尿が出ました。やっと見つかった自分の家からまた出されるかもしれないという恐怖はそんなに深刻だったのか、と。それ以来「どこかに預ける」という選択肢は消えました。
ダスティは、そういう犬でした。』
『横で寝ていて気がついた。呼吸が止まっている。慌てて飛び起き、人工呼吸のように胸を押さえた。すると、自力でまた呼吸を始めてくれた。良かった、と布団に戻りウトウトした何分後だったろうか、また呼吸が止まっているのに気付いた。また胸を押す、離す、押す、離す……もう呼吸は戻ってこなかった……。』2020年1月21日午前2時前
この写真は亡くなる前の写真です。
最後までありがとうございました。
ダスティは安心して天国への階段をゆっくり昇って逝ったと思います。
そして虹の袂で待っているのでしょうね。
私ももう一度会いたいです。
ダスティが19年三か月11日も生きられたのはI川家と一緒に暮らしたからです。
愛されたからです。
可愛がられたからです。
大好きだったからです。
ありがとうございました、I川家のご家族。
これを書きながら感じました。
ダスティにとっても、I川家にとっても豊かな18年間だったのだろうなと。
両者ともうらやましいです。
1月の読書メーター
読んだ本の数:3
1月から3冊、上出来。
読んだページ数:817
ナイス数:30
丹野智文 笑顔で生きる -認知症とともに-の感想
39歳の時に若年性アルツハイマーと診断された著者、丹野智文さんが明るく元気に笑顔過ごして認知症になってもサポートがあれば暮らしていけることを訴えている。周りの偏見も認知症当事者を言聞きにくくしているが、それよりも自分の偏見をなくすことが大切と語っている。認知症であることは恥ずかしくなく、オープンにすると助けてくれる人はたくさんいる。家族会で同じ当事者と話すことで救われたとも書かれていた。彼を助けてくれる若生栄子さんはサポーターではなくパートナーでありこの観念はスコットランドでも珍しく取り入れられたそうだ。
読了日:01月29日 著者:丹野 智文
黒パン俘虜記 (1983年)の感想
直木賞受賞作。モンゴルからの帰還者友弘正雄さん94歳のドキュメンタリーでこの本を知る。 ロシア抑留はよく知られているが、モンゴル抑留はあまり知られていない。友弘さん同様、その帰還者である著者が書いた作品。想像を絶するような寒さの中に出されて殺されてしまう人、わずかな黒パンのみで重労働させられやせ細りそのまま死んでしまう人たちなど、戦争は終わっているのにこのようなことを強いられるなんて信じがたいことである。この著者、たくさんの危機を乗り越え帰国できて本当によかった。
読了日:01月14日 著者:胡桃沢 耕史
劇場の感想
主人公永田が又吉君のような気がして、読みながらずっと又吉君の顔を浮かべていた。 たまたま出会った沙希ちゃんのところに転がり込んでヒモのような存在になる永田。 沙希ちゃんに甘えすぎで、自身は理屈ばかりこねて、自立して沙希ちゃんを支えるくらいに ならなければいけないことを後回しにし過ぎて沙希ちゃんを失うことになる。 これからも演劇の仕事をしていくのだろうが、そこで成功できるかは見えない。 もっと明るい最後がよかった。
読了日:01月09日 著者:又吉 直樹
読書メーター
ダスティは2002年に保護した推定一歳半のジョン君。
18年前ですが忘れられない子でした。
ある日、散歩の時に突然現れた情景は覚えています。
当時の記録を見ると一か月放浪していて、こんなかわいい子を放っておけないと保護したと書いていました。当時クリ、ナナ、さくらの三匹がうちにいたので、保護するともらわれなければずっと飼う覚悟がいるので躊躇していて一か月もそのままにしていたのでしょう。
保護して、本当にかわいい性格のおっとりした良い子でした。
彼の保護をきっかけにアニマルサポート・ノアの前身であるくるみの会に入りました。
少人数で犬猫保護活動を近所の人がしている団体でした。
後2006年にこの会の代表と分裂してアニマルサポート・ノアができました。
つまり今しているアニマルサポート・ノアの活動の始まりはジョン君だったのです。
そして「いつでも里親募集中」というサイトに掲載したのだと思います。
それを見て連絡してくれたのがI川さんでした。
当時は譲渡会は独自で開催しておらず、参加した「ポチたま会」という保護団体の松戸譲渡会にお見合いに来てもらい、決まりました。
これで成犬でも貰い手があるという自信が付きました。
子犬は簡単に決まり、成犬は難しそうだけど、すぐ決まった!
里親になったI川さんが2000年10月10日を誕生日と決め、ダスティと名付けられました。
だから享年19歳三か月11日。
2020年1月21日午前二時前に永眠しました。
保護活動を本格的に始めたきっかけになったダスティ。
ひとつの歴史が終わった感じがします。
この写真は亡くなる前のものです。
きれいな顔です。
私は前述のようにある日突然我が住宅地に現れたジョン君をすぐに保護したと思っていましたが飼い主のI川さんは覚えていて以下のように書いていらっしゃいます。
「銚子の街に突然現れ、しばし放浪、中山さんに保護されジョンという名前をもらい、ネット上の里親募集に載った。それを見つけたのが僕でした。その放浪中、あちらこちらの家でご飯をもらい、その家それぞれの呼び名で呼ばれ、保護されて姿が見えなくなったときにはその皆さんは大いに慌てたそうです。保健所行きになってしまったのではないか、と。保護されて里親が決まり、銚子を立つと知ったある方は中山さん宅にお赤飯を炊いて持ってきてくれたそうです。ホントに良かった、と。
ダスティは、そういう犬でした。」
お赤飯のことも忘れていましたが、持ってきてくれたのは多分近所の明石さんだと思います。今も彼女は応援してくれます。
成犬がある日突然現れたということは、そこそこ遠くの人が捨てに来たのだと思います。
推測ですが、小さい時はかわいかったけど予想以上に大きくなり、捨てられたと思っています。
でも結果的には捨ててくれてありがとう。おかげでジョン君はいい犬生を送れました。
保護した時のダスティ、その時はジョン君。
今でも夫婦ではジョン君で通じ合っています。
成犬だけど、本当にかわいい子でした。
ナナもいました。
夫もかわいがっていたようです。
夫はたいていの保護犬のことは覚えていないのですがジョン君のことは忘れません。
忘れようにも忘れらないことがあったから。
夜中に二階の私たちの寝室にやってきて、窓際のカーテンのところでブリブリとウンチをしたのです。
下痢便で我慢できなかったのでしょうが、なぜか二階の私たちの寝室で・・・
クリも、後ろに少し写っているさくらもいました。
みんなといました。
そして2002年3月24日にI川さん宅にお届けでした。
私も若いですが、夫の頭が黒くて若い。
さくらも連れて行っていたこと、すっかり忘れていました。
きっと仲が良かったからだと思います。さくらはどの子にも優しかったから優しいジョン君とは気が合ったのかもしれません。
やっぱり遠慮がちです。
I川家では我が家で以上に良い子でした。本来のダスティがそうであったのだと思います。
当時聞いていて覚えているのが、ドッグカフェに行ったらテーブルの下で伏せしてずっとおとなしく待っていたということです。私はこれを聞いて感心しました。また少し誇らしい気分でした。うちにいたジョン君がこんなに良い子で。
ダスティ、とっておきの笑顔です。
散歩の時、散歩紐は小型犬用の細いひもでそれが張ることはなく、いつもゆるゆる状態でダスティは飼い主に付かず離れずだったそうで、散歩紐がズリズリして傷んで一度だけ変えたそうです。
ダスティの散歩紐。
ダスティはモテたそうです。
飼い主からの引用文です。
「ダスティは、モテました。
散歩で出会う飼い主さんに、その犬達に。特に何故か雄。遠くで僕らを見つけた犬が飼い主さんを引きずるようにして駆け寄ってくる、なんてことがしばしば。本人は迷惑そうな顔してましたが。
そして犬を飼ってない人にも。
毎日の夕方、家の前に出て僕らが来るのを待ってくれているおばあちゃん。おやつを準備してくれている花屋のおばさん。
犬は苦手なんだけどこの子だけは大丈夫、と言ってくれた内山君のような人もしばしば。
ダスティは、そういう犬でした。」
最期、眠るように、眠ったまま亡くなったそうです。
苦しまずによかった・・・
こちらもI川さんの文の引用です。
『今日、獣医さんに挨拶に行き、慰められました。』
「20kgの犬が7kgにまでなって眠るように亡くなる。それは、こんな言い方はいけないかもしれませんが、理想の最期です。普通は10kg台に落ちたところで弱っている内臓が問題を起こし、苦しむことになるんです。それが無く、眠るように、いや、眠ったまま呼吸が、心臓が、静かに止まる。これ以上の最期はありませんよ。」
火葬にやって来た葬儀屋さん。
「この大きさで19歳というのは、人間なら120歳と言っていいと思います。」
「その年齢にしてこの骨の頑丈なこと。それだけの老犬だと崩れたり割れたりして形を留めないことが多いのですが、こんなにしっかり。」
我が家にいたのは一か月と20日でしたが、ダスティは保護活動を始めるきっかけになったこということもあり、そして格別に愛らしい子だったので忘れられません。そんなダスティと18年も暮らせて、I川さんが少しうらやましいです。
また掲載した写真を改めて見て、18年前の懐かしい日々を思い出しました。
ダスティの我が家にいた時の黒い顔がいつもちらつきます。
なんかあの時、楽しかったです。
大きいのに本当にかわいい子でした。
19年もよく生きてくれました。
そして家族には大きな存在だったと思います。
ダスティは永遠に私たちの心の中に生き続けます。
亡くなったことよりも、彼と出会えて共に時間を過ごせたことが重要です。
ダスティ、ありがとう
大学生のShinya君が宿泊するのは三回目です。
こちらへの目的は銚子のショッピングモールでのバイトです。
Shinya君宅にも黒猫がいて、紀伊がとても気になるようです。
でもどの子にも優しく、人懐っこい源や仁がすり寄って行った時も相手してくれます。
写真はお気に入りの紀伊と。
前回11月に来た時に寒いと言っていたかなりの寒がりで、うちにはエアコンがないので今回は猫と寝させてもらおうと思っていたそうですが、先週のゲストが来る直前にダイソンのHot&Coolというものを入手したのでそれはなかったです。
私自身、レミの隣に寝て寒さを凌いでいるので猫もよかったかも。
家族以外でも寝られるのは源と仁でしょうね。
来月もバイトが入れば来るかもしれないです。
1/11-12一泊、神父をしているアメリカ人、Tonyが来てくれました。
日本には10年くらい住んでいて、日本語も上手です。
以前、クレジットカードなしで申し込もうとして結局泊まれなかった人が自分だったとおっしゃっていました。
Airbnbはクレジットカードで宿泊費を事前に支払わなければ予約できません。
トラブルを防ぐためだと思います。
アメリカ人だけど、クレジットカードは嫌いだそうです。
Tonyだったら泊めてあげてもよかったと思うけど、今の世の中、クレジットカードがないのは信用がないのかと思いAirbnbを通さずに泊めるのはやめました。
今回は妻のクレジットカードで予約したそうです。
泊まった翌日は二つの結婚式があったそうです。
わざわざ、東京から来てもらわなければならないんですね。
2019年の読書メーター
読んだ本の数:23
読んだページ数:5658
ナイス数:359
23冊とは言え、いろいろ読んだな。
犬が殺される 動物実験の闇を探るの感想
犬だけではなくすべての実験動物のことが書かれていた。 少しずつではあるようだが実験による動物への苦痛はかつてよりは減るように考えられてきているようだが実験動物が必要なくなるのはまだ先のことのようだ。でも期待したい。 私たちが使っている食品、薬品、ものは、動物たちの苦痛によって成り立っていることを知るべきで、感謝しなければ ならない。読んでいて辛かった。
読了日:12月17日 著者:森 映子
消された精神障害者の感想
沖縄では1900年に制定された精神病者監護法により、1972年に本土復帰するまで精神障害者は「私宅監置」された。 私宅監置された人たちのことが載せられているが、本当に精神病者だったのかと疑いたくなるような人たちも多く窓もちゃんとしたトイレもないところに入れられればそれだけでおかしくなってしまう。こういうことを防ごうと働きかけた人たちがいることがまだ救いである。このような私宅監置が台湾、西アフリカでも行われているようだが、状況は沖縄ほどひどくはない感じがした。でも西アフリカは精神障害者を木に鎖で繋いでいる。
読了日:12月08日 著者:
炎上弁護士の感想
本書に書かれている炎上はネットだけにとどまらず、自宅での嫌がらせ、両親や先祖の墓にまで及んだ。読んでいてい身震いがするほどで、その炎上が完全に収まってもいない中、今も弱者や困っている人の弁護を続け、インターネットによる被害者を守る法律を作ろうと頑張っておられる。理不尽なことをする人たちは自身が孤独で注目を受けるところを求めて他人を攻撃しているようだ。そんな人達に負けない著者を応援したい。また誰にでも降りかかるかもしれないことなので他人事とは思えない。
読了日:10月17日 著者:唐澤 貴洋
【第161回 芥川賞受賞作】むらさきのスカートの女の感想
第161回芥川賞受賞作。 ちょっと狐に抓まれたような終わり方だったがサラッと楽しめた作品。 謎深い、だれもが気にしている「むらさきのスカート」の女が語り手の思惑通りに自分の働く職場に来る。 その女の変化も楽しめたが、最後は殺人までからむかもとドキドキするもので、最終的には語り手がむらさきのスカートの女と同じ位置に収まり「黄色いカーディガンの女」となる。 ここまでどうやって「むらさきのスカートの女」を観察できるのだろうかと途中で不思議になるくらいだった。
読了日:10月06日 著者:今村夏子
8年越しの花嫁 キミの目が覚めたならの感想
2007年3月11日に挙式を上げる予定になっていた65日前の1月5日、麻衣さんが心肺停止になり、8年間彼女の元に通い待ち続け、回復した麻衣さんと2014年に入籍・挙式をした。原因は卵巣の腫瘍に対する抗体ができ、その抗体が間違って脳を攻撃するという抗NMDA受容体脳炎だった。映画をLAからの飛行機の中で見て本を読んだ。映画でも思ったが尚志さんの麻衣さんに対する変わらぬ愛がすばらしいのと、麻衣さんの家族、そして尚志さんの家族の愛も強かった。今は足はまだ不自由みたいたがお子さんもできて幸せに暮らしているそうだ。
読了日:08月31日 著者:中原 尚志・麻衣
がんに生きるの感想
食道がんを先進医療である陽子線治療を夫婦で探し出し一旦完治したが、再発により術後、穿破(せんぱ)というがん細胞が臓器の壁を突き破る危機を脱し、抗がん剤、陽子線治療で癌を克服。 冒頭で「がんで死にたい」というのはがんで成長できるというのも一つの理由で、探究心の強い彼にはがんはもってこいだったのでは。がんで成長したという彼の源にあったのは鈴木大拙の言う「己を知れ」に突き詰められると最後に書いている。 文末は夏目漱石の言葉「凡ての人間の研究と云うものは自己を研究するのである」で締めくくっている。
読了日:08月20日 著者:なかにし 礼
サスツルギの亡霊の感想
南極で亡くななった血の繋がらない兄英治の死の真相を探りながら、カメラマンとして南極に来た拓海に起こる サスペンスのような話。その真相をたどる際に、南極でさえも欲によって犯罪までに手が染められるのも驚きで 殺人事件が起こったのはもっと驚きであった。その犯人に拓海が疑われて・・・ ちょっと複雑で、殺人まで出てきてそこはワクワクしたが、その動機には共感できないし、殺す必要があるのかわからない。 そもそも題名のサスツルギは出てきたがなんであるかわからず、題名が覚えられないくらい馴染みのない言葉。
読了日:07月17日 著者:神山 裕右
博士の愛した数式の感想
博士は1975年センターラインをオーバーして正面衝突された事故によって大学教授だったのに80分しか記憶がもたなくなった。そんな彼の元に家政婦として1992年3月に「私」は雇われた。彼女には息子のルートがいて、博士の意向で息子も学校終了後に博士の家に来ることになる。博士の機嫌を損なわないよう少し緊張感はあるが、博士のルートを思いやる気持ちと三人の優しい関係がとてもよかった。退職後も二人で博士のいる介護施設に通うのも暖かくよかった。
読了日:07月05日 著者:小川 洋子
私の脳で起こったこと レビー小体型認知症からの復活の感想
再読だったようだ。2015/10/31に読んでいた。 2012年50歳で幻視を見てレビー小体型認知症を発症。日記により日々の病状が詳細に書かれている。 彼女は病識があることが幸運であると自身も書いている。 私の母もレビー小体型認知症だったので、この病気にはある程度の認識もあるし、興味もあるので読んだ。 母よりはずっと病識があるし、自身を客観視していおり、かなり勉強されている。現在は自律神経障害以外の症状はほぼ消え、認知機能はほぼ正常に回復されているのは本人の気力、努力のおかげだと思う。
読了日:06月21日 著者:樋口 直美
星野源 音楽の話をしよう (AERAムック)の感想
音楽の話にはほとんど付いていけず、読んでもわからないのでさらっと読んだ。 「逃げるは恥だが役に立つ」の脚本家、野木亜紀子さんとの対談で最後の新垣結衣ちゃんの演技の話は興味深かった。演技力、やっぱりあるようです。 有村架純さんとの普段の話もおもしろかった。
読了日:05月26日 著者:星野源
「本当の大人」になるための心理学 心理療法家が説く心の成熟 (集英社新書)の感想
「本当の大人」が何が正しいかはよくわからないが、参考になったことはほとんどなく、参考にするまでもなく本書に書かれていることが「本当の大人」ならすでにそうであるような気がした。当たり前のことが推奨されていて、そんなことはわかっている、やっていると思うことばかりであった。だからといって自分が「本当の大人」であるかはわからない。
読了日:05月25日 著者:諸富 祥彦
こんな夜更けにバナナかよの感想
筋ジス・鹿野靖明氏がボランティアを募り、自立生活していく。わがまま、気まま、厚かましく自分勝手な鹿野氏に それぞれが魅了され、そして生き方まで変えられていったと言っている。 筋ジストロフィーで体が動かなくなり、自分でできないことが多く、人を頼らざるを得ない、隠したいことも隠せない 状態が人を魅了したのかもしれない。鹿野氏は2002年8月12日、42歳で拡張型心筋症による不整脈で誰にも看取られず、救命救急センターで、つまり誰も責任を感じることなく亡くなったのは鹿野氏らしかったようだ。
読了日:05月13日 著者:渡辺 一史
噛みあわない会話と、ある過去についての感想
日常に悪気はないのに知らない間に人を傷つけていることはままある。それはその人をバカにしているからである。 この本には恐ろしいくらいの噛み合わない会話があり、それは過去の回想になるのである。 知らぬ間に生徒を傷つけていた「パッとしない子」、小学生の頃結局はいじめのようなことをしていた「早穂とゆかり」 どちらも強烈だった。
読了日:04月26日 著者:辻村 深月
怪談遺産の感想
実話怪談の短編が連なっている。これが実話なら、本当に気味が悪いからこれは実話ではないと思いながら読んだ。 ゾクッとするけど、これが作り話なら「あり」かと思う内容。怪談を遺産として残したいから、この題名にしたそうだ。遺産になるほどのものはない気がしたけど、怪談としては現実に起こっては嫌だけど作り話ならゾクッとしていい。
読了日:04月06日 著者:平山 夢明
屍人荘の殺人の感想
ある別荘に大学生が集まり、その中で殺人事件が起きる。登場人物が多く、ゾンビも出てきてよくわからずさっと読んでしまった。第27会鮎川哲也賞受賞作であるが、あまりおもしろくなかった。
読了日:03月25日 著者:今村 昌弘
刑務所しか居場所がない人たち : 学校では教えてくれない、障害と犯罪の話の感想
刑務所に高齢者、障害者が多く、何度も繰り返し犯罪を犯す累犯をする人は彼らに多いようである。それはシャバに出ても暮らしていけなく、刑務所のほうが安心して暮らせるかららしい。知的障害者は、悪気もなく窃盗などの犯罪を犯してもそれをうまく弁明できずに、またそれを理解する弁護人もいないようで、罪に見合わないような刑に服することが多い。刑務所を出た後、彼の造語であるが累犯障害者を作らないような社会の仕組みを作らなければならない。 もっと本当の意味で障害者に優しい社会にならなければならない。
読了日:02月18日 著者:山本 譲司
ソロモンの偽証 第I部 事件の感想
中学生の柏木卓也がクリスマス・イブの翌朝、学校の裏庭で死体で発見されることから話が始まる。その死因をめぐり話が展開していき、同級生三宅樹里が告発状を送るなど、話が混乱していく。中学生の複雑な関係なども描かれて、事件の真相は自殺で終わったかのようであるが、二部に続く。一部だけでもかなり長いのでどこまで続くのだろうか。一冊読むのに三年以上掛かった。 表紙のカバーの見返しに事件発生直後の人物相関図があるのはわかりやすかった。
読了日:02月11日 著者:宮部 みゆき
大家さんと僕の感想
矢部くんが借りていた部屋の大家さんとの心温まる話が漫画で描かれている。 大家さんの次の発言、行動が楽しみでどんどん読めたし、読むのが楽しみになったほどであった。 矢部くん、いい人と貴重な時間を過ごし忘れられないいい思い出になったと思う。 大家さんはその後亡くなったと聞いて残念だ。
読了日:02月04日 著者:矢部 太郎
泣きかたをわすれていたの感想
落合恵子さんが母を介護して看取るまでと、自身が経営していた児童書店『ひろば』でのことが書かれていた。 子供の頃から母の前には死ねないと考えていたようで、母が亡くなり母も解放されたのもあるが、何よりも自身も解放された。親を介護するというのは、元気な頃の親と弱って自立できない親との違いに圧倒され失望感も携えなければならないのでたいへんだと思う。タイトルは介護の間、泣くこともできず泣き方も忘れていたということだろうか。
読了日:02月02日 著者:落合恵子
夫の後始末の感想
夫三浦朱門91歳を2017.2.3に看取った妻曽野綾子85歳の手記。老老介護であるが湿っぽさは全く無い。 この本のタイトルを「自宅で夫を、介護する」としたかったが、その介護が1年1ヶ月で終わったと書かれていた。 介護と言っても苦しみや辛さは感じられなかった。それは二人が決めていたことにあるのではないだろうか。やっていけない3つのこと。○点滴または胃瘻によって延命すること。○気管切開。○酸素吸入 基本的に自分のスケジュールは変えずに介護されていたのでそれがよかったと思う。
読了日:01月24日 著者:曽野 綾子
えがないえほん (親子で楽しむ読み聞かせ本)の感想
冒頭にこの本のルール「かかれていることばは ぜんぶこえに だしてよむこと」があったので書かれている 通りに声に出して読んだ。こどもが喜びそうな擬音満載で読んでいて楽しかったし、音読することで 年寄りにもいいのでは、いや、自分にいいのではと思った。楽しく読めたえほんだった。
読了日:01月22日 著者:B J ノヴァク
送り火の感想
第159回(2018年)芥川賞受賞作品。後味のよくないものだった。「送り火」の意味はなんだったのだろうか。 少年たちの魂を昇華させるということだろうか。 津軽地方に越してきた歩が地元の少年たちと自分は手を下さずにいじめや盗みに加わる。いじめも盗みも気分の悪いものである。その中の稔がいつも標的になる。歩は彼と話すこともあまりなく、手も下さない。だが最後は意外な結末となる。
読了日:01月18日 著者:高橋 弘希
認知症鉄道事故裁判 ~閉じ込めなければ、罪ですか?~の感想
2000年84歳で認知症を発症した父親が2007年91歳12月にJR東海、愛知県共和駅の線路での鉄道事故に関し、2010年JR東海より損害賠償請求720万円を受ける。2016年3月1日、最高裁にて逆転勝訴。 父親が無残な死に方をした時に、被告として裁判で訴えられるなんてたいへんだったと思う。この本の著者高井隆一さんとその家族、よくがんばった。この判決は認知症高齢者とその家族介護関係者にとっても大きな意味があった。 それにしてもJR東海と一審、二審の裁判官の認知症に対する不理解には呆れるほどである。
読了日:01月17日 著者:高井 隆一
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