12月21日(土)

午前は、高学年の練習。

午後は、低学年の試合。

高学年の練習の合間に、ゴール移動をした。

低学年では、重くて大変だろうと思ったからだ。


「何で俺達の試合じゃないのに、運ばなきゃいけないんだよ!?」

そんなセリフが出てきてもおかしくない状況。

実際、12人で運ぶのは、相当きつかった。

ところが、一人もそういうことを言わなかった。

すばらしいなあ、と思った。


試合が終わった。

その後、クリスマス会があるからだろう、

5,6年生や中学生がたくさん来ていた。

「3,4年生だけでは危ないから、一緒に運んでくれ。」

・・・ここでも、文句はもちろん、嫌な顔ひとつせず手伝ってくれた。

これは、本当にすばらしいことだ!


クリスマス会。

たくさんのお母さん方が、準備をしてくださった。

一足先に家庭科室に来た子ども達(5,6年生や中学生)に、

1階の図工室から、いすを30位運ぶように頼んだそうだ。

そこでも、快く運んでくれた。

本当にすばらしい子ども達だ!!


1日に、ザッと数えて3回も!

年上の子が、年下の子を助ける動きをした。

しかも、嫌な顔一つせず!

「ファミリーだなあ!」と思った。


自分のことをするのでも、

「面倒くさい。」

「イヤだ。」

「無理~!」

と言う子をたくさん知っている。


ムスタングの子ども達は、

人のことなのに、そして、

とても疲れることなのに、

嫌な顔一つせずにやった。

やっている時も、やった後も、

当たり前のような顔をしていた。

本当にすばらしいことだ!!


これは、やはり、

親の育て方なのだろうなあ、と思った。


夜のクリスマス会のために、

朝から学校に詰めて、準備をしてくださった。

中には、中学生のお母さんもいらしたそうだ。

我が子はもう卒業してしまっている、というのに!


「親の後ろ姿を見て、子どもは育つ」という。

「親の言うことは聞かなくても、

やっていることは、真似する。」

・・・まさに、それが、この日目の当たりにしたことだ。


お母さん方は、我が子も含めてムスタングの子ども達のため、

と思って準備をしてくださったのかも知れないが、

実は、我が子に対して、「本当にすばらしい子育て」をしていらしたのだ。

この日だけではない。

それを、生まれてからずっとされてきたので、

人のためにすることを、少しもいとわない子が育ったのだ。


「これは、世界に誇れることだなあ。」

と思った。

すばらしい一日だった。

「なぜ勝てないのか。」と言えば、
ほとんどのチームにあてはまる。
「なぜこうも勝てないのか?」と言えば、
少し限られてくる。
「なぜ大敗ばかりなのか?」と言えば、
ムスタングぐらいだろう。

昔は、東京都3位に2度もなった。
全国大会3位のチームに大勝したこともある。
「常勝」だった。
勝つのが当たり前で、負けることはほとんどなかった。
冒頭の言葉を借りれば、
「なぜ負けないのか?」
雑誌の取材も、何度もあった。
本にも載った。
テレビにも出た。

試合なのだから、勝ちもすれば、負けもする。
しかし、1年中負けてばかり、
それも、0-10,0-20という、
サッカーでは考えられないスコアーだ。

失点する場面。
相手がシュートを打とうとしているのに、
体を寄せない。
背中を向ける。
ベンチから見ていると、
いとも簡単に入れられる。
「なんで、あんなんで入っちゃうの?」
不思議な感じがする。

ボールを失う場面。
ボールが正確に蹴れない。
相手に行ってしまう。
トラップが出来ない。
これも、相手にとられる。
ドリブルで抜けない。
相手に奪われてしまう。

これでは、勝てるわけがない。

それでも、練習には、
ほとんどの子が休まないでやってくる。
みんな楽しそうだ。
これでいいのだ、と思ってきた。
でも、なんか割り切れない。
「勝つこと」の気分を味わせてあげたい。
あんなに楽しそうにやっているのだから。
あんなにサッカーが好きだと言っているのだから。


11月16日(土)
5年生チームがチャレンジカップに出た。
久しぶりに勝った。
試合後、
私: 「勝ったじゃん。」
子ども達: 「イエーイ!!」
子ども達の嬉しそうな顔!顔!顔!
やっぱり勝たなければ、この快感は味わえない。

翌日17日(日)
練習試合を計6試合もした。
ほとんど勝った。
メンバーを落としても、勝った。
弱いチームをよんだわけではない。
今までなら、ベストメンバーで闘っても、
歯が立たないチームばかりだ。
なぜ勝てたのか?

一番は、「闘う姿勢」。
9月1日のさわやか杯で、不甲斐ない負け方をした。
相手がシュートを打とうとすれば、背中を向ける、
ドリブルで取られても、追いかけない、
抜かれても、見ている、・・・
およそ、「勝とう」という姿勢が見られない試合だった。
私も、年甲斐もなく、
「勝つ気がないなら、そう言えよ。
そしたら、試合なんか組まないから。」
そんな悪態をついた。
「しばらく、試合は組まないね。
練習の様子を見て、試合を組むかどうか決めるね。」
あれから約2か月半がたち、この日の試合だった。
「試合をやりたい!」
そういう気持ちが爆発したのかも知れない。
「闘う姿勢」
この2日間の子ども達には、確かにあった。
だから、簡単には抜かれなかった。

次に、「ボールコントロール」
トラップが良くなった。
トラップミスでボールを失うことが少なくなった。
だから、次のプレーをゆとりを持って出来るようになった。
トラップが良いから、正確にボールを蹴れる。
トラップが良いから、ドリブルで抜ける。

17日最後の試合は、10点ぐらい差をつけて勝った。
今の6年生チームが5年生の時、
大会初戦、0-20で負けた。
この日大勝したそのチームは、
同じ大会で、予選リーグを突破していたので、
「ムスタングは伸びた。」
ということになる。
事実、間違いなく、「伸びた。」

負けても負けても、
いや、大敗しても大敗しても、
そして私に心ない一言を言われても、
めげずに頑張り続けてきた子ども達。

やはり、子どもは素晴らしい!!!

低学年練習の日の、ほとんど毎日、

五十嵐さんが見えている。

ご自分の子どもは、6年生。

自分の子どもの練習日ではない日に、

五十嵐さんは見えている。


なぜか。

子ども達が寒い中、

体育館の外で待っていることが、

かわいそうでならない、と感じるからだ。


本当に頭が下がる。

こういう時、

「ムスタングファミリー」を感じる。

「他人の子」なのに、

「我が子」同様の愛を捧げている。


これは、まさに、

「言うは易く、行うは難し」だ。

私が、

「本当にありがとうございます!」

とお礼を言うと、きまって、

「ついでですから。」

とおっしゃる。


世の中、暇な人なんていない。

みんな、時間をやりくりして、

毎日を暮らしている。

五十嵐さんとて、例外ではない。

やらなければならないこと、

やっておきたいこと、は、

きっとたくさんあるはずだ。


それなのに、

平日の夕方、時間をさいて、

諏訪小学校に来て下さる。

夕方と言えば、主婦にとっては、

買い物、夕飯づくり、……

一番忙しい時間帯だ。


それなのに、

諏訪小学校に来て、

警備員室に行って、

書類を書き、

私が行くまで、子ども達を見守って下さっている。


おかげで、

子ども達は、寒い中、私を待たないで済む。

それは、駐車場で待っている間の事故を防ぐ。

そして、準備の時間を減らす。

私が諏訪小学校に着いた時には、

網は張られ、平均台は動かされている。

すぐにでも、試合ができる状態になっている。


それを、誰に言われたわけでもないのに、

そして、自分の子どものためではないのに、

黙々とやっていらっしゃる。

本当に頭が下がる。


もちろん、五十嵐さんは、

報酬を求めているわけではない。

「無償の愛」だ。


今、

「自分の子どものためではないのに」

と書いて、あっと驚いた。


「子どもは、親の後ろ姿を見て育つ。」

五十嵐さんのお子さんは、

お母さんの、この高尚な行為を見て育っている。

これは、またとない教育の場だ。


子ども達は、お母さんを、誇りに思うだろう。

尊敬するだろう。

そして、お母さんの行為は、自分の血となり肉となるだろう。

もちろん、五十嵐さんはそんな計算をしてやっているわけではない。

しかし、この高尚な行為が、

五十嵐さんの子ども達を、

さらにグレードアップしていくことは間違いない。


私の教員仲間の全員が、同意した言葉。

「この親にして、この子あり。」

これは、例外がない。



ムスタングをやっていると、

こんなすばらしい光景を目の当たりにすることが出来る。

五十嵐さんに、感謝、感謝だ。