素っ裸になって肌寒さを感じつつ湯船にちゃぽんと脚を突っ込む。


徐々に身体をしゃがめて湯船に浸っていく。


五臓六腑がじわじわと温まるような心持ちがした。


のけぞり返るように空気を吸い込むとヒノキの青々とした香りがする。


やはり日本人なら風呂が一番だ。




「おはよう」


 まぶたの上から差し込む眩しいくらいの光に目を細めながら心の中で誰に言うでもなく呟く。


今日みたいに天気の良い朝は胸も躍るようにうきうきとしてしまう。


目覚めが良かったせいかすうっと身体を起こして立ち上がると窓を思いっきり開けた。


すると、晴れ晴れとしたような空気が流れ込んでくる。


その空気を胸いっぱいに吸い込みゆっくりと吐き出す。


ぼくは生きている。


当たり前だけど、この忙しい世の中でそんな事を感じられる瞬間がどのくらいあるだろうか。


ぼくはこうやって自分の生を再確認するのだった。




 布団に入り込んで眠れない夜はほとほと困る。


寝る前に本なんかを読んでいるとすぐにまぶたが重くなって眠れるのに……。


じゃあ、本でも読んでみるか。


――と思って本を読み始めて早一時間。


こんな時ばかり、本を読んでも眠気は襲ってくれない。


自分のことなのに、なかなか自由にならないものだなあ。






 きらきらと光る神田川の水面。


 ここはちょうど川が屈折しているところで、神田川を中心としたシンメトリーのような美しい眺めを堪能できるお気に入りの場所だ。


左には青々とした樹木が風になびいて子供のようにはしゃいでいる。


右に見える遊歩道に午後のひと時を暖かい太陽に誘われて散歩に出たような老夫婦が目に入った。


老紳士が川でぼちゃりと音を立てる鯉を杖片手に指差しながら、隣の老婦人に何かを話しかけている。


「わしも若い頃はあのくらい元気じゃった」とでも言っているのだろう、老婦人が口元を綻ばせて微笑を浮かべている。


ぼくはそんな長閑な光景にぼんやりと頬杖をついていた。


ゆっくりゆっくりとした空気が流れる。


こんな時間がいつまでも続けばいいな。





 激しく腕を上下に振り回す指揮者の動きにぼくは釘付けだった。


 その動きは機敏でありつつもふわふわとした円やかな動きを見せた。


オーケストラのリズムに心地よく重なるように甘みを帯びた動きにうっとりとしていると、途端に激しいリズムに転換する。


 つまりはメリハリがすごいのである。


ふとバイオリン奏者に視線を向けた。


指揮者の動きに身体を合わせるように弦を奏でると、ぼくの耳元に透き通るような高音の空気が伝わってくる。


 そうかと思うと、コンバスの重厚な響きが胸に響いてきた。


なんとも心地の良い気分だ、ぼくは寝入ってしまいそうな気持ちに胸躍らせていた。


いや、実際には少し寝入ってしまったのだが……。


奏者の方に大変失礼なことだった……申し訳ない。