You continue to conceal very important secrets -37ページ目

You continue to conceal very important secrets

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見世物生活の強制を受けている者BIG FOOL呼ばわりされているサヨク虐待の8段階
ネットで行われているサヨク虐待を8つの段階に分けて考えてみた。
a) 分類――人間を彼ら「わたしたち」に分類する。
b) シンボル化――「彼ら」の集団に名前やシンボルを与える。
c) 非人間化――「彼ら」の集団を知能の低い畜生、害虫、ゴキブリ、ダニ、ウイルス、イカ、ガベイジ、クズ、排泄物とみなす。
d) 組織化――玲奈真理教徒で話し合い収集した情報を共有し、<外部>へと運ぼうとする計画を立てたりする。
e) 分裂――警察権力も背後につけた玲奈真理教徒によって集団から疎外し、集団間の社会的交流や正常な情報交換を禁じようとする。
f) 準備――標的にした人を周囲から心理的に引き離し、仲間内の共同体から強制的に追い立て、見世物生活させる。
g) 生の軽視――精神的虐待を開始する。
h) 否定――加害者は虐待の証拠を隠蔽し、虐待そのものを否定し調査しようとする動きを封じる。


私は<異人>として共同体から追放された者というのは、非理性というレッテルを貼られて共同体(理性や常識を自称する者達)から追放される、という図式があると思います。そして秩序のある共同体での日常というのは、そうした運動が隠されていると思います。
祭りなどのハレ(非日常、聖なる世界)の舞台では、日常においては禁止され共同体の構造から排除されていた部分が、激しく盛り上がったあと、過程は何の意味もなく再び振り出しに戻るのだと思います。
理性を科学的精神とした場合、現代の日常は理性によって形作られているように思います。そして理性による非理性の排除はトンデモ系の排除として現われたり。
理性と日常が対立する場合は、理性に含まれる野蛮が露出する場合などですね。

和田秀樹「人間関係は「感情」で動く」から引用改造
仲間意識はわたしたちの人生を楽しくさせるために大切なものであり、仲間意識がわたしたちのこころを弾ませたり、意欲をかき立てたりしてくれます。
それと同時に、仲間意識には怖い側面もあります。仲間と認識していない相手がどんなにひどい状況に置かれていても、関心がはらわれず、ウチワの人間には働かせる倫理的判断も停止させることもあるのです。
魅力が感じられないと判断されてしまえば、論理も発言内容心に入らなくなります。魅力が感じられないと判断された相手がどんなにムチャクチャな待遇を受けていても、閲覧者は「それがどーした、どうでもいい」と受けとめてしまいます。
その結果、「魅力が感じられない人はバカで、死のうがどうでもいい」と感じてしまう人もいるのです。
こういった話で関連する思想用語は、ルネ・ジラールのスケープゴートとジョルジョ・アガンベンのホモ・サケルだと思います。
他者がスケープゴート、またはホモ・サケルとして扱われているときに、いくらなんでもこれは異常だ、反対しようと個人的に主張するのは大変勇気がいることです。

中山元「思考の用語辞典―生きた哲学のために」から
お前を俺達のメンバーとして認めない。ここから出ていけ。排除する(exclude)とは、ある共同体からこんなふうに放逐することだ。たとえば仲間うちのサークルから排除する。

暴力はぼくたちにとってもごく身近なものである。知らず知らずのうちに他者に暴力をふるっているかもしれないからだ。たとえばぼくたちは学校で、親しい友人たちとグループを作る。そのときそのグループから排除された他の人々がいる。親しいグループを作るという友愛の行為の背後で、知らないうちに他者を排除否定する暴力を行使しているかもしれないのだ。


作田啓一「生の欲動―神経症から倒錯へ」から引用改造
いじめの標的になるのは子どもの属性ではなく、学級という社会との関係において子供が占める位置なのだ。彼らの位置は社会」とその<外部>との境界にある。
境界にいる者への攻撃は、社会学的機能主義の観点から見ると、「社会」の秩序を形成・維持する機能をもっている。それはなぜか。学級を含めて一般に社会」とは象徴化された世界であり、内と外とのあいだには物理的な境界は存在しない。したがって社会はそれに貼りついている象徴の体系からはみ出す者排斥することによってのみ、みずからの同一性を形成・維持するほかないのだ。排斥の作用がなければ、それの同一性が確認できなくなるという意味で、排斥される者は「社会」の秩序形成・維持にとって不可欠な存在なのである。

学級において周辺人が外部へと排斥される時、その作用は外部との境界にいる曖昧な存在を純粋なフェティッシュへと変身させるためのものなのだ。排斥されるいじめられっ子は、しばしばバイキン、ゴミ、クズ、ゴキブリなどと呼ばれるが、これらの名称は、生命の影の部分である汚穢を表している。曖昧な存在であるいじめられっ子を純粋なフェティッシュへと変身させ、それを享楽するために、倒錯者であるいじめっ子はいじめられっ子からその「象徴的な装い」を剥奪する。彼の持ち物がそのままクズにされる。運動靴、教科書、ノート、ペンなど、足で踏みつけてゴミ箱に捨ててしまう、あるいは隠すというこのいじめの手口は驚くほど一般的である。
人々が他者の中に人間としての威厳を認めるならば、周辺人であるためにいじめられそうな他者を見ても彼らは自分たちの享楽のために彼の尊厳をむさぼり食おうとはしない。彼らは彼に距離をおく。彼らは彼がみずから弱点と思っているものには、あるいは彼の秘密には立ち入らない。他者へのこの尊敬をともなった距離の設定が、いじめを抑止しているのだ。
無制限な享楽を求めて他者の領域に踏み込むことの抑制、それはふつうは社会のどの部分でも特に意識されることなく行われている。この抑制は人格の尊厳のためなどといったような格別の気負いを伴わない。しかし、この抑制がたとえ自然の状態であるかのように見えても、無制限な享楽を断念せよという万能感否定の法が働いているのである(ジジェク『幻想の感染』352-354頁)。


[1] 2012年04月11日 22:32

ゴキブリは醜く可愛さや魅力が欠片も感じられず不潔な害虫だから、ウチにいてほしくないし殺虫剤で殺してゴミとしてソトに捨てるのが当然、ネコは可愛くて魅力的なので多少悪さをしてもウチにいてほしいし、殺してソトに捨てることなんて許されない、と多くの人が判断して現実に実行されていて誰もが疑問も感じず当然だとしている。


[7] 2012年05月21日 07:03

永井均「子どものための哲学対話」から
ルールの問題点を指摘するプレイがその内部に組み込まれたゲームだってあるだろう?人間社会における哲学の位置とは、そもそもそういう位置なのではないのか?


トニー・マイヤーズ「スラヴォイ・ジジェク (シリーズ 現代思想ガイドブック)」から
現在左翼のほとんどの理論家から支持されているミシェル・フーコーの理論では、国家権力とは、誰が社会に包含されるべきで誰が社会から排除されるべきなのかをコントロールする、拘束の担い手である。
フーコーのモデルでは、国家権力は社会の中心から行使される。いっぽう権力への抵抗は、社会の周縁から、象徴界での適切な同一性をもたないひとびとによっておこなわれ、この構図が変化することはない。


檜垣立哉「生と権力の哲学」から引用改造
フーコーには、排除「禁止」という働きを、議論の軸とする傾向が強い。「排除」されたものへの、シンパシーといえるようなロマンティシズムが、その中心をなしていることは疑いようもない。理性に基づく「禁止」と「分割」という排除の議論において、人間の理性とその正常性の成立を思考していた人たちは、
いわば、「人間」を、その「正確な言語表現能力」において見いだす傾向が強い。

それは、まさに「正確な言語」の場面で遂行される「分割」である。

「境界と侵犯」コミュニティ

「外部との交通」とぴ

灰人@スキゾキッズ 2011年08月03日 23:13

浅田彰は「構造と力」で繰り返し書いていた二項対立図式に「逃走論」では否定的で、「逃走論」では「外部との交通」という考えが賛美されているように思いました。
それって簡単な言葉で言えば、「スケープゴート、排除された人、異質な人、疎外された人、仲間意識の外にある人ともっと関わろう」という意味じゃないかな、なんて思いました。


浅田彰「逃走論 スキゾ・キッズの冒険」から

構造化され得なかった部分、構造の外部にとり残された残余の部分が必ずや残ってしまう。となると、ここでいわゆる弁証法的思考というヤツが介入して、構造とその外部、秩序と混沌、中心と周縁、表層と深層、といった対の演ずる弁証法的な劇として現実の運動を了解しようということになってくるわけです。


具体的にいうと、このパラノイアとスキゾフレニーの対比というのは、たとえば住むことと逃げることの対比としてとらえてもいい。

人類は何千年にわたって右往左往逃げまくってきた、それが歴史を動かしてきたのであって、自分の家にへばりついてたやつは、そこで死んでおしまいだった。(笑)大体そういう話になってくるわけですね。


構造主義をふまえていっそうダイナミックな理論を構築しようとする試みがふえてきたのは当然である。
けれども、そのうちの多くが、構造と構造に包摂されざる部分とを二元論的にとらえ、その間の「弁証法的相互作用」によってダイナミックスを説明しようとする、旧態依然たる思考様式にとらわれていることは否定できない。かくして、秩序/混沌、中心/周縁、表層/深層といった古色蒼然たる概念対が持ち出され、おなじみの弁証法の舞台にかけられるというわけだ。
その典型はサンボリック/セミオティックの弁証法を中心とするクリステヴァの理論だろう。理論装置はやたらと大仕掛けなのだが、全体を透視してみると、やれ難解だ深遠だというひとがいるのが信じられないくらい単純明快な二元論的構図になっていることがわかる。同じことなら、理論装置は軽いものにとどめておいて多様な対象と身軽に戯れる方にエネルギーを注ぐ山口昌男らの方が、はるかに現代的な知のあり方を示していると言えよう。

関係の冒険。《外》との接触。こうした含意をもつ言葉を『ドイツ・イデオロギー』の中に求めるとき、ひとは「交通」という概念を見出すだろう。この概念は、いわゆる交通だけでなく物質的・精神的コミュニケーション一般を広く意味するものである。交通とそれが促進する分業とは、それらと有機的に結びついた生産力とともに、歴史を動かす主要因のひとつとして、きわめて重要な役割を与えられている。交通がなければ、つまり外部の異質なものとの出会いがなければ、歴史の展開は生じないとさえ言えよう。ここでは、歴史は、一個の主体が経験する内部的過程から限りなく遠いものとして考えられているのだ。


歴史を動かしてきたのは、構造に対するカオスの叛乱というよりも、諸構造間ないし諸共同体間の《交通》(いわゆる交通から商業や戦争にいたる広い意味で)なのだ、という認識を得ることができるだろう。


「文化の詩学」というタイトルは、文化を、あらかじめ出来上がった静的な秩序としてではなく、創造と破壊の両面を含む動的な過程としてとらえようとする姿勢を表すものだと言ってよい。
その場合、とりあえず二つの道がある。一つは、秩序と混沌、アポロンとディオニュソスのせめぎ合いに注目する道であり、もう一つは、秩序と交通、アポロンとヘルメスの関係を考える道である。
著者の理論は前者のアプローチを現代的な形で提示したものとしてあまりにも有名であり、本書においても、秩序と混沌の弁証法が、中心と周縁、内と外、同と他、文化と自然、無徴と有徴、情報とエントロピー、ディジタルとアナログ、男と女、共同体と異人などといったさまざまな形に変奏されつつ、政治から芸術にいたるありとあらゆる領域のうちに探られている。

ヘルメス的な交通こそが文化のダイナミックスの核心になることを、著者の理論の枠を半ば超えつつ示しているように思われる。


http://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=1381399&id=64161148  

アト王(ロマサガ2というゲームに登場する江戸時代の日本風の地域「ヤウダ」のチョントウ城の主)に関する評価。


http://mio.skr.jp/cgi-bin/saga30ryoma/dr.cgi?key=260


こういう生々しい感情を伴った知恵を働かせた低評価の反応が見れて、何かとてもリアリティを感じた。

何か酔っている状態から醒めさせるような反応というか。


以前の担当医である佐藤寛先生との会話でも、そういう声が聞けた時と、精神分析学などに関する知恵を与えてくれたり情報を交換する時が結構嬉しかった。


今の担当医の武田先生は、教育的言葉を与えてくれる事は少ないし、相互的なコミュニケーションがあまりない。


アト王は七英雄のリーダー・ワグナスに騙され皇帝に喧嘩を売り、ワグナスに城を乗っ取られたキャラだったか。


私の印象は「かなりのアホキャラ」だったので、ふと思い返して最近「アト」というキャラについて調べたくなった。


「バイバイキーン」という言葉と「アト」という言葉を時々使うようになった。


アト王は劉禅という三国志に登場する人物に由来するキャラらしい。


劉禅

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8A%89%E7%A6%85


ワグナスというボスキャラはハクロ城を浮遊城にして、そこを住処として、支配下に置いたチョントウ城の上に君臨したりする。




巨大な力を持った浮遊城関係について最近思いをめぐらせていたので、ロマサガ2関係ではワグナスについて最初に調べようと思い、その関係でアト王も思いだした。



【浮遊城関係】で調べて出て来た他の事

◆ガリヴァ―旅行記(私は最初はヤフーについて調べたかったのだったか?)
ラピュータ:漂流中のガリヴァーを助けた巨大な「空飛ぶ島」

(wikipedia関係で調べた情報)


◆天空の城ラピュタ(ラピュタの雷【インドラの矢】について調べたかったのだったか?)
1986年公開の宮崎駿(スタジオジブリ)によるアニメ映画。天空に浮かぶ城、ラピュタが登場する。直接にイメージを借りたものだが、登場人物が劇中で言及するように『ガリヴァー旅行記』第三篇のラピュータとは別物である。

(wikipedia関係で調べた情報)


【浮遊する存在】で調べた他の事

◆エヴァンゲリオン登場

第4使徒 ラミエル (RAMIEL)
第六話に登場。
名前の由来はユダヤ・キリスト教伝承の「雷」を司る天使・復活を待つ魂の管理者・幻視を司る天使「ラミエル」から。
青い正八面体の形状を持つ使徒。

(wikipedia関係で調べた情報)


最近頭の中にFF5のクリスタル(ジョブ選択を可能にする重要アイテム)のようなのと、このラミエルのようなのが頭に浮かんだから調べたくなった。


◆ドラマ「TRICK」登場キャラ
最初に登場する霊能力者である「母之泉」の教祖・霧島澄子。

自在に空中浮遊が出来るというキャラという事で調べたかった。

確か、主人公の山田奈緒子というキャラもドラマ公式ページなどでは少し浮遊していた。


◆藤田和日郎「うしおととら」登場キャラ
キリオ

wikipediaからはあまり知りたいような深い情報は得られなかった。

対人関係の感情を記述した言葉での釣りと思われる表現がいくつかあり引用しなかった。


九印(くいん)
九印とはうしおととらの登場人物。
霧雄(キリオ)につき従うホムンクルス。

西洋の「魔道」に手を出した研究者が作り上げた最初の成功作にして、完全無欠のホムンクルス。
【機械のように正確な分析力を持つ頭脳】に加え、多彩な能力を持つ。
【飛行能力もあり、キリオの背中に付いて空中戦を可能にしたりも】できる。
キリオを守ることが使命で忠実に実行し、そのためには自身がどれだけ傷つこうとも意に介さない。

九印を生み出すのに数多くの失敗作が作られており、研究所である囁く者達の家に放置されている。


灰人@スキゾキッズ「頭の中でキリオの肩に【フクロウ】が乗っている映像が浮かび、それが九印に変わったりする」


◆ミネルウァ(Minerva)
詩・医学・知恵・商業・製織・工芸・魔術を司るローマ神話の女神。英語読みはミナ―ヴァ。俗ラテン語などに基づくミネルヴァという読みでも知られる。
芸術作品などでは、彼女の聖なる動物であり知恵の象徴でもあるフクロウと共に描かれることが多い。音楽の発明者でもある。

◆エトルリアにおけるミネルウァ
詳細は「メンルヴァ」を参照
"Minerva"という名前は、エトルリア人が彼女を「メンルヴァ」(Menrva)と呼んだことから付けられた。彼女のローマにおける性質からして、エトルリア神話におけるメンルヴァは知恵・戦争・芸術・学校・商業の神であったと考えられる。メンルヴァはギリシア神話のアテーナーに対応する神であった。アテーナーと同様に、メンルヴァは彼女の父ユニ(ギリシャ神話ではゼウス)の頭から生まれた。

◆現代での使用
大学及び教育施設
ミネルウァ像
知恵を司る女神としての側面から、ミネルウァは教育機関などで紋章に取り入れられたりしている。

(wikipedia関連情報)

もうちょい修正を施したい。「警察右翼」という表現は変な表現だと思われるので。(追記:7/11)


「反ユダヤ主義的な反灰色の世界の住民主義」(サルトル「ユダヤ人」改)

http://www.geocities.jp/toku2501/grey_bashing.html

「法則・公式」

http://www.geocities.jp/toku2501/kousiki.html


・無意識≒エス≒過剰なエロスとタナトスが奔騰するカオス
≒壁に囲まれた「世界の終り」という街=影のない人の世界
≒世界の不毛化された記憶が凝結する地下墓地=ミイラや<死者>の住処
≒社会的あるいは象徴的に交換されなかった大文字の他者の語らい
≒オリジナルなき代理物であり続けるシニフィアン
≒自己複製子の乗り物(?)
≒疎外された心的実体≒外傷的な真理が声を発する場所
≒他者にとっての「私」に還元されない<私>に執着した本多
≒自己幻想の世界=無条件の連帯の肯定も平等も存在しない共同体で自己愛を過剰に傷つけられ自己認識が悪くなった存在=承認の供給不足にある存在
権力者側の情報ネットワークからヨソモノとして外されている存在
≒灰の世界≒スケープゴート≒異人≒リンチの対象
仕返しを招くような親密な共同体の絆が欠けている存在
≒植民地化された地域の周縁化された存在=ほかで許されないことが許される別世界=誇大自己を持った者の自尊心の基盤
≒暴言連発したり失礼な言葉を吐いても責任をとらされる事なく看過される対象
≒パノプティコン的な匿名の不可視の視線の下で見世物化された監視付き生活を強制されている存在≒近代社会の合理的理性を自称する存在による抑圧的意志の対象
≒生政治的範例
排除された後も外での動きも捉えられる存在 ≒日常においては禁止され構造から排除されている部分=構造内で下層に抑圧された者
≒祭りで一時的に組み込み処理する対象
≒非差異、無差別、連続=差異の抹消=相互暴力状態=怒号と喧嘩の音
警察権力が市民生活の内に力を発揮する場=秩序創成暴力の対象
≒一般市民より下の階層の者として認識され、愚か者の範疇に入っており、隠している愚かな事物を暴いても重大視されていない


・理想自我=想像界=小文字の他者a=内在的な他者=生物的な世界

≒心像の世界=クオリアの世界
≒私的幻想の世界=意味とイメージの世界
≒ナルシシックな自己イメージ=自我の理想化された鏡像
≒自分の気に入っている、まさに自己愛そのもののような自己像
≒マスコミやカタログ文化でつくり出された美化・理想化された自己イメージ
≒他人からこう見られたいと思う自分のイメージ
≒仏教でいう我執といわれるような自分への執着の対象
≒貧しい文化や洗練されていない不自然な表現=モテない存在=影の薄い人
≒状況を自覚していない灰人と知らされている共同体メンバーとの境界線上にいる人
「象徴的他者」の位置より一段下の、原始的な対象の位置(想像的なもの、性的慰安の対象)に留めおこうとされた「想像的他者」。ラカンは「対象a」とよぶ。転移を拒否された患者が、分析家をおく場所も、この「対象a」としての場所である。この関係は、相手に社会的な幻想を抱いていた転移の局面と比べてはるかに不安定で、患者の攻撃性が分析家に向け、容易に発動しやすい状態
≒心理分析官クラピカの世界
≒外部の情報が入ってこない<下>に見られた人のいる壁に囲まれた世界の外の世界を知ろうと巨人のいる世界を調査しようとする人
他者から尊重されたり対等な存在としてメッセージを交換する「人間」の壇上に上げないように弾圧される<生ける死者>といった世界
≒暴力誘発性、脆弱性を帯びた存在
≒「傷つけられる」という条件により発動した摸倣欲望
≒自己をそれとして措定してくれる言葉をもつ代弁者の探索にとらわれている状態
≒自己の統一を預けることのできるような相手を探してさまよう、鏡像としての他者の中への囚われの関係



・自我理想=象徴界=大文字の他者A=超越的な他者=社会的な世界

≒文化の秩序、象徴秩序、言語的秩序としての構造=サンボリック
≒掟によって自己中心的な万能感の感覚を否定し、その掟を守ることで成立する秩序と理念をもった世界
≒個々人の欲望や自己中心的な感情を一度克服してはじめて、確立されるような世界
≒自己中心的な個人的な自己愛を一度否定したところから成り立っている
≒万能感を捨てて入っていく世界
≒現実の社会的義務・責任の遂行と繋がるもの
≒社会的絆であり、信頼を保証し、義務の支えとなる基本的な象徴的契約
≒コミュニケーションを通じた承認で育まれる自尊心
≒豊かな愛によって言葉や他者につながれている存在
≒共同幻想の世界=個体保存の欲望と各人のナルシシズムを言語の内に吸収し共同化された世界≒豊かな影を持った存在

仲間意識で連帯した世界=倫理的関心を内輪に限定する世界=感情で動く世界=ビオスの世界
≒魅力を持った生に変わらなければならない場であり、魅力による上下関係や差別や排除がある世界
≒魅力の低い者が客観的な理屈として正しいと思って主張した事も認められない世界
≒魅力の高い者が客観的な理屈として間違っている事を主張しても容認される世界
≒文脈により同じ言葉が違う意味を持つ世界
目に見えない効力をもつ法としての場の空気や人間関係の網の目に支配された世界
≒掟の門の門番
セミオティックの位置にある存在が自我理想を持った対等な「人間」であると主張すると生意気に感じて苛立ち権力や言葉の暴力を振り回し「下」に置こうとする存在
グルメで無条件の連帯の肯定や平等など存在しない世界
≒壁に囲まれた「下」に見られた人が知らない巨人たちの世界
≒「下」に見られた人の過失は吹き散らすが自分達の過失は隠してしまう存在

≒労働や勉強で生産的な成果を挙げ社会的に評価される事が美徳であるとされる世界
≒人が自分を社会化するために選ぶ標識=名誉の対象=美徳のもとになる秩序
≒人が憧れる、かくありたい存在=モテる存在=小文字の他者aに模倣される存在
≒第三者の審級=規範的な判断の究極的な帰属先=権威を感じ自発的に従おうと思う存在
≒言語的、父権的な中心ないしコード=象徴的父の表象であり、制度であり、掟


・超自我
≒選民意識を持った存在
≒誇大自己に執着した存在=他者を非人間的に判断したりする存在=モラルのない世界
≒社会的権威を精神内部に延長したもの
≒自我理想と同じ媒体の、秘密を暴く欲望と懲罰をともなう側面
≒非道徳的で反倫理的な審級であり、倫理的裏切りの烙印
≒集団の「エス」をバカにしたり笑う攻撃的な文化の制作者
≒集団の「エス」や「小文字の他者a」の位置にある存在を徹底マークして情報を「自我理想」の位置にある存在に流している存在
≒法秩序の外にあり、しかしまた法秩序に属している存在
≒個人情報を漏洩する国家、プライバシーを侵害する国家
≒植民地主義の国家、民族差別を容認する国家、人権侵害を推奨する国家、死刑を支持する国家、同じ国民の中に棄民を作り出す国家
≒近代社会の合理的理性を自称する存在=非理性的な「エス」とした存在を抑圧的制裁の対象としていいとしてもいいとする存在


・対象a

≒現実界?
≒<外>の存在=メタな視点
≒ドライな世界
≒人狼の森、砂漠、不毛地帯といった心象風景
≒現実の領域は対象aの除去の上になりたっているが、それにもかかわらず対象aが現実の領域を枠どっている
≒犠牲のメカニズムにより歪められた表現を犠牲者よりに修正した回顧的な文章を書く暴力行為を告発する探偵
≒反ユダヤ主義者にとってのユダヤ人的存在
≒メラニー・クライン的な意味での「乳房」
≒まなざし

≒永井均の言う<私>≒秘密の宝=他者にとっての私に還元されない<私>


http://www.geocities.jp/toku2501/kousiki.html


反ユダヤ主義者にとっての<ユダヤ人的>な灰色の世界の住民は、見世物放送閲覧者に愚かさと金銭欲と卑猥さと自分自身に対する健全な愛の不足とタナトスを連想させているのか。それは相互性の下方に放逐された孤立した存在で、自宅ですら秘密が守られた生活を失い、<生ける死者>となって放浪する者か、有徴の存在とされ、警察の実行部隊によって見世物化された生活を強制され、玲奈真理教という秘密の情報ネットワークを持った、社会の中枢に根をはった存在の植民地とされている存在なのだろうか。
合理的理性を自称する反ユダヤ主義的な反灰色の世界の住民主義が、灰色の世界の住民との具体的関係をほとんど持たない人にまで浸透し、国民が同じ国民の人権やプライバシーを剥奪した生活の強制を受け入れているという状況があるのかもしれない。


玲奈真理教は灰色の世界の住民を他の人間と対等な人間とみなすことなく、なんらかの共同体に紛れ込んでも、そこでの活動も注視して心理状態を公開し分離しようとしてきたのだろうか。反ユダヤ主義的な反灰色の世界の住民主義的意見にしても、灰色の世界の住民の知人や接触対象者にも浸透できるものであると考えられていたのだろうか。


反灰色の世界の住民主義はスケープゴートとしての灰色の世界住民に深刻な害悪をなしている。直ちに特定の個人を対象とし、その権利を剥奪したり、その生存を脅かしたりしかねぬ活動を、警察権力も背後につけ実行し、言論の自由として認めるなどということは、私にはできない。反灰色の世界住民主義者が傷つけようとしている灰色の世界の住民。その個々の存在はひとりの人間、人間の父母を持ち、人権を尊重されるべき人間です。反ユダヤ主義的な反灰色の世界住民主義は、言論の自由の原則によって保証される思想の範疇にははいらないのです。
反灰色の世界住民主義者は、なぜ灰色の世界の住民の人権侵害やプライバシーの侵害を容認しているのでしょうか。


私は、見世物放送閲覧者がなぜ、灰色の世界住民を対等な人間と認めず、事実を明らかにした対等なコミュニケーションをしてくれないのだろう、と思った。なぜ、見世物放送閲覧者は、隠喩表現しか使わず、自分が何者か明らかにした形で私のブログや掲示板で文字に残る形式でコミュニケーションしてくれないのだろう、と。
私は反灰色の世界の住民主義化した社会集団の数々が、「秘密を共有している側とおまえは共存できない」と称して犯す数知れぬ権利侵害行為を思い隠喩表現での精神的虐待の対象とされていると、深い心理的苦痛を感じた。
集団の<エス>が存在しなければ、反灰色の世界の住民主義者は、日本人の中から選び出し、灰色の世界の住民を作り出さずにはおかないのだろう。

羊飼い気取りの玲奈(玲奈真理教教祖)は、灰色の世界の住民を自分たちの共同体から排除した後も、外での動きをとらえ、どこの共同体でも同化し得ぬ異分子として考え、「この世は自分の願望を実現するためのパラダイスだと思っているんです」と主張し、警察権力も背後に見世物生活の強制と秘密が守られた正常な連帯の解除のための活動を実行して隠喩表現で精神的虐待を続けていたのかもしれない。
家族会の人も私を守るべき仲間とみなす事なく、嫌悪と軽蔑と文字に残る形式での直接のコミュニケーションの拒否で連帯し、灰色の世界の住民と正常なコミュニケーションをすることなく放置していたものも多いのだろうか。大学在学中も、私に自覚させることなく見世物化と心理分析の対象とし、反玲奈真理教傾向の感染を防いでいたのかもしれない。公共的有用性を持たないと判断した存在を、凶悪犯罪を犯したわけでもないのに<生きるに値しない生>として抹消を認可するというのは、全体主義的で非人道的なのではないか。
たとえば、健全な自己肯定感のある人は、プライバシーの剥奪などの待遇を強制されたり、自分を苦しめたり軽蔑したり侮辱したりする人を憎んだり怒ったりする。ところが、自分に対する愛が欠けている人は、こうした感情が生じにくい。そして、反灰色の世界の住民主義者はそこにつけこんだり、軽蔑する事実に先行し、逆に事実を捜し求めて、それによって自らを養う。警察権力による見世物化の力でねじ伏せる事に同意したりする。


正統で正確な教養に基づく正常な表現を認めたり、秘密が守られた環境で他者に承認と事実を与えられ連帯されたら大変なのだろうか。そして玲奈真理教の仲間内で混乱や疑心暗鬼が生じないように、情報管理と称して灰色の世界の住民のプライバシーや通信の秘密を侵害しているのだろうか。匿名掲示板の隠喩表現で灰色の世界の住民の精神の航路を把握し操作し、コントロールから外れると「レーダーから消えた」と言っていたのだろうか。
<下位>の存在だとみなしている灰色の世界の住民が、同じ対等な人間であるかのように主張すると、苛立ちを感じるのだろうか。


灰色の世界の住民の持つ、古くてもとても素晴らしい本を見つけ、一部は積読になりながらも読解していく徳性も同様である。それらは柔軟さの欠けた対人関係をもちがちな灰色の世界の住民が、幻想のアイデンティティーを確保するために用いる補償手段にすぎないとする者もいるのだろう。自分の母国に、自分の所属集団に、自分の家族に根を下ろさず、国の教育方針による教養の叡智に基づかず、公式記録や試験結果に現れない力を主張する者の尊厳や知性など、認める必要がなく、深刻な人権侵害の対象とされていても救済する必要がない、と玲奈真理教は判断しているのだろうか。


反灰色の世界の住民主義者の感受性は、普遍的真理といったものの探求にはそっぽを向く。そういったものは<ユダヤ人的>灰色の世界の住民的なものであるから。反灰色の世界の住民主義の原則とは、特異な存在としての灰色の世界の住民を非理性的存在として秩序の周縁部に叩き出すことであり、彼らより「下」の存在として見世物化の対象とすることだから。

灰色の世界の住民は反ユダヤ主義者にとっての<ユダヤ人的>存在であり、非理性的な人としてプライバシーが軽視された監視社会で見世物生活を強制され、直接対等な人間として灰色の世界の住民の情報発信メディアで文字に残る形式での対話の相手にする必要はないと判断されているのかもしれない。そして灰色の世界の住民を正常なコミュニケーションの回路から外し、見世物化され事実を知らされていない立場で対等な人間として認められず社会から分離されていろ、と判断している玲奈真理教徒もいるのだろうか。そして玲奈は灰色の世界の住民を絶対下位の存在として常に「下」に置く事を強制し、警察権力と共犯関係に浸りきり灰色の世界の住民の活動を見張り、対人関係も把握し人間的交流を断ち、自分が「軍人」の羊飼いであると主張する。そして灰色の世界の住民に「永遠のヒトモドキであれ」と自らのコントロール下に置こうとする事を強く欲望し人間的自由を感じる事のないようにしているのだろうか。


反灰色の世界の住民主義者にとって知性は彼らのものであり、灰色の世界の住民は絶対下位の存在であり人権もプライバシーも通信の秘密も剥奪してもいい存在とみなされているようで、灰色の世界の住民の私生活を窃視しそこから信頼している仲間を貶すふりをして灰色の世界の住民にケチをつけ「同じ人間とみなせないし生きてる価値ないよね」と判断し放置している人もいるようだ。そして彼らは、「そんな活動なんか存在しないし誰にも相手にされていないきみの自意識過剰な妄想だ」としている者もいるのだろう。
彼らにとっては灰色の世界の住民が自分を隠喩で表現したら、「本物」の存在が2ちゃんねるに現れ注目と言及を集め「おまえは違う、<外>の存在だ」というメッセージを暗に示し、<私>の側には、<ユダヤ化>された抽象的な<フランス>があって、彼らはそれに対して「下」に置き隠喩表現でケチをつけるのは当然だと考えているようだ。
この絶え間ない警察権力による集中的注視と情報分析と一般公開に基づく表現は、国民に公開で集団的行為として行われているようだ。そして灰色の世界の住民をあくまで相互的なコミュニケーションの下方に放逐された特異性のある孤立した存在として、正常なコミュニケーションをする必要のない絶対下位の非理性的なただのグロテスクな愚人として扱いたいようだ。

反灰色の世界の住民主義者は、程度の差はあっても、皆、正規の権力の仲間であるようで、無規律で非生産的と見なされた灰色の世界の住民の「上」に立つ、規律ある生産的な一員であることを主張する。彼らは、秩序と権威と魅力により他人を上下に分類するのが好きなようである。それを警察権力も背後につけて行っているのである。


灰色の世界の住民の表現は、玲奈真理教徒の誘導で、筋も理屈もあろうはずがない、正当な情報による裏付けもない憶測によるものという烙印を持つようにしてきたのだろうか。

ひとりの灰色の世界の住民と、ひとりの玲奈真理教徒とが、同じ行為をしたとしても、その行為の意味は、それぞれの場合で異なる扱いを受けるのである。その理由の一つとして、灰色の世界の住民は、表現のすべてが通信の秘密もプライバシーも認められず監視下に置かれ情報分析され公表されているのと、玲奈真理教の政治的理由に基づくものだろう。玲奈真理教の一員である政府の人(?)が、サヨク寄りの人物にも禁じたのは、灰色の世界の住民の情報発信メディアへの対等な人間としての文字に残る形式でのコミュニケーションなのだろうか。孤立した状態で事実を知らせず見世物にしておかないと、見世物放送閲覧者内のパワーバランスが崩れるし、灰色の世界の住民を<下>に留める事が不可能になってしまうからだ。
自己愛を傷けられ、相互的なコミュニケーションの下方に放逐された集団の<エス>は、無口で完全なオリジナルでの表現の生産は難しい精神状態に運ばれ、引用か引用改造という表現しかしづらい精神状態に運ばれているのではないか。そして玲奈真理教徒の中にはその表現に対して「無能のコピペバカはスルーで」という愛のない対応をしてきた者もいるのだろう。反灰色の世界の住民主義者の玲奈真理教徒は、灰色の世界の住民をキモイ愚か者か、生ゴミのように見てきた者もいるのだろう。彼らは、灰色の世界の住民の言論を、合理的根拠のない個人的感情によるものと客観的ソースのない憶測によるものとして説明しようという態度がある。
更に、警察が2ちゃんねるで灰色の世界の住民をAA(警察アート)で表現するとき、反転させた意味での玲奈真理教の罪のなすりつけと、いかに灰色の世界の住民が卑小な存在であるかを隠喩表現で愚弄しながら描いてきた。

反灰色の世界の住民主義者の玲奈真理教徒にとっては、灰色の世界の住民を灰色の世界の住民たらしめているのは、灰色の世界の住民自身の内部に存在する「愚かさ」と「貧しい心」と「幼い頃からの母親の育て方の悪さ」であるとしている人もいるようである。周りの人間の対等な人間としての接し方の欠如や自己愛を傷つけるような振る舞いは容認し、無条件の連帯の肯定などせず、すべて灰色の世界の住民の知能の低さと幼い頃からの母親の育て方の悪さに責任を求める傾向も玲奈真理教徒にあるようである。
だがここで、見誤ってはならないのは、資質や、親による養育環境や教育方針や本人の努力不足による種々の説明は、灰色の世界の住民の不自然な言葉使いへの言葉での精神的虐待や差別的待遇の、後から付け加えられたものであるということだ。それは、知的で理性的であると自称する者たちが、自らの選民的体制を維持するために利用した、うすっぺらな科学の衣裳に過ぎない。


善の騎士である反灰色の世界の住民主義の影と羊飼い気取りの玲奈と玲奈真理教徒の匿名の隠喩表現での灰色の世界の住民に対するリンチは「正義」であり、リンチに同意した理由も灰色の世界の住民を直接正常なコミュニケーションの相手とせず伝えないことも「常識的判断」によるものとしている者もいるようである。近寄りがたきグロテスクな愚か者として、見世物にして文字に残る形式での対等な人間としての正常なコミュニケーションの相手にするな、としているようである。このようにして近代社会の合理的理性による前近代的な「ただの愚か者」に対する見世物化と「人権派を称した」活動による、灰色の世界の住民の人権やプライバシーの蹂躙も行っているのだろうか。
反灰色の世界の住民主義は、当事者に事実を知らせず差別的な待遇をして「知的」であることで「上」に立ち、人権もプライバシーも認めず灰色の世界の住民を見世物にしている。そして反灰色の世界の住民主義者は灰色の世界の住民との対等な人間としての文字に残る形式でのコミュニケーションなど、どうでもいいとしている人もいるようである。そして灰色の世界の住民の日常生活を徹底的に見世物にして分析して、些細な悪や罪や愚かさの傾向すらも拡散させ、国民に「常識的判断」として同情の余地がなく対等な人間と見なせないと思わせているのだろうか。反灰色の世界の住民主義者は、国家による見世物化の力を灰色の世界の住民に向けて、匿名の隠喩表現で灰色の世界の住民の精神を虐待してきたのだろうか。


反灰色の世界の住民主義者にとっては、<悪>とは違法行為のみならず象徴秩序のネットワークからの病的なズレや、近代国家の市民としての労働や勉強への怠慢も含まれるようで、灰色の世界の住民を見世物にしてその<悪>を徹底的に暴き、告発し、玲奈真理教徒の仲間意識や感情に訴えてリンチに参加させたり、「常識的判断」と称して事実を隠蔽し、隠喩表現での思考の焼き付けによる洗脳で死刑に運ぼうとする事が「正義」と判断されたりしていたようだ。そして見世物化した監視付き生活を強制させ、通信の秘密やプライバシーや人権を無視して情報分析して科学的なデータを取り公表してきた事実も隠蔽し、無条件の連帯の肯定もせず対等な人間としても扱わなかった事に反省もせず、「常識的判断」と称して事実を隠蔽し、差別的待遇をされてきた灰色の世界の住民を断罪する事を「正義」とするのだろうか。影と連帯した玲奈にとって灰色の世界の住民は悪玉の愚か者であり、灰色の世界の住民の「悪」を暴き、見世物化し、対等な人間としての他者との連帯を解消し、他の人間と対等な存在ではない地位に留めるのが「正義」だと思っているようだ。


秘密を認めず自尊心を傷つけズレた表現を誘い、些細な罪や異常行動も暴露すれば、警察による灰色の世界の住民に対する人権を無視した差別的待遇の同意も得られると判断したのだろうか。しかし、目の前で、1人の灰色の世界の住民と会ってみれば、大抵の場合、
モラルを持った優しい男で、暴力は持たず、肉体的な面でも言語表現の面でも自分自身を守ることさえ出来そうもないことが分かるはずである。
この、灰色の世界の住民の個人としての弱さが、逃げられないように見世物にされ、隠喩表現でのリンチに会う原因なのだが、反灰色の世界の住民主義者は、それをよく承知している。そして、同じ日本国民に対して「敵国の手羽先は滅びろwww」と隠喩表現での侮辱を楽しんだりしていたようである。人間的で相互的なコミュニケーションにより承認と教育的な言葉を与えられ秘密が守られた環境に置き、他者と対等な人間として連帯されると、灰色の世界の住民に対するリンチも不可能になってしまうのだろう。灰色の世界の住民にとって、相手は、圧迫者であり、残酷な強い人々であり、権力と人権侵害技術と情報収集力を具えて、灰色の世界の住民は孤立化させられた環境で見世物にされ、感情に訴えかける魅力の不足した表現が多いようで、自己防衛できる知識も足りず、外部からも与えられないようにされているのかもしれず、反抗して太刀打ちできないような精神的打撃を加えようとした者もいるのだろう。反灰色の世界の住民主義者にとっての「悪」の化身は、あの、恐るるに足らぬ、丸腰の灰色の世界の住民であるが、警察権力による人権を無視した見世物化と分析技術に支えられた匿名の隠喩表現での虐待と、公式メディアでのストレートの表現での 灰色の世界の住民に関する言及や、灰色の世界の住民への対等な人間としての正常なコミュニケーションの回避と、生身の肉体を持った存在の精神的苦痛の無視と、灰色の世界の住民の不自然な表現の記録の収集なども行い、「この人権もプライバシーも認めるに値しない生きたバカの標本の整形前の文章も記録しておいて」としているのだろうか。反灰色の世界の住民主義者になり、見世物化された生活を強制されている灰色の世界の住民の生活を眺め、匿名の隠喩表現で活動するのは、面白いのだろう。匿名の隠喩表現なので、少しも怖がらずに、灰色の世界の住民を言葉の暴力で殴ったり、警察権力の人権侵害技術を使っても妄想として処理する回路を残し、承認を与えず一方的に自己愛を傷つけ自己憎悪の暴力に突き落とすことで、自己消去的な自作自演の書き込みを引き出し、本人の同意を得ようとしていたのだろうか。全ては、対等な人間としてのコミュニケーションの回避と、生身の灰色の世界の住民に対する人権の無視から来ている事なのだ。反灰色の世界の住民主義者にとっては、灰色の世界の住民に対するこうした精神的虐待活動は、「理性的なお利口さんによる愚か者の除外」としたものなのだろうか。玲奈真理教徒たちにとっては、<私>は「例外的な灰色の世界の住民」で「彼らは我々玲奈真理教たちとは違うのだ。だから決して対等な人間ではない生きたバカの標本として見世物にして正常な応答をしなくていいのだ」と思っている人もいるようだ。


たしかに、灰色の世界の住民の敵の誰もが、真昼間に、灰色の世界の住民に対する死を求める声を、本人の前で肉体を伴った形で言うわけではない。しかし、彼らの要求する処置、灰色の世界の住民の低下を、恥辱を、追放をねらう処置は、いずれも彼らが、心の底で考えている影の人権侵害活動に支えられた間接的な象徴戦争によるへと運ぶ工作活動であり、警察による灰色の世界の住民の私生活や通信手段の窃視と情報分析技術による人権を無視した情報公開に基づくものもあるのだろう。そして、それらの活動は、当事者の灰色の世界の住民に対して隠蔽し、妄想として処理する回路を残して行い、不毛な活動に分離させ対等な人間ではない存在として科学的にデータを取りながら行っているのだろう。そして警察右翼たちとの対等な人間としての正常なコミュニケーションの回路からは外して行われているのだろう。


反灰色の世界の住民主義者の羊飼いを自称する玲奈は、影と共犯関係に浸りきり、常に灰色の世界の住民を見張り「下」に置き、想像的他者として存在する事への執着と、「他者」の介入を全力で否定し、灰色の世界住民への精神的虐待の享楽にふける者のように思える。そして影と連帯した羊飼い気取りの玲奈は、警察右翼に言葉での集団私刑に加わらせるようにさせ、その表現は全て法による制裁の例外的対象とされているのか誰も批判せず、誰一人そこで語られている事の事実を公式メディアでストレートで語る事なく、灰色の世界の住民の私生活映像と通信手段を窃視しながら、自らの社会的生命を維持し仕事や勉強の片手間で活動してきたようだ。

全ては対等な人間としての文字に残る形式でのコミュニケーションの回避と生身の肉体を持った存在の人権やプライバシーや精神的苦痛の無視と、影と羊飼い気取りの玲奈と警察右翼たちによる警察のプライバシー侵害と人権侵害活動の支持と、灰色の世界の住民と他者との秘密が守られた正常な連帯の回避から来ているのだ。

反灰色の世界の住民主義と民主主義はお互い連帯し、監視社会での灰色の世界の住民の見世物化とファシズムにおける病院への入院の強制と、医師による統合失調症の診断による属領化の正当化とも関係しているように思える。灰色の世界の住民は警察右翼たちからは正常なコミュニケーションの対象外とされた存在であり、生きた愚か者の標本として扱われ、灰色の世界の住民には正確な情報が届いていない。警察右翼たちは言うのかもしれない「灰色の世界の住民に対する恒常的なプライバシー侵害と見世物放送などの非日常事態など存在しない」。
灰色の世界の住民には置かれた状況に怒りを持ち対抗させないように強制的に小児的な<エス>にさせ見世物にされているのだろうか。


反ユダヤ主義者にとってのユダヤ人的な灰色の世界の住民とは、近代国家の内に、完全に同化され得るにもかかわらず、各国家や共同体の方が同化する事を望まないように影と羊飼い気取りの玲奈によってコントロールしようとされる、差別的待遇で扱われている存在と言えるのかもしれない。そして間接的な表現で監視・盗聴・通信傍受・個人情報収集と漏洩・思考盗聴などの技術をほのめかし秘密を認めず、羊飼い気取りの玲奈と仲間意識で連帯した警察右翼に匿名掲示板などで隠喩表現で精神的に締め上げさせ、自分への愛や誇りを潰すようにさせたら、愛と感情の乏しいドライな精神の存在となり、見世物放送を眺めている人たちからは共感のできない存在となるのだろう。家族会メンバーにも灰色の世界の住民抜きで、警察右翼の「常識的判断」による説得に基づき事実を隠蔽する事に同意させれば、反灰色の世界の住民主義のファシズムで統一できると判断し、羊飼い気取りの玲奈の言う「この世は自分の願望を実現するためのパラダイスだと思うんです」「真理が<死>だった場合あなたは死ねますか?」という状況の実現が、影と共に実現できると考えたのだろうか。そしてそうした状況の邪魔になるものは、羊飼い気取りの玲奈が全身全霊で潰そうとするだろうし、外部から正確な情報が灰色の世界の住民には伝わらないように、影が情報統制しているのだろうか。そして灰色の世界の住民に対して一切の秘密を認めないような生活環境に置き(置いているように想定させ生活させ)、自尊心を激しく傷つけさせ、まともな社会生活が送りにくいような精神状態に運び、その私生活を眺めていた人たちが直接事情を伝えていないという不誠実な対応についても、警察右翼たちは「常識的判断」として同意して隠蔽してしまうのかもしれない。


http://www.geocities.jp/toku2501/grey_bashing.html

他者は尊重と愛の対象なので、私が置かれているような「本来踏み込んではならない領域まで踏み込まれて偉そうな事を言われている状況」を想定するとその酷さと悲惨さが理解でき心が痛むし、とるべき行動として適切なものがいくつか浮かぶくらい頭が回るが、自分自身は尊重と愛の対象としづらいからか、その酷さと悲惨さが理解しづらいし心はあまり痛まないし、とるべき行動として適切でない事をとったりしているかもしれない。



■自分の置かれた状況を父に置き換えてみる。
1、父の私生活や通信手段や個人情報が見世物にされている。
2、父はいつからそのような状況に置かれているのか自覚していない。
3、父の確認できるメディアでは事実をストレートの表現で伝えるものは一つもない。
4、見世物にされている父の情報を見て分析して公表している人たちがいる。
5、見世物放送と収集した個人情報と分析結果を聞き、匿名で隠喩表現で語る人たちがいる。欠点や変な言動があれば容赦なく匿名掲示板の言語表現でも掲げられ見下す人たちがいる。
その人たちは、
「胴長短足www(「禿胴www(福山望)」とか言ったり、「あいつより背が低いあの人より足が短いwww」「短足は悪www(井本友江)」)」
「知能がひくーーいひくーーいと見なしますwww普通の普通のバカです!!」「バカが関学受かれるか!!!」「バカはいらない子(中塚尚子)」
「取り柄が~、偏差値が~、IQが~(玲奈が連呼)」
「よう、キショいヤツ」
「ダサいファッションwww」
「~さんからも嫌われ、~さんからもバカにされ~(玲奈が連呼)」
「~さんも敵に回しました。皆に死んでって言われてます。気分はどうですか?(山形浩生)」
「~さんを除く全員一致で~(山形浩生)」
「おまえ程うざくてキショい存在はいない」
「お金おろしていいwww?(井本友江)」
「はよ死ね!はよいね!」「飛べ!(井本友江)」
「あなたが書いているのは遺書です」
と言ったりしている。
6、父は状況をストレートで指摘してくれる情報がない中、推測で判断するしかなく、その父の姿を見て「コナン君」「Lたそ~」という人がいる。
7、父は置かれた状況を推測で判断する中、それを記述するために普通の人が読まないような本を取り寄せ、立派な言語表現をする事で他者から認めてもらい助けの手を差し伸べてもらおうと計画し、
【1】国家論、監視社会論、警察機構の仕組みや内部情報が書かれた本、権力論、排除・リンチ・暴力・スケープゴート論、ホモ・サケル論・反ユダヤ主義に関する本(酷い状況に置いたデカい仕組みを記述するため)
【2】精神分析本(言葉で攻撃を仕掛けてくる中心人物である【山形浩生勝手に広報部部長の玲奈】の精神構造を記述するため)
【3】死刑廃止論、人権に関する本、自由論、反戦論に関する本(生命と自由・人権の尊重と反戦平和の重要性を訴えるため)
【4】政治経済・法学・プライバシーに関する本(国家や社会の仕組みや守られて当然の権利を学ぶため)
【5】正義論・倫理学・友情論・愛について書かれた本(正しいと思う事、世の中で正しいとされる事などを学び、悪を断つため)
【6】感情論・差別論・共同幻想論・秘密を持っている者の心理について書かれた本(玲奈支持者で異常な差別的言論をしている人たちの心を読み解き理解するため)
【7】自己愛に関する本(己を知る事も状況理解につながると思われるので)
【8】根源にまで遡った誰も書いた事のないようなとてもデカい話を書く事で承認を得ようとする(領域横断的な普遍的真理の探究心も満たすため)
などを集めて読むが、文章を書く際の共同制作者や助言者がおらず、言葉や音声で虐待され承認を与えられないがために、ありのままの自分をうまく愛せず、引用改造などの表現に走りがちになっている。
共有している事実を隠蔽しその文章作成過程も見ている人たちは、
「インテリぶってるバカwww」「転載バカ本バカ本本www」「(ノートも覗き見されて)汚ねーキショい字(井本友江)、禿ワラwww」「黙れバカ!!!死ねバカ!!!ウザいんだよバカ!!!」
と言ったりしている。
8、父は相談相手として精神科医療機関を頼りにするが、
「誇大妄想から来る被害妄想。注目されたいという欲求の現れ。誰も君の私生活なんか見てないし興味もないから。君はそんなに重要人物じゃないし。病識を欠いた典型的な統合失調の症状です。病識を持たないと。お薬を飲みましょうね」
と言って処理されている。
「本当に見世物にされている人に対して、そういう対応をするとしたらどういう場合ですか?」
と父が言っても
「そんな事ありえないからwww」
といってマトモに対応しようとしない。
状況と関係ない会話をしようとしても、精神科医療従事者としての知恵や人並みの思考力を働かせた深い返答はもらえない。
本来秘密が守られるべき診察風景などを覗き見して、医療機関のそうした不誠実な対応を見ている人たちの多くは、ただ見ているだけ。
9、父が好意を持っている事を表明している女優さんや歌手さんも、父の私生活を眺め、間接的な表現で否定的な言葉を発していたりする。
10、父は「何やってるでしょうかね、見世物生活を強制している存在とその支持者は。プライバシーはどうなっているのでしょうか。個人の私的領域でのライフスタイルは公開されてはならないものであるし、批評の対象となったり、そこを勝手に覗き見た情報から生存の肯定や否定をしてはならないはずですよ。私は一般市民ですよ」とつぶやいている。



■自分の置かれた状況で本来とるべき行動でとってないものや、とるべきでない行動でやっているものなどを挙げてみる(自分を父に置き換えて)

【1】父は自分の快適な生存に向けて他者に助けを求め連帯関係を築くための活動をほとんどしていない。SOS信号の他者への直接の発信が少なすぎる。

【2】匿名掲示板2ちゃんねるで間接的な表現で多量に酷く書かれた文章があげられていたりするのにも関わらず、父はあまりビビッてない。

【3】外出先で有名人さんや身内や家族会メンバーさんなどにお会いしても、父はその場で直接話しかけた事が一度もない。

【4】父は自分自身に対する愛が何かオカシイ。それが本来とるべき行動をほとんどとっていない理由ではないか。

■本

バタイユ「エロティシズム」

ジジェク「幻想の感染」

新宮一茂「フロイト=ラカン」(山下仁司という人に返してもらってない)

樫村愛子「ラカン派社会学入門」

雑誌「imago」全巻



■漫画

高橋ツトム「地雷震Diablo」1巻

園山俊二「ペエスケ」3巻~最終巻



■CD

Marilyn Manson「Holy Wood」(2000年頃?)



■その他

サングラス数個(自室に侵入され破壊された。ネット通信をする際の、パソコン画面を見た時の目の反応が外に漏れるのを防ぐプライバシー保護のために使っていたが、壊された。2002年秋頃から)

十字架のネックレス(壊された後、没収された)

ペンケース(ペン数本、鉛筆、消しゴム、しおり等が入っていた)



命乞いする相手に「本見せろ」

持っている本の情報を知ろうとして、ランクCの情報があれば奪っておこうとする人たち。

はぁ、何やってるんでしょうね。玲奈真理教の実行部隊は。┐(´Д`)┌

私は極悪非道な罪など何一つやってない一般市民ですよ。


坂木蘭


ケンシロウ「ひょっとしてなんらかの催眠術にかけるか、洗脳をしようとしてるんじゃないの?」
坂木蘭「ひょっとして息が臭かったんじゃないの?」

野口-san「ひょっとしてセリフが臭かったんじゃないの?」


病院での身体拘束1

病院での身体拘束2


病院である身体拘束。




吐き気を催される人


嘔吐する人。

のぶゆき自身でもあり、のぶゆきの発した情報を見た人の反応であったりもする。



愛って何?


少年(-_-)「愛!?愛ってなんですか?」


愛を唱えると弾圧される世界もある?

ネットで愛について深い教えを説いているサイトはあるのだろうか。

心の貧しい者に愛を語り承認を与える者はどれくらいいるのだろうか。

「少年(-_-)は昔ののぶゆきじゃない。“利己的な遺伝子”という本があの人を狂わせたのです」



loveless


ドーキンス関係の講義を聴きに行く少年(-_-)

教員「シュとは愛である。シュが愛だと思うから生きていくことができる」



死を願う者


「愛を説く者がなぜその少年(-_-)の死を願う?」



藤田信之、愛について学ぶ。



漫画「北斗の拳」「寄生獣」「東京喰種」の漫画のコマと、現実の写真を混ぜて、現実に近い話をブツ切りで表現してみました。

■登場人物


音声を分析する技術がある


音声から相手の分析ができる事を知っている人。

名前:C1さん(能力:ザムザに内部情報を流す人)



音声を分析する技術がある


収録済みの音声を流したり、他者の声に似せた音声を流すことができる技術者がいる事を知っている人。

ソックリさんを用意する事ができる事も知っている人。

名前:C2さん(能力:ザムザに内部情報を流す人)


他の仲間の存在を疑う者
名前:名無しさん1



バカみてぇに答えてろ


シリアスな状況を想定させる者。自分に都合のいい情報を引き出したい人。

名前:影と連帯する者(能力:うるせぇーバカ。俺の問いにだけ答えてろ)



思考盗聴

記憶を探る技術がある3


本来踏み込んではならないはずの、他人の見られたくない心の中や記憶に探りを入れる人。
名前:名無しさん2(能力:思考盗聴)、名無しさん3(能力:記憶公開)



監視者の反応


「俺たちの仕事はのぶゆきを観察して、入手した情報を一般公開すること」

「何も変化しない監視対象ののぶゆきに、我々はもう飽き飽きしてる」

名前:名無しさん4(能力:探偵的活動)



命乞いする相手に「本見せろ」


命乞いする相手に「本見せろ」。

ランクCの情報を見せないようにしている。

本来踏み込んではならない私的領域まで踏み込んだ個人情報収集者。

名前:名無しさん5(能力:手の内見せろ)



テスト


本人の許可なく個人情報を抜き取ろうとする人。

名前:影の手先のB1(能力:接触対象者による個人情報収集と漏洩)



鑑定者


ターゲットの許可なくBから受け取った個人情報を元に、本人すら知ることができないレベルで分析する人。

名前:「髪」鑑定者(能力:文化・身体情報鑑定)



バカにする人

のぶちゃんを堂々と見下す人。

仮名:名無し6(能力:あぁ?バカかおめぇ?)



クスリ疑惑をかける人


この人の能力は未知数。
名前:アソパソマソ(能力:???)



精神科医への受診を勧める人


逆ギレして当然という反応


名前:AB(能力:妄想としての処理)



認めてない人


名前:B3(能力:テメェに承認は与えてやらねぇーよ)

泉町

某聖地の図書館から少し南に行ったところにあるバス停。

「泉町」

名前は今日はじめて知りました。



図書館では日本音響研究所の音響コントロールで長時間

「死ね死ね死ね死ね死ね」

言われました。

凹んで泣きました。・゜・(ノД`)・゜・。

山形浩生と玲奈の音声がしつこくつきまとってきてツライです。

早く私の私生活範囲や私的空間から出て行ってほしぃわー。( TДT)




秘密ノート

今日作った秘密ノート。

ワロてもええんやで。

ほなね。





 ∧∧

(-_-)【壇】藤重【光】より

1、一人の人間の男(すでに30代半ばのオッサンだが…)の私生活(自宅の自室の中の様子も)、通信手段、個人情報、思考内容などを盗み見る事ができる。(でもそれらの権利侵害行為は10年以上前から)

2、妄想として処理する回路が活かされているため、それらに関してシラを切り、公式発言としては無干渉を通す事もできる。事実を知っている人たちは比喩を使って語り、ストレートで語る存在はほとんどいない。

3、のぶちゃんを間接的に表現した文化を娯楽として楽しみ、それらに関する話題で盛り上がる事ができる。

4、事実を知らされてないのぶちゃんは「かなりのアホ」と認識されているらしく、簡単に丸め込む事ができると思っている人がいるし、人と連帯しながら間接的表現で人を見下す事を娯楽として楽しめる。

5、のぶちゃんはめずらしいタイプの普遍的真理の探究者でありながらも、独力でのオリジナルの表現では長文で「読ませる」文章をあまり書いていないらしく、内部イメージの通訳なり代弁者を必要とする心理に運ばれる事が多く、知識人がその男の興味を持ちそうな範囲の本を、私生活や書いたノートの中身まで盗み見している公安関係者と科学警察からの分析結果聞いて、先読みして本を出版しのぶちゃんや似た傾向の人たちを釣る事ができ、知識人たちの文筆業での収入源として使えるかもしれない。

6、のぶちゃんは事実を知らされておらず、直接対等な人間としてのぶちゃんの置かれた状況に関する真実を伝えるコミュニケーションをしてくれる人はネットにほとんどおらず(いたとしたら即座に特定される。ネット外でもコミュニケーションの生じそうな場は徹底マークされている)、ターゲットは置かれた状況に関しては推測で表現せざるえなく、オリジナル要素の強い自己表現は枯らされる対象となり(無干渉、承認を与えられない、内容に踏み込んだ深い言及や教育的言葉は他者から与えられない、ただし自己愛を傷つけるような表現などはよく使われる)、模倣表現へと運び著作権侵害の対象としたいという欲望を持った人や、のぶちゃんの推測からの発言を事実無根とし法的処罰を加えたいという欲望を持った人は「カニ(カネの対象となる人間じゃない生き物)を見張ってますからねw」という立場をとる事もできる。

7、のぶちゃんはコンビニや本屋やブックオフやTSUTAYAなどに行き、新しい情報を仕入れる事ができる。しかも普通の人より「良い作品を見つける良い眼」を持っているらしい。その新しい情報で不確定な新しい変化が起こる可能性もあるかもしれない。

8、行動パターンを覗き見て心理分析結果を聞く事で「あるタイプの男が好む異性の特徴」などが分かり、似たタイプの男をおとすのに使えると思う人がいるかもしれない。

9、声ではない音にのせてメッセージを伝える技術があり、それと独り言のようにコミュニケーションしている変なのぶちゃんの姿が見れる。



午前はこのへんにしておこうかな。。

んじゃ図書館行ってきます!

ばいばいきーん。