ピラティスのようなMovementを教えるインストラクターは、クライアントに運動を教えるだけでは不足を感じ、次は手技を…となる傾向が多いように感じます。ピラティスインストラクターであり、さらにヤムナやロルフィングなども学んでいる人はたくさんいます。
私自身、最も身近にいる主人が結構な胸椎後湾型で、うつ伏せも仰向けも難しいなあ、手技でなんとかしたいなと思ったことがあります。仕事から帰って疲れている時に、しんどいピラティスをさせるのも可哀想だし。そこで手技ではないですが、ヤムナボディローリングというボールに乗っかり筋肉の起始から停止に向かって転がす「セルフマッサージ」みたいなものを学びました。これは良い勉強になりました。(しかし、実際ピラティスセッションでは使っておりません。今のところ1時間のセッションの中ではそういうのをゆっくりやる時間がないので。)
学び続けることは素晴らしいし、私もヤムナのコース受けて良かったなあと思うのですが、このごろはインストラクターが手技を行うことに疑問と違和感を覚えています。第一法律で認められていませんし。(別の側面からものごとを見るきっかけになったので、そういう意味でも一度手技っぽいものをやってみて良かったです。)
なぜインストラクターは手技が欲しくなるのか

クライアントを見ていて、あれもやってあげたいこれもやってあげたい、自分にテクニックがあればこの人をもっと良くしてあげられるのに、という思いからでしょう。
しかもポールスターピラティスではPTさんと一緒にコースが進行し「これはPTしかやっちゃダメですよん

」みたいなことがたくさんあるため、スタジオインストラクターはどうしてもそういったことをコンプレックスに感じやすくなってしまいます

腸骨の中に指を突っ込んで大腰筋を触るとかワークショップなどで何回か経験しましたが、クライアントにそれをするのはいけません。また、手技に限らず私達は治療をすることは許されていません。「腱鞘炎だけれどギターが弾きたい」という訴えのあるクライアントには、「私は腱鞘炎を診ることはできないため、愁訴は医師へお願いします」と言う必要があります。もしそれでクライアントに「役立たず

」と思われたとしても、それは仕方ありません。
私は、それをコンプレックスに思う必要は全くないと思います。しっかりと自分の領域と境界線を理解しそれ以上のことは行わない、それがプロだと思います。自分の領域内で最大限のことをすれば良いのです。腱鞘炎の箇所を保存しながら行えるエクササイズはたくさんあります。一部分にフォーカスするのではなく、Full Bodyの向上を目指すのがピラティスです。
それにしても、こういった境界があるからこそ医療と運動の現場がより近づくと良いのですけどね。また、このような考え方は西洋医学的で、東洋医学ではもっと包括的というか境界線もなくヒーラーがどんなことでも引き受ける伝統的な治療スタイルであると思います。私達は日本人なので、そういったものが血の中に脈々と流れているのかもしれません。しかし現在の医療制度は西洋医学に沿ったものですから、誤って人を傷つけないため、また自分を守るためにも境界線の意識を持つことは必要だと考えています。
偉大なヒーラーになりたい、目の前のクライアントに全てを満足してもらいたいという思いはもちろんあるのですが、治療から運動までなんでも行うとなると、一つ一つの仕事のクオリティーが下がることは容易に想像できます。運動を担当する人、治療を担当する人 各自がそれに尽力し、それぞれが学ぶことも一点に集中し、そして連携をとっていくのが私の描く理想です。
この話題についてはまた続きます。
横浜のちいさなピラティススタジオ、メタモルフォーゼ。
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