山梨県甲府市で開催された「YBS大会」に参加してきた。
以前、ムスタングに選手が多かった時代は、
もちろん、ムスタングだけで参加してきた。
選手が少なくなって、参加が危ぶまれた時、
次郎くんが、仲の良かった広田さんに相談した。
「合同チームを作って、参加しましょう。」
ということになり、現在に至る。
6月末から、合同練習をした。
スポーツが好きな子は、性格がさっぱりしている子が多い。
子ども達は、はじめて会った時からうち解けた。
ムスタングの5年生の中には、
東寺方の6年生に、かなり失礼な言い方をする子もいた。
でも、ムッとするようすもなく、仲良く練習をしていた。
なぜ、そうなるのか。
子どもは、誰とでもすぐ仲良くなるから、
という人がいるが、そうではない。
同じサッカーが好きだから、
という人もいるが、そうではない。
同じYBS大会に参加するから、
という人もいるが、そうでもない。
親の愛だ。
子どもは、生まれただけでは、「(立派な)人間」にはなれない。
まわりのおとなに愛されて、
「(立派な)人間」に育ち上がっていく。
親にじっと抱かれた時、
親をじっと見る。
親は、満身の笑顔で見つめ返す。
子どもは、自分が愛されていることを、全身で感じる。
これが、心の安定につながる。
まわりの人間に対して、好意的な感情で接するようになる。
ケラケラッと笑って愛をふりまき、
まわりのおとなは、その愛を受けて、幸せになり、愛を返し、
子どもはその愛を受けて、心が安定する。
ところが、世の中には、
こういう経験を経ないで、大きくなってしまっている子が、
意外とたくさんいる。
心が安定していない。
初めて会った人にはもちろん、
長くつきあっている、例えば級友に対しても、
攻撃的な態度で接してしまう。
「なんで、そういうことを言うの?」ということを言う。
「なんで、そういうことをするの?」ということをする。
とげとげしている。
これは、子どもが悪いのか?
否だ。
明らかに違う。
後天的なことだ。
育てられている中で獲得してきたことだ。
子どもは全く悪くないのだ。
性格が、とげとげしてしまう、では済まない子もいる。
「第4の発達障がい」と言われることだ。
親の対応、指導のまずさから、発達障がいを起こしてしまった子ども達。
反抗挑戦性障がい、反応性愛着障がい、解離、……。
東寺方の子ども達は、かわいい。
もちろん、ムスタングの子ども達も、百草の子ども達も、かわいい。
それは、親に十二分に愛されているからだ。
親から受けた愛を、辺りにまき散らしている、といった感じだ。
「子どもは、親の鏡。」とは、昔の人の言葉だ。
「子どもを見ると、親の育て方が分かる。」というような意味だ。
今回の遠征で、東寺方の子ども達を見ていて、そう思った。
毎年感じていることだが。
もちろん、ムスタングや百草の子ども達にも、同じことを感じた。
遠足の時にも感じたが、つくづく、
私は幸せ者だなあ、と思った。