私たち介護・医療に携わる者たちは

私が今さら強調するまでもなく、

十分に「身体」・「社会」の両面に

アプローチをしている、というお話を

したいと思います。

まず、こんなお話。


たとえば、治療の甲斐なく、

終末期を迎えている人に対して

医師はこんなことを言います。

「今のうちに会わせたい人に

連絡しておいてください」と。


医師は身体面に関しての

先頭に立つ専門職ですが、

専門分野で手を尽くして

いよいよ、その体が失われて

いこうとするとき、最後に

身内や親しい人たちとのつながりを

つけてさしあげようという言葉を

発せられることが多いです。


これは、人間にとって、

身体面と同じくらい社会面が大事である

ということを無意識にでも

自覚しているからなんでしょう。


また、看護師についても、

身体面へのアプローチは当然、

患者さんの精神面のアプローチ、

…といいますが、実際におこなわれていることは

看護師自身が寄りそうことで

患者さんにとっての社会的存在になっていたり、

家族との架け橋になったり、生活環境を整えたり

というように社会的、環境的な側面への

アプローチになっています。




では、介護職ではどうでしょう。

「介護」という文字に込められている

意味を次回に紹介しましょう。

「身体」・「社会」・「精神」の

3つの関係性について

こんなお話もしておきたいと思います。


「身体」の改善が「社会」の改善に、

「社会」の改善が「身体」の改善に、

それらが「精神」へ良い影響を与える、

というお話です。




どういうことかというと、

「社会性」を高めるためには

「身体」的に良い状態でなくては

いけません。


ごく簡単な例をあげれば、

移動するのに全介助状態である人が

社会的な交流を図ろうとすると、

誰かの手を借りなくてはいけません。

本人の社会性に介助者の都合が

入り込んできてしまうわけです。

移動が自立している人のほうが

だんぜん社会性の獲得に近いわけですね。


もちろん、インフルエンザにかかっている人は

会社や学校を休まなければいけません。

「身体面」の不足が「社会性」に影響してしまうのです。




いっぽう、「社会」の改善が「身体」に

影響する、という話は、例は少ないかも

しれませんが、こういう話があります。


とある通所リハビリでのお話。

脳卒中で片麻痺の残ったAさんがいました。

Aさんは料理講師をしていましたが

障害を負って自信を失い、講師の仕事が

できなくなりました。

(「身体」の障害が「精神」に影響し、

「社会」面を損なった、ということですね)

ある日、通所リハビリの職員から

「障害がある人でも調理ができる方法を

考えてみてくれないか」と提案されて、

道具を開発したり、やり方を工夫したりして

やがて「障害がある人でもできる料理教室」

というものを開くことができたそうです。


それだけではありません。

Aさんは麻痺した右手が

少しずつ動かせるようになったのです。


これは、さっき言った

「社会」面を整えることによって

「身体」面が改善された事例です。

その間には”意欲”という「精神」面が

改善されていることは言うまでもありません。


これはレアケースなのかもしれませんが、

例えば50代のバリバリ現役世代で脳卒中になり、

会社への復帰を目指してリハビリへの意欲があふれる

というのも「会社への復帰」という社会的な目標が

明確にあるからこそ、身体機能を改善させるべく

モチベーションがすでに整っているということです。


ほかにも障害を負っても応援してくれる妻がいるとか、

元気になって旅行がしたいとか、

元気になりたいモチベーションは周囲の環境がよい

ということが条件に上げられると思っています。

孤独で孤立した状態で、その上障害を負って…

という方が辛いリハビリに耐えて頑張る、

という姿は想像できませんよね?


「身体」・「社会」・「精神」の3つは

お互いが関係性を持っている。

そのことを意識して(Zさんはここが不足して

いるが、こうすれば充足するのではないか)と

いうようにマネジメントしていくことが

まさに「ニーズに対応するケアマネジメント」

なのですね。

ケアマネジメントの目標は、

「精神面の向上」であるが、

そこに直接アプローチするんじゃなく、

「身体面」・「社会面」から取り組む、

といった私の考えはどうでしょうか。




なかには(あたりまえじゃん!)と

思う人もいるかもしれませんね。


そうです、とくに目新しいものじゃ

ありません。

ただし、「あり方検討会」でさえ、

「自立支援の定義は?」みたいなところで

議論がちっとも進まなかったことを考えると

ちょっと整理されてる感じがしませんか?



この私の意見を補強してくれる根拠を

いくつか紹介します。




これももっともなんですが、

要介護者のほとんどが…、

いや、全部と言っても良いでしょう。

「身体面」・「社会面」のいずれか、

あるいは両方を喪失している

というところです。




「高齢期は喪失期」という言葉があります。

イヤ、私が作りました(笑)


人の一生を考えてみてください、

生まれてからしばらくは、

親などの大人に世話にならなければ

生きていくことができません。

いわば全介助状態。



それが次第に自分でできることが

ふえていきます。

食べること、歩くこと、服を着替えること

トイレに行くこと、お風呂に入ること。

いわゆる身体的な自立ですね。


それから社会性を身につけることも

生まれてすぐにはできません。

はじめは母親との関係。

くやしいけれど父親との関係が

はじめになることはあまりありません(苦笑)

そして家族との関係。

父親、祖父母、兄弟姉妹。


やがて家の外を出る時期が来ます。

ご近所、保育園、幼稚園、学校。

そして、成人すると多くの人が

社会人になっています。


会社の中でも同期、先輩、後輩

他部署の人、他会社の人、

仕事以外のオフタイムにも

趣味やサークル活動などで

いろいろな場所に所属することって

少なくありません。

いろいろな関係を作って生きているのが

私たち人間なんですね。




それが高齢者になってくるに従い、

身体面での老化や疾病に加えて

社会的な関係性は次第に減っていきます。


身近なところでは仕事からの定年、引退

両親、配偶者、友人たちの死。

子供たちの巣立ち。


このような経験が気力の低下や

落ち込みを生むのでしょう。




このように考えると

「身体面」「社会面」の喪失が「精神面」に影響を与える、

ということが理解できるのではないでしょうか。