A step in the light direction〜番外編 | Honolulu Music Society byなかじー

Honolulu Music Society byなかじー

出自は日本生まれの日本育ち。
米国籍を取得してハワイに在住する音楽家であり実業家。3児の父。

今までの日本人には発想出来なかった独自の視点と解釈を元に展開されるちょっとだけ凄いブログ。
更新不定期。


Aloha!




さて、今までAria pro IIFernandesGrecoの3つのブランドについての再生論を語ってきました。

お気付きの方もいらっしゃるでしょうがこのシリーズはアルファベット順で進んでいきます。

そういうと「あれ?」と思う方もいるかもしれませんね。

アルファベット順ににしては抜けてるブランド名やメーカー名が頭に浮かぶからだと思います。

結論から先に言うと、このシリーズに登場しないブランド、メーカーはなかじー目線でいうところの将来的な存続について全く心配してない優良ブランド、メーカーか或いは『あっても無くてもどーでもいい所』であるということです。


今回はざっとその一例を挙げてみましょう。



Bucchus 

ディバイザーのブランドですが、商品のラインナップが豊富であり、企画力にも優れている。自社監修の海外工場を持つことでユニバースシリーズの価格は品質から考えたらズバ抜けて安い。新しい材の開拓、導入や単なるコピーの枠を超えたユニークな商品を開発出来る柔軟さが何より素晴らしい。



ハンドメイドシリーズですら20万代を割る価格で提供できるのだから、商社が発注するブランドではなくメーカーのブランドという強みを存分に発揮していると言える。

おそらく商品を企画する人は相当有能なのではないか。か、もしくは『サラリーマン』としては際立った能力はなくても、朝から晩までギターの事を考えているようなギターキチ◯イのような人物かどちらかだろう、と(失礼)。

おそらく年齢もかなり若いか、そこそこの年齢でも新しい物を否定的に見ない意味で遊び心を忘れていない人だと感じる。

なので現在の企画担当者が変わらなければ当分の間Bucchusは大丈夫だろう。

昨年の情報によれば、ユニバースシリーズで7弦を開発中という事だそうだが流石だと思う。

(後日、Bucchusユニバースよりさらに下位ブランドであるBrianから発売された模様)

↑25,000円

EDMやダブステップ、ヒップホップ、テクノが鳴り響く今時のクラブシーンに対抗するにはギタリストは重低音をブリブリ鳴らしてリフを刻まないと無理なんですよー!

だから今時のシーンに合わせてギターを弾きたい若者の為に、多弦ギターは安く売らないと!

ところが他のメーカーやブランドなら間違いなく上位ラインナップでしか開発していないわけで、7弦を高額でのみ売ろうとする事の過ちをディバイザーは唯一理解している。

ここんちは大丈夫。間違いない。




Caparison

楽器メーカーとして世界的な規模で見ても一定の評価が得られているメーカーの1つであり、『誰それが使ってるから良い』という権威づけ無しに『弾いてみたら良かったから』という実質の評価で選ばれて来た名前であると思える。

造りの良さや弾きやすさ、出音の良さといい、ほとんど悪い評価を見た事が無いというのが一番の印象なわけだが、価格帯を見てみればそんなもん当たり前かなという結論にも行き着く。

高くていいのは当たり前です。


ラインナップはどれもヘヴィなサウンドのハードロックからメタルに類するジャンルを演奏するのに特化したもので、ハマる弾いてにはハマるがそれ以外のジャンルを演奏する人々には全く引っ掛からない。

それが弱みであり強みでもあるが、造り手側はそのことを熟知してギター造りをしているのが最大の強みでもある。

わかっててやってる感↓

近年は安いモデルでも20万円代後半、高めなモデルなら40万円代後半のラインナップであるから、使い道のハッキリした楽器をこの価格帯で売るのは顧客層を相当絞り込んでいるというのは間違いない。

ちょっと調べてみるとCaparisonはかなり高齢な製作者がコツコツと造るメーカーなのだというのがわかるのだが要は『コレしか出来ないけど、コレやらせたら他の誰にも負けない』というコレぞまさに職人魂を体現しているメーカーだと言える。

市場に出回る本数は少ないし、決して安くはないし、用途も限定的な楽器ゆえに本来ならプロのギタリストが買うものとして見るのが正しいかもしれない。

無論、アマチュアの方が買ってはいけないというわけじゃないが逆を言えばアマチュアの方が充分に満足出来るクォリティのギターでCaparisonよりも手軽に買えるギターはナンボでもあるという事だ。

プロのギタリストが高額な楽器を使用するのは『良い道具を使いたい』以外にも多くの場合税金対策として買う場合とメーカーから貸与されてる場合のどちらかだし、弾けばお金になる立場なのだから売れっ子ならどんな高額なギターを自腹で買っても弾けば元は取れる。

ところがプロのギタリストではない場合、どれだけ高い楽器を使ってもそれで金銭的なリターンがあるわけではないので単に所有欲と承認欲求をみたす為の買い物にすぎなくなってしまう。

エレキギターが流行商品である以上、流行ではないジャンルに特化したタイプのギターは売ろうとしても買い叩かれるのがオチなので、ちゃんと自分が音楽的に表現したい事に合致しているならば損は無いだろう。

憧れてるギタリストが使ってるから、という動機で買うと後々少し後悔する時期が来る可能性が高い。憧れのギタリストとて時代と共に音楽性の変化と共に使うギターは変わるからだ。

例えば僕がCaparisonを使ってるギタリストに憧れていて『やっぱCaparisonしかないだろ?』とCaparisonを買って、おまけにJacksonやIbanezを心密かにバカにしていたのに、ある日その憧れのギタリストがIbanezからシグネチャーモデルを出したとかなったら正直微妙な気持ちになるかもしれない。

誰かを信奉してその真似をする事ばかりに囚われてしまうと、信奉していた誰かが変化していった時に裏切られたような気持ちになるものです。

自分にしかないオリジナリティを追求する方がいいと僕はいろんな場面で常々言ってきたのは、少なくとも自分は自分を裏切らないのだから、誰に付き従うでなく自分らしくある方が良い、という理由からです。



話はそれましたが、Caparisonは個人的にはとても好感が持てるメーカーであるし、『匠の技』とか『職人魂』という言葉の実質を唯一感じるメーカーであり、ホントに頑張って欲しいなと思う。

ただ、僕のやりたい事をやるのに不向きだから買わないんですけど(笑)





Edwards

正直、どうでもいいブランドの1つ。

こんな事を言うとまた嫌われちゃうんですが、ホントなんだから仕方がない。

最大の理由は、ほぼ ほぼ 他社コピーと自社コピーしかしてないじゃん?という事。




もっと突っ込んだ言えば、Edwards名義でなければ買えないギターっておそらく無いんで、無くなった所で誰も悲しまないという事です。

コピーモデルって随分と柔らかい表現ですけど、ぶっちゃけオリジナルの下位互換でしかないのであり、それが他社製品のコピーモデルならば単なる模造品でしかありません。

そのくせ割りと高い。上位互換であるESPやNavigatorの値段がちょっと『アタマおかしいレベル』なので、相対的に安く感じる人もいるかもしれない。

Edwardsに何十万もお金を払うくらいなら本物を買いましょうとしか言えない。

無論、アマチュア時代にEdwardsで頑張ってプロのギタリストになった人も少なからずいるでしょう。でもプロになった人はEdwardsを使い続けるでしょうか?

プロならESPでシグネチャーモデルを作って貰って貸与されるでしょうし、シグネチャーモデルモデルでない吊るしを買って使うにしてもギターの代金は確定申告で経費として申告できるのでアマチュアがギターを買う金額を丸々自腹で払うのとはわけが違うってもんです。

Edwardsで頑張ってプロになった人が100にん居たとして、プロになっても使い続けてる人は多分1人か2人ってレベルじゃないでしょうか?


それは一般的には『ほとんど居ない』と言います。

つまり、Edwardsはアマチュアの方の為のブランドと認識する方が理にかなっているわけですね。


しかしながら、純粋にギターを弾くのが大好きで、たまに仲間うちでお金を出し合って集まって身内が愉しむ為のライブをやるのが趣味で、っていうような人にとってもEdwardsはちょっと中途半端なんですね、おそらく。

そういう層の人ってやはり「え!そんなギター使ってんの?!」って観てる人から思われたくてギター選びをしている人が大半じゃないですか?



とんでもなく高額なギターからとんでもなく安いギター、珍しいギター、懐かしいギター、敢えて演奏するジャンルにはミスマッチなギター、もの凄いカスタマイズが施されたギター等々、

ドラマーやベーシストの方には有り得ない楽器選びをする際の遊びをギタリストという人種はよくやります。

Edwardsって、そういう遊びにすら使えないブランドなんです。

ひと言でいえば面白くない。

明日、突然に日本全国の楽器屋さんから一本残らず無くなってしまったとしてもおそらく誰も悲しまない。

言い過ぎですかね?(笑)


『なかじーがそういう感想を持っている』というだけなので、気に障っても堪忍して下さいね。



エレキギターっていうのは日本で普及した時からすでに『なりきり遊びのオモチャ』だったわけです。

今のエレキギター産業というのは、音楽の演奏に用いる楽器を開発して売ることで儲けて大きくなってきたわけではないわけです。

少年達の憧れになるようなギタリストの使用する楽器の外観を模倣したオモチャを、家具屋さん、建具屋さん、果てには下駄屋さんにまで安く作らせてぼろ儲けして来た産業です。

だから『楽器造り』にポリシーや信念があったわけではなく常に『どんなものが売れるんだ?』を探って安く造る事に血道を上げて来たし、その答えは全て若者たちの嗜好に沿っていたわけです。


ところが、今はどうでしょう?


さすがに今時はそんなオモチャみたいなギターを売るところはないかもしれませんが、いつの間ではエレキギターは若者をターゲットに出来ない商品になってしまった。


なぜか。



それは、作ってる人が自分の価値観と趣味性の中でしかエレキギターを開発しないからです。

そして作ってる人というのは漏れなくオジさんなんですよ。

だからエンドースメントするギタリストもオジさん目線で選んだ人ばかりになります。

当然、ブランドは若者に訴求しません。

例えば若い子が、学園祭でバンドをやろうとした時に『対バン』するのがEDMとかヒップホップをやる連中だったら普通にバンドやっても受けないよなぁって気づく筈です。

若い子はカッコいい音楽に合わせて踊ったり騒いだりするのが好きなので、『踊る為』『騒ぐ為』に特化した音楽ならむしろジャンルは関係ない筈ですが、レギュラーチューニングで演奏される音楽ではもう電子楽器に負けてしまうのですよ。

僕だってギタリストの端くれですから、ギターが電子楽器に負けるなんてのはとても許容できませんが、時代は明確に変わって来てるというのは目を背けてはいけないと感じます。


番外編にしちゃ長いな(笑)

ひとまずそんな感じ!


Mahalo!

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