本作品は２０１０年に発表されました。この時期に注目です。ポピュラー音楽界を震撼させたＭＴＶビデオ・ミュージック・アウォードでの乱入事件があったのが前年９月です。ウェストはその事件で世間から激しくバッシングを受けていました。その中でのアルバム制作でした。
何だかとてつもない事件のような語られ方をしますけれども、たかが酔っ払いがステージに乱入して暴れたという程度の事件です。しかし、人気商売である芸能界では、こういう事件こそが職業人生を絶たれる可能性もある大事件なのです。大変ですね。
ともあれ、そんな状況の中で、本作品は世間の目から逃れるようにハワイのスタジオで大半が制作されました。そのスタジオには数多くのミュージシャンを招いて、自称「ラップ・キャンプ」が行われました。まるでコミューンのような雰囲気だったようです。
ここでウェストは１日２４時間、３つのセッション部屋を確保して、じっくりとレコーディングを行っていきます。スタジオに泊まり込んでの作業だったそうで、その集中力はさすがというしかありません。しかもキャンプの参加者との「委員会によるミュージック」です。
こういう時期には往々にして傑作が誕生するものです。本作品は当然のごとく全米１位を獲得し、商業的にも成功したのはもちろんのこと、評論家からもほとんどもれなく絶賛を受けています。いろいろコントロバーシャルな人ですが、本作品については世論は一致しています。
作品にはジェイＺやＱティップ、マッドリブなどヒップホップ界の大物ばかりではなく、アリシア・キーズにリアンナ、ニッキー・ミナージュにボン・イヴェール、ジョン・レジェンド、さらにはエルトン・ジョンまで幅広いジャンルの大物アーティストが参加しています。
今回もサンプリング素材は興味深いです。先行シングルとなった「パワー」では、なんとキング・クリムゾンの名曲「２１世紀の精神異常者」がそれと分かる形でサンプリングされています。さらにはブラック・サバスの「アイアンマン」、マイク・オールドフィールドなどまで。
面白いのは「ロスト・イン・ザ・ワールド」です。マヌ・ディバンゴも引用されるトライバルなトラックで、そのままギル・スコット・ヘロンを通して最後の「フー・ウィル・サヴァイヴ・イン・アメリカ」へと流れていきます。本作品の複雑かつ自由自在な性格を象徴する曲です。
各楽曲にはさまざまなアイデアが詰まっており、息をつく暇もありません。そのアイデアも以前ならば一つ一つでアルバムが一枚できてしまうような画期的なものでしょう。一つ一つのビートから、ほんの小さなサウンドの断片に至るまでゴージャスです。
何もかもが過剰でありながらもしっかりと作品として一貫性があるという恐ろしいアルバムです。このアルバムを語る人は多く、本作品だけを論じる本まで出版されています。誰もが語りたくなるアルバムであることは間違いありません。凄いですねえ。
My Beautiful Dark Twisted Fantasy / Kanye West (2010 Roc-a-Fella)
Tracks:
01. Dark Fantasy
02. Gorgeous
03. Power
04. All Of The Lights (interlude)
05. All Of The Lights
06. Monster
07. So Appalled
08. Devil In A New Dress
09. Runaway
10. Hell Of A Life
11. Blame Game
12. Lost In The World
13. Who Will Survive In America
Personnel:
Kanye West
Kid Cudi, Raekwon, Jay-Z, Rick Ross, Nicki Minaj, Bon Iver, Swiss Beatz, Pusha T, Cyhi the Prynce, RZA, John Legend : featuring artists
RZA, No I.D., Jeff Bhasker, Mike Dean, 51, Plain Pat, Bink, Emile, Mike Caren, DJ Frank E : co-producers
Nicki Minaj, Bon Iver, Teyana Taylor, Amber Rose, Tony Williams, Dwele, Rihanna, Kid Cudi, The-Dream, Charlie Wilson, John Legend, Elly Jackson, Alicia Keys, Elton John, Fergie, Ryan Leslie, Drake, Alvin Fields, Ken Lewis, Chris Rock, Salma Kenas, Kaye Fox : chorus
Jeff Bhasker : keyboards, piano
Mike Dean : keyboards, piano, bass, guitar
Ken Lewis : guitar, bass, organ, brass, woodwinds, drum programming
Brent Kolatalo : keyboards, drum programming
Anthony Kilhoffer : drum programming
Danny Flam, Tony Gorruso : brass, woodwinds
Rosie Danvers : conductor, cello
Chris "Hitchcock" Chorney : cello
Mike Lovatt, Simon Finch : trumpet
