「管理監督者」を争点とする労使間の裁判は、戦後30件余りあり、3件を除いて労働者側が勝利してきた。特に珍しい争点ではないにもかかわらず、2005年12月から2009年3月までに渡った「日本マクドナルド店長の管理職不払い残業代」に関する裁判は、ことのほか大きな反響を呼んだ。企業の知名度や、在職中の原告による訴訟ということも衆目を集めたが、「名ばかり管理職」を押し付ける企業に対し不信感を持つ人々が密かに増えていたことが、大きな理由に違いない。
日本労働弁護団が、管理職に関する労働相談「名ばかり管理職110番」を実施すると、幅広い業種、年代から予想を上回る件数の相談が寄せられた。(初日の2月11日午前10時から午後3時までで、113件)製造業や信用金庫、IT、研究所、建設・土木など、あらゆる業種や規模に及び、中年男性のみならず、若年者や女性からの相談も多く見られた。20歳代や未成年の管理職までもが存在し、「名ばかり管理職」の蔓延が明るみに出た。
「いわゆる管理職が、労働基準法で定める『管理監督者』にあたるか否か」
という問題は、けっして一部の企業だけのものではなかったのだ。
特に目立った悪質なケースとして、
・専任職になる際に、会社から「残業代がつかないことを承諾する」という誓約書を書かされた(残業時間は月100時間にも上る)
・全正社員は管理職扱いされているが、それに見合った権限も待遇も与えられていない
などというものが挙げられた。
労働基準法で定める「管理監督者」(管理職)であるためには、まず「経営者と一体的な立場にある者」でなければならない。つまり、会社の経営管理に関わる立場におり、労働時間を決めるなどの裁量権が認められている。その裁量権が通ってこそ、残業代の支払いは不要となり得る。
ところが実際、多くの職場における「管理職」は、労働時間に拘束されているのはもちろん、経営管理に関与する権限などまったくない。役職名のついた名札と引き換えに、不払い残業を強いられるのが当たり前となっただけの存在である。労働基準法の条文が簡潔にすぎ、解釈が曖昧になっているせいもあろうが、なにより「管理職」の定義を、各企業の規定に委ねきっているというのが、最大の原因である。
「名ばかり管理職110番」に相談を寄せた人の中に、
「われわれにも残業代は支払われるべきではないか」
と内々に会社に問い合わせた、大手メーカーの男性課長(49)もいた。日本マクドナルド訴訟を踏まえてのことである。ところが、会社側の返答は、
「あれは外食産業の店長の話であり、わが社とは関係ない」
という呆れるばかりの屁理屈、ごまかしであったという。
日本マクドナルド訴訟で、原告代理人を務めた棗(なつめ)弁護士は、こう話している。
「大企業の人事担当者などが、『管理監督者』に関する行政通達の存在や、過去の判例を知らないわけがありません。社員の労働関連の法律への関心が薄かったり、知識が乏しかったりするのをいいことに、企業は好きにやってきたのです」
実際、日本の企業には、「管理職」という肩書きさえ与えておけば、従業員は多少どころかかなりの暴虐にも我慢するものという「常識」がある。経営者側はこれにつけこみ、人件費(人権費といってもいい)を下げる絶好の手段として「名ばかり管理職」を利用してきたのだ。しかし、不当な待遇を従業員が納得していようといなかろうと、これが労働基準法違反であることに変わりない。かくなる悪習は、なんとしても根絶させねばならない。
《了》