前回の例で言うと、

家族との関係が本人の人生を

左右しています。


家族関係というのは、

生まれてきた赤ちゃんが

真っ先に経験する社会関係と

言われています。

そこで初めて人間関係を知り、

成長するにしたがって、だんだんと

その範囲を拡げていくわけです。


ところで、

人間関係が作れた、

というのと、

まったくの赤の他人のまま、

というものの境界線は

いったいどこなんでしょうか?




まるで「友達と恋人との違い」みたいな

ことを言っているようですが(笑)




これが分からないと

「社会関係の構築」なんて

言ってみたってダメです。

私たちは「社会関係の構築」を

お手伝いするわけですが、

それじゃあ漠然としているので

「じゃあ、それってどういうことなの?」という問いに

答えられないといけないわけです。



たとえば、

はじめてデイサービスに来られた利用者さんが、

ほかの人との人間関係を築いたときって

どういうときなんでしょうか?


同じテーブルに座ったとき?

AさんがBさんに声をかけた瞬間?

一緒にレクをしたとき?

自分ちの息子や嫁さんの愚痴を言いあうとき?笑




そんな話をしていきたいと思います。

先日、こんな出来事がありました。


ひとつは、がんで入院していた80歳の男性。

遠方からもどってきた娘と面会した次の日の未明、

ひっそりと亡くなって逝かれたこと。


ふたつめは、本人の同意のないまま、

サ高住に入居された85歳の女性。

みるみる体調がおかしくなり、

入居2週間後に病院へ入院されたこと。




「病は気から」ということわざがありますが、

この男性と女性、いずれも精神的な影響で

男性は亡くなり、女性は入院となってしまった、

そう思えてなりません。


そして、精神的な影響をもたらしたものは

男性はなかなか会えない娘と会ったこと、

女性は家族から見放されるかのように

施設に入られたこと。


どちらも家族との関係が

もたらした影響であろうと

想像できます。




つまり、私が前から言っているとおり、

精神面に影響を与える大事な要素が

社会的な関係(例の場合は家族)である

ということになるのではないでしょうか。




さて、この社会的な関係について、

考察を深めていきましょう。

立位、座位の重要性を

考えてみたところで、

「じゃあ、車イスはどうなのよ」

ということを考えてみたいと思います。



車イスで座ることは寝たきりにさせるよりは

まだマシ、という程度のもので

「それじゃあ”寝たきり”じゃないけど

”座りきり”じゃないか」と指摘されることが

多くなっているように思います。


みなさんは「シーティング」という言葉を

ご存じでしょうか。

車イスでの座位の悪いところを

クッションなどの道具で補って

長時間座ることで起こる褥瘡や骨が変形する

危険性を回避したり、疲れや痛みを

やわらげて、より快適な生活を

送っていただこうというものです。


たしかに、車イスは折りたたみのために

座面と背もたれはクッション性のない

布張りのシートが使われています。

折りたたむ想定で作られている車イスは

やはりそうせざるを得ません。

しかし、あれに長時間座ることは

大変な苦痛です。

私も座ってみたことがありますが、

何度もお尻の位置を換えなければ

とても座ってなんかいられません。

ましてや麻痺があり、そんな自由が

きかない利用者さんだったら、

と思うとぞっとします。


というわけで、

その苦痛を取り除くためにシーティング

という方法論はすばらしいと思うんですが、

ちょっと待てよ。




そもそも、折りたたみを想定する

車イスってことは、どういうことだろう、

ってみなさんは思いませんか?


私は、長時間座ることを想定していない、

と思うんですがいかがでしょう。


「当たり前」って思わないで

(なるほどな~)って思ってもらえれば

私は嬉しいです(笑)

でも、大事なところです。




あの、よく見る折りたたみ車イスは

長時間座ることを想定していない。

だから快適な座位を提供するために

シーティングだ、という解決方法がひとつ。


そして、もうひとつの解決方法は

車イスはあくまでも移動するのに

使うことが目的だから、

移動したら移動した先にあるイスに

座り替えましょう、ということ。


後者であれば、立ち上がる力、

立位を保持する力、体の向きを変える力、

座るときに使う力、を使います。

そして、同時に足の関節を動かすので

拘縮予防にもなります。


車イスで座り続けることは

そういった力を発揮させない、

また姿勢を変えられない辛さ、

という面があり、×だと思います。


また、シーティングも

快適さは提供できるが、

先ほど示したような力を

発揮できないのだろうと思います。


さらに以前の記事で、立つこと・座ること

の重要性を言っている私にとっては、

座る姿勢を自力で保つことで

脊柱を支える筋肉を維持するとすれば

シーティングではその力を養えない、

と私は思っています。

(もし、認識違いであれば

教えてくださいm(_ _)m)




車イスは座る形はしていますが

本来的に座る道具ではない、

移動する道具だという認識に

変えていく必要があると思うんですが

いかがでしょうか。


ただ、誤解のないようにつけ加えておくと、

脊髄麻痺などで下半身が麻痺し、

移乗動作が困難な方等の場合、

私が言っているるような座り換えの介助は

あまり意味をなさないのかなあ、と

考えたりします。

そういう方こそシーティング技術の

出番かな、と思います。