孤独地獄 芥川龍之介です。
あらすじと言っても短いですが。
この話は母から聞いた。母は自分の大叔父から聞いたという。
大叔父は大通の人で幕末の芸人や文人に知り合いが多かった。生前一時は今紀文とあだ名されるほどだった。俗称は津藤と言った。
津藤は吉原の玉屋で禅超という坊主と知り合いになった。坊主は表向きは医者と称していた。津藤はある夜、禅超を太鼓医者竹内と思っていたずらをした。ところが相手が竹内ではなかったので驚いた。津藤についていた太鼓持ちがそこは謝り津藤は部屋に引き上げた。禅超もすぐに機嫌を直して大笑いしたそうだ。
その後津藤が菓子などを持たせて禅超に詫びを入れた。禅超も気の毒がって礼にくる。そして二人は仲良くなった。もっとも玉屋の2階だけの付き合いだが。禅超は津藤よりも遊び人であった。
ある日津藤が禅超に会うと血色がよくない。津藤は何か心配事があるのではないかと思い、自分に話せることなら話してくれと言った。二人はいつになくしんみりしていたが、突然、禅超が何か思い出したように言った。
仏教によると地獄は根本地獄、近辺地獄、孤独地獄に分けられるが、自分は2,3年前から孤独地獄に堕ちたらしいと。一切のことが永続した興味を与えない。だから一つの境界から一つの境界を追って生きていると。それ以来禅超は玉屋へ来なくなった。禅超がその後どうなったか知る者はいない。
ただその日禅超は金剛経を解釈した抄本を忘れていった。津藤が後年零落したときに持っていた本のひとつである。津藤はその表紙の裏へ「菫野や露に気のつく年四十」と自作の句を書き加えた。その本はもうない。句を覚えているものは一人もいないだろう。
1857年の頃の話である。母は地獄という語の興味でこの話を覚えていたらしい。
津藤や禅超といった人物とまったく違う生き方をしている自分ではあるが、自分の心もちはややもすれば孤独地獄という語を介して、自分の同情を彼らの生活に注ごうとする。自分はそれを否もうとは思わない。何故と云えば、ある意味で自分もまた、孤独地獄に苦しめられている1人だからである。
芥川の小説のなかでも特に短い小説ですが中身はかなり詰まっていると思います。芥川の持つ存在の解離みたいなものが表れ始めた小説なのかなと思います。孤独地獄とは現世の山野・空中・樹下などに孤立して存在する地獄だそうです。芥川は孤立地獄に足を踏み入れてしまっていたのですね。禅超の堕ちた孤独地獄というのがいまひとつ僕には分かりませんが僧でも地獄に堕ちると言うことなのでしょうか。今紀文といわれる津藤より遊んでいる禅超ですから当たり前かもしれません。それとも孤独地獄に堕ちたから吉原で遊んでいるのか・・・。