前回は>>>こちら 。)



「介護の専門性について」。このシンポジウムで“介護の専門性って何だろう?”という疑問に対する答えが、少しだけでも見えてくることを期待していました。



でも、実際はそうなりませんでした。

正直言って、最後の方は時間が余ってしまって、コーディネーターがパネリストにマイクを渡して「お話しください」。丸投げみたいな事態になってしまっていました。



“残り35分。どうするんだろう…”



パネリストどうしの話は議論の方向性が定まらず、「どんなオチをつけるつもりだ」と、本来の目的とは違う興味を持って、話の行方を聴いていました。



そして、残り10分を切ろうとするその時、私の左斜め後ろから「よろしいでしょうか?」という声が!



声を聞いた瞬間に「この人、苛立っているな」と、すぐに分かりました。



「話の腰を折って大変失礼なんですが、会場から意見を言う時間はないでしょうか?」とその男性は言いました。



コーディネーターは、「このシンポジウムは、現場の人ではない立場からの意見を聞く、という趣旨なので、会場からの質問はお受けできません…。」と男性の意見を断りました。



しかし、男性は「介護の専門性を議論するのに、現場の介護職がいないのはどうかと思います。」と、なおも食い下がります。



“おっ、やれやれ!^^

また新しい楽しみが始まりました。



パネリストは、昨日も書いたとおり、新聞記者、大学教授、そして医者の3名です。

誰だったか、忘れてしまいましたが、3名のうちの誰かがコーディネーターの断りを袖にして、会場の男性が意見することを促しました。



男性は20代後半か30代前半だったと思います。若いのに、すらすらと自分の意見をしっかり話しました。

その意見を要約すると、専門性がないばかりに人材が他に流出してしまう。意欲のある優秀な人たちは医師やリハビリ職を目指してしまう。



ということと…。



あ~~、時間がなくなってしまったので、今日はこれにておしまい。続きは明日^^



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昨日はケアマネ試験、お疲れ様でした。

すべてを出し切った人も出せなかった人も、満足できた人もそうでない人も、まずは合格結果が出るまではどうしようもありませんから、肩の力を抜いて発表の日を待ちましょう^^



ところで、秋は「勉強の秋」とも言いますか、10月に入ってから何度となく研修会に参加しています。

本当にこの季節は研修会が多いですね。



今日の記事は、前回書いた「幸福とは何か?」と同じ研修会で行われた別のカテゴリで聴いた話です。


「介護の専門性について」というものです。


どうしたら、介護の専門性を上げることができるか、という、これもとっても難しいテーマです。



あまりにも難しいテーマなので、情報提供だけに留めて私見は控えておきます。



このシンポジウムに登壇されたのは、

小畑洋一;読売新聞社会保証部部長、

笹谷春美;北海道教育大学札幌校教授、

社会福祉法人に勤める医師、の3名でした。



小畑氏は、①できっこない、を可能とする、②家族にできないことをする、これが専門性である、と言われました。

何を根拠にそう思われたかというと、口から食べられない人をリハビリやケアによって再び食べられるようにしたケアを見たとき、だそうです。

こういうことが家族には絶対できない、と。



それと、2030年にむけて東大&大企業がスクラムを組んで、aging in place(エイジング・イン・プレイス)~豊かな社会であるために~」という、産学協働プロジェクトというものを紹介されました。

ちょっと調べてみたら、「東京大学高齢社会総合研究機構設立構想」というもののようです。

ご興味のある方は、こちらをどうぞ



笹谷氏は、フィンランドの介護職資格の教育カリキュラムについてお話しくださいました。

その資格を「ラヒホイタヤ」といい、3年間の教育を受ける必要があります。

ラヒホイタヤの教育カリキュラムは、始めの2年間で9つのさまざまな資格に必要な教育を受けます。

9つの資格とは、日本で言うところのホームヘルパー、保育士、救急救命士、歯科衛生士…。

インターネットで調べてみたら、その他にも障害に関する資格に対する教育などが受けられるようです。


その2年間が終わると、自分が専門的に勉強したい分野を決めて、残りの1年間でその勉強をする。そういう資格だそうです。


とてもユニークな教育カリキュラムですね。

どんな内容なのか、もう少し知りたくなりました…。

が、調べていません(笑)




(続く。)

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はてさて、今日はこの辺で。続きは明日。

昭和30年(1955)頃、日本の経済成長率は年10%を超える好景気だったそうです。まさしく高度経済成長の時代です。


昭和39年(1964)、アジアで初めてのオリンピック、東京オリンピックが開催されることに伴い、高速道路、東海道新幹線の整備など、日本は大きく変わっていきます。



日本は第2次世界大戦の敗戦をバネに、欧米諸国に追いつき・追い越せで、経済はもとより、「福祉国家」の目標を掲げて、さらに社会保障の整備を行います。



その頃は国民の生活水準も上がっていましたから、貧困を助ける(救貧(きゅうひん))の考えにプラスして、貧困になるのを防ぐ(防貧(ぼうひん))という考え方を取り入れる政策をとっていきます。


防貧対策の主となるものが、社会保障制度の中の「社会保険」です。



昭和30年代に国民健康保険法や国民年金法が制定され、昭和36年(1961)に「国民皆保険・皆年金」の体制が確立されます。これで、全ての国民が医療保険と年金保険に加入することになり、病気になっても医療保険が、高齢になって働けなくなっても年金保険がその人の健康や所得を守ってくれることになったのです。



国民全員がこれらの保険の恩恵を受けられるように、いろいろな条件に対応していきました。その結果とても複雑な制度になってしまい、混乱の元になっていることは否めません(汗


が、アメリカのように公的な保険に入れない人たちがたくさんいる国と、わが国を比べると…どっちがいいですか?^^




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