胚盤胞は、胎児になる細胞(ICM)と胎盤になる細胞(TE)が分かれた状態(分化)です。細胞それぞれの運命が決まり、もう元には戻れない状態と考えられていました。本論文は、一旦TEとなった細胞も再びICMになり得ることを示しています。
Hum Reprod 2013; 28: 740(ベルギー)
要約:体外受精のday 3にてPGSを行い、遺伝疾患を持つと診断されたヒトの胚盤胞(3AA、4AA)を用い、day 5 にTEの一部を吸引採取しました。1)TE細胞のみを空の透明帯(卵の殻の部分)に入れて培養を続けたところ、day 6, 7にはICMを含む胚盤胞になりました。2)胚盤胞の外側の細胞だけを594WGAでラベルし、空の透明帯(卵の殻の部分)に入れて培養を続けたところ、day 6, 7にはICMを含む胚盤胞になりました。3)TE細胞をPKH67でラベルし、もとの胚盤胞の中央に戻したところ、day 6にはラベルしたTE細胞はその場所で発育を続けICMに変化しました。ICMのマーカーとしてNANOGを、TEのマーカーとしてHLA-Gを用いて確認しました。なお、本研究は倫理委員会の審査の基に行われ、研究後の胚盤胞は子宮に移植しないという条件で行われました。
解説:「受精卵(胚)の細胞はいつその運命を決めるのか(いつ多能性を失うのか)?」という問いに明確な答えはありませんでした。少なくとも4細胞の時点では、割球1つで胚盤胞になることが示されています。4細胞、8細胞、ICMからES細胞(胚性幹細胞)を作ることができます。ヒト胚盤胞のTEは、TEマーカーであるHLA-G、Krt18を発現する一方で、多能性マーカーであるPou5F1 (Oct4)、Sox2、Sall4も発現しています。そこで、「胚盤胞も多能性があるのではないか」という仮説のもとに、本研究が行われました。day 6のTEを吸引しても、ひとつひとつの細胞に単離することができません。この状態のTEでは、Cdx2が発現し、Pou5F1 (Oct4)とSox2の発現が消失します。本研究で用いられたTEは、day 5のものでCdx2を発現していません。このあたりが多能性の境界線なのかもしれません。day 5のTEは想像以上に大きな幹細胞としての可能性を持った細胞であると考えられ、ES細胞の作成も可能です。
ちなみに、ノーベル賞を受賞された山中伸弥教授が発見したiPS細胞を誘導する際に必要な4つの遺伝子は、Oct3/4、Sox2、c-Myc、Klf4(いわゆる山中カクテル)です。この他にも、Oct3/4、Sox2、Nanog、Lin28でもiPS細胞は作成できます。