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mathichenの徒然なるままに

mathichenの酔いどれ日記【Hatena版】
https://mathichen.hatenablog.com/
ココに常駐中

盆休みとやらで、酷暑の中を民族大移動中の日本列島
フランス人並みに3ヶ月近くまでいかなくても、1ヶ月の長期休暇であれば
スケジュール調整により、道路混雑や交通事故の増加せんで済むかも
まぁ盆の時期に休めるだけ、信心深くなかろうが有難いのやら



失業者や就職出来ない人々がわんさかいる一方
1人で大量の仕事を抱え過労死する就業者もわんさかいる
バランス悪い。上手く振り分けられないものか。真の経済活性化のためにだけでなく



盆暮れ正月ゴールデンウィークいずれにしたって
皆が一斉に休んだら、世の中沈没
誰かが遊んでる他方では、休み取れずや世間の休暇時だからこそ
働かなくてはならない職種の人々がいます



ジジババや障害者の施設なんて、ショートステイ押し寄せる地獄の季節
面倒見る家族にも休暇の必要あるなどの事情抱えている
それがわかっているから福祉現場は必死で働くのです
好きで福祉の仕事始めたのに、負担多過ぎ心身壊して続けられなくなる
自分の私生活に制限かける、人生の何かを諦めて仕事に精魂傾けるなど
世間の休み以外であったって、ヴァカンス時期と似た惨状です



健康な身体だって五体不満足な子供が生まれる可能性ある考えない
血縁馴れ合い的そのくせ非常時にはトンズラ決め込むような似非家族主義
人間を生み育てる世話することには困難多く果たすのはどれだけ大変か
カワイイや情だけでは務まる話じゃない
完璧でなくても責任と義務果たす自信持たなければ
人生の選択肢を捨てる、他人の力を借りるべきなんですよ
情状酌量の余地見られるケースは別として
「やれますから☆」と断言しておいて「出来ませんでした~(泣)」なんてのは
無責任サイテーであり、絶対再起考えるな二度と人間に生まれ変わるな



利他主義のために骨身を惜しまない人たちの存在を
何ともオメデタイ世俗は知り、「いつかお世話になるかも」と感謝すべきですね



 【8月9日 AFP】アルゼンチン軍事政権(1976-83年)下で、産まれてすぐに母親のもとから連れ去られた「盗まれた子どもたち」の105人目の事例がDNA検査の結果確定したと、活動家らが8日、発表した。

「盗まれた子どもたち」の1人であることが確定したのは、ローラ・ラインホルド・シバー(Laura Reinhold Siver)さん(33)。人権団体「5月広場の祖母たち(Grandmothers of the Plaza de Mayo)」のエステラ・デ・カルロット(Estela de Carlotto)代表は「これで105人まで確定した」と語った。

 軍事政権下の秘密出産施設で、産まれてすぐに母親から引き離された赤ちゃんたちは数百人に上る。ラインホルドさんは、自分がその1人ではないかと感じて、人権団体に接触したという。

 ラインホルドさんは1978年生まれ。母親は、ブエノスアイレス(Buenos Aires)の海軍機械学校に投獄されていた。同学校は、独裁政権下で拷問が行われた場所だ。

 投獄された女性の多くは反体制派で、妊娠している間は生かされていたが、子どもを産むと即座に殺された。女性の多くは軍用機から生きたまま裸で海に落とされた。女性たちは出産時には顔に覆いをかぶせられ、赤ちゃんの顔を見ることができなかったという。産まれた赤ちゃんは軍政幹部やその親族に引き取られた。

 カルロット代表は「出生に疑問を持ったローラが、自ら進んで『5月広場の祖母たち』に接触し、DNA検査を受けた」と説明した。

 一方、ラインホルドさんの母方の祖母は、1982年にラインホルドさんと両親が失踪したと、『5月広場の祖母たち』に接触していた。両親の行方は現在も分かっていない。

 カルロット代表によると、当時、約500人の赤ちゃんが拘束下で産まれ、母親のもとから取り上げられ軍政幹部に引き取られた。軍事政権下で死亡または行方がわからなくなった人の数は推計3万人に上る。

 1976年3月24日に軍事クーデターでイザベル・ペロン(Isabel Peron)大統領政権を転覆させた元独裁者のホルヘ・ビデラ受刑者は、当時の幹部らとともに、反体制派の赤ちゃんを誘拐したとして実刑判決を受けている。ビデラ受刑者は、2010年12月に人道に対する罪で終身刑の有罪判決を言い渡された。(c)AFP

( 出典先:AFPBB News )




軍事政権下のアルゼンチンの首都ブエノスアイレス。高校の歴史教師アリシアは(ノルマ・アレアンドロ)、実業家の夫ロベルト(エクトル・アルテリオ)、養女ガビイ(アナリア・カストロ)とともに、平穏な生活を送っていた。ある日、学校の同窓会に出たアリシアは亡命していたアナ(チュンチュナ・ヴィラファニエ)の懐かしい顔をみつけ、再会を喜び合った。その夜、アリシアの家でアナはなぜ亡命せねばならないかを語った。それによれば、彼女の昔の恋人ペトロが反体制側だったために彼女まで拷問、暴行を受けたこと、また獄中で妊娠中の女性から生まれて来た子供たちが連れ去られ、見知らぬ人々に売られていくのを見たことを。その瞬間、アリシアの胸にはガビイもその一人ではないかという疑惑が湧き起こった。そんなある日、仕事仲間が夫のロベルトに救いを求めて来たことからアリシアは夫が軍事政権と癒着し、民主勢力に対する加害者の立場にあるのではないか?という疑問につき当たる。彼女はガビイの生みの親を捜し始めた。そんな中で、五月広場の母の会でサラ(チューラ・ルイス)と知り合った。突っ込んだ話し合いをするうちに、あらゆる点から見てガビイがサラの孫娘である可能性が大きかった。夫のロベルトの忠告にも関わらず、あくまでガビイの出生をつきとめることに固執する。アリシアが家に招いたサラを見て、ロベルトの怒りは爆発、ついに軍事政権側で活動、膨大な報酬を得ていることが判明した。翌日アリシアはガビイを義母の家にあずけると、二度と帰らないであろう家をあとにした。

( Movie Walker:『オフィシャル・ストーリー』より引用 )



第58回(1985年度)アカデミー外国語映画賞受賞作品
1983年に軍事政権は崩壊していたものの、暗黒の記憶が生々しい時代に製作
想像以上に真実を探り当てるのは困難だったのではないでしょうか



原題の‘La Historia Oficial’のHistoriaには、二重の意味が含まれています
主人公が、歴史教師であるアリシアであり
彼女の受け持つ授業で使われる教科書には載っていない『物語』と『歴史』に目覚めていく
申し分ない高等教育受けているのに、あまりにも世間知らず過ぎるのではという意見が聞かれましたが
特権階級なんて国家にとっては、物質的に甘やかしとけば何も疑問持たないロボット集団ですからね



ところで



盗まれた子供たちが、やがて自分の出生に疑問を抱き、真実を突き止めた後
軍政下で「盗まれた」行方不明者の子ども裁判、養父母に実刑
「赤ん坊を盗み、その出生についてうそをつき、日常的に不当に扱い、屈辱を与え、
欺いてきた人物に対して愛を感じることができるか自問してください。私は『ノー』です」
こういう場合、真実を知るまでの『公式の家族史』に書かれた愛情も、実は持っていなかった?
訴えるにしても、30年間の家族史を完全否定するには、相当な葛藤が表面に感じ取れるはず…



自分の『真実の物語』を知るすべ無い、存在意義を喪いかねない、怒りと哀しみから?


英サッカー元代表 ツイッターの問題発言で解雇通告
8月06日11時00分 提供:R25

英プレミアリーグの強豪「ニューカッスル・ユナイテッド」は1日、ツイッターで問題発言を繰り返していたジョーイ・バートン選手を契約があと一年残っているにもかかわらず移籍リストに入れたことをクラブの公式ウェブサイトで発表した。

バートンは、07年よりニューカッスルのセンターハーフとして活躍してきたチームの主力選手。イングランド代表経験を持つ好選手である一方、トラブルメーカーとしても知られる彼は、実社会でもかなりやんちゃ。過去に「チームメイトの目にタバコを押しつけ、失明寸前」「グラウンドで尻を露出」「チームメイトを殴打」など多数の“前科”があり、2008年には暴行事件で服役を経験したこともある。

そのバートンは今年に入り、自らの処遇やチーム方針についてツイッターでフロント批判を繰り返し、女子W杯決勝の時にも

「ハハハ、何てPK戦だ」
「女たちはPKを3つもミスした。女性差別ではなく、これは事実だ」

とつぶやくなど、挑発的ともとれる発言を連発。そのため、今回クラブが行った処置は事実上の解雇通告であり、こういったツイッター発言がクラブ幹部の逆鱗に触れたものと見られている。

ニューカッスルは、先月末にもDFのホセ・エンリケによるクラブ批判ツイートが問題になったばかりだが、バートンは3日、

「もし、クラブが過去の様々な間違えをなかったことにしたいのならばすればいいさ。
でも、ここにいるみんなはオレが真実を語っていることを知ってるぜ……」
「オレはチームメートやファンに敬意を払いすぎてしっぺ返しをくらうこともあるが、オレは多分に自己尊厳がつよい人間だぜ」

などと意味深なツイートを投稿しているほか、ジョージ・ワシントンの「言論の自由が奪われたら、殺される羊のように何もいうことができなくなる」という名言も引用するなど、一向にツイッターをやめる様子はない。
(R25編集部)

英サッカー元代表 ツイッターの問題発言で解雇通告はコチラ

※コラムの内容は、フリーマガジンR25およびweb R25から一部抜粋したものです
※一部のコラムを除き、web R25では図・表・写真付きのコラムを掲載しております

( 出典先:日刊アメーバニュース )



Twitterをやめる必要はありません



言論の自由には、どう反応来るか、それらにどう対処するかの義務が含まれますから



せいぜい自分の頭の悪さを世界中に広め、サッカー選手として働けなくなったら以降の生活保証無し



それくらいでなけりゃ、バカは凝りませんよ(行き倒れになっても、ブツブツやってたりして)



10歳の人気スーパーモデルに異論も(仏)
8月06日09時55分 提供:ゆかしメディア

 ファッション大国フランスで、10歳の人気スーパーモデルのThylane Lena-Roseちゃんの人気が急上昇しているが、その一方で、10歳の子供に大人同様のセクシーな衣装を着用させたり、働かせたりするのはどうか、との反対意見も出ている。
 
 おの児童は、仏ファッション誌の頂点であるVOGUEのカバーを10歳にして飾ったほどの人気者。グッチを世界的ブランドに育てたトム・フォード氏が編集するという力の入りよう。10歳という年齢から考えれば、異例の待遇だ。

 VOGUEには、10歳にしては少々きわどいかな、というカットも存在するのは事実だ。

 こうした扱いに、各国のメディアでも賛否両論であり、米ABCテレビのグッドモーニングアメリカでは、専門家らの疑問、批判の声などを紹介。一方で、才能や自由を規制すべきではないのでは、という意見も出ている。

 また、有名になったことによって、無用な危険にさらされることもある。このモデルの母親が先日、フェースブックのファンページを閉鎖してしまったのだ。わいせつ、児童ポルノなど様々な罵詈雑言が寄せられるのだといい、それは適切な対応だっただろう。

 また、父親は仏でも人気で有名サッカー選手だったパトリック・ブロンドさん。まさか10歳の少女に世界から注目が集まるとは思いもよらなかっただろう。

 わが子をスターにしたい親は多いが、成功すればしたで、様々な悩みごとも抱えることになる。

( 出典先:日刊アメーバニュース )



mathichenの徒然なるままに-10歳のスーパーモデル



この写真を見たら、下の映画を思い出しました




1917年のニューオリンズ。ここには大きな赤線地区があり、なかでも、マダム・ネル(フランセス・フェイ)が経営する女郎屋は金持ばかりが集まる老舗である。黒人のピアニスト『教授』(アントニオ・ファーガス)がピアノを弾くと開店だ。この店には今年12歳のバイオレット(ブルック・シールズ)という幼い娼婦がいた。バイオレットの母はハティ(スーザン・サランドン)という淫売で、淫売の子は淫売になるということを当り前のことと考えていた。こうした環境で育ったバイオレットは、すでに男と女の営みのすべてを知っていた。ある日、この家にベロック(キース・キャラダイン)という若い写真家の男がこの界隈の女たちの写真を撮りにやってくる。ベロックはハティをはじめ店の女たちとなじみを深め、よく顔を出すようになるが決して店の女には手を出さなかった。これまで、そういう男を知らなかったバイオレットは、いつしかベロックに特別な感情を抱くようになっていた。そして、バイオレットの『水揚げ』の日がやってきた。着かざって大きな輿に乗せられたバイオレットは400ドルという値段でせり落とされ、2階に連れていかれる。階下に残された者たちのやりきれぬ後めたさにも関わらずバイオレットは立派な稼ぎ手として勤めを果たす。ある日突然、ハティが、常連の客だった男と結婚すると言い出し、バイオレットを残し、その男の住むセントルイスに発ってしまう。母がいなくなってもバイオレットの生活は変わらなかった。ある日、黒人の少年にいたずらしたところをマダム・ネルに見つかりひどく叱られる。この仕打ちに腹をたてたバイオレットはマダム・ネルの家を飛び出しベロックの下宿におしかける。いつの間にかバイオレットに魅かれていたベロックの心は乱れ、その日2人は結ばれる。しかし、2人の同棲生活は長続きしなかった。子供扱いにされたことを怒ったバイオレットがマダム・ネルのもとへ帰ってしまったのだ。そして、繁昌していたマダム・ネルの店も赤線の衰退にともなって、遂に閉鎖することになる。さすがに心細い思いをしているバイオレットの前にベロックが現われ、正式に結婚を申しこむ。教会での結婚式が済んで2人の新婚生活がはじまるが、その生活も思いがけぬ方向から崩される。音信不通だったハティが夫と連れだって、突然バイオレットをひき取りに来たのだ。彼女をセントルイスへ連れていき、学校へ通わせ世間なみの子供として育てたいというのだ。母の腕に抱きかかえられるようにして連れ去られるバイオレットを、ベロックはただ茫然と見守るだけだった。

( Movie Walker:『プリティ・ベビー』より引用 )



最後の場面は、細かくは忘れましたが…
ハティ夫婦がヴァイオレットを連れてセントルイスへ向かう列車を待つ駅
何とか雰囲気を明るく盛り上げようと苦心するハティ夫婦
義父が継娘にカメラを向けて記念写真を撮る(写真屋に頼んで?)
…こんな感じだったと思います



印象的なのは、ヴァイオレットの感情を喪ったかに見える孤独な表情
子供らしいお洒落な服装で人形を抱いても
特殊な空間に生まれ育ち、12歳にしてあまりにも大人の世界を見過ぎた
ごく普通の子供世界を肌で感じながら成長する環境を適切な時期に与えられなかったら
果たして埋め合わせは出来るんですかね?



世界一の美少女と謳われたブルック・シールズ
成長したら、人並み上の美女ではあるけれど、もはやカリスマ性は見られないを思えば
少女モデル自体は罪でなくても、大人の冷静な判断とコントロールが必要であり
普通のオバサンになり得る可能性を考え、人生の選択肢を多く与えるべきでしょう



首相献金問題、市民の党代表「よど号犯と接触」北で10年ほど前
2011.8.1 01:13
 
 菅直人首相の資金管理団体が、東京都三鷹市議選に立候補した日本人拉致事件容疑者の長男(28)が所属する政治団体「市民の党」(酒井剛代表)から派生した政治団体に計6250万円を政治献金していた問題で、酒井代表が過去に北朝鮮を訪れ、よど号ハイジャック事件の犯人や関係者らと接触していたことが31日、分かった。酒井代表が産経新聞の取材に明らかにした。市民の党と北朝鮮、よど号犯の密接な関係が改めて鮮明になった。

 三鷹市議選に出馬した長男の父親は、よど号犯の故田宮高麿元リーダーで、母親は昭和55年に石岡亨さん=拉致当時(22)=と松木薫さん=同(26)=を欧州から北朝鮮に拉致したとして、結婚目的誘拐容疑で国際手配されている森順子容疑者(58)。森容疑者は北朝鮮にとどまっているとされる。

 酒井代表は産経新聞の取材に、「10年ほど前に北朝鮮に行き、よど号の人間や娘たちと会った」と発言。「その中には(三鷹市議選に出馬した)長男の姉もいた」とした上で、「そうした縁もあって、長男が(日本に)帰国してきてからつながりがあった」と市議選に擁立した背景を明らかにした。

 酒井代表は自身が長男の選挙応援に入ったことも認め、「今の10代、20代が今後、大変な思いをする。若い人に頑張ってほしかった。統一地方選には若い人間をいろいろ出しており、彼はそのうちの一人」と説明。一方、日本人拉致事件については「最低な問題と考えている。解決する一番いい方法は日朝国交正常化だ」と自説を展開した。

 市民の党をめぐっては、菅首相や故田宮元リーダー、カンボジアのポル・ポト派幹部らが、同党の事実上の機関紙にメッセージを寄せたり寄稿したりしていたことが既に判明している。

 菅首相の資金管理団体「草志会」は、市民の党から派生した政治団体「政権交代をめざす市民の会」に、平成19~21年の3年間で計6250万円を寄付。民主党からは同時期、草志会へ計1億4980万円が献金されていた。

■北の“同志”支援軽率

 市民の党の酒井剛代表がよど号ハイジャック事件犯との接触を明らかにしたことで、両者の関係性は決定的となった。菅首相が国会で「献金は連携・支援のため」と述べた政治団体の実態は、“革命の熱狂”に取りつかれた極左勢力そのものといえ、首相の政治姿勢や説明責任が改めて問われるのは必至だ。

 よど号事件は昭和45年3月31日に発生。故田宮高麿元リーダーが率いる共産主義者同盟赤軍派9人が、羽田発福岡行き日本航空のボーイング727(通称・よど号)を乗っ取り、韓国・金浦(きんぽ)空港で乗客を解放後に北朝鮮に渡った。

 日本初のハイジャック事件で、「海外で活動家を軍事訓練させ、日本に上陸させ武装蜂起を決行する」という「国際根拠地建設論」が唱えられた。

 北朝鮮で生活を始めた9人は、現地で日本人女性と結婚。田宮元リーダーは森順子容疑者との間に2男1女をもうけた。

 その後、田宮元リーダーら3人と日本国内に戻った2人が死亡。今も現地に残るのは4人となっている。一方、よど号犯の子供は「計20人」(尾崎道明公安調査庁長官)で、平成13年以降、全員が日本に帰国している。そのうちの1人が、今年4月の東京都三鷹市議選に市民の党から出馬し、落選した田宮元リーダーの長男だ。

 酒井代表はこうした勢力に共感を示しており、平成15年の雑誌の対談記事では「革命一筋。この30年間他に何も考えたことはない」などと話し、自らを「レーニン主義者」と紹介している。

 菅首相は今回の献金問題に絡み、7月21日の参院予算委員会で「そういうこと(拉致実行犯と近い関係)があったとすれば大変申し訳ない」などと陳謝した。だが、献金の目的については「ローカルパーティーと民主党の活動の連携・支援のため」と述べるのみだ。

 拉致被害者支援組織「救う会」会長で東京基督教大学の西岡力教授は、「酒井代表がよど号犯やその子供らと会えたことは、北朝鮮が酒井代表を同志と考えたか、対日工作に利用できると判断して許可を出したことになる。酒井代表や市民の党が北と密接な関係にあったのは明白だ」と強調。その上で、「こうした政治団体と『連携・支援』を図るため巨額献金をした菅首相は極めて軽率といえ、総理の資格が問われる問題だ」と指弾している。

( 出典先:MSN産経ニュース )



よど号ハイジャック犯といえば



すでに死亡したメンバーでは
1996年カンボジアで拘束されてタイに移送、後に日本国内で病死の田中義三は別として
リーダーの田宮高麿は
「死の前日まで特に異状が見られず、病死というより不審死」
彼と思想対立があったらしい岡本武は
「妻とともに土砂崩れで死亡とされるも、国外脱出を図るなどから、強制収容所に送られた可能性大」
1985年に病死とされる吉田金太郎は
「1970年代に、同名の祖父が資本家である出身成分を問われ、強制収容所に送られた可能性大」



赤木志郎、若林盛亮、魚本公博(旧姓:安部)、小西隆裕
40年後の現在も北朝鮮に在住する4名
何かと不安を抱えていると読んだことがあります



柴田 泰弘(しばた やすひろ、1953年 - 2011年)はよど号グループの最年少構成員、テロリスト。

概要
1969年、神戸市立須磨高等学校に入学。その頃赤軍派に参加し、大菩薩峠事件に関与した。1970年3月31日に仲間8人とともによど号ハイジャック事件を起こした際には、グループ最年少で高校入学してから約1年の16歳の少年であった。北朝鮮に亡命後、1977年5月4日に八尾恵と結婚、娘2人をもうける(1990年代後半に離婚)。

1985年春によど号グループ最高幹部の田宮高麿から革命のために日本で人と金を集める命令を受けて極秘帰国。他人になりすまして潜伏活動をしていたが、1988年5月6日に兵庫県警外事課により偽造旅券の疑いで逮捕。指紋の照合でよど号メンバー柴田であることが確認される。よど号メンバー初の逮捕であった。

よど号事件で強盗致傷、国外移送略取罪等で起訴され、1990年12月20日に東京地裁で懲役5年の判決が言い渡される。上訴をするも1993年11月に懲役5年が確定、刑務所に収監される。

未決拘置期間を差し引いて、1994年7月21日に出所。その後は元グループ仲間やその支援者らとは距離を置き大阪府大阪市で1人暮らしした。

その後も娘は北朝鮮に留まっていたが次女が2004年1月に日本に帰国、長女が2006年6月に帰国している。

2011年6月23日、大阪府大阪市浪速区の自宅アパートの布団で死亡しているのをアパートの管理人と大阪府警浪速署員が発見した。58歳没。外傷は無く、病死とみられる。

エピソード
・日本の裁判で起訴された際、裁判所の人定質問で職業を問われて「職業革命家です」と即答した。
・所持していた偽造旅券は北朝鮮による日本人拉致問題によって拉致された石岡亨の偽造パスポートである。

( Wikipedia:『柴田泰弘』より引用 )



今日になって、死亡を知りました



1970年当時、未成年ということで『少年S』と報道されたそうですね
太古の高校生は、現代よりはるかに知的好奇心旺盛で、「社会(世界)を変える」意識に燃えていて
大学で燃え盛る学園紛争の火種が各地の高校にも飛んで行ったよう



満期出所しているから、その後は一市民として暮らした
2010年3月、産経新聞の取材に対して「もう(運動は)やりません。疲れちゃってるんで」
元グループ仲間や支援者らのみならず家族とも離れ、独り暮らしでの最期
己の過去に対する罪悪感、人生に対する喪失感、精神的支柱の無さによる不安感
ですかね?



孤独死であっても、過去との訣別はせめてもの救いなのでしょうか?