メメントCの世界 -37ページ目

メメントCの世界

演劇ユニット「メメントC」の活動・公演情報をお知らせしています。

メメントC スペシャルHPが出来ました。

 

このたび、メメントC作品を知って頂くために、過去作品の配信HPを作りました。

じゃじゃーーーーん!です。

 

 

 

とても内容が充実したサイトです。

今回、女人往生環「パターチャーラー」と「韋提希」を一本の作品にまとめた映像作品を、1週間、五ドルでレンタルします。

英語サイト、日本語サイトが御座いますので、ご興味の赴くままに!<ご覧くださいませ。

 

 

 

それだけじゃない!

ギャラリーも充実です。

是非、ごたんのうくださいませ。

 

 

 

 このたび、青山友子氏,Barbara Hartley氏の御尽力で、二つの作品に英語字幕がつきました。

うつくしい映像とともに、ご覧ください。

購入にあたっては、以下をご参考に。

 

  1. ご購入の方は、VIMEOにログイン後に購入にお進みください。
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祟り神の季節

 

 

どうやっても写真が逆さのままです。

 

 

 

 

東京から東海に入ると、空気はまったりと動きをとめ、寒冷前線の支配が脱したようにぬるりと暖かかった。

ゴールデンウィークは、私の実家ではお茶の季節であり、農村では濃緑色の新茶が出来上がりお祭り気分さえある。

この季節は、夏の陽気と寒気が入れ違いにやってきて、東海では霜さえ降りることもあるのだ。

しかしながら、春は真っ盛りで躑躅やういきょう、ウメモドキなどが咲き乱れる里山はどこも桃源郷に変る。

田では既に水を引いているところもあるので、そうなると一面の鏡のような田園風景に蒼い空が映り込む。

鶯は藪で鳴いている。なんとよい陽気なのだろうか。

 

その異物の様な茶色い生き物は、庭を片付けていた母の近くに彷徨いでた。

そしてにげもせず、じっと様子をうかがうので、母は気味悪さに家の中に入り、

「犬か猫か分からないなにかがいる。」と孫に告げた。

孫は都会育ちで、畑の中の茶色の生き物を見つけるのに時間がかかった。

私は気味悪さが漂ってくる何かに、視線があるのを感じて、二度見した。

 

タヌキ、キツネ?

 

いや、タヌキだろう。

それは体中の体毛が抜け始め、皮膚病に侵された小動物だった。

そしてじっと虚ろな目で、逃げもしないで家の中を見ている。

その視線はこちらを見たまま動かない。

何を考えているのだろうか?

視線が合いぞっとした。

空き缶を投げた。

逃げない。

音を立ててみた。

逃げない。

そして、ゆっくりとそれは植え込みの方へと去っていった。

 

感染症に侵された動物はまるで祟り神のようだった。

里山の異変はどうしようもないところまで来ているのだろう。

30年前は、野兎があちこちにいて、それも病気になっていなくなった。

雑食のタヌキは餌をもとめて現れて、何に身体をむしばまれたのか?

 

動物を怖いと思ったことはあまりない。

しかしながら、既に脳機能が失われ、偏桃体さえ、人間を怖がらない動物の放つむき出しの視線は、

何かあれば踏み込んでやるぞ、と言わんばかりで恐ろしかった。

私たちが知らないだけなのだ。

今年の夏はどんな夏になるのだろうか。

 

 

 

アルペなんみんセンター①

 

3月31日に、鎌倉市にあります、イエズス会のアルペなんみんセンターにお邪魔しました。

演劇を介して知った知人の漆原さんが、そこで難民支援をしています。

難民問題、映画やニュースでひどいなーと思いながらも、やはり遠くの話でしたが、熊本で技能実習生の女性が、死産をしたあとで、警察に遺体遺棄罪で起訴される事件を知ってから、なんとまあ恐ろしいことだと思っていたのです。

それで、知人の漆原さんの活動をSNSで目にするうちに、これは大変なお仕事をされているではないか!と思ったんです。

そして、職員であり上智大学学生の方のとても素敵なブログが載ってます。

是非、HPをご覧ください。

オープン・デーもありますので、遊びにいってください。

 

 

 

 

 

 

以前、デモクラTVという番組で、2015年から太平洋食堂の上演の告知をして頂いていた関係で、そこのプロデューサーさんに、

アルペについて番組で放送できないか?と持ち込んだところ、プロデュース:嶽本あゆ美ということでOKをもらったのです。

 

そして、3月31日に鎌倉市十二所の山中にありますセンターにお邪魔しました。しかも、当日取材、同日スタジオで生放送という・・・・・・無謀な企画。

私がやったのは、リサーチと進行台本と、スタジオのスイッチングですが、パニックでした。

いつも芝居の本番では、アレイズの泉さんに、スイッチを押すだけにして頂いて上演のオンライン配信で、切り替えをしていたので、自分ができるという過信に陥り!本番、とちりまくりました。反省・・・・・(編集しても胡麻化せないものだらけでした)

 

当日、お話を伺ったのは、スリランカ難民の方。リビィさんという男性は、ものすごく美味しいセイロンティーを入れてくださって、お話を聴かせてくれたんですが・・・・・驚愕の事実でした。インタビューは整然と行われていたのですが、あまりにすごい資料を見せて頂いて、嶽本的にはくいついてしまったんですね。そこからドキュメンタリーの体を無していません・・・。

 

 

リビィさんの紅茶、美味しいです。

アルペを訪問すれば、彼に会えるとおもいます。

今、リビィさんの物語の文字起こしをしています。

すごく穏やかで、この20年の苦難を耐え忍んでいらっしゃる彼を尊敬します。

どうか、認定されて念願のカレーのお店を開けますように。

大石誠之助だったら、きっとやはり太平洋食堂を開くでしょうね。

 

去年の4月の終わりに、大逆事件の髙木顕明の名誉回復にご尽力された泉恵機先生が、ご逝去されました。

今、ちょうど一周忌で、先生の一周忌記念???のつもりで、とちったスイッチングとかを修正しまくって頂き、

この度、再配信となりました。

「小さきものの為に」・・・髙木顕明や、加代子さんがされていたのと同じことなんですね。

私は無神論者ですが、アルペで色んな方に出会って、殺伐としたこの現代で、他人の幸福を祈る人が沢山いるのだな、と元気を貰いました。

一時間半というこれまた、長尺ですが、休み休み見てください。

 

何で、お前がそんな余計なことしてるのかって??

大きなメディアがリビィさんの物語の全貌を知らせてくれて、アルペに居るコンゴの赤ちゃんと小学生とお母さんが、

普通に暮らせるようになるように。

きっかけは、こういうメディアでもいいんじゃないか??と思います。

取材の中、映像の最期の方で、スタッフの及川さんが言うように、「みんながおかしいんじゃないか」という思いで、

現状が変わりますように。
 

 

 

 

 

 

番組内容

2022年3月31日放送 「わたしは、なんみんです。かまくらでくらしています。」 神奈川県鎌倉市の緑深い山里に、アルペなんみんセンターがあります。イエズス会日本殉教者修道院(黙想の家)を難民支援の拠点とし、遠い国から日本へやってきた難民の暮らしを、スタッフ、ボランティア達が支えています。 デモクラTVでは3月31日に、その難民支援の現場を取材しました。インタビューに応じて下さったスリランカ難民の男性は、来日後の20年に渡る仮放免や収容施設での体験、そして難民認定の驚くべき現実を語って下さいました。 その後、同日夜20時より中目黒スタジオにて、難民センター・地域連携コーディネーターの漆原比呂志さんより、難民を廻る過酷な日本の現状について、たっぷりとお話を伺いました。ウクライナ情勢が緊迫する今こそ、既に国内で暮す難民の声に耳を傾けて下さい。 (3月31日に生放送した映像を編集・再配信)

 

 

 

 

 

 

祝三万回!!「太平洋食堂」

 

 

ミーハーですね。

STAGE BEYOND  BORDERS 「太平洋食堂」多言語字幕配信、

昨夜、再生回数3万回を突破しました。

是非、いいねや感想、書き込んでください!(全くミーハーですね)

つくづく、なんて世の中になってしまったんだ!と毎日、思っている方が多いと思います。

この戦争の災禍は、戦闘が終わったあとに、世界に降り注ぐのかもしれません。

大平洋食堂の人々は、そういうものに抗って死んでしまいましたが、スピリッツを世界中に広めたいです。

万民の為の食堂、誰か作ってください。ここが、私の駄目なところというか、何でもできるわけじゃないので、

魂の応援で勘弁してください。

 

 

 

 

 

ソプラノ 柳本幸子 リサイタル with 塚田佳男

「珠玉の日本歌曲の世界 初恋

日本歌曲における演奏・解釈・指導の第一人者 塚田佳男先生をお招きして」

りゅーとぴあ 4月10日 

 

 

私は雪の新潟を知らない。

2019年の頭から、ほぼ二年間、新潟市秋葉区の市民ミュージカル、ワークショップに携わることができた。私を推薦したくれたのは、音楽家の片野慎吾先生だ。片野先生とはミュージカルを何本も作った。それで、新潟とは何の縁もない私を、先生が推薦してくれた。企画が通り、SLの町である新津機関区、花卉栽培、旭観音という土地の歴史を折り込んだミュージカルを、新潟のアーティストたちと作ることができた。柳本先生は、現地で歌唱指導を勤めることになり、出会うことができた。秋葉区の会館ではミュージカル以外に、少年少女合唱団「赤い鳥」も作り、活動していた。その指導者でもあった柳本先生と初めて会った日のことが忘れられない。

 

 Divaが居る、しかも並大抵の人ではないということが、会話を交わす内にビシビシと伝わってきた。いわゆるミュージカル参加者は音楽教育を専門に受けたわけではない、幅広い人材が集まっているので、その指導には尋常ではない指導力が必用だ。柳本先生は、最短距離で素直にまっすぐ、無理のない響く声を作る方法を、惜しげもなく教授し、出演者たちの声を変えていった。丁寧に、力強く、そして優しく。私は正直、この指導を受けられる参加者がとても羨ましかった。小学生が多い「赤い鳥」の子どもたちは、とても素晴らしい合唱で、本格的な活動が待望されていた。

 

 

 

 全部話すと長くなるので、このリサイタルのことに話を戻したい。

 このコロナの間、新潟へ行けなかった。先生のリサイタルを春になったら必ず聞こうと思っていた。ちょっと前まで膀胱炎だのなんだのと具合を悪くしていた私だったが、幸い10日は道で転ぶこともなく、出かけることができた。

 私は春の新潟を一番、沢山、訪れている。今回、古町からそぞろ歩きながら、満開の櫻に圧倒された。「久方の 光のどけき春の日に しず心なく 花の散るらむ」現実感さえ失わすような桜が咲き誇って、雅びに人々を誘っていた。りゅーとぴあは、さながら櫻の海に浮かぶ船のようだった。

 

 ヴィンヤード式のホールは音響がいい。しかしそこでソロで歌うには、シューボックスのホールよりも声のコントロールの力量が問われる。りゅーとぴあのコンサートホールは、小ぶりなサントリーホールという印象で、さぞやパイプオルガンには丁度いいすり鉢の深さなのではという感じがした。

 下手の扉が開いて、人魚ブルーのドレスの歌手が、伴奏の塚田氏と共に現れた。そして、相川おけさを「はあ~~」と歌いだした。その曲は、一度、アカペラで聞いたことあったが、最初の発声からもっていかれた。その厚みと抒情は、驚くべき塚田氏のピアノの音色と共に、新潟の海の向こうのユーラシアを連想させる響きだった。スタンウェイの倍音とソプラノが混じりあい、海のザブン、ザーンという波の重なりに身体を委ねたようだった。

 プログラムは有名な日本歌曲、しかも、北原白秋の「砂山」を中山晋平と山田耕作の両方で聞かせるのだから、堪らない。伴奏というのとは違う、塚田氏の構築する日本歌曲の和声は、複雑なコードの中で捉えるべき響きを自在に操って、オーケストラの様に歌い手を揺さぶる。しかし歌い手もそこはうまくしたもので、その波を乗りこなし、波頭のてっぺんから、奈落の底まで人魚が群れ遊ぶ様に歌い切った。そして、その歌の中のキャラクターがしっかりと浮かんでくるのだ。彼女の真骨頂が最も現れたのは、深尾須磨子・作詞/橋本國彦・作曲の、『舞』だ。娘道成寺の世界を歌ったものだが、ベールを被った歌手は、変化しながら清姫の悲恋を演じた。彼女はまた女優でもある。ボローニャの俳優学校を主席で卒業したという経歴は、歌詞を深く読み解き、さまざな表情を息とともに繰り出す表現力の土台を作っている。そう、彼女は脚本を本当によく読みこんでくれる。圧巻の清姫が終わり、二幕では、「さくら横ちょう」をこれも、中田喜直と別宮貞雄の両方で聞いた。♪はーるの宵 桜が咲くと~~ 大学時代に何度、伴奏したことか。でも知っている曲と全く違う響きに驚き、物悲しさに涙腺が刺激されている間に、鶯の様なクロマティックの下降にクラクラする。

 

 ユーモアのセンスとアーティキュレーションも抜群に「オオカミの大しくじり」を演じ歌った後に、松谷みよ子の「ぼうさまになったからす」に泣かされた。戦争の悲しみ、期せずしてこのプログラムは鎮魂歌を終盤にもってくることで、世界と繋がった。そう、新潟の海の向こうの大陸へと。私たちはこのホールで音楽を聴き、感動している。しかし世界には悲しみにくれている人がいる。彼女の祈りを感じ、そして歌詞である日本語へのこだわりに、聴衆も背筋が伸びる。計算されつくされたシラブルと母音のバランス、客席へ飛んだあとの声の効果、余韻、そのすべてが豊穣の海となって流れ込んでくる客席で、私は幸福だった。

 響きが消える瞬間のその美しさ、減衰の刹那は、彼岸の世界に似ている。

舞台で笑う柳本幸子は、迦陵頻伽だった。益々の活躍を祈ってやまない。