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R0011465帰国してから、こんな話を聞いた。
オーストリアの西に隣接するチェコスロバキアという国があったが、今から3年前(1993年)に共産主義が終わりを告げ、その後チェコスロバキアとに国家が二分されている。今、このチェコのプラハを舞台におもしろい現象が起きているというのである。

その現象とは、アメリカ人の店がそこかしこに現れているということである。しかも、20代前半の若者を中心としたアメリカ人の移住が急激に増え始め、その移住者の数は2万とも5万とも言われるほどに膨れ上がっている。

聞けば、もうアメリカでは夢は成功できないと失望している者が殆どで、夢を実現できる地を求めてやって来ているという。「…アメリカでは大学を出ても、本屋の店員か、ピザ屋で働くか、失業をするかで、チャンスを捕まえることは簡単ではない…」

彼らの店はアメリカ人の客が大半を占め、店内は英語だけが飛び交い、アメリカの失望の話ばかりで花が咲いている…。

アメリカ人を受入れた地元のチェコ人たちは「…自由な国“アメリカ”に憧れて、いつかはきっと行ってみたいと思っていたが、アメリカ人は、自分勝手な人が多く、わがままで要求が多く、ガッカリした…」と愚痴をこぼしている。R0011396

自由な地を求めて欧州から旅立った末裔が、Uターンまでは行かないまでもJターンのように、今こうして夢を求めて帰って来るとは、なんとも不思議な気がしてならない。

また、建国二百十数年のアメリカの歴史は、まさに異文化となり“ネオアメリカ型経済”と“ライン型経済”の衝突が始まっているのである。

これは、都市と農村との交流を試みる全国の農山漁村でも同じことが言えるのではないだろうか。
このチェコもそうであるが、オーストリアもドイツも永い歴史の中で、様々な文化に影響はされながらも染まるのではなく、吸収することで現在のオリジナルの文化が形成されている。つまり国民の間にも、自国の不動のアイデンティティーが形成されているのである。

ところが、今の日本はどうであろう。“・‥アメリカがクシャミをすれば、日本が風邪を引く…”と言われているように、誇るべき自国の文化を持っていながら都市型優先のネオアメリカ型の経済社会に染まりつつあるのではないか。

さらに若者の多くは、日本経済を支えている地方や、自分の生まれ育った環境を軽視し、物質的な充足を求められる空間をライフスタイルの中に優先し始めている。地方の地域起こしは、地元住民とソフトがうまく付いて行かず、行政の独走的な形が目につく。

また、様々な価値観で異文化を取り入れようとし、結果としてモザイク状の都市が膨れ上がっている…。かと言って、江戸時代のように、異文化の消化不良を整理するために「鎖国」を行う御時世でもない。これからの地方の行く末が気になるところでもある。R0011417



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R0011418これは欧州のとあるペンションにあったシューズ・ブラシ…。
「玄関に入る前に草ゴミをとってね」って!

左右もブラシなら下の部分もブラシなのです。

ドイツ、オランダ、ベルギー、スイス、オーストリアなどには“ヴァンデルングという文化があるんだ。
これは日本で言うと「里山歩き」という訳になるけど、あちらには里山っていう概念がないから、差し詰め“野山散歩”とでも言うべきだろうか、まぁそんなもんだと思ってほしい。

Web辞書でも詳しく検索できなかったけど、山形大学名誉教授・北村昌美氏のhttpにその概要が載っていた。
ご参考まで → 森林と人が再び寄り添うために。



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IMGP4166先日、岡山県の倉敷に行った翌日に、瀬戸大橋を渡って香川県琴平の金比羅宮にも行ってきたよ。参道の石段は、奥社まで登ると1368段。

金比羅宮の印象はと言うと、やや商売っ気が出ていて山門などにくくり付けてあったサインがミスマッチでカメラを向ける気にもならなかったよ。

ところで長い階段を登っている途中、中程の神殿に着く階段を登り切ったところで、行く手を阻むように白いコートの女性が立っていた…。
往路はそのままスルーしたんだけど、30分ほどして下山したときにも、その女性は同じ場所に立ち尽くしていたよ!

徐々に近づくと、見とれてしまうほどとてもお美しい方で、一心不乱に何やら手を動かしている…。さらに近づいてみると、手のひらサイズ(ハガキサイズ)のスケッチブックに社殿を描いているようだった。美大生か若きOLさんだろうか…。

一心不乱に集中している様と、清楚な身嗜みに、こちらは恥ずかしくて声をかけることもできなかったけど、背後からパチリと一枚撮らせて頂いちゃったよ。ゴメンナサイ…。IMGP4205

それが金比羅宮の印象と言いますか想い出ですかね。
…ちょっと幸せな気分です。
そうか スケッチならミスマッチな看板等は排除出来るんだね…!!


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kishi-f-2002-1899-12-30_0196ロッジ入り口の木製階段に金網が張り付けてある。よくウサギ小屋やニワトリ小屋を覆っているやつだ。
これなら雨の日も、霜が降りたときも滑らずに歩けるから安心だね。

ここはNZ(ニュージーランド)のミルフォード・サウンド・トラックというロングトレイル。世界一美しいハイキングコースと呼ばれているところ。

この金網はロッジの入り口ステップだけではなく、吊り橋木橋木道にも張られていた。
世界中からトレッカーが来るから、さり気ない気遣いが(気配り)がいろんなところにあるんだなぁ。尾瀬の木道もこうすればいいのに…。

季節外れかと思いきや、今あちらは夏真っ盛りなんだね。kishi-f-2002-1899-12-30_0291












kishi-f-2002-1899-12-30_0125
* 機器不具合でアップデートが不完全でした。



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IMGP4100先日、岡山県の倉敷に行ってきたよ。
「美観地区」は確かに良かったけど、どうやってこの景観が残せたのだろうねぇ。

蔵と屋敷の向こうに見えるのは「大原美術館」という洋館だ。
“KURASHIKI IVY SQUARE”.も良かったけど、こちらも素晴らしいところだった…。
というか、ここまで来て行かないのは一寸恥ずかしいかも。

どちらも古の良き異文化だけど、何故かマッチしちゃうんだよなぁ。 
ん!?電柱も電線もないんだね…。
R0011402ビオトープ政策”を一言で述べるとすれば、「身近な空間に生物生息空間を造り、豊かな環境を取り戻す政策」と思っていただきたい。
ここで考えることは“豊かな環境”とは何かである。「どんな生き物でも、そこにいるということはとても大切な情報になっている。ゆえに、他の生物が暮らすことのできない空間で、わたしたちは健全な生活を営むことができるであろうか…という考え方がこの政策の根底に流れている。

我々が訪れたこの頃は、日本ではアカトンボが風物詩となる季節である。こちらも初秋といった感じで、とても過ごしやすく、天候もほとんど崩れることはなかった。
ところが、この地方でトンボを見かけたのは、ムルナウの古民家ミュージアムの池で見た一匹だけである。後にも先にも、このたったの一回だけであった。
生態系(ないしは生物相)が日本の田園と異なるとしても、その代わりになるモノがいてもいいはずだ。しかしそれに相当するモノにも出会わなかった。
もっとも、日本では不快に思われる“カ”や“ハエ’’さえもめったにお目にかかれなかった。特にハエについては、至る所に牛糞の堆肥場があるにもかかわらず、不思議なくらいに出くわすことはなかった。R0011462

こういった背景の中で、人々は競って生物を呼び戻そうとしている。
オーストリアでもドイツでも、居住区で最も目につくものは、鳥の巣箱である。一軒の家に10個以上の巣箱があったり、電信柱や街路樹にも様々な巣箱がかけられていた。

町のメッセ(展示会)では、巣箱を売っている所も見かけることができた。そこでは、野生のハチの巣箱や、小型・大型鳥の巣箱などが売られている。公園にもたくさんの巣箱があり、しかもネコなどの動物が登れないように、幹に鉄板が巻かれているといった工夫までされている。緑の芝~1
公園といえば、不自然な池を見かけた。
普通、公園に池があるとすれば、親水エリアを考えるが、ここでは池のほんの一部だけしか開放しておらず、あとは柵で立ち入りできなくなっているのである。これは水辺を利用するたくさんの生物のために設けてあるのだという。

屋外のカフェテラスでは、ハエやハチがお客様の方へ行かないように、カフェテラスの巡りにいくつか秘密の缶が置かれている。この缶の中には、甘酸っぱい匂いのする特製の蜜が入っており、ここだけに虫たちが寄って来るようになっている。つまり撃退するという行為はまったくないのである。R0011413

さらに、バス停のガラス張りの待合室や、アウトバーン(高速道路)のガラス製の防音壁には、バードセーバー(鳥がガラスに激突するのを防ぐ鳥型のシール)が貼られているといったように、ほんの数日間の滞在でも、そこかしこに他の生物への配慮が伺えたのである。

これらの政策が、どういう状況下でどれだけのレベルのものが必要となるか、賛否両論は勿論あるだろうが、少なくとも、物質的な充足よりも、精神を満たすものを求めているような政策ばかりだと感じさせられる。また、このような政策がうまく展開し、国や地方自治体、企業、住民との連携が得られているということが、景観や生活空間からも驚くほど伺える。

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長男からこんな質問をされちゃったね。
わざわざそんな質問をするということは、固体じゃなさそうだと父ちゃんの威厳を持って知ったかぶりをする…。
IMGP4086

小生「確か固体とも液体とも言えなかったかなぁ~」
長男「そうなんだよね、研究分野によっては液体であったり固体であったりするんだって。」
小生「ふ~ん…」
長男「でもどちかって言うと液体に近いようようだよ!…古い建物の窓ガラスを観ると、下の方に溜まり始めているのがあるんだって…。」
小生「お~っ、そういうガラス見たことあるかもしれないよ。」「で、それどこで知ったの?」
長男「学校の授業で先生がそんな話をしてくれたよ。べつに教科書に載っているワケじゃないけど世間話的に…。」

でも、製作過程の精度でああいう風になるのかなぁと思っていたよ。
そういうのもあるんだろうけど…。

居間での束の間の話題、我が家の女性陣にはあまり響かないようだけど、いいねぇ、いいねぇ。
そういう興味の湧いたことから何かに深くはまってゆけば、世界が広がるってもんだよ!長男君。
たぶん…(^_^)]



* この窓ガラスは、岡山県倉敷市の“KURASHIKI IVY SQUARE”. 横文字だけど古(いにしえ)の由緒あるところだよ。
(2010/02/16)


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R0011439環境教育の世界に大きく影響を及ぼした“アメリカの環境教育法(1970年10月連邦議会にて成立)”というものがある。時限立法のため今では“新環境教育法”となっているが、この法律の冒頭に「…国土や自然の荒廃が、国民のモラル(倫理)やモラール(志気)を低下させ…」とある。

つまり、緑を失うとまともな生活ができなくなると謳っているのである。たかだか建国200十数年の国でこれだけの思想があるということは、島国に住む我々日本人にとって、頭の下がる哲学である。

この発想の起源は、きっと欧州の文化から大きく影響を受けているのではないかと感じたが、凶悪な犯罪が多発する“本家本元のネオアメリカ型経済”としては遅すぎた名案であったことも感じさせる。
R0011400-2

旧西ドイツやオーストリアでは、これよりも古くから多くの思想が生み出されていた。景観・景域に対する考え方や、余暇時間に対する考え方がそれである。
これらはどれも、国勢や国民の健全な生活を送るための哲学が基になっている。

具体的な施策として、農業目的に限定されないことを法的に明らかにした『農地整備法』や、国土の荒廃や地域の健全を考えた『景域保護・保全法』、生活の中に安らぎを求め心身のリフレッシュを考えた『農村生活(休暇)政策』、身近な空間に生物の生息を考えた『ビオトープ政策』等、その他たくさんの政策がある。とりわけ個人的に興味をもったものは、この“ビオトープ政策”である。

R0011423


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R00113931992年 小生は欧州に出向く機会を得たんだ。
当時のフィールドノートにその時感じたメモがある。やはり、埋もれてしまうので備忘録としてここにも残しておこう…恥ずかしいけど

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今回の研修で舞台となったオーストリアとドイツのアルプスの山村は、双方とも似たような歴史を歩んでいる。地方の産物を巡る争いや、文化や宗教的な歴史、さらに第二次世界大戦では、オーストリアはドイツに併合されての参戦等(シネマ:サウンド・オブ・ミュージックの時代)、歴史文化の背景まで国境を引けないくらいの繋がりがある。
そして、永続的な出来事として、環境問題が地方の歴史文化を確実に変えているようである。

家畜の過剰放牧による山林の伐採。また、工業大国への輝かしい道を歩んだ行く末は、大気汚染を誘発し、森林の枯死や不自然な空間を産出した。まさに「国栄えて、山河滅ぶ…」である。これらの出来事は同時に人々の肉体的にも精神的にも不健康な影響を与え始め、緑を失った絶望からの脱出を試みるために、様々な政策が展開されている。R0011398

鉄器文化の栄えたシュトウーバイタール地方の森林や、ツークシュピッツェ(ドイツ最高峰)から見下ろす森林は、殆どがドイツトウヒ類の単純植林の様相である。林内も寂しく、小動物の痕跡や小鳥類の気配もあまり感じられないほどであった。これまで“自然の豊かな地方”と先入観があったが、改めて“緑の豊かな地方”と言い換えた方が正しいのかもしれないと感じた。

経済学の中に、『共同体主義で長期的な展開で結果を生み出す“ライン型経済”』と、『個人主義的で短期間に富を得ることだけを考えた“ネオアメリカ型経済”』と呼ばれるものがある。
前者は、すべての人々が平等に成長(救済)できるように、また、富み(恵み)を得られるように、長期的に修正の効く経済社会であるが、後者はその正反対である。今回の視察地でのヒヤリングや環境の整備を目の当たりしたことは、まさに“ライン型経済”の真髄を垣間見るようなものであった。

R0011416
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ツタ植物(手)-2
「植物は考えて行動している」ということは昔から言われているよね。
人間の時間のモノサシからすれば気づかないけど、たとえば1年を1時間という時間サイズにするとそれは見えてくるし、人間が持つ五感だって植物にもちゃんと備わっていることもわかってきている。



出典:ナショナル ジオグラフィック社 著作権法第32条 「研究」に基づく引用

一定方向に風が吹く場所では、樹木は枝を「鯉のぼり」のように風下に向けて伸ばしてゆく。それでもその木は斜に構えることもなく頑張って直立をし続ける。
何らかの仕業で頻繁に攻撃を受けると、木々たちは体内でカルモジュリンというタンパク質を生成して、その部位にカルシウム量を多くする。つまりは成長を弱めるだけでなく硬化させるという変化が起きるらしいのだ。

「盆栽」も根っこや枝をイジメ続けることで、全体が矮小化することを知っていて発展してきた「伝統的なアート」でもあるよね。驚くのは枝振りだけが小さくなるんじゃない、葉っぱや実のサイズまで小さくなるんだよ。リンゴの盆栽もサクランボのように小さくなるからイジメ甲斐があるってこと…!?

森林には入るとツルやツタ植物が木の肌を登っているところ見ることが出来るね。そんな場所で足下を見渡すと、ヘビが威嚇して頭を持ち上げているかのように、たくさんのツルやツタの子ども達が、どの木を目がけて登ってゆこうか“考え中の後発部隊”をみることができる。アサガオの実験もそうだけど、支持蔓がしっかりと何かに捕まっている様子は、まさに「触覚」がありますよと言っているようなもんだね。

話は変わるけど、リンゴの実とキウイの実を一緒に置いておくとキウイが甘くなるという話は有名だけど、実はコレ、樹木としてのリンゴとツル植物のキウイとの関係でもあるんだよ。

つづきはまたね…。


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