ども、ガムです!

 

ストーンズくらいの大物ともなると、本当のところは、気軽に「ピークを把握せよ!」なんて言ってはいけません。

ビートルズやザ・フーと並んで英国が世界に誇る“歴史上の偉大な存在”(唯一まだ、活動してますが)なのですから、

おそらく、外務省か総務省か文科省あたりが制定した法律があると思います...笑

 

こんなメモを書く気になったのは、随分としばらくぶりにロック好きの若い人と会話する機会があって、その時、カレが語ったストーンズというバンド像に、ちょっとこれはたいへんだぁ!と驚いたからです。私自身が近い将来、ちょっとした記憶を無くしたとしても、こうなってはいけない気がする、という体験をしたことがきっかけです。

ストーンズほどの長期間の活動と名盤・傑作の軌跡を持つバンドは、まぁ、そんじょそこらにいるわけもなく、それゆえ、「おすすめの1枚」なんてありがちな問いかけに対しても、ファンによっていろんな答えが返ってくるでしょう。

初期の『Aftermath』がサイコーという人もいれば、ストーンズはライヴに限る!と『Get Yer Ya-ya's Out』を必聴盤と力説する方もいるでしょうし、ひょっとしたら先日(2026年)出たばかりの『Foreign Tongues』の現代のサウンドプロダクション対応が見事な作品こそ“最新最強のおすすめ”という人もいるでしょう!

 

でも、おそらく多くのファンから「まぁ、そうだよね」と言っていただけそうなことは

70年代のストーンズの作品にハズレはない!70年代こそストーンズのピークだ!

ということではないでしょうか。

 

70年代の作品をリリース年の順に並べると

・1971年、Sticky Fingers

・1972年、Exiles on Main Street

・1973年、Goats Head Soup

・1974年、It's only Rock'N'Roll

・1976年、Black and Blue

・1978年、Some Girls

・1980年、Emotional Rescue

そして、収録全11曲中9曲が70年代のアルバム用にセッションされ未収録となっていたものを完成・編集した

・1981年、Tatoo You

の8枚のアルバムとなります。『Tatoo You』はリリース年が81年なので、概ね80年代の作品と言われることが多いのは仕方ないとしても内容は完全に70年代のストーンズです!

 

かなり大まかに、ローリングストーンズというバンドを把握してみましょう。

このバンドはvo.のミック・ジャガーとg.のキース・リチャーズの二人を中心とするバンドです。カバー曲以外は、ほぼ全てこの二人が作詞・作曲しています。ビートルズで言えばレノン=マッカートニーですね。

この二人に加えて、b.のビル・ワイマンとds.のチャーリー・ワッツというリズム隊、そして“もう一人のギタリスト”という構成です。

デビューしたときのリーダーは“もう一人のギタリスト”だったブライアン・ジョーンズという人です。

その後、“もう一人のギタリスト”はミック・テイラー→ロン・ウッドと変遷し、現在に到ります。

 

アルバム単位で言うところのストーンズの作品の最高峰を飾る2枚の超名盤『べガーズ・バンケット(1968年)』『レット・イット・ブリード(1969年)』は、実はブライアンが“もう一人のギタリスト”の時代の作品です。

“もう一人のギタリスト”と言っても、ブライアンは『べガーズ』では1曲しかギターを弾いておらず後はハーモニカとシタールで1曲ずつ、『レット・イット・ブリード』では途中でバンドを脱退したこともあり、1曲でパーカッション、1曲でハープというのみの参加です。要するにストーンズ最高峰の2枚のアルバムのほとんどのギターはキースによる演奏というわけです。

なお、このアルバム『レット・イット・ブリード』には2曲に次の“もう一人のギタリスト”ミック・テイラーが参加しています。

 

ストーンズが時代としてピークを迎えるこの70年代にリリースされたアルバムの“もう一人のギタリスト”は、

4枚がミック・テイラー、

2枚がロン・ウッド、

1枚が3人のギタリスト(ロンを含む)、

1枚が未収録曲集(ミック・テイラー2曲、ロン・ウッド5曲、ウェイン・パーキンス1曲)となっています。

 

ちなみに、その後のストーンズはスタジオアルバム、要するに新曲作品リリースとしては

80年代は3枚、

90年代は2枚、

2000年代は1枚、

2010年代も1枚、

そして最近の2020年代に2枚という状況ですが、これらは全てロン・ウッドです。

80年代になって一気にペースが落ちたのは、ソングライティングチームであるミックとキースの激しすぎる仲違いが原因のようです。何が発端だったのかはよく知らないし興味もそれほどないのですが、この仲違いはおよそ10年くらい続きます...汗。

 

確かに、あらためて80年代の3枚のアルバムを聴き直してみると、

1983年の『アンダーカバー』はまるで、「ミックがストーンズというバンドを従えて作りました」という感じですし、

1986年の『ダーティワーク』は逆に、「キースがストーンズというバンドを使って作りました」という感じです。

1989年の『スティールホイールズ』の制作前に、ミックとキースの両者が“手打ち”をして、ようやくストーンズ“再開”という感じです。

 

はい。これは年代ごとにまとめると、ストーンズの変化が非常に鮮明になります。

私はこう捉えてます。

  • 70年代:8枚→ストーンズのピーク、そして(ここが重要)そのバンドとしての最初の「終焉」!
    Sticky Fingers ~ Tattoo You
    (Tattoo Youは発表は1981年ですが、大部分が70年代の録音という扱い)
  • 80年代:3枚→機能しないミック&キース、そして10年ぶりの「再開」!
    Undercover、Dirty Work、Steel Wheels
  • 90年代:2枚→ストーンズという名前(ブランド)を活用した新バンド!
    Voodoo Lounge、Bridges to Babylon
  • 2000〜2010年代:2枚→最後にストーンズをやってみた、みんなでケジメをつけよう!
    A Bigger Bang!、Blue&Lonesome
  • 2020年代:2枚→新人バンドとしてやったろうぜ!
    Hackney Diamonds、Foreign Tongues

それぞれの10年のストーンズとしての活動をこう捉えると、作品が少し捉えやすくなるかもしれません。

もちろん、私の独断なので、生成AI並みに「ハルシネーション」を含んでいる可能性は否定しません...笑

 

【ストーンズのピークを飾る70年代の作品群】

 

今回、わりとじっくりと8枚のアルバムを聴き直してみました。

全てのアルバムが、やはりとんでもない名作であると同時に、それぞれのアルバムに対する捉え方もより私自身の中で明確になってきたので、それを含めて1枚ずつメモっていきたいと思います。

 

① 『Sticky Fingers』(1971)──「完成されたストーンズの誕生」

これは1968年の『Beggars Banquet』から始まった路線の、最も洗練された完成形だと思います。

ストーンズはこのアルバムで完全に“脱英国=米国ロックバンド代表化”したという感じです。

  • 「Brown Sugar」=ストーンズ型ロックンロールの完成
  • 「Sway」=なんとキースはコーラスのみ参加!ミック・テイラーの圧巻のスライドギター
  • 「Wild Horses」=カントリー的バラード
  • 「Can't You Hear Me Knocking」=ラテン/ジャズ方向への拡張
  • 「Sister Morphine」=暗く退廃的なブルース

重要なのは、これだけ多様なのにすべてが完全にストーンズに聞こえることです。

ストーンズの音の大きな特徴はそのリズムにあります。ストーンズのリズムの基盤は、一貫してキースのギターとチャーリーのドラムです。このギターとドラムは、おおむねジャストで合いません。キースか、チャーリーか、あるいはその両方か、必ず微妙に“揺れ”ます。

その隙間を撫でるように、ビルのベースが置かれます。ビルのベースはリフでもフレーズでもないです。リズムを引っ張る性質のものではないです。この3人の奏でる“常に揺らいでいる”微妙なリズムがストーンズの音の「誰も真似できない個性」です。

このアルバムは、その唯一無二の「個性」によって、アメリカ音楽を借りているのではなく、完全に自分たちの言語にしている。

そしてこの時期の“もう一人のギタリスト”ミック・テイラー時代の頂点でもあります。

▶︎一言で言えば「ストーンズという音楽の完成」

 

② 『Exile on Main St.』(1972)──「完成を壊して、音楽の混沌へ入った作品」

『Sticky Fingers』が完成品なら、『Exile』はその逆です。

整っていない。濁っている。曲も次々に現れては消えていく。

しかし、その混沌の中に、

  • ブルース
  • ゴスペル
  • カントリー
  • R&B
  • ソウル
  • ロックンロール

そして突然『Exile』では「こんなにホーンが必要なのか?」というほど登場する。

つまり、ありとあらゆるアメリカ的な音楽がすべて存在している。

『Exile on Main St.』は、普通の意味で「前作の成功を受けて次作を作る」というアルバムではありません。

これは、

  • ネルコートでの共同生活
  • 逃亡生活
  • 税金問題
  • ドラッグ
  • 家族
  • 無数のミュージシャンの出入り
  • 長期間にわたる録音

という、ストーンズという集団の生活そのものが音楽になってしまった作品です。おそらく2020年以降、これこそストーンズの最高傑作!と言われることが最も多いアルバムです。

そして『Exile』後、ストーンズは物理的にも精神的にも散ってしまいます。ミックとキースも以前のように常に一緒にいる状態ではなくなり、キース自身も「それまでと違って離れた場所で曲を書く必要が出てきた」と振り返っています。

つまり、『Exile』はバンドが一つの共同体だった最後の瞬間だった。というわけです。

ちなみに、このアルバムはLPでは2枚組全18曲収録されてますが、そのうち10曲のベースはビルではありません。

もし、このアルバムを聴いて「なんかちょっとストーンズぽくない感じもするなぁ」と思ったあなたはとてもいい耳をしてると思います。

 

私はあらためてしっかりと聴いてみて、このアルバムを「ストーンズがアメリカ音楽になった瞬間」と呼びたいです。

『Sticky Fingers』ではストーンズがアメリカ音楽を自在に演奏している。

『Exile』ではもう、どこからがストーンズで、どこからがアメリカ音楽なのか分からなくなる。

▶︎一言で言えば「アメリカ音楽の内部に住んでしまったストーンズ」

 

③ 『Goats Head Soup』(1973)──「巨大なバンドが内向きになった」

ここで明確に空気が変わります。あらためて聴き直してみて、このアルバムだけはどうしてもわからない!

 

なぜ『Exile』から急に変わったのか

・・・最大の理由は、私は単純に『Exile』の続きが作れなかったからだと思います。

 

『Exile』を聴いていると、誰が何をしているのか、時々よく分からない。

すべてが一つの濁った巨大な塊になっている。

ところが『Goats Head Soup』では、急に個人が見えてくる。楽曲にみる特徴もはっきりしています。

 

◯ミックの世界

  • 「100 Years Ago」
  • 「Doo Doo Doo Doo Doo (Heartbreaker)」
  • 「Winter」

◯キースの世界

  • 「Coming Down Again」
  • 「Angie」

そして、それぞれが少し違う場所を向いている。

実際、当時はミックとキースが別々の場所で生活し、以前のような密接な共同作業ではなくなっていました。

キースも後年、二人がそれぞれ曲の断片を持ち寄りながら組み立てていったと説明しています。

私は、この『Goats Head Soup』はストーンズが「共同体」から「個人の集合体」へ変わり始めた最初のアルバム

ではないかと、聴き直して思いました。

 

『Exile』のような、「まだ何か出てくるぞ!」というエネルギーが後退する。

代わって、個人的でメランコリックな曲が中心になります。音も『Exile』より整理されている。

つまり、なんだかストーンズらしくない。

楽曲の特徴としてはこのストーンズらしくない理由はなんとなくわかります。

 

→「ストーンズらしくない」の正体は、ロックンロールが中心にないこと

実はこのアルバム、代表曲を考えると非常に奇妙です。一般的なストーンズなら、例えば

「Brown Sugar」とか「Jumpin' Jack Flash」とか「Honky Tonk Women」のような曲がアルバムの中心になる。

『Exiles』にしたって「Tumbling Dise」とか...。

 

ところが『Goats Head Soup』の本当の中心は、

  • 「Angie」
  • 「Winter」
  • 「Coming Down Again」
  • 「100 Years Ago」

つまり、ロックンロールではまったくないのです!

ただし、「Doo Doo Doo Doo Doo」や「Star Star」などにはまだストーンズらしい攻撃性があります。

だけど、アルバムを代表する楽曲としてはちょっと弱い!

 

私は、このアルバムは転換点=ちょっと欧州的なことに挑戦した作品のような気がします。

何度聴き返しても「これ、何をやりたかったのだろう?」と思ってしまうのは

ストーンズとしては極めて貴重な“「やり損ねた」という感覚”なのではないかと。

ちなみに全10曲を収録しているこのアルバムで、ビルがベースを弾いているのはわずかに3曲に留まります。

▶︎一言で言えば「何か新しいことをやろうとして上手くいかなかったアルバム」

 

④ 『It's Only Rock 'n' Roll』(1974)──「ストーンズが自分自身を意識し始めた」

、

このアルバムは、70年代のみならず、私にとってはストーンズの中の3本指に入るフェイバリットであると同時に、非常に興味深いアルバムです。

タイトル曲そのものが、「結局、俺たちはロックンロール・バンドなんだ」という自己定義になっています。

キャッチフレーズ代わりにもなるこのタイトル曲には、ベースのビル参加も(b.ウィリー・ウィークス)、ドラムもチャーリーの参加もありません(ds.ケニー・ジョーンズ)。

『Exiles』や『Goats』で、私にとって、とても耳障りな存在であったホーンセクションがこのアルバムでは全て排除されてます。

アルバムタイトルやホーン無しとか、ベースは3曲を除いてビルが弾いてるとか、従来のシンプルなストーンズのクレジットです。

独特のロックンロール様式の確立を目指した『Sticky』やアメリカ音楽との同化を目指した『Exiles』や欧州やエスニックを取り入れたワールドミュージックを目指した『Goats』から、“何かを目指さす”のはやめて、ただ好きなことをやるだけにしようぜ〜ということになったのがこのアルバムのような気がします。

しかし実際のアルバムを聴くと、かなり雑多です。

  • 「Time Waits for No One」の壮大さ
  • 「Luxury」のレゲエ的感覚
  • 「Fingerprint File」のファンク
  • 「If You Really Want to Be My Friend」のソウル

つまり、ストーンズはまだ非常に多彩です。全ての収録楽曲の骨格は2本のギターとベースとドラムというかなりシンプルな土台ですが、お馴染みの鍵盤トリオ(ニッキーホプキンス5曲、ビリープレストン3曲、イアンスチュアート3曲※重複あり)がかなり重要なポジションで活躍しています。

『Exile』のような、「何でも自然に出てくるものを演る」という感じではなく、「自分たちは何をするバンドなのか」という意識が少し見え始めているといったところでしょうか。

特にこのアルバムの中のカバー曲「Ain't Too Proud to Beg」の中に“ストーンズであることへの自信”みたいなものを感じてしまいます。

そしてこれはミック・テイラー最後の作品です。

▶︎一言で言えば「自由だったストーンズが、自分たちを見始めたアルバム」

 

⑤ 『Black and Blue』(1976)──「ストーンズ最大の横方向への実験」

私はこの作品を、もっと重要視してもいいと思っています。

前作リリース後に“もう一人のギタリスト”ミック・テイラーが脱退したため、かなりたくさんのギタリストとオーディションがわりのセッションをしまくるという、俗に言われる「グレイト・ギタリスト・ハント」の時期にレコーディングされた内容が中心なので、正式に3人目の“もう一人のギタリスト”となったロン・ウッドがギターを弾いているのは全8曲中2曲しかありません。(他の楽器で3曲、計5曲に参加)

あとの楽曲に参加したギタリストは2人のアメリカ人、ブルースバンドとして大御所ともいえるキャンドヒートの後期の命ギタリスト、ハーヴェイマンデル(「HotStuff」など2曲に参加)とセッションマンとして有名なウェインパーキンス(「FoolToCry」など3曲に参加)です。

最終的にはイギリス人であることが決め手となりロンに決まるのですが、このアルバムはロン・ウッド正式加入前後の不安定な時期にレコーディングされたこと以外にも、キースの麻薬密輸容疑で終身刑を喰らう可能性があったことなど、バンドの編成も揺れている時期の作品です。

そのため、

  • 「Hot Stuff」=ファンク
  • 「Hand of Fate」=ハードロック
  • 「Cherry Oh Baby」=レゲエ
  • 「Melody」=ジャズ/ソウル
  • 「Fool to Cry」=ソウル・バラード

と、曲調だけでなく演奏のスタイルも非常にバラバラです。

しかし、これは『Exile』のような雑多さ、多様性とは違います。

→『Exile』は地下深く掘る多様性。

→『Black and Blue』は、「横にどこまで行けるか?」という多様性です。

そしてここには、70年代半ばのストーンズの迷いもあります。

もうひとつ、このアルバムで重要なのは、70年代の他のアルバムと比べると、

ビリー・プレストンをはじめとしたゲストのミュージシャンの活躍が凄すぎるということです。

むしろ、このアルバムではストーンズでないミュージシャンを使ってストーンズのアルバムを作ろうとしたかのような気になります。

▶︎一言で言えば「ストーンズはどこまでストーンズでいられるのか?」という実験

 

⑥ 『Some Girls』(1978)──「ストーンズが現代へ帰還した」

このアルバムはおそらくストーンズのアルバムの中で最も米国で売れたアルバム...らしいです。ここでまた空気が一変します。

リリース年をみてください。1978年ですよ。世界中、パンクムーブメントとNEW WAVEの突風が吹き荒れる中のリリースですよ。

いわゆるオールド勢力の筆頭格として槍玉に挙げられることが多かったストーンズが出した先行シングル「Miss You」は全米No.1の大ヒットですよ。

当時、バンド活動をやっていた人間としては本当にこの才能に恐ろしさを感じました!・・・だって、いいんだもん!文句なく!

 

ロン・ウッドが初めて正式メンバーとして全面参加したこのアルバムに収録されているストーンズは、

『70年代後半型TheRolling Stonesの完成形』ですね。

レコーディング中、キースは基本的に裁判中で、レコーディングの際に「いったん釈放」という状態の繰り返しだったそうで、もう無茶苦茶ですね...笑

かつてない、マジで解散の緊張感の中で作られたこのアルバムは名曲だらけ、名演奏だらけの名盤になりました!

私はとにかく良い曲と良い演奏だらけのこのアルバムが作れたのは、

メンバーの誰もがこの時期ドラッグを絶っていたからに違いないと思っています!

余談ですが、このアルバム後に、カナダの裁判所からキースに“温情判決”がくだされて一件落着、キースは意気に感じてその後のバンドリハはカナダのトロントで行う〜本格的に薬物治療に臨む、という展開になることを考えると、ストーンズにとって逮捕劇がもたらした恩恵は計り知れないものがあると思います。

 

このアルバムの中を見てみると、

まさにパンク。

まさにディスコ。

まさにニューヨーク。

まさに都市。

まさにセックス。

・・・『Some Girls』は、明らかに1978年の音楽です。

  • 「Miss You」=ディスコ
  • 「Respectable」=パンク的攻撃性
  • 「Shattered」=ニューヨーク的な神経質さ
  • 「Far Away Eyes」=カントリー

素晴らしいのは、悪く言えば「これだけ無節操」に

時代の音を取り入れたのに、流行追随に聞こえない。

むしろ、

「ストーンズが1978年に生まれていたら、こういうバンドだった」

という感じがする。

あえてロマンチックに言えば、『Black and Blue』で行った実験が、ここで一気に成功したとも言えます。

▶︎一言で言えば「過去の巨大バンドが、現代のバンドとして蘇った」

 

⑦ 『Emotional Rescue』(1980)──「『Some Girls』の熱を、冷たくしたアルバム」

いきなりで恐縮ですが、

この内容で、イギリスでは『Goats』以来のアルバムチャート1位、アメリカでは7週連続1位ですって...汗

・・・アホでしょう? おそらく、このタイトルで、私とは違うアルバムを聞いているんだろうと思います。

 

気を取り直して、内容について。

 

私は『Some Girls』と『Emotional Rescue』は対になっていると思います。

というより、後年、ミックが明かしたように、このアルバムは前作の“出涸らし”ですね。

 

『Some Girls』は、暑い。速い。荒い。

『Emotional Rescue』は、冷たい。緩い。人工的。

  • 「Dance」
  • 「Emotional Rescue」
  • 「She's So Cold」
  • 「Send It to Me」

など、70年代末の、

  • ディスコ
  • ファンク
  • レゲエ
  • ダブ

の感覚が残っています。

しかし『Some Girls』ほどの切迫感はない。

むしろ、ストーンズが夜のクラブで客もいないのに演奏しているような感覚です。

私はこのアルバムを、70年代ストーンズの「悪い冗談」だと思っています。

 

だけど、音楽的な面から言えば、私はこのアルバムが私の中で『Goats』と並んで70年代作品の中で群を抜いて「わからない」=ストーンズらしくない、理由を掴んでいるんです...笑

 

逆を考えればわかりやすいんです。つまり、私が一気に捉えられてしまうストーンズの名曲

 

例えば「Satisfaction」・・・・・曲の最初から終わりまで、リフ一発の曲!

この曲は乱暴に言えば、

あのリフを鳴らすために、残りのすべてが存在している。

メロディーも歌詞もヴォーカルも、あのリフの周囲を回っている。

そしてストーンズの場合、この原理が70年代にも続きます。

  • 「Honky Tonk Women」──あのギターの入り
  • 「Brown Sugar」──転がり続けるリフ
  • 「Gimme Shelter」──不穏な空間そのものを作るリフ
  • 「Jumpin' Jack Flash」──曲の推進力そのもの
  • 「Miss You」──ギターだけでなくベースも含めた反復的なリフ構造
  • 「Start Me Up」──まさにリフそのものが曲の存在理由

つまりストーンズは、

「良い曲を書くバンド」というより、まず“世界を一発で作ってしまうリフ”を持つバンド

 

『Goats』の1曲目「Dancing with Mr.D」ーあの拍を裏返しにしたかのようなちょっとしたギミックの出だしと『Emotional』の1曲目「Dance#1」の音が始まった時にはすでに曲の中腹あたりにでもさしかかったような浮遊感...

どちらの曲も、リフはまったくアタマに残らない!・・・完全に「ノリ」しかない!

 

そう、この2つのアルバムに収録された楽曲にはどれも、“キラー・リフ”と呼べるようなものがないのです。

特にこのアルバムは『Some Girls』のあと、どこに行けば良いのかミックとキースが完全に正反対を向いてしまったので、未収録の曲を使ってノリだけでどうにかなるかを試した悪い冗談なのではないかと思います。

▶︎一言で言えば「『Some Girls』での熱狂のあと、真っ暗になった」

 

⑧ 『Tattoo You』(1981)──「70年代ストーンズのベスト・オブ・スタジオ」

これは制作経緯が非常に特殊です。

『Goats Head Soup』期まで遡る素材から、『Black and Blue』『Some Girls』『Emotional Rescue』期の未発表トラックを掘り起こし、80~81年に追加作業して完成させています。

実際、

「Waiting on a Friend」と「Tops」は1972年の『Goats』期のセッション、

「Slave」と「Worried About You」は1975年の『Black and Blue』期のセッション、

「Start Me Up」と「Black Limousine」は1977年の『Some Girls』期セッション、

「Hang Fire」と「No Use in Crying」は1979年の『Emotional Rescue』期セッションからです。

だから、面白いことに、

『Tattoo You』は本来、一つの時代の統一されたアルバムではない。

しかし、それにもかかわらず非常にまとまっています。ミックとキースの不仲が始まり、一向に曲作りが進まない中で、

このアルバムをまとめたエンジニアのクリス・キムジーという人はすごいですね。世界中の誰よりもストーンズファンだと思います...笑

その苦労が報われるかのようにストーンズの80年代を象徴するようなリフで始まるシングル「Start Me Up」は大ヒット。

・・・言うこと無いかと。

もうひとつ、JAZZの大巨人=ソニー・ロリンズが参加して3曲もサックスを吹いていることを忘れてはいけません!

こんな事ができるからストーンズなんです!

 

私が最初に聴いた時のLPでの印象をまとめると、

A面は、

  • Start Me Up
  • Hang Fire
  • Little T&A
  • Black Limousine

という、非常に強力なロックンロール。

B面は、

  • Worried About You
  • No Use in Crying
  • Waiting on a Friend

など、よりソウルフルで内省的。

結果として、

70年代ストーンズの「ロックンロール面」と「R&B嗜好面」

が一枚に同居している。ちなみにこのアルバム用に作られた2曲、元気でスカスカの「Neighbours」と水中にいるかのような浮遊感の「Heaven」ですがどちらも70年代そのままの感じですね。

この70年代を総括するかのような過去作品の編集アルバムを、もうひとつ面白く聴く視点をあげると、

「なぜ、この中の曲は作られた時のアルバムに収録されなかったのか?」を考えてみると面白いと思います。

明らかにこの『Tatoo You』収録曲を入れていた方が『Goats』も『Emotional』も、なんなら『Some Girls』でさえも、

もっとすごいアルバムになっていたのではないかと想いを馳せる・・・うん、贅沢ですね〜

▶︎一言で言えば「70年代ストーンズの遺伝子を最も見事に編集したアルバム」

 

 

【久々にちゃんと聴いて掴んだストーンズの凄さ】

 

正直に言えば、およそ30年間くらい、まともにストーンズを聴いてなかった気がします。

完全に、もう終わったバンドになってました。

 

今回、このメモで紹介した8枚をおよそ1ヶ月くらいの間、勤めて、何度も繰り返して聴くと同時に、今年(2026年)に出た『Foreign Tongues』や3年前の『Hackney Diamonds』、そして悪ノリして80年代の3枚と90年代の2枚、そして2005年以降の新曲アルバムと2016年の全曲カバーアルバムもじっくり聴いてみました。

 

私なりに掴めた「ストーンズの凄さ」をまとめてメモっておきたいと思います。

 

⚫️チャーリーとビルとキースのリズム

世界中の多くのストーンズフリークからはめちゃめちゃに叩かれると思いますが、私はストーンズは大好きですが、実はチャーリーとビルのリズム隊は一度も良いと思ったことはないのです。

チャーリーのフィルを入れる際にちゃんと1音1音叩けていないハイハットとかなり後乗りのベードラが耳につきますし、

ビルの、本当にテキトーに入れていてラインにもリードプレイにもなっていないベースがストレスなのですが、

全体として聞くといい感じなんです。これってなんなのだろうか、これこそストーンズなんだろうなぁ〜とうやむやな納得をしていたのですが、ちょっとだけちゃんと聴いてなんとか言語化してみようと思いました。

 

まずビルについて

 

ビルは「ベースで曲を構築する」タイプではないです。

ジャズ的なウォーキング・ベースでもないし、ビートルズ時代のポールのようにベースそのものがメロディを奏でるわけでもない。

むしろ、「ここに低音があればいい」という場所に、かなり無造作に音を置く。

ところが、その無造作さがチャーリーの微妙な「後ろノリ」と結びつく。

すると、

 

キースのギターが前へ行く
↓
チャーリーが少し後ろにいる
↓
ビルがその間に適当な低音を置く

 

という、非常に奇妙な「隙間」ができる。これがストーンズのグルーヴなんだと思います。

だから、個々を取り出して聴くと、

「なんだ、このベース?」

となるのに、3人をまとめて聴くと、

「これだよ、これ!」

になる。

これはものすごく面白い現象です。

 

例えば『Exiles』のストーンズがちょっといつもより黒っぽく聞こえるのは、ホーンセクション大活躍のせいだけじゃなくて、

リズム隊が「チャーリー+ビル」という一点に固定されていない

ことの影響が大きいのではと。

 

ビルの「適当に入っているだけ」のベースが減る一方で、音楽全体としてはむしろ厚くなる。

ここが面白いところです。

ホーン、ピアノ、オルガン、パーカッション、コーラス、複数のギター、そして別のベース。

つまり『Exile』は、「チャーリーとビルが作る隙間」から、「大勢が作る巨大な塊」へ変わっている。

だから『Exile』の「分厚いアメリカン・ロック的な感じ」は、もしかすると単に音楽性の問題だけではなく、

ストーンズ最大の魅力だった“隙間”が減っていることも関係しているのではないかと。

 

次にチャーリーについて

 

「フィルを入れる際にちゃんと1音1音叩けていないハイハット」というのが、まさにチャーリーの特徴の一つです。

 

普通なら、フィル=リズムを明確にする

ところを、チャーリーは逆に、フィルに入った瞬間、リズムの輪郭を少し崩す。

 

そしてベードラも、いわゆる「ドン・ドン」と正確に置くタイプではない。

だから、チャーリーは非常に不思議なドラマーです。

 

技術的に見ると、「もっとちゃんと叩けるだろう」と思わせる。

しかし、その「ちゃんとしていなさ」がなくなると、ストーンズではなくなってしまう。

そしてこれはビルも同じ。

 

二人とも「上手いリズム隊」というより、「隙間を作るリズム隊」なんですよね。

 

普通のロックなら、

ドラム+ベース → ギター

という下から上への構造になりやすい。

 

ところがストーンズは逆で、

 

キースのギター・リフ → チャーリーとビルが後から身体を合わせる

 

ように聴こえる。

だからビルのベースは、独立したラインではありません。

 

例えば「Brown Sugar」。

このベースを単独で聴いたら、「これ、何を弾いてるんだ?」となるかもしれない。

しかしキースのリフと重ねると突然、

「ここしかない」

という音になる。

 

つまりビルは「ベースライン」を弾いているというより、

キースのギターが作った穴を埋めている。

 

チャーリーも同じ。

チャーリーの凄さは、正確さではありません。むしろ、

 

「キースのギターが作ったリズムを、正確にはコピーしない」

 

ところにあります。「Can't You Hear Me Knocking」の冒頭などは非常にわかりやすい。

 

キースがリフを提示する。

チャーリーはそれを完全に同期させない。

ハイハットも、フィルも、バスドラも微妙にズレる。

 

すると、

ギターとドラムの間に空間ができる。

そしてビルがそこを埋める。

この「3人の間の微妙な空白」が、ストーンズの音なのだと思います。

 

ストーンズは、「素晴らしいミュージシャンが集まって素晴らしい演奏をするバンド」ではない。

むしろ、「それぞれがちょっとずつ変なのに、その変なところ同士が奇跡的に噛み合うバンド」なんです。

 

始まりはいつもキースです。そして続くのがいつもチャーリーです。その次がビルです。この順番はいつも同じです。つまり

 

「キースの不安定さを、チャーリーの不安定さとビルの不安定さが、三者三様のまま支えてしまう」という奇妙な均衡です。

 

つまり「ギターを鳴らして、チャーリーが叩いて、ビルが適当にベースを入れて、それでいいじゃないか」というのがストーンズです!

 

『It's Only Rock'N'Roll』に「Ain't Too Proud to Beg」というテンプテーションズのカバーがあります。

ここでは、

チャーリーが空間を作る
↓
ビルがそこに最低限の低音を置く
↓
キースが「ジャッ!」と空間に割り込む
↓
ミックがその上を歌う

という構造になっています。だから、音数は少ないのにものすごく動いて聞こえる。

 

そして、ここが重要です

先ほど、ストーンズは、キースが中心で、チャーリーとビルがそれを支える

という言い方をしました。でも「Ain't Too Proud to Beg」を聴くと、むしろ逆で、

 

誰も中心になっていない。

 

これがロックンロールなんですよね。

ロックンロールは、4拍を正確に刻む音楽ではない。

「今だ!」と思った瞬間に音を入れる音楽。

チャーリーの後ろ乗りも、ビルのいい加減なベースも、キースの「ジャッ」も、全部そのためにある。

だから個々の演奏を分析すると、

「なんでそんなところで叩くんだ?」

「なんでそんなベースなんだ?」

「なんでギターをそこだけ弾くんだ?」

となる。ところが三人を同時に聴くと、

 

「ああ、これがロックンロールだ」になる。

 

チャーリーも完全に支配しない。ビルもベースラインを主張しない。キースもリズムギターをずっと刻まない。

 

それぞれが空いたところに音を置く。そして、その「空いたところ」が三人の間で絶妙に共有されている。

 

だからキースの「ジャッ」が効く

 

ここはものすごくストーンズ的です。

普通のロック・ギターなら、

ジャーン、ジャーン、ジャーン、ジャーン

とリズムを明確にする。

 

ところがキースは、

……ジャッ!

と入る。

 

つまり、リズムを「演奏する」のではなく、

 

リズムが生まれる瞬間に割り込む。

 

これがストーンズの、ストーンズにしかない、凄さだと思います。

 

⚫️キースの作る“キラー・リフ”に人格をぶつけるミックのウタ

 

「キースのキラー・リフ」と並べるなら、ストーンズのもう一つの根幹は、

 

ミックの歌は、キースのリフに対して“メロディーを歌う”というより、“リフに人格を与える”

 

ことではないかと思います。そして私は、ミックの歌の魅力は、一般的な意味での「歌唱力」とはかなり違うところにあると思います。

 

◯ミックは「美しく歌う」歌手ではない

 

まず、ここはかなりはっきりしています。

 

ミック・ジャガーは、

  • ポール・マッカートニーのような旋律の美しさ
  • ロバート・プラントのような圧倒的な声量
  • フレディ・マーキュリーのような声楽的な技巧
  • デヴィッド・ボウイのような声色そのもののドラマ性

で勝負する歌手ではありません。

 

ミックの歌は、

声そのものよりも、声をどうリズムの中に置くか

に本質があります。

 

極端に言えば、ミックは「歌手」である以前に、ストーンズの第2のリズム楽器なのではないかと。

 

キースが「横方向」を作り、ミックが「縦方向」を作る

 

これは少し抽象的ですが、非常に重要だと思います。

 

キースのリフは、

曲の横方向への運動を作る。同じパターンが繰り返されることで、曲が前へ進んでいく。一方ミックは、その上で、リズムを切り刻む。

 

例えば「Brown Sugar」。

ミックは、単純にメロディーを上から乗せているわけではありません。ギターのリフの隙間へ、

  • 食い込む
  • 遅れる
  • 先走る
  • 叫ぶ

これを繰り返している。だからストーンズは、ギター+ベース+ドラム+歌ではなく、リフ+リズム+ミックという一つの構造になる。

 

◯「Satisfaction」のミックは、リフの“敵”である

 

これは非常に面白いところです。

あの曲を考えると、キースのリフはほぼ機械のように繰り返されます。一方、ミックはその上で、「I can't get no...」と、非常に人間的な不満をぶつける。

つまり、

  • キース=機械的な反復
  • ミック=欲望、不満、神経質な人間

という対立がある。この対立が曲を成立させています。ミックがキースのリフを「補強」しているのではない。

 

ミックはリフに抵抗している。

だから曲が生きる。

 

◯「Jumpin' Jack Flash」では、ミックがリフを“煽る”

「Jumpin' Jack Flash」ではさらに分かりやすい。

あの巨大なリフが鳴る。ミックはその上で、リフと同じことを歌わない。むしろ、

「I was born in a cross-fire hurricane...」と、リフが作った世界の中に物語を持ち込む。

 

キースが、

「ここはこういう世界だ」

とギターで空間を作る。

ミックが、

「では、この世界でこういう男が生きている」

と人物を出す。

 

これがストーンズの曲の基本構造の一つです。

 

◯ミックの最大の武器は「声を変えること」

ミックは、一曲の中でも別人になります。

  • 「Brown Sugar」の煽るような声
  • 「Gimme Shelter」の怯えたような声
  • 「Angie」の弱々しい声
  • 「Miss You」のファルセット
  • 「Beast of Burden」の甘い声

彼は、「これが自分の声だ」という歌手ではありません。

むしろ、

「この曲にはどんな人間が必要か?」

を考えて、その人物の声を出す。

 

これはボウイに少し似ていますが、ボウイほど「キャラクター」を明確に演じない。

ミックの場合は、歌うたびに“態度”を変える。

 

◯ミックはストーンズの「演技者」でもある

ストーンズの歌詞には、

  • 不良
  • 金持ち
  • 女好き
  • 破滅した男
  • 臆病者
  • 悪党
  • 孤独な男

など、さまざまな人物が登場します。ミックはそれを、「本当に自分がそういう人間だ」と歌うわけではない。一歩距離を置いて、

「こういう男がいたら、こういう声で話すだろう」と演じている。だからミックには、真面目に感情を込めて歌っているのに、どこか皮肉がある。この「距離感」がストーンズらしさの非常に大きな部分です。

 

◯キースとミックの最も大きな違い

ここで私はこう整理したいです。

 

キース

音を作る。

 

リフで、

  • 空間
  • 速度
  • 温度
  • 曲の身体

を作る。

 

ミック

その中に人間を入れる。

声で、

  • 欲望
  • 性
  • 不安
  • 傲慢
  • 怒り
  • 皮肉

を入れる。

 

だからストーンズは、

キースだけでは「巨大なリフの集合」になってしまう。

そして、

ミックだけでは「非常に器用なロック歌手」になってしまう。

二人がぶつかることで初めて、ローリング・ストーンズになる。

 

◯『Emotional Rescue』で何が起きたのか

先ほど『Emotional Rescue』にはキラー・リフがない

と指摘しました。

これは、ミックの歌が“戦う相手”を失っているということをも意味します。

 

『Brown Sugar』では、ミックはリフと格闘する。「Start Me Up」でも同じです。

しかし『Emotional Rescue』では、ミックの声の周囲に強烈な音楽的な壁がない。

 

だから彼は、

  • ファルセットを使う
  • グルーヴに乗る
  • 雰囲気を作る

方向へ行く。これは悪いことではありません。しかし、

ミックの最も面白い歌い方は、キースの強烈なリフに対抗するときに出てくる。のではないでしょうか。

 

キースがストーンズの「骨格」を作る。
ミックは、その骨格に肉と表情を与える。

 

あるいはもっと極端に言えば、

 

キースが「ストーンズとは何か」をギターで決め、
ミックが「そこに誰が住んでいるか」を声で決める。

 

そして、この二つが最高の状態でぶつかったとき、

「Satisfaction」

「Jumpin' Jack Flash」

「Gimme Shelter」

「Brown Sugar」

「Start Me Up」

のような、

リフと声が切り離せないストーンズの名曲

が生まれるのだと思います。

 

 

どうでしょう?

 

ひさびさにストーンズを、「いったい私がハマっているのは彼らのどこらへんなのだろう?」ということにこだわって聴き倒してみました。

今回、私が把握したことすらわからないままに、よく30〜40年前にコピーとかカバーとかしていたものだと、マジで恥ずかしくなりました...汗

 

例えば、80年代以降のストーンズの作品について、より私が好きな楽曲とそうでない楽曲との違いも自分なりに把握できたこともよかったです。

あと、正式なクレジットにはないです(全曲でチャーリーが叩いていることになっています)が、2005年の『A Bigger Bang!』というアルバムで間違いなくこれはスティーブ・ジョーダンがタイコを叩いているだろうと信じる楽曲もカンタンに聴き分けられるようになったという副次効果もついてきました...笑

 

70年代を集中的に分析してみて、ぼやぁ〜と好きだったストーンズがより一層、好きになりました。

今、頑張っているミック+キース+ロン+ダリル+スティーブというメンツの新人バンドのこれからが今までよりももっと楽しみになりました!

 

みなさん、健康には気をつけて、はっちゃけてくださいませ!!!!!

 

⚫️KCを把握する<③約7年の雌伏と研鑽を経てアメリカ人が加入した大変貌期>

 

KCファンの間では“ディシプリン期”と呼ばれ、おおむねあまり人気のないこの時期。

この時期に関して、まずそれまでともっとも違うのは、アメリカ人が2人、vo.とg.のエイドリアン・ブリューとb.とstickのトニー・レヴィンの両名人がメンバーとして名を連ねていることです。そもそもこの時期の少し前からフリップ先生はアメリカNY住まいで、CBGBなどパンクロック発祥と言われるライヴハウスに足繁く通っていて、特にNYの『トーキング・ヘッズ』とか『テレビジョン』とかLondonの『セックス・ピストルズ』なんかを「これこそが自分がずっとロックに求めていた、何十年も待ち望んでいた本物の音(衝動)だ」と絶賛していました!このパンク/ニューウェイヴからの衝撃こそが、「RED」でいったん幕を引いたKCを復活させるほど、フリップ先生をROCKに引き戻したことは間違いないと思います!よかったよかった!

そして、もう一つ、この時期のフリップ先生の活動はアートロックの名作ソロアルバム「Exposure」もさることながら、デヴィッド・ボウイやピーター・ゲイブリエルのアルバム参加によって知己を得た、完全に唯一無二の才能を誇る2人の名人ブリューとレヴィンとの出会いです。考えてもみてください。あの難しい性格のフリップ先生が、自分と被る楽器、すなわちギターを弾くメンバーと組むんです...驚。考えてもみてください。ベースの音域もギターの音域もカバーし、演奏が難しすぎてほとんど奏者がいないチャップマン・スティックという楽器を自在に操るだけでなく、長〜い付け爪のようなファンク・フィンガーズと装着して弦を通しながらパーカッシブなサウンドを世界で唯一コントロールできるミュージシャンがスケジュールによってではありますが、一緒にライヴができるんです...泣。

フリップ先生にとってはようやく自分がワクワクできる音楽環境と活動機会が得られるとなれば、そりゃ頑張りますよね...笑

でも...私たちが思うよりずっと、KCに米国人が加入するということは前代未聞、空前絶後、天変地異、極まりないことのようです!

 

そしてこの時期、具体的には8th「Discipline」、9th「Beat」、10th「Three of a Perfect Pair」の3枚のアルバムを発表するのですが、KCデビューして以来初めて、複数のアルバムをまったく同じメンバーで録音しリリースするという“偉業”を成し遂げました...笑

 

そのアルバムですが、

・超高速ツインギターによる「人力ミニマリズム」+金属的低音+硬質な電子ドラムによる新次元の幾何学的なポリリズムを確立した傑作8thアルバム

・1950年代アメリカ「ビート文学」をテーマに、前作の冷徹な構築美を受け継ぎながらも、歌心を大胆に取り入れ、KC史上最もポップな9thアルバム

・一糸乱れぬダンサブルなアンサンブルと楽器同士のタイミングをあえてバラバラにズラしてカオスを作るアヴァンギャルドを詰め込んだ10thアルバム

 

という感じです。音的にはエイドリアン・ブリューがツアーメンバーとして活躍していた『トーキング・ヘッズ』に近いとよく言われますが、私としては同意できません。トーキング・ヘッズの音楽はもっとクールです。乾いてます。ポリリズムも確かにヘッズの「Remain in Light」には取り入れられてますが、あちらは民族音楽ルーツというよりもプラスティックなイーノぽいもので、フリップ先生とは根本的に違うアプローチで私にはそれほど似てると思われません。変拍子でもないし。また、エイドリアン・ブリューのプレイは客演とバンドのフロントマンとしてのプレイでは活躍度が全然違ってほとんど違うものと感じます。決定的に違うのがリズムのジャスト感と重さです!

私は、このディシプリン期のKCは実はあのメタル期よりもジャストで前に出るリズムが特徴だと思っています。それは普通に、ジョン・ウェットンとトニー・レヴィンとの違いです。トニーのベース/スティックは、クラシック畑からジャズへ転身というキャリアからもわかりやすいように完全に拍のアタマにピタッとジャストで刻まれます。ジョン・ウェットンのベースはその爆音も特徴的ですが、何よりも少しあとノリのROCK特有のリズムなので、比べるとトニーのベースの方が楽曲はかなり“タイト”になります。

メタル期のKCでは、ビル・ブルーフォードのベードラは割とジャズっぽい装飾的な二つ打ちや三連が多い印象ですが、ディシプリン期は拍にピッタリで前に出る“ビート強調”な印象です。ディシプリン期は電子ドラムの利用も多いので、より“タイト”に響くビート感が強い!

 

【新たに再蘇生したKCは、自身のそれまでを含めてどこにもなかった音楽を極めた『ディシプリン』】

 

『Discipline(ディシプリン)』 (1981年)

緻密に噛み合うポリリズム(異なる拍子の同時進行)を提示した、新“型=種”KCの幕開けとなる衝撃作。

  • Elephant Talk(エレファント・トーク)
    • 分析: エイドリアンがギターで「象の鳴き声」を模倣。トニーがチャップマン・スティックで弾く、金属的でパーカッシブな重低音スラップ(チョッパー)が全編を支配する名刺代わりの曲。
    • 逸話: アルファベット順に言葉遊びをする歌詞ですが、フリップ先生がスタジオで「エイドリアン、君は喋りすぎる(Talkが多い)」と皮肉ったことがヒントになったと言われています。
  • Frame by Frame(フレーム・バイ・フレーム)
    • 分析: 超高速の13/16拍子と14/16拍子のギターリフが徐々にズレてはまた噛み合う、人力ミニマル・ミュージックの極致。
    • 逸話: あまりの高速リフにエイドリアンが「ライブで歌いながら弾くのは物理的に不可能だ!」と悲鳴を上げ、フリップが超絶パートを、エイドリアンが簡略化したコードを担当することで解決しました。
  • Matte Kudasai(待ってください)
    • 分析: 日本語タイトル通り、どこか哀愁漂う美しいバラード。エイドリアンのギターによる「カモメの鳴き声」のようなスライド奏法が印象的。
    • 逸話: エイドリアンがツアーで来日した際、ホテルのスタッフが言った「待ってください」という日本語の響きと優しさに感動し、その場でメロディを書き上げました。
  • Indiscipline(インディシプリン)
    • 分析: ブルーフォードの爆発的な変拍子ドラムと、エイドリアンの狂気的なボーカル(語り)が激突する、ヘヴィでインダストリアルな曲。
    • 逸話: 歌詞は、エイドリアンの当時の妻マーガレットが自作の彫刻を見たときに発した言葉(「私はこれが大好きなの、よく分からないけど!」)をそのままメモして使っています。
  • Thela Hun Ginjeet(セラ・ハン・ジンジート)
    • 分析: フリップ先生が7/7拍子、ビル・ブルーフォードが4/4拍子、トニー・レヴィンが7拍子と4拍子のMixのポリリズムで、4拍ごとにリフのアタマがズレていく構造ですね。しかもフリップ先生とトニーの7拍子のリフは違うスケールです...複雑なのにめちゃめちゃダンサブルな曲になってます...脅威ですね!
    • 逸話: タイトルは「Heat in The Jungle」のアナグラムです。フリップ先生がストレートすぎてつまらないと言ったので、エイドリアンが文字遊びにしちゃいました。
  • The Sheltering Sky(シェルタリング・スカイ)
    • 分析: フリップ先生の「フリッパートロニクス(テープ遅延効果)」によるドローンと、ブルーフォードのスリット・ドラムが織りなす幻想的なアンビエント・インスト。
    • 逸話: ポール・ボウルズの同名小説から名付けられました。フリップ先生はこの曲の浮遊感を気に入り、後に自身のギター塾(ギター・クラフト)の教材としても多用しています。
  • Discipline(ディシプリン)
    • 分析: 4人が完全に計算された異なる拍子を正確無比に刻み続ける、幾何学的な美しさを持つインスト。
    • 逸話: フリップはブルーフォードに「シンバルを一切叩くな、機械になれ」と指示。大喧嘩の末、ブルーフォードはシンバルをすべて片付け、初期の電子ドラム(シモンズ)を導入してこの冷徹なビートを完成させました。

【KC史上初めて2枚に渡り同じメンツでリリースした初のコンセプトアルバム『ビート』】

 

『Beat(ビート)』 (1982年)

50年代アメリカの文学運動「ビート・ジェネレーション」にインスパイアされた、KC初の明確なコンセプト・アルバム。

  • Neal and Jack and Me(ニール・アンド・ジャック・アンド・ミー)
    • 分析: 5/4拍子の細かなツインギターが絡み合う、ドライブ感のあるオープニング曲。
    • 逸話: ケルアックの小説『路上にて』の世界観ですね。歌詞に出てくる「ニール」は主人公のモデルでケルアックの親友のニール・キャサディ、「ジャック」はもちろんジャック・ケルアック。歌詞にはケルアックの他の作品名「地下街の人々」とか「Visions of Cody」なんかも出てきますね。ビート作家たちの精神を、80年代の最新車(フランスの高級車)でのドライブに例えています。
  • Heartbeat(ハートビート)
    • 分析: ポリスなどを彷彿とさせる、KC史上最もポップでストレートなラヴ・ソング。エイドリアンの歌心が光る。
    • 逸話: ニール・キャサディの奥さんのキャロラインのビートジェネレーションたちとの回顧録『Heart Beat』がモチーフですね。あまりのポップさにフリップ先生は最初「これはクリムゾンの曲ではない」と拒絶。しかしエイドリアンが「僕の最高傑作だ」と言い張り、最終的にシングルカットまでされました。
  • Sartori in Tangier(サルトリ・イン・タンジール)
    • 分析: トニー・レヴィンの高速なチャップマン・スティック(両手タッピング)がメロディとリズムをリードする、緊迫感あふれるエキゾチックなインスト。
    • 逸話: タイトルはジャック・ケルアックの小説『パリのサトリ』と、作家ポール・ボウルズが移住しウィリアム・バロウズたちが集まっていたモロッコの都市「タンジール」を掛け合わせたものです。
  • Waiting Man(ウェイティング・マン)
    • 分析: ガムラン音楽のような規則的なループが心地よい、ミニマルかつトライバルな楽曲。
    • 逸話: ステージでは、フリップ以外の3人(エイドリアン、トニー、ビル)が全員ドラムパッドの前に立ち、トリプル・パーカッションで原始的なビートを叩き出すパフォーマンスが定番でした。
  • Neurotica(ニューロティカ)
    • 分析: 都会の喧騒と狂気を表現した超高速パンク・ナンバー。フリップ先生のノイズギターとエイドリアンの早口ボーカルが強烈。
    • 逸話: もともとは『Discipline』期のライブ即興「Manhattan」が原型。エイドリアンがニューヨークの凄まじい雑音と早口のニューヨーカーをイメージして歌詞を乗せました。
  • The Two Hands(ザ・トゥー・ハンズ)
    • 分析: KCには珍しい、繊細で静謐なミニマル・ポップ。
    • 逸話: 作詞クレジットはエイドリアンの当時の妻マーガレット。フリップ先生はこの曲の歌詞のナイーブさを嫌い、レコーディング中に露骨に嫌な顔をしていたとメンバーが回想しています。
  • The Howler(ザ・ハウラー)
    • 分析: アヴァンギャルドで不穏なコード進行と変則的なリズムが渦巻く、最もポストパンク寄りのアプローチ。
    • 逸話: ビート・ジェネレーションを代表する詩人アレン・ギンズバーグのあまりにも有名な詩『吠える(Howl)』にインスパイヤされた曲ですね。この曲は実は前作時からあった曲ですが、1980年代のライブでは再現が非常に難しく、バンド内のアンサンブルが崩壊しかけることが多かったため、すぐにセットリストから外された「呪われた曲」でした。
  • Requiem(レクイエム)
    • 分析: フリップ先生のフリージャズ的なアヴァンギャルド・ギターが全編で炸裂する、暗黒期のクリムゾンを思わせる重苦しい即興風インスト。
    • 逸話: この曲のレコーディング中、ポップ路線を目指すエイドリアンとアヴァンギャルドに戻したいフリップの対立が絶頂に達し、怒ったエイドリアンが「スタジオからロバートを追い出す」という前代未聞の事件が起きました。

 

【踊れるKCと壊れたKCの両方を詰め込んだ同じ4人メンツの総決算『スリー・オブ・ア・パーフェクト・ペア』】

 

『Three of a Perfect Pair(スリー・オブ・ア・パーフェクト・ペア)』 (1984年)

ポップで構築された「ライト・サイド(A面)」と、前衛的でフリーな「レフト・サイド(B面)」に完全に二分された、三部作の総決算。

  • Three of a Perfect Pair(スリー・オブ・ア・パーフェクト・ペア)
    • 分析: キャッチーなメロディの裏で、ギターが複雑な変拍子リフを刻み続ける、ポップさと構築美の融合。
    • 逸話: タイトルは「相性の良い2人、そしてそこに加わるもう1人(客観的な観察者=フリップ)」を意味し、当時のギクシャクした人間関係を皮肉ったものと言われています。
  • Model Man(モデル・マン)
    • 分析: AOR(アダルト・オリエンテッド・ロック)的な爽やかさを持つポップ・ナンバー。
    • 逸話: エイドリアンが「普通のラブソング」として書いた曲ですが、ビル・ブルーフォードが強引に変拍子のスネアを叩き込んだため、爽やかなのにどこかノリにくい不思議な曲になりました。
  • Man with an Open Heart(マン・ウィズ・アン・オープン・ハート)
    • 分析: スカやニューウェイヴの軽快なビートを取り入れた、非常に明るいポップ曲。
    • 逸話: プロモーションビデオ(PV)が制作されましたが、不気味な人形で埋め尽くされたシュールな内容で、曲の明るさと映像の怖さのギャップがファンの間で話題になりました。
  • Sleepless(スリープレス)
    • 分析: トニーの強烈なスラップ(チョッパー)ベースがイントロから大炸裂するファンキーな名曲。 8分音符で叩いたスラップにデジタル・ディレイをかけることで、人力とは思えない超高速16ビート・スラップを形成。
    • 逸話: キング・クリムゾンとしては極めて異例のダンス・ナンバーとしてシングルカットされ、12インチのディスコ用リミックス盤まで複数制作されました。また、トニーはこの曲のスラップをライブで叩き続ける過酷さから、後に指にスティックを装着する「ファンク・フィンガーズ」を発案します。
  • Nuages (That Which Passes, Passes)(ヌアージュ)
    • 分析: 穏やかながらも不穏な空気が漂う、環境音楽(アンビエント)風のインスト。B面の暗黒ゾーンへの入り口。
    • 逸話: タイトルはフランス語で「雲」。フリップ先生が「形を変えて通り過ぎていく音楽」を表現した、瞑想的なトラックです。
  • Industry(インダストリー)
    • 分析: 「レフト・サイド(B面)」の幕開け。重苦しいインダストリアル・ノイズが徐々にビルドアップしていく、映画のサントラのようなインスト。
    • 逸話: トニー・レヴィンがエフェクターを駆使して「巨大な鉄の機械が軋む音」をベースで再現。後のインダストリアル・ロックの先駆けとなりました。
  • Dig Me(ディグ・ミー)
    • 分析: 解体屋のスクラップ車の視点で歌われる、わざとリズムや音程をバラバラに崩した実験曲。
    • 逸話: 演奏が完全にバラバラに聴こえるよう4人があえてタイミングを外して演奏しており、サビで突然美しいポップスに繋がった瞬間、聴き手は強いカタルシスを覚える仕組みになっています。
  • No Warning(ノー・ウォーニング)
    • 分析: 4人のメンバーがスタジオで互いの音に刃を突きつけ合うような、完全な即興演奏。
    • 逸話: 当時、4人はポップなA面を作ることでストレスが極限に達しており、この曲は「スタジオでお互いへの怒りを楽器でぶつけ合った記録」そのものです。
  • Larks' Tongues in Aspic, Part III(太陽と戦慄 パートIII)
    • 分析: 70年代の代表曲の続編。80年代の細かなポリリズムの技法を用いて、過去のヘヴィなメタル・クリムゾンを再現。
    • 逸話: 過去の遺産を引きずることを嫌うフリップが、あえてこのタイトルを付けたのは、80年代クリムゾンの技法(ディシプリン)が70年代のヘヴィさに完全勝利したことを証明するためだったと言われています。

 

 ⚫️KCを把握する<④NuovoMetal=モダンなヘヴィROCKを規律と知性で上書きした集大成期>

 

KCの全期間を通して、もっとも爆音でもっとも高速でもっとも冷徹なサウンド=それがKCのバンドとしての最終形態=NuovoMetalです。
モダンなヘヴィROCKといえば、インダストリアル、オルタナ、スラッシュメタルなどいくつか挙げられますが、それらを「規律と知性」といういかにもKC(またはフリップ先生)ぽい趣向で上書きしたサウンドが特徴のNuovoMetal(ヌーヴォ・メタル)期。最晩年にもっともうるさい爆音バンドでアルバムを作ると言うところがいかにもフリップ先生ぽいですね...笑

12作目の「The ConstruKction of Light」を除いて、おおむねこの時期では、レコーディング前に50回超のライヴ演奏で叩き上げられた楽曲がレコーディングされていて、いくつかの楽曲については、どんなふうにライヴによって変遷を辿っていったのかが、アルバム発表前にリリースされたミニアルバムを追いかけることで、わかるようになってます。まぁ、オタク魂向けですね...笑

 

まず、この期において念頭に置いておかないといけないことは、90年代から2000年代にかけての大きな転換、すなわち、デジタル技術の導入です。この時期のKCは「テクノロジーという冷酷な檻」の中に自らを閉じ込め、その檻を人間の圧倒的な肉体技量と精神力で内側からブチ破ろうとするような音楽でした。デジタル技術をただ便利に使うのではなく、人間がマシンと対等に渡り合い、超えるための「敵」として応用した結果、あの異常なまでの硬さと緊迫感を持ったサウンドが生まれたのです。この期のサウンドをざっくりまとめます。

  • ⚫️金属的な重低音と超高速ループ
    • 本物のベース(木製楽器)を廃し、カーボン製の「ウォー・ギター」や「タッチ・ギター」を採用。
    • 金属的で硬質な重低音の上を、2本のギターが異なる変拍子で超高速に噛み合う「数学的ミニマリズム」が炸裂します。
  • ⚫️デジタル・ツインドラムによる機械的グルーヴ
    • 生ドラムの生々しさよりも、電子ドラムパッドやサンプリングループを徹底的に駆使。
    • まるで精密機械が暴走しているかのような、無機質でインダストリアル(工業的)な破壊力を持っています。
  • ⚫️「静寂」と「狂気」の極端なダイナミクス
    • フリップ先生の背景音(サウンドスケープ)による深い瞑想のような「静」の空間。
    • そこから一瞬でヘヴィ・メタリックな爆音の嵐へと切り替わる、狂気的な高低差が特徴です。

では、それぞれのアルバムを楽曲ごとにまとめてメモっておきますね。ちなみに1分以下とかのイントロぽい楽曲は省いてます...汗

 

【再び10年後に蘇生したKCは超絶“やかましい!”...それもそのはずダブル・トリオという構成『スラック』】

 

『THRAK』(1995年)

ギター2、ベース/スティック2、ドラム2という「ダブル・トリオ」編成です。もうこの発想が凄いですね...笑

音響的な包囲網と、左右からの激しい衝突が特徴です。「DINOSAUR」以外の曲は、レコーディング前に最低でも15公演以上のステージで演奏されアレンジが研ぎ澄まされた状態でレコーディングされました。

  • VROOOM
    • 分析:60年代の「太陽と戦慄」のDNAと、90年代のモダンヘヴィネスを融合したインストです。左右のスピーカーから、2組のトリオが全く同じフレーズをわずかにズラして演奏し、巨大な音の壁を作っています。
    • 逸話:フリップ先生はこの曲のイントリカット(複雑)なリフを思いついた際、「これはレッド・ツェッペリンがプログレをやったような音だ」と語りました。
  • Coda: Marine 475
    • 分析:変拍子のジャムに、フリップ先生の「ギター・シンセサイザー」による不穏なホーン風の音が炸裂するヘヴィな幕引き曲です。
    • 逸話:「475」はフリップ先生が当時乗っていた車のナンバー、または機材の型番から取られたという説があります。
  • DINOSAUR
    • 分析:全盛期のビートルズのようなサイケデリックなメロディを、メロトロンのデジタル再現音と、ヘヴィなベース重低音で叩き潰すような構成です。
    • 逸話:エイドリアン・ブリューが「自分たち(恐竜=オールド・ロック・スター)がいかに時代遅れか」を自嘲気味に歌った歌詞ですが、フリップ先生はその生々しさを非常に気に入っていました。
  • Walking on Air
    • 分析:「マッテ・クダサイ」の流れを汲む極上のバラードです。トレイ・ガンのタッチ・ギターによるフレットレス・ベース風の浮遊感あるラインが曲を支えます。
    • 逸話:あまりにポップすぎるためフリップ先生が拒否するかと思われましたが、「アルバムには光と影が必要だ」として一発OKが出ました。
  • B'Boom
    • 分析:ビル・ブルーフォードとパット・マステロットによる、ツイン・ドラムの壮絶なポリリズム・バトルをフィーチャーしたインストです。
    • 逸話:人力のグルーヴを重視するブルーフォードと、電子パッドやループを駆使するマステロットの「思想の衝突」がそのまま音楽になっています。
  • THRAK
    • 分析:即興演奏(インプロヴィゼーション)の極致です。全楽器がノイズと変拍子の嵐の中で激突する、文字通りのヌーヴォ・メタル曲です。
    • 逸話:タイトルの「THRAK」とは、フリップ先生いわく「ギターの弦をすべての指の爪で力任せに激しく掻きむしった(Thwack)ときに出る衝撃音」を表す造語です。
  • People
    • 分析:ファンキーなカッティングとポップなメロディの裏で、ベースとスティックが極めて複雑な変拍子を刻むKC流のダンス・ナンバーです。
    • 逸話:ツアー中、この曲のファンク・グルーヴの解釈を巡って、ブルーフォードとブリューの間で深刻な意見の対立が起きました。
  • One Time
    • 分析:ブリューの繊細なボーカルと、フリップ先生の「サウンドスケープ(無限のディレイ効果)」が美しい、静寂を切り取ったような楽曲です。
    • 逸話:この曲は1994年のアルゼンチンでのリハーサル・ライヴで何度も演奏され、完全に洗練されてから録音されました。
  • Sex Sleep Eat Drink Dream
    • 分析:ファーストの「21世紀の精神異常者」を90年代版にアップデートしたような曲です。中間のカオスな即興パートは狂気に満ちています。
    • 逸話:1969年の「精神異常者」の変拍子リフの構造を意図的に踏襲しており、フリップ先生の過去への挑戦状でもありました。
  • VROOOM VROOOM
    • 分析:アルバムを締めくくる、悪夢のようなヘヴィ・リフの応酬です。「VROOOM」よりもさらに攻撃性と金属感が増しています。
    • 逸話:この曲のあまりに過酷な肉体的要求とドラムのツイン化による自由度の喪失が、ブルーフォードに「クリムゾンでの自分の役割は終わった」と決断させる引き金となりました。

 

【この期唯一の“全曲、ライヴ研鑽「ゼロ」”という実験作=インダストリアルメタル『ザ・コンストラクション・オブ・ライト』】

 

『The ConstruKction of Light』(2000年)

ブルーフォードとトニー・レヴィンが離脱し、4人編成(ダブル・デュオ)へ。

本物のベースが消え、ギターとウォー・ギターによる「金属的な超高速インターロッキング(噛み合い)」が特徴です。

このアルバムはサードアルバム『Lizard』同様、全曲、一度もレコーディング前にライヴで演奏されていない曲です。というのもこの時期、具体的には1997年~1999年にかけて、フリップ先生の意向で、KCはバンド本体の活動を止め、メンバーを細分化した複数の小ユニット(プロジェクト1~4)で活動していました。そこから得たアイデアや断片(例:「FraKctured」の元になったアイデアなど)をベースに、4人編成(ダブル・デュオ)としてスタジオに入ってイチから楽曲としてカチッと組み立てていったため、事前に「キング・クリムゾンの新曲」としてステージでお披露目するツアー自体が組まれませんでした。

そのため、フリップ先生は「事前にステージの観客の前で演奏しなかったため、楽曲が持つ本来の野生味やヘヴィなパワーをアルバムに十分に閉じ込めることができなかった」と評価が厳しく、この“スタジオで作られすぎた無機質さ”を解消するため、フリップ先生は2019年、パット・マステロットの当時の電子ドラムのトラックをすべて削除しました。そして、活動中だった当時のKCのように「生のアコースティック・ドラム」で全曲のドラムを丸ごと叩き直させたリメイク盤をリリースし、19年後、ようやく納得のいく「ライヴ感のあるヘヴィさ」へと修正しました。簡単に言えば“電子ドラムだった音を生ドラムに変えて叩き直した”ということです。フィルインのおかずとかスネアによるアクセントの位置とかそもそも手数の増殖とか、もう全然変わっています。どちらかと言うと“ちょっとうるさく”なってます...笑

なるほど確かに、こちらの方がライヴぽさが強調されてますが、私は最初の冷たく無機質な爆音の方が作品としてむしろ好きです!

  • ProzaKc Blues
    • 分析:ブリューがピッチシフターで声を極端に低く加工し、不条理なブルースを歌う曲です。ギターは歪んだヘヴィ・リフを不自然なハーフ・ステップ(半音)で歪ませています。
    • 逸話:フリップ先生が嫌う「典型的な12小節ブルース」を、KC流に徹底的に歪めてパロディ化した、フリップ先生なりのユーモアです。それにしてもフリップ先生がブルース弾いてるとは...びっくりしましたね〜
  • The ConstruKction of Light (Part 1 & 2)
    • 分析:フリップ先生とブリューの2本のギターが、異なる変拍子(4分の5拍子と4分の6拍子など)を同時に超高速で弾き続け、徐々に位相がズレては噛み合う、数学的ミニマリズムの極致です。
    • 逸話:スタジオ録音の前に、スピンオフ小編成「ProjeKct X」としてライヴで演奏され、肉体の限界までスピードが鍛え上げられました。
  • Into the Frying Pan
    • 分析:変拍子でありながら、ビートルズ的なひねくれたポップ・センスが光るボーカル曲です。
    • 逸話:歌詞は「一難去ってまた一難」という意味の諺から取られており、度重なるメンバーチェンジとバンド存続の危機を皮肉っています。
  • FraKctured
    • 分析:1974年の難曲「Fracture(破滅)」の続編です。フリップ先生がモト・ペルペルオ(常動曲)と呼ばれる、息つく暇もない超高速ピッキングを全編で展開します。
    • 逸話:当時50代半ばのフリップ先生は、この曲を演奏するために猛特訓を重ね、「腱鞘炎で腕が動かなくなる限界に挑んだ」と語っています。
  • The World's My Oyster Soup Kitchen Floor Wax Museum
    • 分析:早口言葉のようなブリューのボーカルと、トレイ・ガンのウォー・ギターが叩き出す不規則なスラップ音が交錯する、極めてファンキーで混沌とした曲です。
    • 逸話:タイトルは、それまでにフリップ先生やファンがクリムゾンの音楽を形容した奇妙な言葉の羅列から作られました。
  • Larks' Tongues in Aspic: Part IV
    • 分析:名曲「太陽と戦慄」の第4パートです。過去のどのパートよりも冷徹で、パット・マステロットのデジタル・パッドによる電子的で硬質なインダストリアル・ビートが炸裂します。
    • 逸話:これまでの「太陽と戦慄」にあった叙情性を一切排除し、2000年代の「冷酷なマシーンとしてのクリムゾン」を象徴する曲となりました。
  • Coda: I Have a Dream
    • 分析:前曲からそのまま繋がるヘヴィな終曲です。ブリューが当時の世界情勢や、90年代末の混沌(コソボ紛争など)を悲痛に歌い上げます。
    • 逸話:この凄惨なボーカル曲を「太陽と戦慄」の結末に持ってきたことで、古参ファンから大きな衝撃と賛否両論を巻き起こしました。

 

【“NuovoMetalコンセプトの最高傑作”怪物の終幕『ザ・パワー・トゥ・ビリーブ』】

 

『The Power To Believe』(2003年)

一般的にはヌーヴォ・メタル期の最高傑作だと思います。

前作の冷酷なデジタル感に、ヘヴィ・ロックのダイナミクスとアジア的な東洋思想(静寂)が融合しました。

プロデュースがMachineという人で完全にモダンなインダストリアルの音作りが得意なようで、かなり金属的でヌケの良い音になっています。このアルバム制作前、2001年にアメリカの最先端ヘヴィ・プログレ・バンド「Tool」の前座(!?)でツアーを行った際、ドラマーのパットはその圧倒的な重低音に衝撃を受けたそうです。事実、前作で使っていたパコンというような電子ドラムの音はこのアルバムではまったくありません。確かに、モダン・ヘヴィ・ロックの地響きがするようなアコースティックドラムとハイブリッドさせた感じです。

このアルバム収録曲の中で、リリース以前のライヴ演奏が『ゼロ』だった曲は、「Elektrik」と「Facts of Life」それにタイトル曲の短いアンビエント曲のみで、アルバムのハイライトでもある「Level Five」(Lark'のpartVという想定)や「Dangerous Curves」などは2001〜2002年のライヴ50公演超でセットリストに入っています。

  • The Power to Believe I: A Cappella
    • 分析:ブリューの声をボコーダーで加工した、美しくも無機質なアカペラです。アルバムの随所にテーマとして散りばめられます。
    • 逸話:歌詞は詩人ソング・ハインズの詩「Perfume」から引用されており、フリップ先生がこのアルバム全体のコンセプトとして提示したものです。
  • Level Five
    • 分析:実質的な「太陽と戦慄 第5パート」です。重戦車のようなウォー・ギターの低音と、フリーキーにのたうち回るフリップ先生のギターソロが凄まじい、クリムゾン史上最も凶暴なインスト曲です。
    • 逸話:2001年にアメリカのヘヴィ・ロック・バンド Tool(ツール) と合同ツアーを行った際、彼らのモダンな重低音に刺激を受けたパット・マステロットが、ドラムの音響を極限までヘヴィに改造したことでこのサウンドが生まれました。
  • Eyes Wide Open
    • 分析:前作の刺々しさが嘘のような、アコースティック基調の美しいメロディック・ロックです。
    • 逸話:過激なヘヴィ・パートが続くアルバムの中で、完璧なオアシス(静寂)として機能するよう、フリップ先生の綿密な計算のもとで配置されました。
  • Elektrik
    • 分析:ガムラン音楽(インドネシアの打楽器アンサンブル)のようなミニマルなフレーズが重なり合い、中盤から一気にエレクトロニックなメタルへと変貌するインスト曲です。
    • 逸話:フリップ先生はこの曲の構成を「精密機械が自らの意志を持って踊り出すようなもの」と表現しました。
  • Facts of Life (Intro / Main)
    • 分析:「人生の事実は、誰もが生きて、そして死ぬということだ」という冷徹な歌詞を、グランジ/オルタナティヴ・ロック的なザクザクとした歪みきったリフに乗せて吐き出すヘヴィ・ナンバーです。
    • 逸話:スタジオ録音よりも前にライヴで何度も演奏され、その都度リフのテンポやブリューの歌唱法が「より攻撃的」に変化していきました。
  • The Power to Believe II
    • 分析:東洋の縦笛(尺八など)を思わせるシンセサイザーの音色と、サウンドスケープが織りなす、深い瞑想のようなインプロヴィゼーション曲です。
    • 逸話:フリップの東洋思想への傾倒が最も色濃く出た曲であり、激しいメタルの合間に「静寂の力」を提示するための重要なピースでした。
  • Dangerous Curves
    • 分析:静かなミニマル・リフが、数分間かけて一切途切れることなく、狂気的な大音量へとクレッシェンド(だんだん大きく)していく恐怖を煽るインストです。
    • 逸話:1973年の「ノー・プッシーフッティング(ブライアン・イーノとの共作)」のアイデアを、メタル・バンドの編成で再現するというフリップ先生の長年の実験が結実した曲です。
  • Happy With What You Have to Be Happy With
    • 分析:意図的にニュー・メタル(リンキン・パークなど)のパロディのような、単純で激しいリフを取り入れた曲です。歌詞も「ここでヴァース(Aメロ)を歌い、ここでコーラス(サビ)に入る」と、商業音楽の定型を皮肉っています。
    • 逸話:ブリューは「現代の型にハマったロックへの不満」をぶちまけましたが、フリップ先生はその皮肉の効いたヘヴィネスを絶賛しました。
  • The Power to Believe III & IV
    • 分析:アルバムの最後を締めくくるサウンドスケープと、再び現れるアカペラのテーマです。激しい嵐が去った後のような静けさをもたらします。
    • 逸話:このアルバムの完成後、ツアーの過酷さと音楽的限界からトレイ・ガンが脱退を表明。結果としてこの曲は、トレイ・ガン在籍期の「ヌーヴォ・メタル・クリムゾン」の美しい葬送曲となりました。

以上。

 

これで、アルバムからKCを把握するというメモは終わりです!

これ以降のKCの活動、つまりフリップ先生の生活は、アルバムまたはスタジオレコーディングにはほぼ興味を示さなくなりました。

要するに、新しい曲や試みを鍛えて洗練させていくという場がライヴだという考えではなくなりました。創作意欲はほぼなくなったということですね。いや、正しいです。ポーキュパイン・ツリーという、KC及びピンク・フロイドの正統的な後継プログレバンドのこれまた現代におけるサイコーのドラマーと目されているギャヴィン・ハリソンにアレンジとパート分けを任せた、「トリプルドラム」構成のライヴバンド=KCでの活動では、もっぱら既存のレパートリーの新アレンジを披露するという“お金の取れる完全な趣味”の活動になりました。

私のようなノスタルジックな感覚に浸って一人でニヤニヤするファンに向けての救済のようなものですね〜

とても、ありがたいことです!

 

・・・図らずも、2回に分けてしまわなきゃいけないほどのメモでしたね。

頑張ったキミ(...もしいれば、の話ですが)、本当にお疲れ様でした...笑

 

最後に、あなたがもうKCの音楽の一才を記憶から失ってしまったと仮定して、つまりこれから初めてKCを聴くと想定して、

全ての期におけるアルバム全13枚を聴くおすすめの順番をメモっておきます!(私の好きな順ではありません、悪しからず)

 

【KCを初めて聞くというキミにススメる視聴順番】

 

①Starless and Bible Black「暗黒の世界」(1974年)

②The Power to Believe(2003年)

③RED(1974年)

④The ConstruKction of Light(2000年)

⑤Discipline(1981年)

⑥Larks'(1973年)

⑦THRAK(1995年)

⑧Three of a Perfect Pair(1984年)

⑨Beat(1982年)

⑩In The Court of Crimson King(1969年)

⑪Islands(1971年)

⑫In The Wake of Poseidon(1970年)

⑬Lizard(1970年)

 

いかがでしたか?

KC、あらためて伝説というのは、やっぱり、凄いものですねぇ〜!!!!

 

はい!ガムです!

 

英国が誇るプログレ5大バンドのなかのキング・クリムゾン(以下、KC)について、ざっくりと、かつ、しっかりと把握しておきたいメモになります。

例によって、プログレ5大バンドのアルバムリリースの年表を先に上げておきますね!

 

 

KCについては、巷にたくさんの解説や分析がありますし、私自身もけっこうメモってきた感じがします.....私はこのバンドが、プログレ5大バンドの一つというだけでなく、数多のロックバンドの中でもトップクラスで好きなバンドです!

KCについて、ざっくりとかつしっかりと、その音楽を把握したいと思ったとき、どのような観点を中心におけばいいのか?しばし唸りましたが、私自身、あまり他のブログなどで目にしたことがないことをできるだけ盛り込んで、基本的にはできるだけアルバムを紹介するようにして、KCの把握に役立つメモにしたいと思います!

 

【KCはライヴで磨き上げたものをレコーディングするバンド】

 

KCについてまず、把握しておくべきことは少なくともKCの中心であり、ギタリストであり、リーダーであるロバート・フリップが理想としていたのは、“ライヴを通して命が吹き込まれたものをレコーディングする”ことを理想としていたということです。つまり、新曲をレコーディングした後に、お披露目にツアーをする普通のバンドとは真逆です。

例えば、ファーストアルバムに収録されている5曲は、約4ヶ月間で30回以上のライヴ(ファンの間では有名な演奏で知られるハイドパーク公演含む)を通じて「観客の反応を見ながら、完全にアレンジの正解を導き出した状態」でレコードにパッキングされました。すなわち「1stアルバムの収録曲で、スタジオで初めて合わせた曲」は1曲もありません!

この作曲およびアレンジに関するフリップ先生の強固なポリシーを前提として把握していないとアルバムの充実度を把握することに繋がりません。逆の言い方すると、KCをアルバム単位できちんと把握しようとするなら、まずは、“曲づくり(アレンジ)用に組まれたライヴをするためのバンド”単位で把握するとわかりやすい、と考えてます。まぁ、フリップ先生の“理想”がそれほど容易く叶うわけでもないですし、理想が叶ったとしても作品のクオリティが高くなるわけでもないんですけどね。

では、そういった大前提を踏まえた上で、実際のアルバムに収録された「音」についてできるだけ言語化する試みに挑みながら、簡潔にざっくりと、アルバムの把握を試みたいと思います!

 

⚫️KCを把握する<①名作の1stから4枚目までの“生き物キングクリムゾン”の黎明期>

 

・【1st.】フリップ先生の理想通り、30回超ものライヴ演奏で曲作りとアレンジを納得いくまで詰められたファーストアルバム

・【2nd.】ファーストにもれたライヴレパートリーの2曲とスタジオで付け焼き刃で作曲された3曲のセカンドアルバム

・【3rd.】新たなベース&ドラムを迎えたがすぐに空中分解...で、スタジオでたくさんのゲストと作った100%スタジオ録音のサードアルバム

・【4th.】また新たなメンバーで50回超のライヴで出来上がった4曲にフリップ先生作のインスト1曲を加えて作った4thアルバム

 

つまり、この黎明期において、フリップ先生の理想をまっとうできたのは1枚目と4枚目だけです。

ライヴスケジュールがキツすぎてツアーのたびにメンバーが次から次へと辞めていくので、ファーストアルバム以降はなかなかライヴそのものをやるメンバー=「バンド自体」が固まらなかった(つまりバンドが無かった...汗)ようです。セカンドやサードに収録された楽曲のライヴ演奏が少ないのはそんなわけです。

 

では、アルバム単位をできるだけざっくりとメモっておきますね。

 

【歴史を変え、ジャンルを創った『クリムゾンキングの宮殿』】

 

1969年「In the Court of the Crimson King」

 

プログレッシブ・ロックというジャンルはこのアルバムから始まったと言っても過言ではないと思います。それくらい名盤です!

このアルバムの中に収録されている5曲の“即興パート”の演奏も、何度もライヴで演奏することで磨き上げられ計算され尽くされたものです...どこが即興やねん...笑

 

まず、このアルバムは全て名曲ですし、全て完璧な演奏です!私も最初に聴いた時は本当に痺れました!

それは間違い無いのですが、個人的な好みで言うと、そんなに好きじゃ無いです...笑

理由は、最初のメンバー、ドラマーのマイケル・ジャイルスのプレイがところどころ嫌いなのです。そして、もう一つ、そもそも私はグレッグ・レイクのウタがあまり好きでは無いのです。

 

ただ、私の好みとは関係なくこのアルバムが名作中の名作なのは言わば“歴史的事実”で、ロバート・フリップが語る「ライヴで叩き上げてからレコーディングする」という理想が、歴史上で最も完璧な形で実行されたのがこのファースト・アルバム(1969年10月リリース)です。当時のライヴ(1969年4月〜)における各曲の状況は以下の通りです。

※ロバート・フリップが管理する公式アーカイブDGM LIVEの全公演データが公表されています。

 

◯ファースト・アルバム収録曲のライヴ実績

  • 「21世紀の精神異常者 (21st Century Schizoid Man)」
    • 1969年4月9日の初ライヴの時点ですでに1曲目として演奏されていました。ステージを重ねるごとに即興パートの切れ味やバンドの一体感が極限まで高められ、満を持してスタジオ録音されました。録音前にもっとも多く演奏された曲です。
  • 「風に語りて (I Talk to the Wind)」
    • 前身バンド(ジャイルズ・ジャイルズ&フリップ)の時代からプロトタイプが存在した曲ですが、クリムゾン結成後のライヴでもメロウなインターミッション(休憩)的な位置づけで頻繁に演奏されていました。
  • 「エピタフ(墓碑銘)(Epitaph)」
    • 最初期のライヴからセットリストに組み込まれていました。メロトロンの導入とともにステージ上でのダイナミクス(静と動の対比)が練り上げられていきました。
  • 「ムーンチャイルド (Moonchild)」
    • ライヴでも前半の歌パート「ザ・ドリーム」に続き、後半のフリー・インプロヴィゼーション(即興)パート「ジ・イルージョン」へと繋ぐ形で演奏されていました。ステージ上で毎晩異なる即興実験を繰り返した末のスタジオ録音です。
  • 「クリムゾン・キングの宮殿 (The Court of the Crimson King)」
    • 作詞家ピート・シンフィールドが以前のバンド用に書いていた詞をベースに、イアン・マクドナルドが曲をつけ、ライヴで壮大なクライマックスを飾る定番曲として鍛え上げられました。

 

【ファーストアルバム収録から外された残り2曲のレパートリーと3曲の“地味な曲”『ポセイドン』】

 

1970年「In the Wake of Poseidon」

 

この最初期のKCのメンバー、すなわち、フリップ先生、グレッグ・レイク、マイケル・ジャイルズ、イアン・マクドナルド、そして作詞とステージ演出のピート・シンフィールドの5人のライヴメンバーで演奏したレパートリーの1st収録曲から漏れた楽曲とスタジオで作曲された(つまりライヴで演奏される中で洗練させられなかった)楽曲が収録されたセカンド『ポセイドンの目覚め』はかなり微妙な出来となっちゃいました。ただ、KCのディスコグラフィのなかで英国のアルバムチャート最高位(第4位)はこのアルバムだそうです。英国にとって黒歴史の一つですね...笑

まずは、スタジオで作曲された、つまりライヴで演奏されなかったまま収録された楽曲を並べましょう。

  • A-01「平和 / 序章・終章 (Peace: A Beginning / An End)」
    • アカペラとアコースティック・ギターによる短いボーカル曲で、これもライヴ演奏はありません(※インストの「平和/テーマ」は後年に部分演奏あり)。
  • A-03「ケイデンスとカスケード (Cadence and Cascade)」
    • ※注意:この曲は1970年当時は未演奏です。ただし、1971年の「アイランズ期」になってから初めてライヴのレパートリーに組み込まれました。
  • A-04「ポセイドンのめざめ (In the Wake of Poseidon)」
    • アルバムのタイトル曲(メロトロンを全面に押し出した名曲)でありながら、当時の編成でもその後のクリムゾンでも、一度もステージで生演奏されていません。
  • B-02「キャットフード (Cat Food)」
    • 1969年米国ツアー終盤に書かれたものでこのセカンドの先行シングルとして録音・リリースされました。レコーディングには、ジャズピアニストのキース・ティペットも参加しています。

このセカンド『ポセイドンのめざめ』はA面4曲+B面4曲の全8曲が収録されてますが、A-01、B-01、B-04の3曲は「Peace」という曲の「序章/主題/終章」となっているいずれも2分足らずの曲です。つまり、まともな楽曲5曲のうち、3曲はリリース前には一度もライヴで演奏されておらず、私はその3曲があまり好きではありません。中でもタイトル曲「ポセイドンのめざめ」は構成とアレンジをわりと露骨に1st収録の「21世紀の精神異常者」に寄せていて、この楽曲のバタバタしたドラムアレンジのせいで、私はマイケル・ジャイルズが嫌いになりました。もちろん、1stのドラミングが素晴らしいことは間違いない事実です。

 

 

【フリップ先生の頭の中にあったライヴ感を元に作られた100% スタジオ完結型のサードアルバム『リザード』】

 

1970年「Lizard」

 

1970年後半に制作された『リザード』にいたっては、フリップ先生の理想とは真逆の「完全なスタジオ・ワーク」で制作されたアルバムです。 

  • ライヴでの演奏実績はゼロ
    • 収録曲(「サーカス」「インドア・ゲーム」「リザード」など全5曲=A面4曲+B面1曲)は、リリース前のライヴで一度も演奏されたことがありません。...そもそもレコーディング時にバンドはありません...汗
  • スタジオ内での実験
    • 固定されたツアー・バンドが不在だったため、フリップはジャズ・ミュージシャンなどのゲストを多数スタジオに招きました。彼らにその場で譜面や指示を渡し、コラージュのように音を重ねて構築していく手法をとりました。
    • フリップ自身、のちに「この時期の曲はライヴ・バンドとして演奏して鍛え上げることができなかった」という趣旨の不満や反省を語っています。

この『リザード』について、フリップはのちに「聴き返すのが苦痛だ」といった否定的な発言を残した時期がありますが、フリップの頭の中ではこれらも「ライヴで演奏して命を吹き込むための曲」として書かれており、決して最初から箱庭的なスタジオ実験室で作ることを目的とした曲ではなかったようです。ここまでの3枚は音楽的には、完全に一括りにできる内容です。まとめると、

「セカンドもサードも、基本的にはファーストから続く『1969年のライヴ活動で得たバンドの爆発力や音楽的アイデア』をそのまま具現化しようとした地続きの作品です。ただし、バンドの空中分解によって、それらの曲を『実際のステージでファンの前で演奏し、さらに進化させる機会』が理不尽にも奪われてしまった状態のアルバムです」

 

【ライヴバンドとしての新生KCによるフリップ先生にとって最悪の記憶=4thアルバム『アイランズ』】

 

1971年「Islands」

 

崩壊寸前だったKCですが、フリップはボズ・バレル(ベース/ボーカル)、イアン・ウォーレス(ドラム)、メル・コリンズ(サックス/フルート)というメンバーをオーディションで集め、ライヴ活動を再開します。

  • 過酷なリハーサルと100公演超えのツアー
    彼らは1971年の4月からドイツやイギリスのクラブを回り、10月までに約50ステージをこなしてバンドの演奏力を限界まで磨き上げました。
  • ライヴで練り上げた『アイランズ』
    アルバム『アイランズ』(1971年12月発売)に収録された「船乗りの話(Sailor's Tale)」や「レディース・オブ・ザ・ロード」などは、この過酷なツアーのステージ上でインプロヴィゼーション(即興演奏)を交えながら、アレンジを血肉化していった楽曲です。
  • アメリカツアーと即興への傾倒
    アルバム発売後の1971年末から1972年初頭にかけて、彼らは大規模なアメリカツアー(約40公演)を敢行します。この時期のライヴは、フリップの意図を超えてブルースやファンク色を帯びた激しい即興演奏へと変貌していきました。この過激なライヴの模様は、のちにライヴ盤『アースバウンド』として生々しくリリースされます。

フリップ先生による公式アーカイブ(DGM Live)の全公演記録から当時の実際のステージでの主なレパートリーは以下の通りです。

 

◯新譜『アイランズ』からの選曲(洗練を目指した曲)

  • 「船乗りの話 (A Sailor's Tale)」:フリップ先生の鋭いピッキングが光るインスト曲。
  • 「レディース・オブ・ザ・ロード (Ladies of the Road)」:ビートルズ風のロック曲。ライヴではボズ・バレルのベースとイアン・ウォーレスのドラムがヘヴィで泥臭いファンク・ブルース調のノリに変質していきました。
  • 「ザ・レターズ (The Letters)」:1969年の未発表曲「Drop In」の改作。
  • 「フォルメンテーラ・レディ (Formentera Lady)」

 

◯過去のアルバムから無理やり引っ張ってきた曲

  • 「21世紀の精神異常者 (21st Century Schizoid Man)」:1stより。ボズががなり立てるように歌い、中間の即興パートはブルース・ロックのようなジャム・セッションに変貌しました。
  • 「クリムゾン・キングの宮殿 (The Court of the Crimson King)」:1stより。
  • 「冷たい街の情景 (Pictures of a City)」:2ndより。
  • 「悪の経典 (The Devil's Triangle)」:2ndより。
  • 「サーカス (Cirkus)」:3rdより。

 

◯フリップ先生が最も絶望した「ブルース・ジャム」の定番

  • 「グルーン (Groon)」
  • ・シングル「キャット・フード」のB面だった即興用のインスト曲。ライヴではこの曲やフリーインプロヴィゼーションの時間が異常に長くなり、メル・コリンズのサックスが吹き荒れ、リズム隊が完全にブルースやR&B、ファンクのノリでドタバタと暴れ回るジャム・セッションと化しました。

フリップ先生は「メンバーがKCの精神を理解せず、自分が嫌うブルース風味の泥臭い演奏に終始したため、ステージ上で投げやり(=諦めモード)になっていた」と回想しています。フリップが求めていたのは、ヨーロッパのクラシックや現代音楽に通じる「規律ある緊張感と冷徹な即興」でした。しかし、この時期のメンバー(ボズ、ウォーレス、コリンズ)は、ツアーが進むにつれてステージ上でドラッグを摂取し、フリップを無視してアメリカ的な泥臭いブルース・ロックのノリで楽しそうに演奏し始めました。まぁ、そりゃそうですよね...笑。2ヶ月後に辞めることがわかっているのに上司からの無理やりの指示に大人しく従うアングロサクソン人なんて今でも稀でしょう...笑。フリップはのちに、「彼らがブルース・ジャムを始めたとき、私はステージ上でただメロトロンの鍵盤に重りを置いて、音を鳴らしっぱなしにしたまま腕を組んで突っ立っていた」と語っています。完全にバンドがコントロールを失い、自分の理想と真逆の方向に暴走していくのを、諦めの境地で見つめていたのがこの「アイランズ期」のライヴでした。

 

悲惨だったでしょうね〜。

肝心のアルバム『アイランズ』の内容ですが、A面3曲、B面3曲の全6曲収録されてますが、インスト2曲も含めて全てフリップ先生が基本的なテーマのフレーズやリフを作って、展開やアレンジを中心に、ライヴで肉付けしまくっていったようですね。

一般的にこの『アイランズ』は、前3作の破壊的なヘヴィさから一転し、イギリスの叙情的な風景やギリシャ神話の世界を思わせる「静のクリムゾン」の最高峰として支持されているようですね。クラシック調のメロディ、アコースティックな響き、静寂を活かした空間美、要は室内楽とジャズが融合されているというような捉え方をされてますね。フリップ先生自身は、シンフィールドが持ち込んだメルヘンチックで過度に美しい世界観を、「便所の落書き」「甘すぎる」と酷評しています。もうめちゃめちゃに嫌いみたいで、ピート・シンフィールドをアルバム完成後にクビにしています...汗

私は、楽曲そのものとしてはそんなに悪くはないと思いますが、どの曲もそれほど好きではないですね。それに室内楽とジャズの融合なんて評価はおこがましいとすら思います。一番は、フリップ先生の自作分析ほど激しくはないですが、どの曲も退屈に聞こえ、タイトル曲など「どうですかぁ、この美しさ〜?」みたいな脅迫じみた曲調が気味悪いくらいです。何よりも、イアン・ウォレスとボズ・バレルのリズムがファンクロックすぎていまいちKC聴いてる感じがしません。

 

全曲を短く紹介しますね

① フォーメンテラ・レディ (Formentera Lady)

  • 分析:フルートとウッドベース、そして女性ソプラノ歌手の歌声が交錯する、地中海の島をモチーフにした気だるく美しいサイケデリック・ジャズとでも言えそうな楽曲。
  • 逸話:フリップ先生はこの曲の「まったりとした雰囲気」がクリムゾンにふさわしくないと感じており、シンフィールドの趣味(スペインのヒッピー的なリゾート地への憧憬)を最も嫌った楽曲と言われています。

② 船乗りの話 (Sailor's Tale)

  • 分析:アルバム中で唯一、ファーストの「精神異常者」直系の攻撃性を持つインストゥルメンタル曲。イアン・ウォレスのミリタリー調のドラムと、フリップ先生の「バンジョーをむしり取るような」狂気的なギターソロが炸裂します。
  • 逸話:フリップ自身がこのアルバムで唯一お気に入りの曲。フリップ先生の代名詞である「ピッキング・テクニック」の極致がここにあり、次作『太陽と戦慄』への架け橋となった重要曲です。

③ レディース・オブ・ザ・ロード (Ladies of the Road)

  • 分析:ビートルズの「カム・トゥゲザー Come Together」を思わせるヘヴィなブルース・ロック。メル・コリンズの歪んだサックスと、下卑たコーラスが特徴です。
  • 逸話:歌詞の内容は「グルーピー(熱狂的な女性ファン)との情事」について生々しく歌ったもの。フリップ先生のストイックなキャラクターとは真逆の「性の匂い」がする異色作で、のちにフリップはこの歌詞を非常に恥じていました。

④ プレリュード:かもめの歌 (Prelude: Song of the Gulls)

  • 分析:本物のストリングス(弦楽四重奏)を導入した、純粋なクラシック・室内楽のインスト楽曲。ロックバンドの楽器は一切登場しません。
  • 逸話:フリップ先生が作曲した美しいメロディですが、ライブで再現できないためステージでは一度も演奏されませんでした。

⑤ アイランズ (Islands)

  • 分析:ハスケルに代わってボーカルを務めたボズ・バレルの、優しく消え入りそうな歌声が胸を打つ12分超の壮大なタイトル曲。静寂の中からフリューゲルホルン(管楽器)のソロが響き渡るラストは圧巻です。フリップ先生は間奏でチョロっとアコギ弾いてる他はずっとメロトロンの鍵盤押さえてます...笑
  • 逸話:ベースが弾けなかったボズに対し、フリップ先生が付きっきりでルート弾き(基本の音)を教え込んで歌わせました。フリップ自身は嫌悪した時期もありましたが、この曲の「静寂の美学」はのちにファンからクリムゾン屈指の名曲と称えられています。

 

この後、このバンドはあの歪みまくった低音質のラジカセモノラル録音のライヴアルバム『Earthbound』を出します。

 

1972年「Earthbound」

 

このライヴアルバムは本当にひどい音質でウタはめちゃめちゃ音量デカくて聞き取れる一方、そのほかのそれぞれの楽器の音も明確に拾えないほどですが、内容はちょっと面白くて...汗

4thアルバムをリリースした時点でこのメンバーによるKCは終わり!と決まっていたそうですが、レーベルとの契約でアメリカツアーをこなさなくてはいけません。『アイランズ』という最も優美で静かなアルバムを作ったバンドが、ツアーに出た途端、なぜか真逆の「爆音ファンク・ジャズロック・モンスター」へと変貌してしまいました。

簡単に言えばアメリカツアーのリハーサル中にフリップ先生と3人の音楽的対立が決定破局を迎え、全員が「このツアーが終わったら解散する」と分かっていながら、契約履行のために1972年2月から約2ヶ月間、過酷な全米ツアー「地獄のアメリカツアー」へと旅立ちました。

  • ステージ上での果てしない心理戦
    フリップ先生は厳密な構築美を求めましたが、ボズたちはそれを無視し、ステージ上でファンキーなジャズ・ロックの即興演奏を仕掛けまくりました。
  • フリップの降伏と覚醒
    最初は反発していたフリップ先生も、3人の圧倒的なグルーヴ感と爆音に巻き込まれるしかなくなり、自らも狂暴なディストーションギターで応戦。結果として、誰も見たことのない「凶暴なファンク・クリムゾン」が誕生してしまいました。

とにかく音が酷すぎてちゃんと聞けないのが残念ですが、あの「21世紀の精神異常者」がヘヴィなファンクロックに変貌しています!

4〜5年後ののちに現れたパンクロックを絶賛しているので、ひょっとするとブルースは大嫌いだけど、剥き出しのエネルギーが紛れもなくそこにあるという状態はフリップ先生にとって意外と満更でもなかったのかもしれないですね。

確かに、私も内容的にとても好きになれないブルースジャム主体の音楽ですが、実際にはツアー最終盤ではフリップ先生自身もけっこうノリノリの“ありがちなアドリブ合戦”を楽しんでいたようです...笑。

 

スタジオの限界(セカンド/サード)からライブの喧騒(アイランズ〜アースバウンド)を潜り抜けたフリップ先生は、この「爆音と即興の快感」をさらに狂気的なレベルへと昇華させるため、より強力なメンバーでのライヴバンドの結成に向かうんですね〜...しかも今度はしっかりと人選の基準を設けて。

 

 

⚫️KCを把握する<②最高傑作5thからひとまずの終止符、7枚目までの絶頂期>

 

 

この時期に関して、まずは何が違うのか?なんですが、完全に変わったのがフリップ先生によるメンバー集めの基準です。

それまでは、バンドマンたちをオーディションしてフリップ先生が「加入後に鍛えること前提で」選んでいました。ときには楽器演奏がそれほどでもないにも関わらず、何かとても魅力があるので...という感じで。例えば、グレッグ・レイクやボズ・バレルのウタ。グレッグはアコギ教室でフリップ先生とは古くから顔馴染みです。アコギ弾きでしたが、ピーター・ジャイルズがすぐ脱退したので、ベースを弾かせることにしました。フリップ先生は気に入らなくてセカンドアルバムではベースを持たせていません...笑。ボズはもともとシンガーソングライターみたいなことをやってて、ヴォーカルとしてちょこっと知られていた人。こちらも決まっていたベーシストが急にやめたので、フリップ先生とイアン・ウォレスが付きっきりでトレーニング...などなど。語弊承知でいえば、“加入後にメタメタに鍛えることが可能な人材”探しをやっていたのが4枚目までのオーディションですね。

 

それが180度、意識が変わるのですが、簡単に言えば、これまでのメンバー集めは「フリップ先生が社長として社員を雇う面接」だったのが、今回のメンバー集めは「現状のロック界や今のバンドに不満を持つ天才たちが、フリップ先生の旗印のもとに集結したアベンジャーズ」でした。つまり、すでに“名のある”ミュージシャン連中の集合体という構想を持って、フリップ先生が“自分と同等もしくはそれ以上”と思えるメンバーを集めるという発想です。この先、ウタで採用した人にベースを持たせる...なんてことはもうしません!

だからこそ、フリップ先生の指示を待つまでもなく、スタジオに入る前から全員が火花を散らすようなライヴ活動が可能だったのです。

この天才たちがぶつかり合った結果、翌年のアルバム『暗黒の世界』では「ライヴの即興演奏に、後からスタジオでメロディを重ねる」というさらに異常な手法へ発展します。

 

サウンド的に重要なのは、この時期の言わば“蘇生KC”は7th「RED」のレコーディングに入る前まで、基本的に「管楽器のメンバーを入れない」ことにしていたことです。4thまでのメンバーとは段違いのスキルを持つメンバー構成だったので、管楽器やメロトロンで厚みを持たせるよりも、3つの弦楽器とドラムとメロトロンで、つまり、ライヴですぐにでもできる音構造にこだわっているのが特徴です。

 

【ライヴバンドとしてのピークを迎えたメタル・クリムゾン期】

 

おそらく、ほとんどのKCファンにとってピークはこの時期=俗に言う“メタル・クリムゾン”期でしょうね。

メンバーですが、

◯古くから互いに認め合う同郷の友人でファミリーなどのバンドですでに有能なベーシストとしての名前を確立させていたジョン・ウェットン。

◯イエスというバンドをピークに到達させることに貢献し、その自由度(アドリブ)の全くないライヴ演奏に強い不満を持っていたスーパードラマーのビル・ブルーフォード。

◯ジャズロックバンド「Waves」で、一人だけ曲調やテーマブレイク関係なしに、自由な演奏ばかりしていたヴァイオリニストのデヴィッド・クロス。

そして、

◯フリップ先生が当時崇拝していた、当時のイギリス前衛ジャズ(フリー・インプロヴィゼーション)界の重鎮でフリップ先生自身がアタマを下げて招き入れた唯一のメンバー、パーカッショニストのジェイミー・ミューア。

メタルクリムゾン期に集結した四人のメンバーはまさに、そう、最初からフリップ先生と対等、あるいはそれ以上のスキルを持った独立した個人の集まりでした。

 

この時期にリリースしたアルバムですが、

・【5th.】フリップ先生と同じレベルのスキルを持つメンバーと、30回超の録音前ライヴ演奏で研ぎ澄まされた超傑作5thアルバム

・【6th.】3曲の新曲と、当時のライヴレパートリーにオーバーダビングした5曲を収録した“最もKCらしい恐ろしさ”を湛えた6thアルバム

・【7th.】はじめてフリップ先生が主導権を他人に委ね、ほぼ一発録りのベーシックトラックと多数回のオーバーダビングで完成させた7thアルバム

 

この絶頂期においても、フリップ先生の理想をまっとうできたのは5枚目だけですが、1〜4枚目までとメンバーのスキルが明らかに違うため、ライヴ演奏の録音テープを下敷きに制作した6枚目も、珍しくも先生の意思で、楽曲制作の主導権をウェットンとブルーフォードに任せた7枚目も、恐ろしさを覚えるほどのハイクオリティな仕上がり具合になっています。ちなみに、6枚目収録楽曲の8曲中5曲がライヴ演奏の録音テープをベースにオーバーダビングした作品であることをフリップ先生が公表したのは1990年代半ばのことで、私はそれまでずっと、全曲、スタジオ録音だと思ってました(あんなにすべての楽器の音が違うのにわからないなんて恥ずかしいことですね)...汗

ケタ違いの迫力のライヴとフリップ先生自身ですら制御不能と感じるほどのレベルの“爆音”が特徴の「真のヘヴィメタル」サウンドです。

 

この蘇生したKCは1973年春のアルバム発売前に、1972年10月からイギリス・ヨーロッパで約30公演のライヴを行いました。

  • 観客をポカンとさせた「新曲だらけ」のステージ
    当時のライヴの基本構成は、観客が誰も知らない未発表の新曲(のちの『太陽と戦慄』の楽曲)と、その場でゼロから紡ぎ出される、これはKC史上では初めてのこと、張り詰めた即興演奏(インプロヴィゼーション)でした。過去のヒット曲は「精神異常者」くらいしか演奏せず、観客は息を呑んでその凄まじい音の応酬を見つめるしかありませんでした。
  • ヘヴィ&アヴァンギャルドの極致
    ウェットンの地響きのようなベースと、ビル・ブルーフォードのタイトな変拍子ドラムが叩き出す重戦車のようなリズムの上を、デヴィッド・クロスが弾く狂暴なヴァイオリンとフリップ先生のギターが切り裂く、まさに「戦闘」のようなライヴが毎夜繰り広げられました。

 

【プログレのみならずロックの資産として燦然と輝くアルバム『太陽と戦慄』】

 

1973年「Larks' Tongues in Aspic」

 

それまでのKCのサウンド構成として重要だった管楽器を全排除し、クラシック音楽界におけるストラヴィンスキーのリズムへの新しい挑戦やメシアンやバルトークに顕著な音階に関する現代音楽的アプローチを完全に取り入れた複雑な現代音楽のROCK化アプローチ...メタル質感の鋭いリフとフリー・インプロヴィゼーションを融合させた名盤です。

  • 1. 太陽と戦慄 パート1 (Larks' Tongues in Aspic, Part One)
    • 分析:静寂なカリンバやパーカッションの導入から、突如として牙をむくヘヴィな変拍子リフへと移行する、13分超の動と静の壮大な組曲です。完全にクラシックの音楽家バルトークの「弦楽四重奏」の発想をロック化させたものと言っていいかもしれません。いつ聴いても何かしら新しい発見のある、私にとってKCの楽曲の中でもダントツでもっとも好きな曲です!
    • 逸話:現代音楽的アプローチを取り入れたこの曲は、ジェイミー・ミューアが持ち込んだ数々のおもちゃやガラクタ(金物、鎖など)が不気味な空気感を作っています。
  • 2. ブック・オブ・サタデイ (Book of Saturday)
    • 分析:ウェットンの温かみのあるボーカルと、フリップ先生の哀愁漂うギターが美しい、アルバム中で最も繊細でコンパクトなメロウ・ナンバーです。
    • 逸話:バックで流れるギターの対旋律には、フリップ先生が得意とする「逆回転(テープを逆再生する)」エフェクトが効果的に使用されています。
  • 3. エグザイルズ(放浪者) (Exiles)
    • 分析:デヴィッド・クロスの叙情的なバイオリンとメロトロンが中心となり、哀愁に満ちたメロディを紡ぐ感動的なバラードです。
    • 逸話:初期クリムゾンの「エピタフ」などを彷彿とさせますが、よりダークで引き締まったアンサンブルに進化しています。
  • 4. イージー・マネー (Easy Money)
    • 分析:ヘヴィで粘り気のあるファンキーなリズムの上で、ウタものでありながら、小節のアタマを取ることすらフリップせんs困難な変拍子が特徴、フリップ先生が予測不能なギター・ソロを展開するライブ映えのする楽曲です。
    • 逸話:曲中で聞こえる不気味な笑い声や、水たまりを歩くようなグチャグチャとした効果音は、すべてミューアによる即興の仕掛けです。
  • 5. トーキング・ドラム (The Talking Drum)
    • 分析:クラシックの作曲家リストの楽曲を思わせる、一定の不穏なベースラインとパーカッションが延々とクレッシェンド(音量が徐々に大きく)していき、聴き手を圧倒する呪術的なインスト曲です。
    • 逸話:次曲「パート2」へ緊迫感を途切れさせずに繋ぐため、限界まで音量が上がった瞬間に、クロスの悲鳴のようなバイオリンのスキール音が炸裂して突入します。
  • 6. 太陽と戦慄 パート2 (Larks' Tongues in Aspic, Part Two)
    • 分析:全編が攻撃的なリフの応酬で構成された、ヘヴィ・メタリック・プログレの決定版です。変拍子が複雑に絡み合います。
    • 逸話:この「太陽と戦慄」のテーマはバンドにとって重要な核となり、のちに「パート3」「パート4」「レベル5」へと引き継がれていくことになります。

【大半のベーシックトラックがライヴ録音という実験作『暗黒の世界』】

 

1974年「Starless and Bible Black」

 

パーカッションのミューアが僧侶になるため脱退し4人編成に。本作の大部分はライブ録音の即興演奏をスタジオで緻密に編集・加工した「疑似スタジオ盤」という実験的構成です。1990年代半ばにフリップ先生自身の発言によって多くの楽曲のベースがライヴ録音のものであることが公表されました。フリップ先生にとって、ライヴの凄まじさをどうしたらパッケージングできるのか?ということは永遠の課題のようで、このアルバムではついにベーシックトラックそのものをライヴのテープにしてしまいました...笑。スタジオ録音の2曲(1曲目と2曲目)と曲の後半全てがスタジオ録音の4曲目の3曲も、このメンバーならではの超絶な演奏とアレンジが特徴で、私は発表されるまでアルバムの全曲がスタジオ録音だと信じ込んでました。KCの秀逸なリフ、静謐なメロディが混沌へと導くコンパクトな楽曲が並ぶA面と壮絶とでも言うべきインプロヴィゼーションが繰り広げられる中、恐ろしいくらいの演奏技術の対決が刻まれたB面と、KCの魅力を一気に聴くことができるこのアルバムを、私は“KCを初めて聴く人”向けの最適のアルバムと考えてます。

  • 1. 偉大なる詐欺師 (The Great Deceiver)
    • 分析:緻密に構築されたスタジオ録音曲で、鋭くスピーディーに変拍子が展開する、攻撃的かつキャッチーなオープニング曲です。「21世紀の精神異常者」と肩を並べる秀逸でかっこいいリフとこのメンツだからこそできた奇跡的な即興演奏。
    • 逸話:歌詞にある「バチカン市国で土産物として売られる聖母マリアのフィギュア」という皮肉なフレーズは、ロバート・フリップ先生自身が発案したものです。
  • 2. ラメント (Lament)
    • 分析:物静かなボーカルから始まり、後半に向けて一気に激しいロック・アンサンブルへと変貌を遂げるドラマチックな楽曲です。
    • 逸話:歌詞は「商業主義に魂を売るロック・スターの栄枯盛衰と孤独」をテーマにしており、当時の音楽業界への強い風刺が含まれています。
  • 3. ウィ・ウィル・レット・ユー・ノウ (We'll Let You Know)
    • 分析:グラスゴーでのライブ即興演奏をそのまま収録したインスト曲。ウェットンのルーズでファンキーなベースが主導します。
    • 逸話:タイトルの「追って連絡します(不採用の通知)」は、オーディションなどでよく使われる冷淡な決まり文句から取られています。
  • 4. 夜を支配する人 (The Night Watch)
    • 分析:フリップ先生の奏でる流麗で美しいギター・ソロが全編を彩る、叙情的で気品に満ちた名曲です。
    • 逸話:冒頭のイントロ部分はアムステルダムでのライブ音源ですが、途中で録音テープが切れたため、後半のボーカル部分はスタジオで録音して繋ぎ合わせるという神業的な編集が行われています。
  • 5. トリオ (Trio)
    • 分析:バイオリン、メロトロン、ベースによる、静謐で一分の隙もない完璧な即興のバラードです。
    • 逸話:ドラムのビル・ブルーフォードは、この即興中に「自分が叩かない方がこの曲の美しさが保たれる」と判断し、一打も叩かずにスティックを胸の前で交差させていました。そのため、演奏していないにもかかわらず共同作曲者としてクレジットされています。
  • 6. ミンサー (The Mincer)
    • 分析:チューリッヒでのライブ即興に、スタジオでウェットンの不気味なボーカルをオーバーダビングしたサイケデリックで重苦しい曲です。
    • 逸話:曲の最後で突然音が途切れるのは、ライブ時に録音していたマルチトラック・テープレコーダーのテープが物理的に無くなってしまったためです。
  • 7. 暗黒の世界 (Starless and Bible Black)
    • 分析:約9分に及ぶ完全なフリー・インプロヴィゼーション(即興)曲で、張り詰めた緊張感と不協和音が交錯します。
    • 逸話:アムステルダムのコンセルトヘボウでのライブ録音です。タイトルは詩人ディラン・トマスの劇詩『アンダー・ミルク・ウッド』の冒頭の一節から引用されています。
  • 8. フラクチャー(破滅) (Fracture)
    • 分析:フリップ先生が弾き倒す高速の無調性ピッキング・リフを中心に、バンド全員が極限のテクニックでぶつかり合う11分超のインスト最高峰です。
    • 逸話:あまりの演奏難易度の高さに、ロバート・フリップ先生自身も「演奏する前に精神統一が必要な曲」と語るほど、バンドに高い「規律(Discipline)」を要求した楽曲です。

 

【フリップ先生が主導権を放棄することで“民主的な暴力”を刻んだ超強力なアルバム『レッド』】

 

1974年「Red」

 

KCのアルバムでメンバーの顔写真がジャケットになっている唯一のアルバムです...フリップ先生がマトモな状態なら絶対に実現しないことです...笑

デヴィッド・クロスが脱退し、フリップ、ウェットン、ブルーフォードの3人編成で制作された、解散直前の圧倒的エネルギーが凝縮されたヘヴィ・プログレの金字塔です。いくつかの楽曲は3人で「せーのっ」で一発録りのベーシックトラックです。かなりたくさんのゲスト(デヴィッド・クロスもゲスト扱い)によるオーバーダビングが全編に施されています。ちなみにこのアルバムでは前2作ではなかった管楽器の音も復活しています。

  • 1. レッド (Red)
    • 分析:ヘヴィメタルに通じる重厚なギターリフと、ベースの激しい歪みが融合したインスト曲です。歪んだディストーションの質感が時代を先取りしています。フリップ先生が一人で完全に書き下ろしたリフで、このリフで取り入れられている「ホールトーン」またはジャズでよく出てくる「コンディミ」=オクタトニックスケールの1パターンのコード進行は完全にクラシックの『メシアンの移調が限られた旋法』に則ったものです。ロックではこの曲以外お目にかからないかもしれません。単に“メジャーかマイナーかわからないなんだか変なリフ”で片付けられるところかもしれないです。ベーシックトラックはメンバー3人の「一発録り」です。フリップ先生がギターを3本重ねて分厚くしています。
    • 逸話:1990年代にグランジ・ロックのブームを巻き起こしたニルヴァーナのカート・コバーンが、この曲(およびアルバム)を「人生に最も影響を与えた1作」として絶賛したことで再評価が進みました。レコードリリースまではもちろん、ライヴでの演奏はリフを含めても全くなく、初めてライヴで演奏されたのはディシプリン期(1981年)です。
  • 2. 堕落天使 (Fallen Angel)
    • 分析:アコースティックな哀愁漂う前半から、オーボエやメロトロン、そして激しいサックスが絡み合う、ドラマチックでエモーショナルな楽曲です。スタジオでゼロから構築された曲で、管楽器も分厚くダビングされています。
    • 逸話:クリムゾンとしては極めて珍しい「ストリート・ギャングの抗争で命を落とした弟」という、リアルで都会的な悲劇を描いた歌詞になっています。なお、初めてライヴ演奏されたのは、マルチ編成となった2017年のことらしく、録音からなんと43年後のことだったそうです。
  • 3. ワン・モア・レッド・ナイトメア (One More Red Nightmare)
    • 分析:ハンドクラップ(手拍子)のようなファンキーなノリを持ちつつも、強烈な変拍子とイアン・マクドナルドによるサックス・ソロが炸裂する、推進力のあるロック・ナンバーです。これもベーシックトラックは「一発録り」です。中間のベースソロから後半のサックスが狂い咲く高速ジャズロック展開はオーバーダビングですが、「一発録り」らしいです。
    • 逸話:ブルーフォードがゴミ捨て場から拾ってきたという「割れたチャイナシンバル」を叩いており、そのペシャペシャという独特の金属音が強烈なアクセントになっています。こちらの曲のライヴでの演奏は2014年のトリプルドラム期が最初です。
  • 4. プロヴィデンス (Providence)
    • 分析:アメリカのプロヴィデンス公演でのライブ即興演奏をほぼそのまま収録した、アヴァンギャルドで不穏なインスト曲です。なんと、この世でただ一回だけのライヴ演奏の音源らしいです。
    • 逸話:脱退直前のデヴィッド・クロスが残した最後のバイオリン演奏が記録されており、深い闇を這うような即興が展開されます。
  • 5. スターレス (Starless)
    • 分析:静謐なメロトロンとウェットンのエモーショナルな熱唱、中盤の1音階ずつ執拗に上昇するギターの緊張感、そして後半のサックスが狂い咲くジャズ・ロックへと展開する、12分超の「キング・クリムゾン史上最高傑作」との呼び声高い大曲です。
    • 逸話:当初は前作のタイトル曲になる予定でしたが、フリップ先生とブルーフォードが「曲が良すぎる(美しすぎる)」として一度却下し、アレンジを極限まで練り直して本作のラストに配置されました。この録音直後、フリップは「バンドは終焉を迎えた」として解散を宣言します。

 

キング・クリムゾンを把握せよ!その②に続きます...汗