(その1からの続きです)
『Out fo Water』(1990年)
さて、次は【DISC2】『Out of Water』ですね。
このアルバムは、前作「In A Foreign Town」同様にMIDI音源がベースとなっている1枚ですが、g.のJohn Ellisが3曲、sax.のDavid Jacksonとb.のNick Potterが2曲、vln.のStuart Gordonが1曲に参加して、少しだけバンド形態に近くなっています。
PHの当時の発言は「いまや私はテクノロジーの頂点を極め、それと格闘するというよりも、パレットの一部として使うことが出来ると感じていた。結果として種々雑多な作業方法、作曲、主題のあらゆるものがここで提示されている」と自信に満ちている。明確に、前作での様々な“実験”で得たものをさらに発展させてひとつの宅録の極みに達しました...という宣言なんだろう。
このアルバムの評判はとても地味なものだった記憶があります。前作ほどクソミソに言われることはなかったですが...汗
私は・・・と言うと、このアルバムは「神」の作品には珍しくあまり好きではないアルバムでした!まずね...好きな曲がない(...なかった...過去形です...笑)
前作がファンのみなさんのボロクソな言われ方に反して、メチャメチャに好きだったせいもあって、このアルバムは確かに“落ち着いて、エレクトロニクス音ともしっくりと馴染んで”いたけれども、「いやいや、大人すぎるでしょ」という印象だったんです。
g.のJohnEllis作というジャケットも、当時、PHと二人で来日公演をしたこともあって、モロに日本イメージの絵画だし(ちょっと、この感覚はついていけない...笑)。やはり当時のPHのノートに「この作品はひとつのターニングポイントだ」とあったのだが、その意味もよくわからなかったです。
だが、2023版を聴いて、PH自身がターニングポイントという意味がよくわかるとともに、このアルバムがとても好きになりました!
収録された8曲のすべてが、驚くことに、1曲1曲、個性的で鮮やかな起承転結があるのです!あらためて、1990版を引っ張り出して聴き直してもみたのですが、幾分はなるほどと感心する箇所を見つけられるけれどやはり33年前と同じような今ひとつピンと来ない感が拭えない・・・でも2023版を聴くと全く違う...シニカルに一瞬、唇の端が上がる瞬間とじんわりあったまる感じが確実にある!
あぁ、そういうことだったのか...
うん、そう。この感覚は、PHのその後の『Everyone You Hold』(1997年)以降の作品を聴くときと似た感じです。
当時の“ターニングポイント”と言っていた意味が少しだけわかる気がしました。
私なりの解釈で言えば、それってPHにとってのプログレを中心とするROCKの“様式美”からの卒業みたいなものなのではないかと。
このアルバムのその後、『The Fall of The House of Usher』(1991年)では妙に楽器の音の少ないミュージカルかオペラかのサウンドトラックだし、『Fireships』(1992年)はPH自身で「Be Calmシリーズ第1作」みたいに書いてるし、次の『The Noise』(1993年)では「A Loudシリーズ第1弾」になってるし、(もっとも、静かな楽曲とやかましい楽曲をそれぞれ別のアルバムとしてリリースしようというこの計画はこの2作で頓挫したようですが...笑)その次の『Roaring Forties』(1994年)では実に19分に及ぶ組曲、それもプログレぽいものではなく、完全にクラシックぽい感じの楽曲が収録されているし。
そうです。PHの創作活動は、あえて言うとすれば、よりクラシック音楽のアプローチに変わっていったのだと思います。そしてそのターニングポイントがこの『Out of Water』(1990年)だったということなのでは・・・と。この2023版は私にそんなことを感じさせてくれました...涙
では、1曲ずつメモを。
【DISC2/Out of Water】
01.Evidently Goldfish
1990版では、なぜか和っぽいジャケット絵画の作者でもあるg.のJohnEllisのEボウ(バイオリンや二胡のようなサスティンのきいた音を出せるピック代わりのエフェクターの一種ですね。ジミー・ペイジで有名なViolinの弓のカタチとは異なり、現代の機器はコンパクトで右手でピックの代わりに弦に近づけて使用するカンジです?!サスティンがどこまでも伸びる感じで、JohnEllisはThe K Groupの時から使用していますね)のオリエンタル(東洋)ちっくなイントロでしたが、2023版ではPHのディストーションを効かせたエレキギター3本の重ねで全く違う雰囲気になってますね。1990版のイントロは周波数は違いますが、ちょっと二胡に似た音色だったので、日本人としての耳ではむしろ“中国っぽい”感じに聞こえてました。2023版は全体的にヘヴィなROCKの感じになっててとてもGoodです!アルバム全体に言えることですが、いろんなMIDIの音源をPHの歪んだエレキギターに差し替えているため、さらにJohnの流麗なフレーズではなく相変わらず“たどたどしい”PHの演奏なので、リズムのカチッと感が壊され、ライヴのような立体感が増してますね...良いことだと思います!この1曲目も1988版では特に印象に残る箇所もなく曲が終わっていたのですが、2023版ではしっかりと抑揚がついてて、“ちょっとフレーズをコピーしてみたくなる”感があります...笑
02.Not the Man
1990版の頃から、アルバムで唯一のシングルとしてもカットできそうなキャッチーな曲でしたが、この曲もエレキギターがPHに変わっているので、イントロのカッティングからモタモタしてて(決して悪い感じばかりではありません)もうシングル向けの感じは消えてますね...笑
ウタに入って2ヴァース目のところのベードラの位置が変えられていて、2023版ではよりシンコペーション具合が強調されている感じがします。MIDI音源の宅録がベースなのに不思議ですね〜
さらに2023版で不思議なのは、エンディングのところの不協和音コードの2小節ですね・・・確認しましたが、1990版には入っていないので、新たに加えたもののはずですが、いったい何の狙いがあるのか...汗
03.No Moon in the Water
2023版は1990版よりも、基本的にヴォーカルを重視してMixされていることが明白なのですが、この曲はその効果が一番わかりやすい曲だと思います。「水おけが粉々になると、月はもうそこにはない」・・・禅の有名な「心は水月とともに涼し」に通じる悟りの境地をテーマとする歌詞が、歳を重ねたPHの円熟したウタのチカラでとても沁みるものになっています。この感じは1990版に欠けていた最も大きなものだと思います。
〜No moon in the water No more ego now〜
04.Our Oyster
正直に言えば、この曲を「リワーク」する際に、何か新しい試みや解釈が存在したのかどうかがわからない...汗
何度も何度も、折につけ、1990版と2023版を続けて繰り返してみてはいるのです。もちろん、ヴォーカルが新録音だし、ライヴぽさが増しているほかPH自身が弾くエレキギターの音が2023版には入っているので、“区別”はつきますが、どうしようもないくらい地味な曲という印象がまったく変わらない・・・・・33年の時を経て「印象がまったく変わらない」ということを狙ったのだろうか...笑
この曲のおかげで、実はこの『Out of Water』(1990版)というアルバムを聴くことが億劫になっている気がする。03.NoMoon〜はどんな曲か、05.Ysabel'sはどんな雰囲気か、記憶は明快だ!だけどこの曲だけは、もちろん、聴けば「あぁ〜、それそれ」ってなるけれど、記憶だけでどんな曲だったのかが頭に上がってこない。PHの楽曲の中では、こんな曲はほんの数曲しかなく、そのうちの一つがこの曲なのです。弾き語りをベースにした、内省的な独特の世界が拡がる静かめの曲をPHはなぜ3曲も並べたのか(03、04、そして05)?
う〜む、2023版をしっかりと聴いたつもりの今でも、あい変わらない謎のままです!
05.Something about Ysabel's Dance
曲全体を通しての、ほとんどアドリブソロのようなStuart GordonのviolinとPHの弾くアコギをベースとした弾き語りの曲という風情は1990版と同じです。もちろん、新録されたヴォーカルのせいでより深みというかダイナミクスが増していることは確か!しかもヴォーカル2ヴァースめの後、あの〜There's no Charlie Mingus, his Tijuana's gone...のくだりの直後に、フラメンコのリズムの展開が短く、新しく、設けられています。
06.Green Fingers
この曲は2023版になると、めちゃめちゃダイナミクスが拡がってPHの楽曲にはとても稀な“ノリ”が良い曲に変貌してますね〜
1990版との違いはかなり大きいです。と言うのも、VDGGからの盟友David JacksonのSaxがPHの弾く歪んだエレキギターに置き換えられています。VDGGを彷彿とさせるSaxメインで暴れまくる楽曲だったのが、一歩間違うと“グランジ?!”という感じになってます!
この、ミディアムの強いビートの曲としては、後のアルバム『TheNoise』の中にあってもおかしくない感じです。いやむしろ、『TheNoise』を予言する曲と言った方が良いかも。
07.On the Surface
この『Out of Water』というアルバムのハイライトの曲が、8分を超えるアルバム中最長尺のこの曲です。この曲は10/4拍子という変則的な拍子の曲なのですが、ROCKぽくない曲です。通常、10/4拍子と言うと、ROCKの場合は6拍子+4拍子とか、4拍子+3拍子+3拍子とかに分解できるのですが、この曲は10/4拍子そのままで分解不可能なんですよね〜
モーリス・ラヴェルのBoleroのように(こっちは3/4拍子ですが)、クラビアのような鍵盤の音色で奏でられるベーシックなメロディラインが繰り返され、だんだんと弦楽楽器の音が積み重なっていきます。完全にクラシックの技法を意識して取り入れてますね。
Codaに差し掛かるところで、1990版ではJohnEllisの流麗なギターアドリブのソロが、2023版ではPH自身の歪んだエレキギターによるたどたどしいギターソロが、ROCKとしての横顔をかろうじて保っている感すらあります。
1990版のクラシックミュージックをシニカルに表現したバージョンも、2023版のよりリヴァーブを効かせたヴォーカルを中心としたどこかオペラちっくなバージョンも、どちらもとても素晴らしいですね!
08.A Way Out
この曲は、1990年に発表された当時のPH本人による曲の解説メモの中でも「語るつもりはない」とだけ記されていた、バラードというにはとても重たい歌唱が似つかない名曲ですね。
多くのファンの方はご存知だと思いますが、この曲は発表の少し前に自殺した実弟への追悼として書かれた楽曲と言っても差し支えないでしょう。
ライヴではとても人気の曲で、youTubeで観るだけで、いつの間にか泣いてしまいます!
曲を歌唱しているを観て涙してしまうなんて、PHと玉置浩二さんくらいですか...
曲のCoda部の繰り返されるリフレインが胸に沁みます!
〜I wish I'd said "I love you"「愛してる」って言えばよかった〜
さて、2023版の楽曲でどう変化したのかを中心に語ってきましたが、メモとしては、ここからが言わば本題かもしれません。
1988版『In A Foreign Town』と1990版『Out of Water』
片や私がとても好きでずーっと継続して聴いているアルバムとどうにも捉えどころがなくて少なくとも20年くらいは1枚通して聴いた記憶がない私にとって珍しく好みでないアルバム。
結論から言うと
プロダクション(簡単に、「音色」)を刷新することで楽曲の良さをあらためて現わす狙いを持つ『In A Foreign Town』
→完全に◎
2023版の方がアルバムとしての統一感と収録楽曲の素晴らしさを出すことに成功している。
➡︎私は全編を通して、明らかに1988版の方が好きです!ノスタルジックな判断ではなくて、若いPH(と言っても40歳!?)の前のめりなSPIRITがまんま表現されていて、カバーしたくなるため。
少ない楽曲編成を最新の“普遍的な音源”と自らの演奏に差し替えることでライヴっぽさ、ダイナミズム増幅に繋がっている『Out of Water』
→ちょっと△
1990版の方が演奏者の素晴らしい演奏を活かしている。2023版はほぼライヴバージョン。
➡︎私はほとんどの楽曲で、2023版の方が好きです!地味な印象しかなかったこのアルバムの楽曲のいくつかがかなり素晴らしいことを発見しました。1990版でどうしても捨て難いのは07におけるJohnEllisの見事なギターのパート!私が1990年版の方もかなり好きなのは03と07と08です。
というところが率直な感想です。
まさに2023年のリリース以来、1年くらいはPHの音楽はほとんどこの3枚に含まれている曲しか聴いていない気がします。そんな集中的にしっかりと聴き込むきっかけを与えてくれたPHの「リワーク」の意欲に、私は心底、感謝しなければいけないでしょう!〜どうか、おカラダだけはくれぐれもお大事に!あなたと一緒の時代に生きていることだけが、今の私にとっては、論理と言語の及ぶ領域のすべてをひとまたぎして幸運を確信させてくれるものなのですから。
また、蛇足にはなりますが、この2023版をまだ聴いていないという幸運な方がいらっしゃいましたら、是非ともすぐに聴かれることをおすすめします!
決して1988版『In A Foreign Town』や1990版『Out of Water』と聴き比べてみよう・・・などとは思わずに、純粋に新譜ぽく2023版のおよそ2時間に及ぶ長丁場の視聴に没頭してください。
特に日本であれば、最近の、妙にリズムと音階に凝りまくっていながら耳障りの良い高度で出来の良い楽曲!?とは根本的に異なる、けれども確かに存在感のある骨っぽいウタとアレンジと演奏に、新鮮な驚きを見つけることができるかもしれません...笑
PHというだけで世間的には、極めてマニアックな部類だとは思うのですが、その中でも名盤解説というわけでもなく、「リワーク」として言わば世の中に“再発表”された作品について、多くの方にとっては常軌を逸していると思われても仕方ないほど長々とメモらせていただいたわけですが、どうだったでしょうか?
PH自身のおよそ10年くらい前のインタビューの締めくくりの言葉を記して、このメモも締めくくりましょうか。
I hope, perhaps, that some of the work will still resonate. But I’ll be well out of here.











