(前回はこちら 。)


電気の伝わり方がうまくいかなくなる病気の1つが「心房細動」です。


心房細動は洞房結節から発生する電気が規則的にならずに、「ブルブル」と小刻みに震えることで起こります。

「ドキッ…ドキッ…」が「ドドドドドド…」という感じになるんでしょうかね?


安静時の心拍数は1分間に70回、多くても100回以下であることに対して、心房細胞の場合は300~500回の速さで小刻みに震え、しかもきちんと心室まで電気が伝わらない場合もあるので、血液が体に流れていかない、ということになるそうです。



そうなると、体は酸素不足、栄養不足になりますから、しんどくなるはずですよね。


さらにはこういうこともあります。心臓の中で血液が滞留してしまうと血液の固まり(血栓)ができやすくなり、その固まりが体に流れていくと血管の細いところで詰まってしまうことがあります。例えば、脳で詰まると脳梗塞、ということになるんですね。


アニメーション が分かりやすいですね)

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「福祉系の医学」、

ずいぶん間が空いてしまいましたが、

心臓の話をしていました。

(以前の記事はこちら 。)


また頑張って書いていきますね^^





心臓の「ドキッ、ドキッ、…」のリズムは、

どこが、どうなっているかというと、

心臓自身がそのリズムを打っているそうです。


だから、体の中から心臓を取り出しても

「ドキッ、ドキッ、…」と動いているらしいです。

あの、切ってもしばらく動いている

トカゲのしっぽ…みたいなのと、

これとは同じなんでしょうか?



…わからん…。



ちなみに、このこと(心臓が自分で動くこと)を

自動能」というそうです。


この自動能、心臓全てがそうなっているわけではなくて、

左右心室と左右心房の4つのうち、

右心房が「ドキッ、ドキッ、…」となっています。


さらに右心房のどこかというと、

右心房と大静脈がつながっている

静脈洞(じょうみゃくどう)というところの

洞房結節(どうぼうけっせつ)というところに

自動で動くところがあるそうです。


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ここの細胞を一つ一つ見ると、

それぞれのリズムで収縮=弛緩を

繰り返しているそうですよ、面白いですね。




洞房結節で発生した電気、

「ドキッ」は、やがて心臓全体に広がります。

どうして広がるか、というと、

細胞には水分が蓄えられて(細胞内液)いますから、

「水は電気を通す」という理屈で

電気が流れていくわけです。


細胞は細胞膜に包まれていますが、

心臓の細胞(心筋細胞)は細胞内液どおしが

つながっているそうです。


だから、他の臓器には電気が伝わらず、

心臓だけに電気を通すんですね。



電気が通る順番で、心臓の収縮の順番が決まります。

洞房結節から発生した電気は、まず心房全体に伝わります。

そうなることで心房全体が縮みます。

すると、心房に溜まっていた血液は心室へ流れます。

次に電気は心室へ伝わって心室が縮みます。

すると心室に溜まっていた血液が血管のほうへ

押し出されるわけです。


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(これは「日本ホスピス・在宅ケア研究会 」のセミナーに参加したときの感想です。)




世の中、スピード社会ですね。現代人は何かと忙しい。でも、なぜそんなに忙しいんだ?という感じですね。

鷲田先生はTVCMが待てなくなったそうです。CMの間にチャンネルをバチバチ変えちゃう、という…(笑)。

その昔は、「このお~木、なんの木、気になる木い~…」という日立のTVCMを毎週毎週、飽きもせずに眺めていた、とか。


あと若い学生が頻繁にメールのやりとりをしているが、あれも「返事がなかなか来ないなあ…」となって、不安になる、とかね。

私も誰かのブログにコメントした後、その返事を待ちわびてコメントの履歴を何回も、何回も開くことがありますね(笑)


ここで印象に残ったのは、「待つこと」と「期待すること」は同じようだが違う、ということ。「期待すること」はあまり良くないらしいですね。そういえば、さっきのコメントの返しなんかは、相手がどんなコメ返しをくれるか、「期待している」状態ですよね。


「待つこと」と「期待すること」の違いをよく理解できた事例を紹介します。川口有美子さんが書かれた『逝かない身体』。川口さんのお母さんALSになられたそうです。その一節を話されました。以下、


━─━─━─━─━─


「最も重要な変化は、私が病人に期待しなくなったことだ。治ればよいが、このまま治らなくても長くいてくれればよいと思えるようになり、その頃から病身の母に、私こそが見守られているという感覚が生まれ、それは日に日に重要な意味を持ち出していた。」


                 ━─━─━─━─━─


このことって、すごいと思いません?私はこのことを“悟った”と言ってしまうんですが。


本を読んでいないのでなんとも言えないのですが、川口さんはALSで1日、1日…と死に近づいていくお母さんを介護されて、病気に対する悔しさ、やるせなさ、介護の大変さ、辛さ、将来への不安感、絶望感などを感じながら、日々過ごしておられたと想像します。

しかしある時、「治らなくても生きてくれる。それだけでいい」と思われた瞬間から「お母さんが今そこで息をしていること」、それが嬉しい、と思えるようになった、ということだと思います。ただ存在するだけでもその価値を見つけた、というのでしょうか。



鷲田先生は、このことを「価値の遠近法」と表現されました。

自分が世界と向きあったとき、その価値を分類すると


①絶対に見失っては(なくしては)ならないもの

②あってもいいが、なくても良いもの

③なくても良いもの

④絶対にあってはならないもの


4つがあり、川口さんの気持ちは、お母さんの病気が「①治らなくてはならないもの」から「②治っても治らなくてもよいもの」に変化したんだ、と説明されました。


また、この価値の組み替えは“待つこと”によって起こるのではないか、ということです。



何かにとらわれて、しんどいとき、なやんだとき、困ったとき。そのときは時間をかけて待ってみる。そうすることで自分で決めつけていた価値に組み替えが起こり悟ることが出来る、と理解したんですが、皆さんはどう思われますか?

俯瞰(ふかん)してみる、ということ同じことかもしれません。



受け身の作法、“待つこと”。忙しい現代人にはなかなか難しいことかもしれませんが、もう一度立ち止まって考えてみたいテーマではあります。



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