☆P4が高いと妊娠率が低下し流産率が増加する!? | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

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生殖医療に関する正しい知識を提供します。主に英語の論文をわかりやすく日本語で紹介します。

不思議に思われるかもしれませんが、これまでホルモン補充周期の融解胚移植の際に最適な黄体ホルモン(P4)値は明らかではありませんでした。本論文は、P4>20 ng/mLの場合に妊娠率が低下し流産率が増加することを示しています。

J Assist Reprod Genet 2015; 32: 1395(米国)
要約:2010~2013年に採卵し、胚盤胞(day 5~7)のPGS(CGH法)後に全胚凍結を行い、ホルモン補充周期にて単一正常胚融解胚移植を実施した213名の方の妊娠成績と移植日のP4値の関係を後方視的に分析しました。ホルモン補充は経口エストロゲン製剤を服用し、CD14に子宮内膜厚7mm以上の方に、同日夜からP4製剤50mgか75mgの筋注を開始しました。CD19(day 5)移植当日にE2とP4を採血し、採血後1時間で移植しました。なお、P4製剤は毎日PM6~9時に自己注射をしていただき、移植日の採血はAM7~9時に行いました。また、P4製剤で筋注以外を使用した場合や途中で注射量を変更した場合は除外しました。P4濃度を20 ng/mL以上と20 ng/mL未満の2群に分けたところ、生産率+妊娠継続率は49%vs.65%、流産率+化学流産率は27%vs.12%と有意差を認めました(CD28での血中hCG>5.3 IU/mLを妊娠判定陽性と定義)。P4値別の結果は下表の通りで、P4値増加に伴い妊娠成績が低下傾向にありました。なお、P4<10の方は一人もおられませんでした(P4<10の場合には、P4製剤の増量をするため)。

P4値      生産率+妊娠継続率   流産率+化学流産率
10~15 ng/mL     70%           7%
15~20 ng/mL     62%          15%
20~30 ng/mL     52%          27%
30~40 ng/mL     50%          32%
40~  ng/mL     33%          20%

ROC曲線から求めたAUC値から、E2/P4比では生産率+妊娠継続率や流産率+化学流産率を予測できず、P4値での予測が可能となりました(AUC 0.56~0.60)。

解説:大変興味深い論文です。ポイントは、PGS正常胚、単一胚盤胞移植、同一のプロトコールでの比較です。同様のプロトコールを用いた場合の胚盤胞移植日のP4値の理想は10~20 ng/mLであることを本論文は示しています。しかし、P4<10の場合にはどうなるかの検討はされていませんので、P4値の下限は不明ですが、上限が決まります(P4<20)

さて、P4が高くにあると妊娠成績が低下する理由は何でしょうか。本論文の著者は、胚移植日までのP4が高い場合には、内膜のスピードが早くなり、着床の窓が合わなくなるからではないかと推測しています。着床の窓については否定的な見解を持たれている医師も少なくありませんが、私は日常の臨床の中で「着床の窓がズレている方は少ないが確かにおられる」ことを実感(約2.6%)しています。本論文のデータは、PGS正常胚、単一胚盤胞移植、同一のプロトコールですので、内膜のスピード以外には考えられないのではないかと私も思います。

かつての常識では、P4は高い方が良いと考えられていました。これは、根拠のない話でしたが、何となくそうではないかと思われていただけにすぎません。本論文はデータ数としては不足しており結論を導くまでには至りませんが、これまでの常識を覆すものです。最近、論文を投稿してもPGSを行っていないと採用されない傾向があります。正常胚のみで議論を展開しなければ、着床障害も不育症も机上の空論にすぎないからです。したがって、PGSが一般的になり多くの国で研究が進められると、着床障害も不育症もこれまでの常識が覆る可能性があります。

P4製剤筋注後7.3時間で血中P4濃度がピークとなり、24~48時間は濃度が一定に保たれることが報告されていますので、本論文の注射時間と採血時間はそのデータをもとにP4製剤筋注後12時間前後で採血をしています。その他の製剤(膣座薬、内服薬など)を用いた場合にはあてはまりませんのでご注意ください。また、ルトラール、デュファストン、デポ製剤をお使いの場合は血中P4濃度には全く反映されません(測定できません)ので合わせてご注意ください。さらに、新鮮胚移植の際にも当てはまりませんので、こちらもご注意ください。

P4値の下限については、下記の記事を参照してください。
2015.9.4「☆黄体ホルモン濃度はいくつあれば良い?」