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道普請人_http://coreroad.org/のブログ

道普請人HP, http://coreroad.org/

デルタ地帯での道づくり。自分は報告を聞くばかりで現場に立ったことはなかった。酒井職員、シニアエンジニアの田中氏、堀内氏、田川氏らのご努力、知恵と汗の結晶だ。

 

やわらかい粘土であること、生活圏の至るところに川、小川がありどこへ行くにも川を渡る必要があること、水面が近くにあることが特徴だ。粘土が水を含んでドロドロになり、自転車やバイクの走行、歩行も困難になる。小舟での移動が不可欠だし、橋をかけるにも舟の通行が可能なように水面より高い場所に設置する必要がある。

 

幹線道路を走ってきて、車を降り舟に乗り換える。

 

屋根がありがたい舟。人が乗るとき、降りるとき、結構揺れる。20人まで運べるらしい。

 

川沿いに時折見かける船着き場

 

川底の砂を採取しているらしい。

 

ミンラス村の船着き場側にある寺院、川側から見たところ

 

ミンラス村の船着き場側にある寺院、陸側から見たところ

 

粘土盛土の上にコンクリート舗装された道、おかげでバイク走行であちこちの現場状況を確認することができた。

 

人とすれ違うことも。

 

新しく建設された病院

 

両側が池や田で水面が迫る中の、盛土されレール状にコンクリート舗装された道。

 

新たに架設されたコンクリート橋と看板

 

途中見かけた土のう畳

 

案内してくれた村長さん(チョンチャイ村)とDear Myanmarのスタッフ。ヤンゴンからの船が付く船着き場で。Kyon Kyaikと書いてチョンチャイ村と発音、呼んでいた。

 

視察をしただけなのですが、お寺で昼食をいただいた。川エビ、オクラもありおいしくいただいた。

 

これまでの実績をもとに、Dear Myanmarという現地NGOのパートナーと、どう活動を展開していけるか、考えていきたいと思う。

 

道直しサイトがあるエーヤワディ地域に向かう。パートナー団体、Dear Myanmarの英語のわかるプロジェクトコーディネーター、担当するフィールドスタッフが案内してくれた。運転手付きのレンタカーで朝6時出発。片道約5時間かかるという。途中、道が悪い区間がありボートで移動する。

 

舗装面の傷みが目についたヤンゴン郊外の道路、車線が無いのも違和感がある。

 

郊外の道路脇には地方からの移住者の家がある。スラムのようで住環境が整っていない、とプロジェクトコーディネーターが教えてくれた。

 

 

14日の満月のお祭りに向けてか、4日もお祭りのような一行を見かけた。夕方は通せんぼするように、水牛の着ぐるみを着たひとが驚かしてきた(獅子舞のよう?)。運転手のミミが寄付を窓から渡して道を開けてもらって進んだ。どこかの国のロードブロックとは違い和やかだ。

 

道の両側路肩部分に石が敷かれている。歩道やバイク、自転車走行用にしては石が多くてかえって通行しにくい。舗装を拡幅するのか。。。

 

川沿いに見かけた建屋

 

養鶏場だった。

 

 

アジア開発銀行事業で進む幹線道路工事

 

一週間もない期間だが、ミャンマー入りした。今後の事業を引き継いでいく準備だ。

 

全日空で成田からの直行便を利用。伊丹空港まで初めてMK乗合タクシーを利用した。朝4時40分に迎えに来てくれて出発。

 

伊丹空港で国際線乗り継ぎのカウンターでチェックイン。日本人のサービスは行届いている。成田での乗継時間も2時間もなく、無駄がない。列があってやや時間を要したが円からドルへ両替を済ませ、現地協力機関Dear Myanmarへのお土産を買い搭乗ゲートへ。今ミャンマーでビジネスを展開する日本人の方が多いと聞いていたが、それらしい人たちばかりだ。

 

飛行機の機内エンターテイメントも、さすがに邦画や日本の番組が充実している。あっという間に(約5時間半の飛行時間)、ヤンゴン着。現地時間の夕方4時半(日本時間で夕方7時)。空港建物も新しい。入国審査も税関もなんなく通ることができ、先に現地入りしていた酒井職員と会う。彼女と外国で行動を共にするのも初めてだ。

 

空港からホテルへ向かう。渋滞が始まりかける時間とのこと。ロンジーを着た若い人が道を渡ろうとしている。独特の文化がまだ服装にも見られる。

 

高架の道路。標識もミャンマー語。パゴダ(寺院)の一部がビルの合間から見えていた。

 

ヤンゴンで泊まったホテルの8階からの様子。向かい側には高層のアパート。人々のリアルな生活がある。

 

明日から現地事務所、パートナー機関のDear Myanmarのメンバーと打合せ、現場視察を行う。シニアエンジニアの田中さんともこのあと合流。

 

 

タンザニア、ムトワラ州では、ガシューナッツが主な換金作物の一つのようだ。

 

工事現場近くにあるガシューナッツの木

 

 

ホテルの近くの民家で、採集されていたガシューナッツ

 

実とナッツを分ける作業状況

 

珍しそうに見ていたら、子供たちが寄ってきた。

 

 

 

 

 

こちらは滞在中の朝ごはん、チャイとヤギのスープ

 

 

フィールドコーディネーターのエマニュエル君と、フィールドエンジニア(テクニシャン)のモゼス君。

 

にぎやかで社交的なのはエマニュエル君。落ち着いた雰囲気で勉強熱心なモゼス君。いいコンビだと思う。

二人が作戦会議をしている。

 

 

左がエマニュエル君、右がモゼス君。いつものにぎやかな話ぶりと違い、あんまり深刻そうだとこちらも心配してしまう。来週からの作戦会議をしていたようだ。少しは真剣に先のことを考えてほしいから、ちょうどいいぐらいか。

 

自分の現場監督最終日で、モゼス君に村人たちの集合写真をとってもらった。

 

村の中にある、ひときわしゃれた家。このプロジェクのためにエマニュエル君とモゼス君が住んでいる。村出身の学校の先生が自分の老後に住めるように、と建て始めた家らしい。

 

モゼス君が、最後の日昼ごはんをご馳走したいと招待してくれた。外見はきれいな家に見えたけど、まだ建設中で中には砂利などの資機材が散乱していた。うーん、ここに住んで、毎日現場監督しているのか。。。外国人だと、この生活環境で仕事をするのは厳しい。実際、自分は車で約1時間のホテルに滞在し、往復している。

 

鶏肉の入ったピラウ。きっと彼らは普段は食べない、贅沢なご馳走だと思う。とてもおいしい。

 

モゼス君はこのプロジェクトの間、奥さんと子供と一緒にここに住んでいる。ピラウ作ってくれたのもこの奥さん。移動も多く不便だろうけど、一緒にいることを選択している家族像に、絆の強さを感じる。

 

エマニュエル君は近所の女性に声をかけて、ふざけて写っている。彼の家族は首都のダルエスサラームにいるらしい。

 

気のいい二人と仕事ができ、楽しい思い出ができた。あと残り半分の工事量を、無事にやりきってほしい。

 

 

アクセスが大変で孤立した村、のように思う。それでもここで暮らす人の生活がある。

 

村の中心。キオスクやベッド、玉ねぎの路上販売がある。

 

 

 

干した魚が売られていた。保存のきく貴重なタンパク源か。

 

村のキオスクで売られているもの。町からここまで運んでくるのも大変だ。

 

子供が盤ゲームをしていた。

 

ビニール袋などを丸めてボールにして、元気に遊ぶ女の子たち

 

中には新しい、窓付きでレンガ造り、トタン板の屋根を持つ家がある。

 

 

 

道路工事は作業性や材料の品質管理上、乾季に行うようにしている。まず雨が降る心配ない、というのは、日本で天気予想を気にしながら作業を進めることを思うと、気が楽なのかもしれない。

 

コンクリートを使う時など、工事には水が必要になることがある。

 

地山を湿らせ、その締固めや、路盤の砂利との付着をよくしている。

 

コンクリート打設状況

 

この水、どこから来ているのだろう?

 

生活上でも、もちろん、水は不可欠。年中水量がある大きな川の側や、井戸があるところでは、水が手に入りやすい。

 

この現場は斜面上で水をためているところも、近くに川もない。4km先の村から運んでいるという。工事現場から水源へ遡ってみた。

 

空になった20リットル容器をもって、水をとりにいく。

 

水をジョウロに汲んで、散水する箇所へ運ぶ様子

 

コンクリートを打ち終わって数日は、ゆっくり固まるようにと水で濡らした麻袋をかぶせる。日中の暑さで乾いてしまうので、水を運んで濡らすことが必要。

 

水をためるタンク。約200 m先の丘の上の施工箇所の端に置かれたもう一つのタンクと、ホースでつながっている。勾配は十分あるから、ホースを伝ってここまで水はくる。

 

ホースの続き、さらに上流側へいく。

 

上流側のタンク

 

タンク(2000リットル)へは、このコンテナ(一つ20リットル)で水を補給する。

 

丘の上の、道路施工箇所の始点。ここから写真手前側方向に4 kmいったところに、村があり水源がある。

 

青いシートは、仮設の資材置場。道具を管理する役割の村人がいて、数を確認する。

 

擦り傷などに対応するため、救急箱も常備されていた。

 

コーディネーターのはからいで、村からここまでは彼の車で水の入ったコンテナを運んでいた。

 

道中に問題が。砂が深く、立ち往生してしまった。「いつものこと」と、枝をタイヤの下に差し込み脱出の準備。

 

 

押して、なんとか脱出。タイヤが空回りし砂けむりがあがる。

 

やっとついた村の様子。家の左側にあるが、地中を円形に掘り、内側をコンクリートで固められた水貯め。雨季の表面流をここに流れるようにし、貯まった水を乾季の間使う。

 

 

貴重な水を、工事のため道路に撒きながら、工事をしている。品質管理上必要なことだが、無駄のないように気を付けなければいけない。

 

 

 

 

 

工事期間中、毎日お昼ご飯を皆で現場で食べる。調理班が、坂のてっぺんの資材置場の側で調理する。腹時計は正確さを要求するのか、いつも正午ごろに出来上がり作業場所まで鍋や皿と持ってきてくれる。

 

調理班

 

作業が昼間で終わるときは、調理場の周りで昼食ができあがるのを待つ

 

この日はめずらしく野菜がある。

 

中身は豆

 

三つ石の簡易かまど、薪を使っての料理

 

別の日、料理が現場まで運ばれてきた。お皿の数に限りがあるので、先に食べ終わった人の皿を次の人に渡す。

 

ご飯と豆。時々野菜や魚が入る。基本的に皆手で食べる。

 

作業場所脇のわずかな日陰で食事をとる。食事時間は30分、食べたらすぐさま作業にかかる。一時間休むと、気持ちがゆっくりしてしまい体も動かなくなってしまうのかもしれない。

 

 

 

 

坂部で人力によるコンクリート舗装。一日に約10 mを施工し、養生後次の10 mを施工。その繰り返しで600 mのコンクリート舗装を行う。

 

舗装が進むにつれ、施工場所が材料置場から遠くなる。一日の施工に必要な砂利を、施工場所に運ぶことから工事が始まる。

 

今日は参加者25人全員で、砂利を搬入業者が荷おろしした場所から、運んでいる。

 

大型車両のアクセスが可能な場所に、荷卸しされた砂利。ここからは人力で運ぶ。

 

バケツに砂利を入れて運ぶ。約25 kgで、しかも坂を上る。

 

頭に載せて運ぶ男性もいる。次にコンクリートを打つ場所近くに、中身の砂利を空けていく。

 

一人、

 

 ひとりが、運んだ結果、

一日10 m分の砂利が集積された。塵も積もれば山となる。

工事現場にいると、村へ帰る人、町へ行く人が通りかかる。たいていは自転車を押している。舗装したところでも急な勾配だから、自転車を押しての移動は大変そうだ。