韓流時代小説 秘苑の蝶〜二人だけの夜ーあなたに寄り添って眺める風灯は、銀河のようにきらめいてー | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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一瞬一瞬、1日1日を大切に精一杯生きることを心がけています。
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第三話  韓流時代小説 夢の途中【秘苑の蝶】  前編

~イ・コンこと文陽君が世子に冊立される?~

 地方の田舎町で両想いの恋人として、幸せな時間を過ごしていたコンと雪鈴(ソリョン)。だが、幸せは長く続かず、国王からの王命で、コンは急きょ、都に呼び戻されることになった。雪鈴も彼と共に生まれて初めて漢陽へ赴く。
 国王から王宮に呼ばれたコンは、そこで世子に指名されたのであった。
 そして、雪鈴はコンに起きた身の激変について知らぬまま、ついに二人して出掛けた海辺の小屋で初めて結ばれる。
 しかし、嵐の一夜を二人きりで過ごし邸に戻った若い二人を過酷な運命が待ち受けていた。
 コンを訪ねてきた国王が雪鈴を見初めたのだ!
 王はコンから強引に雪鈴を奪おうとしてー。
 嵐の王宮編、怒濤の展開、前編。

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 コンが事もなげに応えた。
「俺は雪鈴とずっと一緒にいられるようにと書いた」
 同じだ。温かなものが雪鈴の心をゆっくりと満たしていった。
「それをお聞きして、嬉しいです」
 コンが満足げに頷いた。
「その言葉を聞いて、俺も安心したよ」
 雪鈴は願い事は最後まで口にしなかったが、結局、暗に応えたようなものだ。
 コンも自分と同じ気持ちでいてくれる。ならば、何故、この幸せがいつかは覚める夢ではないかと得体の知れない不安に囚われるのか?
 雪鈴がまた、昏(くら)い物想いに引き込まれそうになったまさにその時、突如として煌々と点っていた提灯の明かりが次々に消えた。火を消す役目の男たちが忙しなく、至る所で走り回っていた。
 あちこちで人のどよめきが上がる。闇に慣れない眼から束の間、周囲の景色がかき消えた。一瞬の後、夜空に次々と舞い上がってゆく風燈が雪鈴の視界いっぱいに映り込んだ。
 また周囲から歓声が上がる。風燈祭は、この風燈飛ばしで賑わいも最高潮を迎えると相場が決まっていた。
 紫紺の空を昇ってゆく風燈は流れ星のようでもあり、夏のひと夜を彩る蛍火のようでもある。あまりに現(うつつ)離れした美しさゆえに、かえって儚さを感じさせるのだ。
 雪鈴とコンも歩みを止め、他の人々に混じって次第に天高くへと吸い込まれてゆく風燈を眼で追った。
 コンが悪戯っぽく瞳を煌めかせる。
「雪鈴は風燈祭の由来を知っているか?」
 雪鈴は思い出すような表情になる。
「そうーですね。確か、何代も前の国王さまの御世に、お妃さまがお世継ぎをご出産されたのを祝い、都大路で提灯行列をして、風燈を飛ばしたのが始まりだと聞いています」
 コンが頷いた。
「そうだ。よく知っているな。直宗大王の寵愛も厚かった和嬪蘇氏がめでたく第一王子を出産した時、民衆が殊の外歓んで都の大通りを提灯を持って練り歩いた。国王殿下(チュサンチョナー)はその祝意に感激され、あまたの風燈を飛ばしたといわれている」
 そこで、コンは意味深な様子で声を低めた。
「実は、この話には他に知られていない逸話がある」
 雪鈴は眼を瞠った。
「まあ、それは続きが気になるわ」
 コンは笑った。
「雪鈴は聞き上手だから、つい喋りたくなる」
 雪鈴は上目遣いにコンを睨んだ。
「お世辞じゃありません、コンさまがお話上手だから、本当に先が知りたくなるんです」
 コンは笑いながら頷いた。
「そうか」
 雪鈴は続きをねだった。
「それで、一体、その逸話とは、どのようなものなのですか」
 コンは低い声で続けた。
「和嬪という妃は、一度、廃位されている」
 その話は雪鈴に軽い衝撃を与えた。
「そうなのですか?」
 コンがおもむろに頷いた。
「当時、中殿さま(チユンジヨンマーマ)を毒殺しようとした嫌疑が和嬪にかけられた。その頃、和嬪はまだ嬪ではなく、後宮では最下位の側室にすぎなかったんだよ」
 お世辞どころではなく、真実、続きが気になる展開だ。後宮の女君たちがただ一人の男ー王の寵愛を巡って熾烈な争いを繰り広げるというのは、都から遠い田舎町で生まれ育った雪鈴には絵物語の世界でしかない。
 しかし、現実として、かつて物語のような話があったというのだ!
 まるで自分が悲劇の側室になったかのように、恐る恐る訊ねる。
「中殿さま暗殺未遂の容疑者として、廃位されたんですね?」
「ああ」
 コンは頷き、続けた。
「当然ながら、廃位された妃は後宮を追放される。和嬪は廃庶人となり郊外の御寺で世捨て人同然の日々を強いられることになった。さりながら、和嬪を忘れがたかった国王殿下は夜毎、馬で都から御寺まで通っていたというんだ」
 雪鈴は年頃の少女らしく、頬を染めた。
「素敵ですね」
 それこそ本当に小説で描かれる恋物語のようではないか。
「でも、流石にそれはあり得ないでしょうから、作り話でしょうね」
 国王と和嬪の悲劇的恋物語が後世になって更に脚色されたのだろうと思ったのだけれど。コンは更に意外なことを言い、雪鈴を愕かせた。
「一度廃位された和嬪は後に側室最高位の嬪にまで上りつめた。何故だと思う?」
 雪鈴は考え込んだ。
「判りません。恩赦とかがあったからではないですか」
 王室で慶事があった際等、罪人の罪一等が免ぜられ、軽減される恩赦が行われる。
 コンは笑って首を振った。
「いや、残念ながら今回は外れだな」
「では、何故なのでしょう」
 期待を込めて見つめると、コンがにんまりと笑った。
「先ほども言っただろう。国王殿下が寵姫恋しさに夜な夜な宮殿を抜け出して郊外の御寺まで通ったのが原因だ」
 雪鈴がまた赤くなった。
「和嬪さまがご懐妊されたのですね」
 コンが大きく頷く。
「ご名答。和嬪は見事に懐妊し、国王殿下は愛する妃を呼び戻す、またとない名分ができた。その頃には和嬪の嫌疑も晴れていたし、殿下は堂々と和嬪を後宮に連れ戻すことができた」
 淑儀という高位の側室として後宮に呼び戻された和嬪は、晴れて男児をあげた。直宗にとっては第一王子となるため、その功績を認められて最終的には嬪に昇進したのだ。
 コンが雪鈴を見つめて言った。
「和嬪と引き裂かれた当時、殿下の暮らしぶりはかなり荒れていたようだ。ろくに眠らず酒に溺れられていたある日、もう我慢の限界が来て宮殿を飛び出した。二人が記念すべき再会を果たした夜、御寺で風燈祭が行われていた。和嬪が王子を無事出産した日、殿下が風燈を飛ばしたのは、恐らく再会の夜のことを思い出されたからもあるんだろう。まあ、その辺りは、あくまでも俺の推測にすぎないが」
 雪鈴も頷いた。
「浪漫(ロマンティツク)的ですね。私もきっとコンさまのお考えが正しいのだと信じたいです」
 が、次の瞬間、コンの顔が翳った。
「ただ、祝福に包まれて生まれた第一王子はほどなく世子に冊立されたものの、一歳の誕生日を待たずして夭折している」