タイムラプスは妊娠率アップに有効か その3 | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

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生殖医療に関する正しい知識を提供します。主に英語の論文をわかりやすく日本語で紹介します。

本論文は、タイムラプス(連続的な形態観察)による3日目分割胚(初期胚)の新しい評価法を示しています。

Fertil Steril 2016; 105: 656(オーストラリア)
要約:2013~2014年に体外受精および顕微授精を実施し、妊娠判定の結果が明らかになっている212周期270個の胚を後方視的に、タイムラプスのパラメータをもとに7段階(A+、A、B、C、D、E、F)に分け新たなアルゴリズムを作成しました。

形態不良→F
形態良好+異常分割→E
形態良好+正常分割+媒精後68時間で7細胞以下→D
形態良好+正常分割+媒精後68時間で8細胞以上+S2>0.84hr→C
形態良好+正常分割+媒精後68時間で8細胞以上+S2<0.84hr+T5_PNF>28.01hr→B
形態良好+正常分割+媒精後68時間で8細胞以上+S2<0.84hr+24.67形態良好+正常分割+媒精後68時間で8細胞以上+S2<0.84hr+T5_PNF<24.67hr→A+
*T5_PNF = 前核消失~5細胞 の時間
 s2 = 3細胞~4細胞 の時間

着床率は、A+ 52.9%、A 36.1%、B 25.0%、C 13.8%、D 15.6%、E 3.1%、F 0%となりました。次に、66個の胚を前方視的にこのアルゴリズムを用いて、2種類の培養液で検討したところ、着床率予測が有意に認められました。

解説:タイムラプスで計測する各種パラメータは、培養環境(培養液、酸素濃度)、卵子・精子の状態、卵巣刺激法で変化すると考えられます。したがって、論文に記載された数値を用いても妊娠率アップにつながらないことがあります。このため、それぞれの施設で独自のアルゴリズムを作成し、検証した上で実用化するといったステップが必要になります。本論文は、新たなアルゴリズムの作成方法を示したものです。

もうひとつ重要なポイントは、これまでのタイムラプス研究では全て顕微授精の胚を対象にしていました。いつ受精したのかが明らかである顕微授精でなければ、スタートのポイントがわからないからです。しかし、実際には顕微授精した時刻が必ずしもスタート時間ではありません。卵子によって細胞質の成熟度が異なるため、精子を入れた時間から受精の時計が開始するのではないからです。この問題を解決するために、前核消失時間(PNF)をスタート時間とするとの報告があります。本論文は、PNFを用いた分類を採用していますので、体外受精にも顕微授精にも対応できるアルゴリズムとなっています。ここもひとつのメリットになります。

いずれにしても、それぞれの施設に合ったアルゴリズムを作成することで、分割胚(初期胚)の際に良好胚を選別することができ、妊娠率アップにつながるでしょう。なお、胚盤胞ではPGSが有効ですので、タイムラプスの評価は必要ありません。一方、分割胚(初期胚)のPGSはそれぞれの割球が独立しているため、検査自体に意味がありません。つまり、調べた割球が正常でも調べていない割球が異常である可能性があります。したがって、タイムラプスは、分割胚(初期胚)の選別の際にのみ用いられるようになると考えます。

タイムラプスについては下記の記事を参照してください。
2016.3.9「タイムラプスは妊娠率アップに有効か その2」
2016.3.6「タイムラプスは妊娠率アップに有効か その1」
2016.2.22「妊娠出産に寄与する因子は?」
2015.3.4「タイムラプスを使って女の子の胚を選別できる?」
2015.2.27「タイムラプスによる胚選別のアルゴリズム」
2014.4.30「タイムラプスの将来性」
2014.3.12「☆タイムラプスによる着床できる胚の分割速度:これまでのまとめ」
2013.10.17「☆タイムラプス•イメージングの進化」
2013.7.13「☆適切な時期に適切に分割する胚が良好胚」
2013.11.18「タイムラプスの基本」