メメントCの世界

メメントCの世界

演劇ユニット「メメントC」の活動・公演情報をお知らせしています。

嶽本あゆ美 初の戯曲集、発売中!!





ハーベスト社 本体1800円  
ISBN978-4-86339-104-8

一夫多妻と池袋の萌絵

久しぶりに「光る君へ」を観た。先週は都知事選だったから。

平安時代のまさかの少女漫画的展開にテレビの前で息子と楽しく笑ってしまった。一夫多妻って、話題になってるけど、そんなに簡単じゃないんだよねって思うわ。一夫多妻って、経済力とか責任とかついて周る話でしょ。それと、歴史的には夜這い文化と多夫多妻なのに、一夫っていって、一夫が支配できて偉いみたいなところが勘違いしている。冗談でも、少子化対策で言って欲しくない。無責任で子育てしないんなら、労働にたいする対価があって、精子工場があって、保育園があって平等に子育てロボットがついてくれたら、少子化率は改善するんじゃないのかね。


 そういえば、京都大学出身の河合ゆうすけとか、同じく京都大学出身の石丸何某が、一夫多妻を主張しているが一番のあほくさい人権無視の感じがする。選挙ポスターに品位が無いという声が上がっていたが、あの河合の「一夫多妻」選挙ポスターが通学路に貼ってあって、腹が立った。そのデザインも最悪だ。他人の排泄物を見せて喜ぶような変態性を感じる。それと同時に、池袋駅には(最近、通勤で通るので)おかしなゲーム会社の大きな大きな萌絵と呼ばれる、局部が肥大した少女イラストがあっちにもこっちにも貼られていて、引率で遠足に行く途中で腹がたった。

 都知事選で投票権を持つ生徒に、選挙についての授業があった。担当の先生が、「今年のポスターはここでは表示できません」といって、前回の都知事選のポスターをパワポで出していた。そりゃそうだよね。前回は、随分とまともでした。

 しかし、もっと品位も人権感覚もないものが、池袋には(そこしか行ってないので他は知りません)ぶちまけられたようにある。なぜ、ゾーニングしないのか?? オタクでペドフィリアの人用の通路に掲示すればいい。
 こういう性の商品化とか女性へのミソジニーが当たり前になっていく空気が、今の社会を作ってるんだなあと思う。

 今、1930年代の京都大学のことを調べていて、そこには女学生はいない。帝国大学では東北の方に数人居ただけだ。しかし三木清とかの留学先のドイツの大学には、ハンナ・アーレントもいたし、理系にもいた。リッケルトの講義では、女子学生や市場のおばさんや、顔のとんがった女性などがそれを聞いていたという話がある。キュリー夫人は既にノーベル物理学賞と化学賞をとった後だ。いったい、帝国大学から留学した日本男性の俊英とかは、自分たちの社会がおかしいことに気が付かなかったのか?? そういう記述は今のところ、どこにもない、ない、ない・・ないじゃないか。その当時の頭いいって言われていた誰も、専門馬鹿になってて、日本社会がおかしいって思わなかったのか??


 ある萌絵を批判したことで、暇空なんとかは、コラボを攻撃し始めた。鉄道の萌絵くらいいいじゃんと思うだろうが、ああいう池袋の肥大化した局部を強調した萌絵の肯定に繋がっていくだという、裏金とわいろの関係のように慣れてしまう感覚が恐ろしい。そういうことも分からないのは、知性があると言える状況なのだろうか?


 付け焼刃の知識だが、ハイデガーは、『歴史解釈とは、すなわち、その方法がいかなる問題設定に基づき、何を目指して構築されているのか、その大きな視線を獲得することに他ならない。』と言ったそうだが、本人がナチスにどっぷりはまってしまった。

 ここにきて、チェーホフのいう、「知性はあなたの行動を律しなかったのか??」という問い掛けこそが信じられるのだった。

 


 

中日新聞北陸版に掲載

 

海の日、山の日、何の日だっけ?

ひたすら、中井正一とハイデガーと三木清と、エヴィータに没頭しています。何の取り合わせかと思いますよね。

そんな中、竹内先生から、堀田善衛論説集の記事の御報せを頂きました。

ぜひぜひ、図書館にリクエストお願いします!

 

 

フランス人民戦線と労働党と都知事選

 

 

都知事選が終わった。

ひたすら、エックスで情報観察をしていた。

そこには、今までしらなかった、ミソジニーの嵐が吹き荒れていた。

私が知らなかっただけかもしれないが・・・・

 

 

ストーカー殺人は何故おきるのか? セクハラやパワハラはなぜ起きるのか?

なぜ、ひまそらなんとかが、女性支援のコラボを攻撃するのか?

女が言うことを聴かないのが気に食わない男性が多いからなのだ。

まったく驚くほど、女性が殺されてますね。

でも、女性だけじゃないですよ。

これって障害者とか高齢者とか、弱者に向かってくるものです。

公金チューチューって、彼らがののしるのは、税の再分配だったり社会福祉だったりするものを、

全部、更地にしてしまえ、なぜなら、自分の取り分ではないから、というルサンチマンが吹き荒れているのだった。

多分、当たり前に受けている水道とか、医療とか、そういう仕組みも無視して、当たり前に社会インフラがあるのだということさえ、気が付かない人が物凄く多いのだということだった。

自分の懐に入らないのなら、他は全て無駄という考え。

 

蓮舫候補を応援する、一人街宣に沢山の人がチャレンジしていた。

自分の時間、労力を民主主義のために使っている。凄い事だと思った。

これが本当に希望。

ネットのミソジニーは何も産まないのに、そこに同意している女性も多かった。

なぜ、助け合いがいやなのか、わからない。

生きるのに他人を貶める必要はないのに、こうなっちゃうのかなあ

 

 

今、1930年代のことを調べ続けているのだが、ファシズムにヨーロッパの自由が潰されていくなかで、

芸術家たちが、人民戦線を組織した。文化によるファシズムへの防波堤だ。

日本でもそれを作ろうとした人々がいた。

今、フランスの選挙で、極右の選挙での圧勝をを防いだという。

それも文化の力が大きかったそうだ。

本当に、弱いと思えば弱くなる。届け!!と思って何かを書こう。

 

労働党の副首相の経歴はすごい。っていうか、そこから自分の人生を選択できる社会が、保守党の前にあったことが幸いだった。

そういうものを作らないといけないんだなとおもう。

ミソジニーというのは、女性にもあって女性が女性を圧迫していく。

一つ、大きなこととしてその女性嫌悪を温存する会社は、かならず致命的なことになる。

だから、それは社会でもおなじ。

この社会が停滞し、楽しくないのは、ミソジニーが横行し、古い価値観の政治家が、裏金をためてのさばっているから。

経済発展とか、でかいでかい三井不動産のビルが豊かだとは思わない。

そんなものは、何時か滅びる。

心に、滅びることのない豊かなものを築きたいものだ。

 

ああ、NHKよ、日テレよ、凡てのメディアよ、恥を知れ。

 

ついに発刊!『堀田善衞研究論集 ー世界を見据えた文学と思想』

堀田善衞の会

竹内栄美子・高橋誠一郎・野村剛・丸山珪一 編著

 

桂書房さんから素敵な本が届きました。

嶽本は、巻末に「安全区」「かくも碧き海、風のように」の創作インタビュー、秘話大公開を掲載しております。

演劇脚本の創作の取材過程、おもいもよらないことなど、たくさんありました。

 

嶽本の堀田小説の舞台化は以下です。

「かつて東方に国ありき」(演出・磯村純 劇団協議会主催 文化庁舞台創作奨励賞佳作受賞)

「クララ・ジェスフィールド公園で」(共同演出・嶽本あゆ美 大内史子 メメントC公演)

「南京/Nanjing」「安全区/Nanjing」(作・演出 嶽本あゆ美 メメントC公演)

「かくも碧き海、風のように」)(演出・藤井ごう 劇団椿組公演)

 

桂書房さんへの御問合せはこちらです。

是非、図書館などにリクエストお願いいたします。

 

 

 

 

 

 

6月27日の座・高円寺2で、藤浦敦メモリアル公演があります。

駒塚さんによる、二演目の口演。

藤浦先生にお会いしたのは、2018年か2019年の銀座の妲己のお百の公演の時が初めて。うひゃーーー怖い先生がいる、と思いましたが、とても親切で思いやりにあふれた方でした。お手紙をもらいましたが、達筆過ぎて判読できなかったこともあります。

 先生は自分は右翼だああ!と言ってましたが、中江兆民が大好きだったということで、その弟子の幸徳秋水は大嫌いだそうです。でも、女人往生環や、2020年の座・高円寺でやった「太平洋食堂」ファイナル公演を観に来てくれました。先生の江戸人情噺を読むと、玄人とはこういうものかとよくわかります。先生は、ピンク映画を沢山おつくりになって、その題名とか笑ってしまうようなものばっかりですが、最後に洛陽という映画のプロデューサーをやって大赤字?を作って日活をつぶしてやめたそうです。こーんな大胆な人生はなかなか無いでしょう。駒塚さんが四季をおやめになった後に、精進に精進を重ねて新しく開いたフィールド、「江戸人情噺」の粋な芸を、皆さん是非、お聞きください。

 

 本物の作家というのは、こういう藤浦先生のことだとよくわかります。駒さんにプレッシャーを掛けつつ、藤浦作品の魅力を一人でも多くの方に知って頂きたいです。一周忌記念なので当日は学校休んで会場でお手伝いしてます。よろしくお願いします。チケットはこちらからお申込みください。

https://stage.corich.jp/stage/314605/ticket_apply