韓流時代小説 秘苑の蝶~龍は望むー雪鈴が産む王子は王位継承争いの元になる。新王は我が子とも知らず | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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第五話(最終話) Blue Lotus~夜の蓮~ 【秘苑の蝶】

去年から一年に渡って執筆してきた長編「秘苑の蝶」ここに完結。

☆国王陽祖が崩御した。陽祖のただ一人の子を懐妊した最晩年の側室となった雪鈴。だが、お腹の御子の本当の父親は陽祖ではなく、世子文陽君だ。やがて即位した文陽君(直祖)は、かつての言葉を思い出させるような大胆な行動に出てー。
ー俺は、そなたを取り戻すために必ず王になる。王になるために、女を奪われた屈辱にも耐えてみせる。
シリーズ最終巻が開幕。

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    哀しきすれ違い

 突如として、ひと際強い寒風が身の側を駆け抜け、雪鈴は我知らず身を震わせた。ゆるゆると視線を巡らせば、開け放したままの窓から木枯らしが吹き込んでいる。
 午後になって、風が少し強くなったようである。改めてもう霜月も半ばになろうとしているのだと思い知った。今年も残すところあとひと月と少ししかない。
 このところ、雪鈴は毎日、同じ場所に座り茫漠としたまなざしを外に向けていた。何をするでもない。ただ朝めざめて夜、床に入るまで機械的に食事を取る他はずっと窓辺に張りついている。放っておけば、食事すらしないだろう。
 雪鈴付きの忠実な馬尚宮が始終気を配り、あれこれとまめやかに世話を焼いてくれなければ、寝食さえ放棄しかねない。馬尚宮は懐妊中の雪鈴の身体を殊の外案じ、腫れ物を触るように扱った。
 それも無理からぬことではあった。雪鈴は今や先王のただ一人の御子を宿す大切な身なのだ。先王陽祖はついに在世中、一人の御子も儲けることはなかった。しかしながら、最晩年に迎えた若い側室である雪鈴が予期せず懐妊した。陽祖の崩御により、かねてから世子に冊立されていた李虔(イ・コン)が直ちに即位し、直祖となったものの、新王にもいまだ御子どころか、妃の一人さえいない現状、雪鈴の胎内で育ちつつある御子の存在はこの国の未来にとって大切なものだ。
 雪鈴の身体に障りがあっては一大事と、馬尚宮は毎日、気の休まる暇がない。あまつさえ、当人の雪鈴が少しも健康に気をつけないため、馬尚宮は余計に気を張っていなければならなかった。
 今も馬尚宮が室を覗いたところ、女主人は常のごとく窓辺に座り込み、虚ろな視線を戸外に投げかけている。馬尚宮がよく知るかつての雪鈴は、生き生きとした瞳を輝かせる少女だった。だが、今はどうだろう。あの理知の光を宿していた黒い瞳はただ一面の闇がひろがるばかりで、何も映さない。
 馬尚宮は、重大な秘密を知らない。あろうことか、雪鈴の身籠もった御子は先王の胤(たね)にはあらず、即位したばかりの新王の御子なのだ。ただ、馬尚宮は七月下旬、雪鈴が秘苑で世子(新王)と偶然出くわした際も側に控えていた。あの折、世子の命で雪鈴の側を離れるのを余儀なくされた馬尚宮は、二人の会話を聞くことはなかった。けれども、二人が相当に深刻なやり取りをし、殊に世子が雪鈴に強く迫っていたのは見ている。
 また、そうでなくとも、世子と雪鈴がかつては恋人同士であったのは後宮中に知れ渡っている事実だ。先王が相思相愛の恋人たちを引き裂き、新王から雪鈴を奪ったのだ。中には雪鈴が嬉々として世子から国王へと男を乗り換えたと、心ないことを真顔で語る者もいる。そんな二人がたまたまとはいえ王宮内で再会したとなれば、何も起こらない方がかえって不自然なのかもしれなかった。
 可愛さ余って憎さ百倍という諺もある。新王の立場にしてみれば、かつての想い人でありながら他(あだ)し男に身を任せ身籠もった雪鈴を許しがたいと思っても不思議ではない。雪鈴は好んで先王の許に走ったわけではなくとも、新王にとって雪鈴は自分を裏切った憎い女ということになる。
 たとえ秘密を知らずとも、馬尚宮は今の雪鈴が複雑な立場にあることは十分心得ていた。雪鈴はまだわずか十七歳だ。早婚の当時、まさに適齢期ではあるが、それでも若いことに変わりはない。仮に先王に強引に召し上げられることがなければ、今頃は新王の後宮で妃として時めいていただろう。それが想い人とは引き離され、唯一頼りにできる王は、あっさりと亡くなった。
 今や雪鈴は広い宮殿で寄る辺がない。雪鈴は中流両班家の息女という触れ込みで入宮しているが、その出自は定かではなかった。従って、後見となる実家もなく、後ろ盾は無いに等しい。先王の血を引く忘れ形見を懐妊中ということで大切に遇されてはいるけれど、彼女の先行きは覚束ないことこの上ない。
 もし生まれてくる御子が王子であれば、間違いなく次の世子に立てられるだろう。生まれたのが王女であれば、雪鈴はそのままひっそりと後宮の片隅で王女と過ごし、王女が適齢期になって降嫁するのと同時に後宮を出ることになる。
 だが、新王はまだ若い。既に重臣たちは我が娘を入内させたいと名乗りを上げていると聞くが、王当人が至って消極的で、いまだ実現できていない。とはいえ、近い中に次々と重臣の娘たちが入内し、御子の生誕があるに相違ない。そうなれば、雪鈴から生誕した王子の立場は非常に微妙だ。新王と先王の血の繋がりは薄く、新王にしてみれば我が息子に王位を継がせたいと願うのは当然だ。
 その時、雪鈴から生まれた先王の王子は、間違いなく新王にとって目障りになる。長い王朝の歴史を紐解けば、かつても似たような出来事があった。兄王が遺した幼い王子を王位から引きずり降ろし、惨殺した王も存在したのである。
 雪鈴が王子を産めば、また王朝の歴史は新たな血にまみれるかもしれない。それを思えば、王子よりは王女を産む方が薄幸な母子にとっては、はるかに幸せなのかもしれない。馬尚宮はそんな風に考えていた。
 雪鈴が頼りにできるのは、たった一人、亡くなった先王でしかなかった。その良人を失った今、雪鈴が心細さのあまり、正気を手放してしまうのも致し方ないと半ば同情的である。
 何より、かつて馬尚宮が雪鈴に打ち明けたように、彼女はこの年若い気の毒な女主人に亡くした娘を重ねていた。娘を守ることはできなかったけれど、せめて雪鈴は我が生命に代えても守り抜きたい。忠実無比な尚宮は思い詰めるほど自分に言い聞かせていた。