■帰国してから、こんな話を聞いた。■オーストリアの西に隣接するチェコスロバキアという国があったが、今から3年前(1993年)に共産主義が終わりを告げ、その後チェコとスロバキアとに国家が二分されている。今、このチェコのプラハを舞台におもしろい現象が起きているというのである。
■その現象とは、アメリカ人の店がそこかしこに現れているということである。しかも、20代前半の若者を中心としたアメリカ人の移住が急激に増え始め、その移住者の数は2万とも5万とも言われるほどに膨れ上がっている。
■聞けば、もうアメリカでは夢は成功できないと失望している者が殆どで、夢を実現できる地を求めてやって来ているという。「…アメリカでは大学を出ても、本屋の店員か、ピザ屋で働くか、失業をするかで、チャンスを捕まえることは簡単ではない…」
■彼らの店はアメリカ人の客が大半を占め、店内は英語だけが飛び交い、アメリカの失望の話ばかりで花が咲いている…。
■アメリカ人を受入れた地元のチェコ人たちは「…自由な国“アメリカ”に憧れて、いつかはきっと行ってみたいと思っていたが、アメリカ人は、自分勝手な人が多く、わがままで要求が多く、ガッカリした…」と愚痴をこぼしている。

■自由な地を求めて欧州から旅立った末裔が、Uターンまでは行かないまでもJターンのように、今こうして夢を求めて帰って来るとは、なんとも不思議な気がしてならない。
■また、建国二百十数年のアメリカの歴史は、まさに異文化となり“ネオアメリカ型経済”と“ライン型経済”の衝突が始まっているのである。
■これは、都市と農村との交流を試みる全国の農山漁村でも同じことが言えるのではないだろうか。
■このチェコもそうであるが、オーストリアもドイツも永い歴史の中で、様々な文化に影響はされながらも染まるのではなく、吸収することで現在のオリジナルの文化が形成されている。つまり国民の間にも、自国の不動のアイデンティティーが形成されているのである。
■ところが、今の日本はどうであろう。“・‥アメリカがクシャミをすれば、日本が風邪を引く…”と言われているように、誇るべき自国の文化を持っていながら都市型優先のネオアメリカ型の経済社会に染まりつつあるのではないか。
■さらに若者の多くは、日本経済を支えている地方や、自分の生まれ育った環境を軽視し、物質的な充足を求められる空間をライフスタイルの中に優先し始めている。地方の地域起こしは、地元住民とソフトがうまく付いて行かず、行政の独走的な形が目につく。
■また、様々な価値観で異文化を取り入れようとし、結果としてモザイク状の都市が膨れ上がっている…。かと言って、江戸時代のように、異文化の消化不良を整理するために「鎖国」を行う御時世でもない。これからの地方の行く末が気になるところでもある。
