韓流時代小説 秘苑の蝶ー双頭の龍は花を欲すー内緒でこんな美女を隠しておくとは。朕にも紹介してくれ | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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第三話  韓流時代小説 夢の途中【秘苑の蝶】  前編

~イ・コンこと文陽君が世子に冊立される?~

 地方の田舎町で両想いの恋人として、幸せな時間を過ごしていたコンと雪鈴(ソリョン)。だが、幸せは長く続かず、国王からの王命で、コンは急きょ、都に呼び戻されることになった。雪鈴も彼と共に生まれて初めて漢陽へ赴く。
 国王から王宮に呼ばれたコンは、そこで世子に指名されたのであった。
 そして、雪鈴はコンに起きた身の激変について知らぬまま、ついに二人して出掛けた海辺の小屋で初めて結ばれる。
 しかし、嵐の一夜を二人きりで過ごし邸に戻った若い二人を過酷な運命が待ち受けていた。
 コンを訪ねてきた国王が雪鈴を見初めたのだ!
 王はコンから強引に雪鈴を奪おうとしてー。

 嵐の王宮編、怒濤の展開、前編。

******

 コンを見送った雪鈴は一旦自室に戻った。漁師の妻から譲られた簡素な衣服から、絹の衣裳に着替える。身支度を調えた後、スチョンを探してゆくと茶菓を客室に運ぶように頼まれた。
 小卓の上には茶器、湯飲み、薬菓が盛られた器が載っている。鮮やかな牡丹色のポジャギが掛けられたそれを慎重な手つきで運ぶ。
 来客用の広座敷の近くまで廊下を歩いてきた時、ふと視界の片隅を鮮やかな色彩の渦が射た。
 紫と蒼のふた色の紫陽花が爽やかな朝の庭を彩っている。台風一過とはよく言ったもので、昨夜の嵐が嘘のように今朝はよく晴れていた。
 季節はそろそろ本格的な夏にうつろおうとしている。長い梅雨が明ければ、都に猛暑の到来だ。雪鈴にとっては都で迎える初めての夏でもあった。
 眩しい夏の陽差しは眼に滲みるほどで、紫陽花は花も葉も雨の名残を濃く残していた。露を帯びた花は可憐にも艶やかにも見え、濡れた葉は緑がいっそう引き立っている。
 まだ梅雨入りして日も浅いとて、紫陽花の色は淡さをとどめている。これから、ひと雨毎に徐々に色を深めてゆくのだ。紫は紫水晶のように、蒼は蒼玉(ブルーサファイア)のように、透明感溢れる宝石のごとく気高さを持つ花に変化(へんげ)する。
 雪鈴はそっとチョゴリの前紐につけたノリゲを手のひらで押さえた。一年前、コンの求愛を受け容れた時、彼から求婚の証に贈られたものだ。
 丸形のピンク(桃色)サファイア(蒼玉)の表面には龍と鳳凰が精緻に彫り込まれている逸品である。玉の下に長い房がついており、白から濃いピンクへと次第に濃くなっている。コンもまたお揃いのブルー(蒼)サファイア(玉)のノリゲを持っている。
 実のところ、それらは王族男子が誕生した砌、国王から下賜されるものだ。対のノリゲは王子の未来の妻のためのものであり、コンが雪鈴に贈った背景には、明確な意味がある。
 しかし、王室のしきたりを知らない雪鈴がその意味を理解できるはずもなかった。そこまで深い意味が込められているとは知らず、彼女はコンから贈られたノリゲを身につけているのだ。
 紫陽花の花びらの淡い蒼は、ごく自然にコンの持つブルーサファイアのノリゲを思い出させた。 
 毎日、ここに来て、うつろう紫陽花を愛でるのも楽しみだ。雪鈴は雨上がりの紫陽花に一時眼を奪われた。
 だが、いつまでも紫陽花に見惚れているわけにはゆかない。雪鈴は気を引き締め、また廊下を静々と歩き始めた。
 ほどなく客間の手前に至り、足を止める。遠慮がちに声をかけた。
「お茶をお持ち致しました」
 すぐにコンが応えた。
「入りなさい」
 雪鈴は恭しい手つきで小卓を抱え持ち、室内に足を踏み入れた。
 一礼し片隅に座り、小卓にかかった掛け布を外し、優雅な手つきで茶器を取り上げる。流れるような所作は、やはり両班家の厳しい教育を受けた息女ならではのものだ。
 茶を入れ終えると、まずは上座の国王の前へ運び、次にコンの前へ置いた。国王は文机を前に蒼色の座椅子に悠然と座っている。国王の正装ではなく、柿色の落ち着いた色目の衣服が壮年の男らしい風貌に映えていた。
 コンは国王より少し下手に座していた。茶を二人の前に置くと、そのまま後ろ向きに下がろうとした雪鈴に、意外にも王から声がかけられた。
「そなたは女中ではなさそうだな」
 雪鈴は全身に緊張を滲ませた。まさか国王その人からお声がかかるとは考えてもいなかった事態である。
 固まっている雪鈴に代わり、コンが言上した。
「仰せのように、この者は使用人ではありません。私の客分ということで当家に逗留しております」
 国王が頷いた。
「ホホウ、そなたの客分」
 どうも意味ありげな言い方だ。コンは取り合わず、雪鈴に告げた。
「もう下がって良い」
 雪鈴が頷いたその時、また王が遮った。
「いや、朕は、この者と話がしてみたい」
 国王にそうまで望まれて、では、はいさようなら、というわけにもゆかない。
「文陽君の客分というからには、いずれ両班の息女であろうな」
 つまりは紹介しろと言っているのだ。コンは溜息をつきたい想いだが、態度に出せるはずもなかった。
 コンが憮然として言った。
「国王殿下にご挨拶を」
 雪鈴は国王の前に進み出、両手を組んで目の高さに持ち上げた。次いで、座って頭を下げる。更に立ち上がってもう一度、深く頭を垂れる。至高の人に敬意を表す拝礼だ。
 この瞬間、コンはコンで俄に嫌な予感がしていた。こういうときに限り、胸騒ぎが当たらなくて良いのに当たるものだ。
 だが、幾ら何でもまさかという想いもあった。とはいえ、当代の王の女好きはつとに知られるところではあり、雪鈴はまさに王好みといわれる、清楚ながら、そこはかとなき色香を漂わせる花のような風情だ。
 きなりの上衣と赤いチマはシンプルながら、彼女の白い肌を引き立てている。
 刹那、コンは雪鈴を御前に出した我が身の失態を歯がゆく思った。よもや彼もスチョンが雪鈴を寄越すとは想像していなかったというのが本音だ。
 王はコンとは裏腹に上機嫌で雪鈴の挨拶を受けている。
「流石は文陽君だな。このような極上の美女を側に置いているとは。どうやら噂は真実であったようだ」