ポーターのローカーボダイエット実践記 -54ページ目

妻と娘の協力に感謝

前回は、娘がローカーボの丸いパンをを作ってくれましたが、今回は妻が食パンを作ってくれました。
ポーターのローカーボダイエット実践記
大豆粉とふすま、それにグルテン、ラカント他で味付けしてあります。


今日の夕食に早速いただきました。


先日、薬局で買ってきたローカーボパンより、柔らかくてもっちりしていて、とても美味しかったです。ホームランクラスの美味しさです。


これなら、ローカーボ食も全く苦になりません。


多少の炭水化物を含む大豆粉が入っているので、一個だけにしようと思いましたが、あまりにも美味しくてもう一つお代わりをいただきました。


それに加えて、ポークソテー2枚と、ツナサラダ、味噌汁で満腹です。


飢餓本能によって炭水化物を際限なく食べてしまう「糖毒」は、完全に抜けたような気がします。


本当に、妻も娘も良くしてくれます。感謝です。


インスリン注射を一日に4回も打たねばならなくなった妻の友人にも、一刻も早くローカーボ食で糖尿病を改善してほしいと願うばかりです。



HA1C=9、インシュリン注射4回/日

HA1C=9、インシュリン注射4回/日。


これは私の数値ではなく、今日妻が会ってきた48歳になる女性の友人のものです。


数年前から糖尿病を発症し、本人の不養生もあったのでしょうが、次第に強い薬になり、それでも血糖値は下がらず、遂にインシュリン注射に移行したとのこと。


彼女が掛っていた病院は、この地区では最高レベルの医療を行っていると言われる、旧帝国大学の付属病院。


そんな病院に通院しながら、ここまで悪化してしまうとは、現在の治療法の限界を示していると判断せざるを得ません。


また、有名な大病院と言えども、如何に勉強不足の医者が多いかということも改めて思い知らされます。


私が勤務する会社の産業医も、これまで数社の大企業の産業医を務めた経験を持ちながら、「低糖質食治療は聞いたことはあるが詳しくは知らなかった」と臆面もなく言う有様ですから、大半の市井の開業医のレベルは推して知るべしです。


私自身も、もし4か月前にローカーボ食を始めていなければ、数ヵ月後にはきっと彼女と同じ運命を辿っただろうと思うと、人ごとではありません。


今日、先日の定期健診の結果報告書が手元に届きました。


先日このブログにも書いたとおり、LDLは高値でしたが、HA1Cも血圧も大きく改善し、更に肝臓の状態を示すデータは、驚くべきことに全て正常低値まで改善しておりました。肝臓のデータに関しては、全項目にわたって昨年の1/3から1/5にまで低下していたのです。


産業医が 「脂肪肝も見事に消えている!」 と驚きながら所見を述べたとおりの結果が示されていたのです。


これらは過去2年間の数値を含めてグラフ化されていましたが、ほとんどの棒グラフが「右肩下がり」になっており、改めてローカーボ食の威力を知ることとなりました。


ただ、6.9というHA!Cの数値はまだまだ改善しなければなりませんし、多少高めの尿酸値、低HDL、高LDLについても気がかりではあります。今月末の診断の際に、医師に相談してみるつもりです。


妻はその友人に、私がローカーボ食で大幅に糖尿病を改善していること、そして現在私が通院しているクリニックに一度行ってみることを強く勧めたとのことです。

サイレント・マジョリティー 物言えぬ後期高齢者

85歳になる私の両親は、実家のある田舎の地域密着型の「小規模多機能型居宅介護施設」に入居しています。


昨年、転倒による脳挫傷で入院した母は、その後も計4回の転倒、頭部の強打を起こしながら、奇跡的に命だけは助かりましたが、歩くことはままならず、再度の転倒も危惧されます。また、父は数年前からアルツハイマーを発症し、自分のことも満足にできません。


なんとか生還した母と父をこのままにしておけないと、昨年12月に私の家のそばの民間の有料老人ホームに入居させました。


ところが、母は頭が回復してくるにつれ、田舎に帰りたいと言います。「こちらにいた方が、俺やかみさんと食事や買い物や観光に行けるからいいんじゃないか」と私が説得しても、頑として言うことを聞いてくれません。


一時期は、自分たちで引っ越し屋さんに電話し、田舎に帰る手配をしていたことが分かり、大慌てでキャンセルしたこともあります。


脳挫傷の後遺症で思考と足が麻痺していた母は、田舎に帰りたい一心で奇跡的な回復を見せていたのです。


母曰く、「食事が合わない」「毎日監視されており地獄か刑務所の様だ」「ヘルパーさんが私達を痴呆か子供の様に扱う」「夜中にあちこちで唸り声が聞こえる」等など不満は大きくなる一方。


ホームで模様される様々なイベントも、教育者だった父母には屈辱的なものだったようです。


根負けした私達は、姉の協力も得ながら田舎で老人ホームを探しました。


が、もともと、姉が住む田舎で散々老人ホームを探したが入居可能なところがなく、結局、都会の私の家の周りでやっとの思いで探し出したという経緯がありましたので、それは難しいと思っておりました。


が、ある日、田舎にある「小規模多機能型居宅介護施設」のE社から姉に電話があり、入居可能だとの知らせがありました。


散々迷ったのですが、父母も大人なのだから、一度見学に行って両親の判断に任せようと、クルマで4時間かけて連れて行きました。


その際、実家にも立ち寄ったのですが、着いて家に入ると、父も母もとても落ち着いた表情になりました。


結局、両親の希望通り、その施設に入居することとなりました。


そこは「居宅介護」といいながら、実質的に個室を与えられ、ずっと住み続けることもできます。


アルツハイマーの父は環境が変わったことで精神状態は不安定になりましたが、母は「食事も良いし、なにより生まれ育った町だから一番良い」と満足していました。


ところが、ここから母の猛攻撃が始まりました。


「地域密着型」のシステムは、毎日でも施設と実家の間の送迎ができるということが分かった母は、毎日のように実家への送迎を要請するようになりました。


当初は施設で昼食を摂ってから実家に行き、夕食前に施設に戻るというパターンだったのですが、次には昼食は宅配の弁当に変えてもらい、ついには昼食・夕食ともに自分たちでなんとか作ることにして、施設には寝に帰るだけとなったのです。


1年前に生死の境を彷徨った母。老人ホームで自由を奪われ、ホームの子供だましのイベントに屈辱を味わった父母は、ついに自由を手に入れたのです。


アルツハイマーの進行で精神状態が不安定な父も、実家にいると穏やかな表情で落ち着いていますし、母は「このまま家で死ねればそれで本望」と言います。


私達夫婦は、両親に会いに行くには往復500kmの道のりと大変なので、そばにいてくれた方が楽で安心だったのですが、それは大人である両親の希望を無視したものだったと反省しています。


当地で入居していたホームのマネージャーさん、担当の方も、「今回のことで私達も大いに考えさせられました。ご両親にとって田舎に帰られるのが一番良かったのだと思います。そして田舎への強い思いが、歩くことすらままならなかったお母様の奇跡的な回復を呼んだのだと思います」と申されておりました。


田舎と当地の両方で、20か所以上の老人ホームを見学させていただきましたが、正直幸せそうな顔をした老人に出会ったことは稀です。暗証番号でロックされた玄関近くでうろうろしている方や、そこに座りこんで「家に帰りたい」と叫んでいた方も見ました。


食事の世話や、服薬の管理、入浴の介助、医師の定期診断など老人ホームは至れり尽くせりなのですが、ほとんどの老人にとっては、それは決して本望ではないのだと思います。


日本では75歳以上の老人数は1千万人。今後益々増加していきます。


子供たちに迷惑を掛けたくない、自分達がわがままを言ってはいけないとの想いで、または表現力をなくしたことによって、自分の想いを伝えることができない老人がこれからドンドン増えてきます。


将来は老人となる私達一人一人が考えなければならない問題のひとつが 「サイレント・マジョリティー 物言えぬ後期高齢者」なのだと感じています。