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mathichenの徒然なるままに

mathichenの酔いどれ日記【Hatena版】
https://mathichen.hatenablog.com/
ココに常駐中

人生約半世紀にしてはサイコーながら時々は怪しくもなる記憶力との闘い記事だよ




mathichenの徒然なるままに-新Waltyでの住田先生

mathichenの徒然なるままに-新Walty閉店時




【天馬空を行くには、運動不足(PC・携帯扱い速度も)】(2011年9月1日ヤホー本館)
【浪花の濃い旋律を徒然なるままに】(2013年4月23日)
2002年10月13日、レコードの名店≪ワルツ堂≫倒産報道。各店舗の前では貼り紙に唖然ボー然だらけ
それから、10年余り経った
【An Die Musik (音楽に寄せて)】(2011年5月18日)
≪ワルツ堂≫堂島店のなれの果てが、≪Waltyクラシカル≫
画像上、カウンター前にいるのは
アタクシを見つけるや、隣のカフェ座席へ引っ張って行き(何も注文せんかったけど)
「何で倒産したか、教えてくれ~」(知ってる限り教えたやろ)
ワルツ堂閉店時に号泣した、日本ワーグナー協会会員
もお泣いてへんよって、彼は放置しといて
【記憶の旋律を残す楽譜代わりに】(2011年9月2日)
「先生、3年ぶりくらいかしら。お元気そうでヨカッタ♪」
「どこまで頑張れるかな。発電所が動くのは見届けたいですよ」
…先生を長生きさせるには、発電所は止まったままの方がいいのか?
うんにゃ、発電所に関係なく、先生には是非とも長生きして頂かねば!
大震災前まで無関心に近かったくせして、エラソーに付け焼刃反原発主張する連中よかやッ




mathichenの徒然なるままに-旧Walty最終日




この画像は、旧≪Walty堂島≫最終日に撮ったもの
現店舗と同じ大阪駅前第1ビル内、さあ!湯を入れた☆カップ麺出来上がる前に着く距離にあった
旧店舗が閉まっちゃった理由?
【因果は巡る自分の末路に】(2010年12月5日 03:17 Yahoo!Days)
全公開日記だから、これでも抑えたのよ。真実は、友だち限定日記に残し、本館にある
友だち登録申請する、承認して読ませろ?他の限定日記まで読んだら、厭世感に覆われるよ。受け付けま宣言




≪ワルツ堂≫が、毎日大阪会館にあった時代から通っていた
気がつけば、楽屋でタバコ吸い、店の舞台裏に通じていた
いま現在、当時の記憶を引っ張り上げてる最中
その中より一つ




mathichenの徒然なるままに-Deutsche Oper Berlin

ベルリン・ドイツ・オペラDeutsche Oper Berlin)はベルリンにある歌劇場。旧西ベルリンでは唯一の歌劇場であった。

1919年にシャルロッテンブルク・ドイツ歌劇場として設立。以後名称がたびたび変わり、1925年にベルリン市立歌劇場、1933年にベルリン・ドイツ・オペラ、1945年に市立歌劇場、1961年に再びベルリン・ドイツ・オペラとなる。

歴代の音楽総監督としてブルーノ・ワルター、フリッツ・ブッシュ、フェレンツ・フリッチャイ、ロリン・マゼール、ゲルト・アルブレヒト、ヘスス・ロペス=コボス、ラファエル・フリューベック・デ・ブルゴス、クリスティアン・ティーレマン、レナート・パルンボらがおり、2009年からドナルド・ラニクルズが芸術監督に就任する予定である。また音楽総監督に就任が決まっていたが着任しなかった指揮者として、1990年のジュゼッペ・シノーポリ、2001年のファビオ・ルイージなどが挙げられる。1963年にカール・ベームとマゼールを指揮者として初来日。日本への欧米歌劇場引っ越し公演としては初めてであり、ベーム指揮の「フィガロの結婚」「フィデリオ」のライブ録音が残っている。

代表的なレコーディングとして、オイゲン・ヨッフム指揮でオルフ「カルミナ・ブラーナ」やワーグナー「ニュルンベルクのマイスタージンガー」、カール・ベーム指揮でモーツァルト「フィガロの結婚」(日本公演のライブ盤とその数年後のスタジオ録音盤がある)、シノーポリ指揮でヴェルディ「ナブッコ」「運命の力」などがある。

なお、ベルリン・ドイツ交響楽団は歌劇場付属のオーケストラ(ベルリン・ドイツ・オペラ管弦楽団)とは別の団体である。

( Wikipedia:『ベルリン・ドイツ・オペラ』より引用 )




下線引いた部分に追記すれば
ちょいと、ハインリッヒ・ホルライザー指揮ベルクの♪ヴォツェックも録音残ってるぞ
1993年ポニーキャニオンが発売したCDあるやないか
CD発売はされんかったが、同じく日本初演となった、ワーグナーの♪トリスタンとイゾルデも録音はある
ヴィーラント・ワーグナー演出だっけ?ロリン・マゼール指揮には違いない




Elisabeth Grümmer, The Countess' Solo Scenes, Mozart: Le Nozze di Figaro(Live, Tokyo, 1963)
1963年10月23日、♪フィガロの結婚より、アルマヴィーヴァ伯爵夫人のアリア
スタジオでなく実演で、当時としては最高の状態のステレオ録音ね
ドイツ名花の一輪、エリーザベト・グリュンマー、声は固めだが、気品充分
国際的キャリア誇る傍ら、素顔は料理が得意の家庭夫人と、真に優秀なキャリウーマンであった




「日本への欧米歌劇場引っ越し公演としては初めて」
それまでにも、ウィーン国立歌劇場アンサンブルの来日、NHKが招聘したイタリア歌劇団などはあったが
欧米勢は歌手や指揮者だけで、オーケストラや合唱は日本勢が担っていた
現代では当たり前の劇場丸ごと民族大移動は、ベルリン・ドイツ・オペラが最初なの
東京・日生劇場のこけら落とし公演
1963年いうことは、翌年に控える東京五輪の絡む、日本の景気右肩上がり時代の文化交流の一環?
ライヴ録音聴くと、当時の日本のクラシック聴衆が純朴であったの伝わるわね
「わ~、ベーム先生の生指揮だ♪」みたいに、神様仏様を拝む感じの有難がりぶり
全身耳状態にして、本場のみが持つクラシック音楽の真髄を体感していたというか
現代でも、日本のクラシック聴衆が真面目な部類に入るのは、海外演奏家から評価されるけど
『TBS=東京ブラボーサーヴィスの略』、逆に恣意的なブーイングで自分の教養を誇示したい輩など
妙にスレちまった面も見られるのとは、隔世の感ある




某バス歌手大先生、いまは亡き某へっぽこテナー上がり総監督、この世と草葉の陰でよーく聞いとけ
前者は、あるオペラ日本初演時、「○○さんは頑張っていたから」と主演歌手を擁護した
後者は、ある舞台にブーイング飛ばした聴衆に向かって、「ブーイングは止しなさいと」命令した
前者よ、仕事頑張るのはプロとして当たり前の話、出来不出来を評価されるのも仕事の一つだよ
後者よ、ブーイングも恣意的政治的なものでなければ、感想表現の一つだよ
「君の意見には反対だ。だが、君が物言う権利は死んでも守る」
名前忘れたけど昔々のフランス人の偉いさんの言葉、それを理解する者だけだ
個人の自由だ、民主主義だ、それは議論出来る国民にのみ許される
三十路過ぎて自分探しの旅人とか、何とも没個性なのが多い国に、議論なんて出来るの?
綺麗事を謳いながら、ガチンコ勝負無理な頭悪い自分の身を守るため、気に入らんものは潰すための
自由をフシダラの正当化道具としか扱えない、腐れ現代ニッポン人の言い訳すんじゃねえッ




1963年、東京、ベルリン・ドイツ・オペラ引っ越し公演へ戻ると





Erika Köth (September 15, 1925, Darmstadt - February 21, 1989, Speyer) was a German operatic high coloratura soprano, particularly associated with the roles of Zerbinetta and Zerlina.

Grave of Erika Köth in the Alter Friedhof (old cemetery) in DarmstadtKöth began a musical studies in Darmstadt with Elsa Blank in 1942, and after an interruption resumed them in 1945. She made her stage debut in Kaiserslautern as Philine in Mignon, in 1948, and then sang in Karlsruhe (1950-53). She made her debut at the Munich State Opera and the Vienna State Opera in 1953, and at the Berlin State Opera in 1961. She appeared regularly at the Salzburg Festival (1955-64), as the Queen of the Night and Konstanze and Sophie, and in Bayreuth (1965-68), as the Woodbird. She also made guest appearances in Milan, Paris, London, etc.

Her repertory included: Susanna, Zerlina, Sophie, Despina, Lucia, Gilda, Stravinsky's Le Rossignol, and The Rake's Progress.

She had a small voice of great agility with a range extending remarkably high.

She can be seen in the role of Rosina in a complete German performance of The Barber of Seville with Fritz Wunderlich, Hermann Prey, and Hans Hotter, and in a German performance of Don Giovanni, with Dietrich Fischer-Dieskau and Josef Greindl.

( Wikipedia:『Erika Köth』より引用 )



フリッツ・ヴンダーリヒさん、夜這いかけて階段から転落死、ホントだったら笑うぞーだ
レポレッロ、ご主人様のおヤリになったオンナの数記録してるなんて、いつ寝てるのさ
太る前のピラール・ローレンガー可愛いわ~




じゃなくて




エリカ・ケート、現代発声に慣れた耳にはキモチ悪いだろうし、容姿もオバちゃん過ぎる?
いっつも音痴隠すべく踏ん張り気味のサル顔ディートリッヒ・フィッシャー=ディースカウ
アタシの耳と目にゃ、このオッサンが何で世界最高のドイツリート歌手と謳われたか、全然わからんわ
同じサル顔なら、トーマス・ハンプソンが好き♪☆




ケート嬢(嬢と書くのは、敬意を表してだよ)も、ベルリン・ドイツ・オペラ日本公演に参加
♪フィガロの結婚、伯爵夫人の小間使いスザンナを演唱した
何回目かの公演後、同じ年格好の日本人男性と会話した結果
「まァまァ、我々の公演をお聴きになるため、野宿されてますの?それは大変ですね
有難いお話ですこと。お礼に、これから我々と一緒にお食事、如何ですか?」




相手の男性、その当時には引退していたが、名前を言えば誰でも知ってるホテルのオーナー
家がSP、LPでパンパンに腫れ上がり、いつ家屋傾いても不思議じゃない蒐集家いうほど、カネ持ちなの
それでもベルリン・ドイツ・オペラ日本公演には、安い席での観劇するべく
安い席は東京でしか買えないため?上京して、上野公園で寝泊まり
いざ本番の時も、これまた上野公園で寝泊まり
どちらとも冬や秋にしては暖かく、風邪ひかずに済んだんだけど、アラフォー親父がようやるわい
その無謀ぶりも、音楽を愛する故に。そうケート嬢は評価してくれたのね
大勢いるファンの中、見ず知らずの男性に、何人かと一緒とはいえ食事に誘うなんて…
「エリカ・ケートな、ホンマ、優しいオバハンやったで~」
30年余り経った1990年代半ば、中年から爺さんと化した元ホテルオーナーは嬉々と回想した
毎日会館の一画、タバコ吸いまくりOKなので煙だらけの、≪ワルツ堂≫の怪しげな奥空間で
さよう、元ホテルオーナー爺さん、≪ワルツ堂≫常連軍団の一人なのぉ




この爺さん、年金の心配なんか不要の余生送れる優雅なご身分
高齢なのにやたら元気で、レコード蒐集の他、バイク乗り回す日々を送っていた
「梅田から難波まで送ったるわ~。ホレホレ、後ろ乗れ」
30歳前のうら若きmathichenさんにヘルメット渡し、ブイブイ暴走族、神さんと悪魔に誓って実話だよーだ




爺さん、もおあの世にお呼びかかったやろな
名前、何だっけ?忘れた~
生きとって、この記事見てたら、≪Waltyクラシカル≫まで連絡頂戴ませませ~
≪Walty堂島≫時代に撮られた写真載せとくから、ボケてない限り、アタクシとわかるでしょ~
【三面記事でないのが幸い】(2010年2月11日)




mathichenの徒然なるままに-旧Walty日経MJ取材

mathichenの徒然なるままに-mathichen新聞デビュー




他のWalty常連軍団、これ見ても自分の胸にしまっとけよッ
本人おらへんかったら、何を尾ヒレつけて茶飲みネタにするかわからんよってに、ホンマ~




記事題名は、ブリっ子ツェルリーナ好かんよって、孤高のドンナ・エルヴィーラよりパクリ
Pilar Lorengar in Don Giovanni - Wolfgang Amadeus Mozart ( Ah chi mi dice mai )


更新意欲はあるのに、ネタがない
ネタある場合、遅筆でノリスケ困らせるイササカ先生がひれ伏すほど速筆だ
昨日、FC2別館記事に登場した、ドイツの歌姫。彼女でアメブロ別荘記事書いたれと、今日の昼下がりに決めた




mathichenの徒然なるままに-Anja Silja

mathichenの徒然なるままに-Anja Silja & Wieland Wagner

アニャ・シリヤAnja Silja、pronounced [ˈanja ˈzɪlja] 1940年4月17日 - )は、ドイツの歌手(ソプラノ)。

わずか10歳で舞台に立ち、一種の「歌姫伝説」的な半世紀を超えるキャリアにおいてワーグナーをはじめとする広大なレパートリーを築き上げ、歌唱はもちろんのこと、オペラ役者としても傑出した能力を持つ歌手の一人として知られる。

名前の日本語表記は特に一定はしておらず、例えば「アニア・シリア」という表記も見られる。

役者を両親に持ったシリヤは祖父に師事し、早くから音楽の才能を見せる。10歳で初めてコンサートに出演し「神童」として注目される。やろうと思えばシャーリー・テンプルのようにハリウッドで子役として活躍することも可能だったが、祖父がこれを断った。それでも、シリヤは戦後のドイツで有名な存在となった。神童時代はおよそ5年間続き、大人のレパートリーを次々に歌ったが、プッチーニの『トスカ』と『蝶々夫人』、ヴェルディ『椿姫』、リヒャルト・シュトラウス『ナクソス島のアリアドネ』のツェルビネッタはさすがに無理であった。1956年、シリヤは16歳の誕生日を迎えてから間もなく、ブラウンシュヴァイクにおいてロッシーニ『セビリアの理髪師』のロジーナ役で正式にデビュー。1959年にはウィーン国立歌劇場とエクサン・プロヴァンス音楽祭にお目見えしてモーツァルト『魔笛』の夜の女王を演じた。このころはヴェルディ『イル・トロヴァトーレ』のレオノーラ、マスカーニ『カヴァレリア・ルスティカーナ』のサントゥッツァ、オッフェンバック『ホフマン物語』の第4のヒロイン、『後宮からの誘拐』のコンスタンツェおよび『コジ・ファン・トゥッテ』のフィオルティージといった役柄も演じていた。

1960年、シリヤはさらに大きな舞台に立つ。この年のバイロイト音楽祭での演目の一つである『さまよえるオランダ人』でゼンタ役にキャスティングされていたレオニー・リザネクが突然音楽祭から去り、リザネクの代役としてシリヤが選ばれた。このバイロイト出演を機に、当時の音楽監督ヴィーラント・ワーグナーと恋愛関係に落ち、ヴィーラントもまたシリヤの才能を認めた。バイロイトではゼンタのほか、『ローエングリン』のエルザ、『タンホイザー』のエリーザベトあるいはヴェーヌス、および『ニュルンベルクのマイスタージンガー』のエファの役柄で出演し、バイロイト以外でもヴィーラント演出による『トリスタンとイゾルデ』のイゾルデ、『指環』のブリュンヒルデ、ベートーヴェン『フィデリオ』のレオノーレ(フィデリオ)、リヒャルト・シュトラウス『エレクトラ』と『サロメ』のタイトル・ロール、さらにはベルク『ヴォツェック』のマリーと『ルル』のルルとして出演した。特に『ルル』はヴィーラントが生涯の最後に手掛けた演出作品であり、「6年間で36公演歌った」とシリヤは回想する。また、いわゆる「新バイロイト様式」による演出が常に論争を巻き起こしていたヴィーラントの演出にも影響を与えたとも回想し、「より人間性を強調するようになった」としている。しかし、ヴィーラントとの関係は突然終わる。1966年10月17日、ヴィーラントはミュンヘンにおいて49歳の若さで急死し、当時26歳のシリヤはショックのあまりワーグナー作品との距離を置くこととなる。ヴィーラント急逝の翌年1967年に開かれた大阪国際フェスティバルにおけるバイロイト音楽祭公演では、ヴィーラントが遺した演出による『ワルキューレ』でブリュンヒルデを演じたが、バイロイト音楽祭への出演は、大阪国際フェスティバルでの公演を含むこの1967年が最後となった。バイロイトでは、ヴィーラントが手掛けた作品のうち3つを除いた34公演に出演した。ヴィーラントを失ったシリヤは、1955年以降バイロイト音楽祭に出演していた指揮者のアンドレ・クリュイタンスと関係を持つこととなった。ところが、「ヴィーラントを通じて知り合った」クリュイタンスとの仲も、1967年6月3日にクリュイタンスがパリで急死したことにより不運の結末となった。シリヤによれば、ヴィーラントおよびクリュイタンスの訃報を聞いたのは、どちらもウィーンで公演中のことであった。ヴィーラントとクリュイタンスに死に別れた当時27歳のシリヤは早い引退をも模索するが、やがて立ち直り新たなレパートリーを加えることとなった。なお、シリヤはパリのクリュイタンスの自宅をのちに購入し、そこに住んでいる。

( Wikipedia:『アニャ・シリヤ』より引用 )




YouTube文字リンクするため、敢えて長い引用したの。マジ疲れた。リンクない演目は各自で検索頼む
画像上は、バイロイト音楽祭♪さまよえるオランダ人第二幕より
画像下は、ヴィーラント・ワーグナーと…何デレデレし合ってんのさ~




アンドレ・クリュイタンスとの関係については、比較的最近知って、思わずワロタ
だって、ヴィーラントから眼鏡外してみな…よ~く似てるじゃん。眼鏡かければ、双子か級
Andre Cluytens in rehearsal Tannhauser at Bayreuth 1965
シリヤちゃん、貴女やっぱ、ファザコンでしたか
1970年代初頭に結婚し、1990年代まで連れ添った旦那さん、クリストフ・フォン・ドホナーニ
え~と、1967年、ハンブルク国立歌劇場か、ヴェルディのマクベス夫人代役として出演時に知り合った?
何処の劇場であれ、マクベス夫人歌う場面あるかって?
Anja Silja sings "Vieni! T'affretta" from Macbeth by Verdi
Anja Silja sings "La luce langue" from Macbeth by Verdi
彼は、1929年9月8日生まれ、11歳年上のバツイチ子持ちであった…親父趣味としか思えん
三浦淳史著‘レコードを聴くひととき ぱあと2’(1983年、東京創元社発行)
コラム題名:『ミニの女王の隠れたるロマンス』
ここに、私生児として生まれたと書かれてある。お祖父ちゃんっ子だし、オッサン好きわかるわ
なお、旦那さんの連れ子にしては、継母に似ている義理の息子も笑える
Justus von Dohnányi Sings For Lauren Francesca




現代オペラ界はそれこそモデルばりの美男美女がわんさか活躍してるが
1960年代には、白熊とアマゾネスだらけの中、若きシリヤちゃんは美女中の美女であった
貧乳通り越してエグレた胸ながら(参照)、スラリとした長身で、何より舞台人として必要不可欠な華を持つ
当時の(西)ドイツの週刊誌や画報にカヴァー・ガールとしてひっぱりだこで
大流行していたミニスカートを履き、赤いジャガー乗り回す、ドイツの若い世代の憧憬の的ながらも
サッカー選手でいえばジョージ・ベスト的存在だったと推測される、AKBが束で挑んでも勝てん真のアイドルよ
フランクフルト歌劇場が特にシリヤちゃんのために上演した、ヴェルディの♪椿姫
シリヤちゃんはこの舞台において、3オクターヴ半の強力な声域を披露したのみならず
主人公が下層階級出身であることを強調した官能的な演唱をやってのけ
雌虎から悲劇のヒロインへ早変わりする目もあやな演技力を発揮し
男性陣を悩殺するわ、女性陣は終演後のお食事タイムにシリヤちゃんの物真似始めて彼氏をビビらせるわ
と書けば、どんだけカリスマ的存在であったか、よ~く知れるわな




1960年代のシリヤちゃんは全盛期にあったが、将来を心配する声が聞かれた
10代の若さにして、ドラマティック・ソプラノの領域で、声を酷使しており
バイロイト登場時、20歳頃すでに、声が痛んできている兆候が見られたためとのこと
1968年頃の英国‘Opera’誌を読むと、本人もワーグナーに偏り過ぎない配慮はしていた
けどさ、ヴィーラントのおっさん、カノジョを相当使いまくったしな~
Wikipediaに見られるように、ヴィーラントは弟ヴォルフガングと違い、祖父さん作品以外も手がけた他
ヴィーラントひょっとして、悪の本丸もとい聖地バイロイトでは叶わぬ夢の憂さ晴らしやってた?
ブリュンヒルデやイゾルデといった大役を、最愛の彼女に歌わせたいけど、そっちの役には超大物が鎮座してたし
男にとって何より一番、嫁が恐ろしいに決まってるし




そう、ヴィーラントは妻子持ちであり、シリヤちゃんはお妾さんだった
シリヤちゃんが19歳の時、ヴィーラントのオーディションを受け、二人の間に運命的な電流が通ったそうな
「わたくしは彼がわたくしの生涯で最も重要な人になりそうな気がしたわ」(彼女)
「私が初めて彼女を聴いた時、私が彼女に教えられるものは何もないということをその場で知った」(彼)
要するに、上下関係でなく、「いますぐ共同作業しちゃえッ」、芸術家として対等の立場にあったわけ
ヴィーラントは一族の反対を押し切り、祖父さんなら聖地の改革を理解してくれると信じ
無名のお嬢ちゃんを聖地の舞台に主役で上げたのみならず、ミュンヘンに愛の巣まで構えちゃった次第
祖父さんも、嫁おるのに、パトロネスや小猫の類と…血は争えん?
無論、嫁も黙ってはおらなんだ
亭主の生存中は静観していたのが、亭主の昇天(地獄落ち?)後、憎っくきドロボー猫への復讐劇に出たのよ
シリヤちゃんのミニスカ姿が、「男性出演者全員の気を散らす」
との理由で、バイロイトから締め出しの刑を言い渡したとさ
…嫁の気持ちもわかる、駄菓子歌詞だ、何とも見苦しい展開だねぇ
最晩年のヴィーラントは繊維腫という難病に冒されたが、シリヤちゃんの愛情に包まれ幸福そのもの
ヴィーラントとシリヤちゃんのいないバイロイトはもはや形骸に過ぎないという声まで上がったとなると
言わば王妃なのに、魅力的なドロボー猫にゃ勝てんを自覚していたから、苦し紛れに…しか見えんわ~




シリヤちゃんも長い目で見れば、幸福ね
70歳を過ぎた現在も現役で活躍。輝かしい経歴をいくらでも書いたろかという気は十分持つ
実際、当記事、1989年のヤナーチェク♪イェヌーファで書くはずが…を報告しておく
まァ、もしもヴィーラントとクリュイタンスに死別した27歳で引退していたとしても
天才ヴィーラント・ワーグナーの芸術を熟成させた一頁だけで、女神冥利に尽きる、そんで当記事良かろ




最後に、シリヤちゃんとヴィーラントに関する微笑ましいエピソードを一つ




何年のバイロイト公演だったかしらん忘れた、人から借りた資料は大昔に返した、正確には書けん
シリヤちゃんが♪タンホイザーに、清純なエリーザベトでなく艶っぽいヴェーヌスでの出演時のこと
ヴェーヌスは第一幕前半と第三幕幕切れ近くに歌うだけ
バイロイト音楽祭は各幕間に1時間の休憩がある
従って、ヴェーヌス役の歌手は最低4時間くらい待機する計算になるかいな
長い待機をどう過ごすかは歌手によって異なると思うけど、普通、リスク避けて劇場周辺にノンビリでしょ
シリヤちゃんの場合、車を運転し、何キロか離れた音楽祭中の宿のある村まで出かけたのよ
村の小僧どもと一緒にミニゴルフ堪能したっつうから豪快な話だ
ただ遠方でないとはいえ、職場から目の届かない範囲にまでとなれば不測の事故も考えられ、考え物
さすがのヴィーラントも甘い顔しとれん、戻ってきたら説教したると待ち構えてたら
シリヤちゃんは余裕持って職場に戻った上、文句つけようない演唱見せたため
そりゃま待機時間をこう過ごせと上司は強制出来んし、ヴィーラントも振り上げかけた腕を下ろしたって~




以上の展開は、才能と実力を後世に伝えるシリヤちゃんなればこそ、許される話
職場を出会い系サイトみたいに考えてる程度のカネの亡者のくせに社会貢献気取り小娘どもの場合
どーせ嫁との泥試合になって、下手打ちゃ不当な解雇処分受ける、上司との不倫は止しとけよ
雑魚は雑魚らしく、せいぜい貞操守って、身分相応の青二才と貧乏共稼ぎ人生歩め


前記事【喜びには、哀しみ。涙を笑いのインクに…C'est la vie !】の続篇だよ
ただし純粋なる続篇でなく、mathichenさんが如何に高尚なる芸術家肌少女時代送ったかの証明よ~ん




PATRICK DEWAERE : Beau Père - Bande Annonce
前記事にデカデカ動画貼った、パトリック・ドヴェール主演映画ね
真剣な話、魚類っぽいデカイ目が格好イイじゃん、大好きだ~
この動画では見えない、胸毛の濃さもじゃ(エステ通い男なんて寒イボ立つ肉食体育会系でもある)




パトリック・ドベール(Patrick Dewaere, 1947年1月26日 - 1982年6月16日)はフランスの俳優。

来歴
フランス・ブルターニュ地域圏コート=ダルモール県サン=ブリユー生まれ。1950年代にデビューし、1970年代にはジャン=ポール・ラプノーやルネ・クレマン、クロード・ミレール、ジョルジュ・ロートネル、マルコ・ベロッキオ、ベルトラン・ブリエなどの作品に出演し、セザール賞に6回ノミネートされるなどフランス映画界の有望株で将来を最も期待された俳優であったが、1982年にライフル自殺を遂げる。キャリアもうまく行っていた中での突然の自殺で衝撃を与えた。日本での公開作はそれ程多くなく知名度も共演回数の多かったドパルデューに比べ低い。

女優のミュウ=ミュウとの間に娘がいる。

( Wikipedia:『パトリック・ドベール』より引用 )




ドヴェールの詳細な経歴知りたけりゃ、http://fr.wikipedia.org/wiki/Patrick_Dewaere
海外旅行も高学歴と同じく人間の常識なんだろ。英語だけでなくフランス語も理解出来ないとは言わせねえ~




彼女であったミュウ=ミュウ、すぐ脱ぐ変なギャルの印象強し
以下の映画のせいかしらん
といっても、次の動画にはミュウ=ミュウでなく、聖なる獣ジャンヌ・モローが登場する
『聖なる獣』、これは原語忘れたけど、美人じゃなくとも偉大なる女優を大絶賛する言葉、皆様ほれメモメモ








『バルスーズ』とは、標準フランス語で“ワルツを踊る女たち”のことだが
実はもう一つ“○○”を指す陰語であるという
“○○”とは?ウチは一応、18禁。でもハッキリ書くもんか。○○見て連想せよ
さよう、想像力豊かな方なら、男がブラ下げてる二個一の物体とおわかりよね




上段見ての通り、この映画、キワドイ場面多いの(Movie Walker参照)
動画もね、メッチャ強烈~。内容をザッと書くと…
20歳のプー太郎青年コンビ、ジャン・クロードとピエロが、ドライブの道中、40歳のジャンヌを拾った
女囚の生活を終えてシャバに出てきたばかりのジャンヌ、顔に合わず心はオンナらしい
「彼女こそ理想の女性だ!」。野郎ども、さすがは精神年齢高いフランス男の証明
その夜、お三人さんはヨロシクやり、野郎どもは幸福感に充たされた
しかし、世の中に絶望していた、また現役のオンナとしての問題感じたジャンヌは、一大決心を固める
何とまァ、人間生まれる時帝王切開でない限り誰しも通る女の道をピストルで撃ち、生命を断った
…表現ギリギリ抑えた、そんでも賢明なる皆様には一読しておわかりでしょ。ちゃう?




ズドン!と自分を撃ってこの世にオサラバする、か








1982年2月6日いうことは、mathichenさんが、16歳と5日迎えた可愛い女子高生時代、太古の話
ドヴェールがこの後4ヶ月ちょいで自殺するとは夢にも思わなんだ
一体全体、何が彼をさうさせたか
http://www.youtube.com/results?search_query=Patrick+Dewaere&oq=Patrick+Dewaere&gs_l=youtube.3..35i39j0i19l5.6588.11945.0.14011.4.4.0.0.0.0.196.618.0j4.4.0...0.0...1ac.1.11.youtube.ojRDyPyLmFk
気の済むまでYouTube検索しまくって悩んでみる予定は未定




改めて顔見ると
Man's Road (Les Misérables)
アラララ、ここにも、ジェラール・ドパルデューいるよじゃなくて
ジョン・マルコヴィッチに似てる気するが




mathichenの徒然なるままに-mathichen誕生日ケーキ2013




この画像のスタンプ、執事にも似てない?
今年2月1日、正確には2日に食べた、アタクシの誕生日ケーキ作った野郎なの




おいサミュエル
言うとくけど、いや言うたけど、アタシの五男失格しとるからな(理由は自分の胸に当てて聞いてみろ)
六男に指名してあるアーセナル宮市君以下の扱い、つまり、店だけでなく宮市君のパシリでもある位置じゃ
五男に復活させて欲しけりゃ、彼女を後生大事にせえよ
いくらアタシがかつて可愛かったとはいえ、アノ彼女は現役で若くメッチャ可愛い綺麗過ぎる
アノ彼女に惚れてもろてる有難み忘れ、浮気してみい、シバキ回すからなッ
彼女逃がしてみい、後はないと覚悟しとけ
せやよって、彼女にもワイン飲ませてあげるんやないか
「フツツカにしてフシダラな息子ですが宜しくお願いします」とや
アタシの口に生クリームわんさかケーキを押し込もうとするなんざ
そーいうコトは、堅気なのに道で写真撮影お願いされるモテモテ彼女とやれ
誰からも声かけされる彼女を自慢に思うとるらしいが
自分の顔、鏡で見たことあるか
誰や?アタシにドイツ一緒に行きましょ言うたんは?
サミュエルと一緒に行ったら、不法移民に間違えられて、強制送還されるっちゅうねん~
つまり、そーいう風なツラ構えを自覚せよってのぉ
この間、せっかくドヴェールに似てると誉めてやろうとしたのに
「自分をズドン!なんて、気ィ悪いですや~ん」?
男前のドヴェールに似てるだけでも感謝しやがれ。こっちが気ィ悪いわ、もお~
オマエにゃ金輪際、ワイン飲ませへん。トイレの水飲んどけッ




冗談のような上段、全篇、実話ざます
世俗では、老若男女がお互いを地球外生物扱いしてマトモに話聞かんバカタレ多い中
サミュエルの場合、年齢に合わぬ古い映画観ている取り柄持つのよ
(昔々ジャンヌ・モローに食われた、‘エクソシスト’撮ったウィリアム・フリードキン作品含む)
47歳と25歳が、バルスーズの動画に勝るとも劣らない、お下品ながらも芸術的場面と思わんかしらん




すっかり支離滅裂になり、そのまま終わる当記事の題名は
フランスの映画監督、フランソワ・トリュフォーとジャン=リュック・ゴダール作品よりのパクリ
前者は、♪つむじ風の意味持つJeanne Moreau - Le Tourbillonが主題歌
後者は、何となく、ドヴェールの最期に当てはまる気がしたため


少し具合いくない!
でも気分転換にブログ更新しよっと
まだまだ残暑続くとはいえ、一応は秋、芸術に親しめよの季節ネタでね




mathichenさんは独逸人だから、ワーグナー狂
駄菓子歌詞だ、映画では何を隠そう、仲悪の隣国、フランス映画が大好きなのさ




フランス映画といえば、古来より日本の皆様にも親しまれてる
平成生まれや、それに近い精神年齢の、お子ちゃまな皆様ご存知?
物ブッ壊れるとか、アカデミー賞狙いのクサイ演技ドラマとか、ハリウッド映画に親しんだには理解不能?
嘘だと思うなら、頭の体操代わりに検索して映画史研究しとくれ




一口にフランス映画といっても、一人で何十口持ってそうなオシャベリ大国芸術の一環を担う
奥深いフランス映画を語り尽くすには、半世紀は要すると踏んだ
そこで、男女の好いたハレタ大国に相応しい、ニッポンでは作れそうで作れない作品を厳選する
何故、ニッポンでは作れそうで作れない?
観りゃわかるよ…








ベルトラン・ブリエ監督の1981年カンヌ映画祭出品作なんだけどね
これ、日本では劇場公開されなかったの
1970年代に不振続いたフランス映画への不信のせいか
1980年頃には、少なくとも本国及び欧米では、破竹の勢いでの復興と評価を見せていたにもかかわらずよ
米国映画なんてその頃、組合がストを張り、メジャー系製作が低迷
日本に輸入されるの、マイナー系低予算ホラーだらけ
思い出すだけでメッチャ腹立つわだけに、YouTubeのおかげ様、長生きはするもんだを人生約半世紀に実感中




どんな内容の映画か?




Rémi (Patrick Dewaere) is a struggling pianist with a wife named Martine (Nicole Garcia), a model who is getting too old to find desirable work, and a 14-year-old stepdaughter Marion (Ariel Besse). When Martine is killed in a car crash, Marion expresses her desire to stay with Rémi in their apartment, but is taken away by her father Charly (Maurice Ronet), an alcoholic who dislikes Rémi. Marion comes back, much to her father's disapproval, and takes up babysitting to help make ends meet while Rémi gives piano lessons. Soon, Marion tells Rémi she is physically attracted to him, but he resists her advances because of her young age.

When Marion proves to be ailing, she is sent to the mountains while Rémi loses his apartment and moves in with friends. A broken man, he meets with Marion and they have sex in a hotel. She comes back to live with him in a new home, and although he first resists any more sex, gradually gives in. While visiting, Marion's father at one point sees the two embrace. He asks them if they are having an affair, but when Rémi objects, Charly apologizes and leaves. Eventually Rémi takes interest in an older woman, Charlotte (Nathalie Baye), who is also a more skilled piano player, while Marion also seeks out a substitute for him and moves back in with her father.

( Wikipedia:『Beau-père』より引用 )




「いまは皆、大学卒業するのが、人間の常識だ」とエラソーにぬかすなら、皆理解出来るはず、ちゃう?




日本語でザッと書くと…
30歳の男性ピアニストが、子連れのモデルと結婚した
望ましい仕事取るには厳しくなりつつある妻ということは、30代半ばくらい?
継娘が14歳を考えれば、母親は40歳の声とアンチエージング心配するお年頃には違いない
その妻が自動車事故死した後、継娘は実父いるのに、若い継父と暮らすと言い出す
14歳といえば、魔の年齢。精神年齢高いフランス娘の場合、小悪魔を通り越して悪魔に近い
案の定、やってくれおった…パパが誘惑に負けちゃった~
最後には、パパが、これも精神年齢高いフランス野郎らしく、熟女に走ってくれるので、メデタシメデタシ
ながらも…実父の元に引き取られる継娘、アナタひょっとして…パパの代役探しの気配?




アリエル・ベスちゃん、確か素人だったっけ、当時ホンマに14歳
オンナは少女であっても女である、魔性の生き物そのものじゃ
その辺の、言うまでもなく米国及び実質的植民地極東島国、皆観とけ
逆立ちしたって、束になって挑んだって、何世紀かかったって、無駄ムダお呼びでな~い
若作りアラフォー女優や、幼稚園児みたいな衣装のユニットなんぞ、永遠の小娘であるを思い知れ




パトリック・ドヴェール、一つ間違えれば、助平親父に堕する濃い顔
魚類っぽいデカイ目が好きだったのにぃ(ベスちゃんも、魚類っぽいデカイ目が可愛い~)
1982年、亨年35歳の若さで、何で猟銃自殺したのよぉ
生きてりゃ、66歳。爺さんなりに男の色気出せる実力持ってたのに、残念無念




30歳前後の野郎と、思春期娘といえば、次のフランス映画を思い出した…





ステファン(ジャン=ユーグ・アングラード)は父ヴィリエ(クロード・リッシュ)の小児病院で働く青年医師。腕は立つし子供にも優しいが、女好きで軽薄な生活が玉に傷。恋人のカンディス(カルメン・チャップリン)にふられた日の深夜、彼の家の前にエヴァ(ジュリア・マリヴァル)という少女が座っていた。彼は家に泊めてやるが、彼女にさんざん振り回されることになる。実は彼女は幼いころから脳動脈瘤を患って命に関わり、かといって切除すれば失明確実という危険な状態だった。情緒の不安定なエヴァはステファンに診てもらわなくては嫌だと騒いで病院を脱走する。ステファンは父や同僚の反対を押し切って彼女を家に置いてやり、ピアノの才能に恵まれ、感受性豊かで愛らしいエヴァの人生を守る手段を模索する。昔病院にいたアルノー(ジャン=フランソワ・ステヴナン)の提唱した治療法なら、エヴァは視力を失わないで済むかもしれない。だがアルノーはその独創的な発想がヴィリエに疎まれて病院を追われた男だ。ステファンは国際赤十字のシャルヴェ教授(アヌーク・エーメ)を通じてアルノーと接触する。ついにエヴァが倒れ、昏睡状態になった。ヴィリエは手術を命じるが、ステファンは独断でアルノーを呼び、手術を成功させた。だがステファンはそのまま姿を消す。8年後、シャルヴェとともに南米の小児医療で活躍するステファンは国際会議でセヴィリアに来ていた。そこで20歳に成長してピアニストになったエヴァのコンサートがあり、彼も会場へ行った。

( MovieWalker:『世界で一番好きな人』より引用 )




エヴァはスペイン系、さすは情熱の国血をひく?
彼女の祖父さんまでがステファンのアパートに押しかけてくる場面、泣けたわ
孫娘抱え、写真見せながら、「この子はな、6歳の時からアンタに惚れてんだよぉ」
ステファンは研修医時代、小児科病棟に入院中のエヴァを抱っこしツーショット撮影していた
幼くして父親と死に別れていた影響もあるだろうが、大人のステファンに一目惚れしたエヴァ
現在12歳だから、人生の半分を恋煩いしていた計算になる
やっぱ、オンナは少女であっても女であるのね




ステファンが姿を消す、何故?
ひょっとして…アンタ、エヴァに手を出すの、お縄食らわんでもいい年齢まで待ってた?
邪推は無粋、エヴァの内面の成熟待っていたにしとこにしておき
20歳のエヴァは正直な感想、ブサイクに近いけど(参照。ホクロの位置も違うような?)
遂に想いが実るのは、女好きで軽薄なステファンの人生を180度真面目に変えてやったご褒美でしょ




どちらの映画も、観ての通り
コミック調だから、日本で扱うと淫靡で暗く18禁になる不道徳なお話が楽しく観られるわけ




上質な喜劇とは、実は重い内容でも笑わせる力持つ者だけが成功させられる
喜劇と悲劇は表裏一体、人生の機微を知る者と換言してもいい




フランスはモリエール生んだ国だから、極上の人間悲喜劇を描けるのよ


かなり以前に見たヤホージャパン【みんなのアンテナ】より2件
人生約半世紀にしてはサイコーの部類を誇る記憶力、でも質問題名忘れ検索メンドクサイため、ザッと書くと




(質問その壱)
質問者は、20歳前後のヤンママ
幼い娘いるが、妻に執着する同世代の夫との生活に不安覚えた
自分は母子家庭育ちなので、お父さんいる家庭に憧れており、離婚はしたくないという
ベストアンサーさんは、叱りつつも優しく諭していたけど
ベストアンサー以外の回答の中に
「旦那さんがアナタを手放さないため、妊娠させられたと書いていますが
犯罪的な経緯でないのに、甘えたこと言うものではありません
アナタがそんなに子供欲しくなかったのであれば、回避する方法は取れたはずです
アナタ自身が、妊娠するかもしれない状況を許したのです
母子家庭が皆歪んでいるわけでないのに、子供がアナタのような倫理観持っていない人の場合
「最低限度の躾けすら受けていない、オシリ軽い子だね」「頭軽いから、簡単に家庭壊せるんだね」
母親も低水準だから、子供も両親揃った価値観の本当の意味知らないまま成長し歪んでいるのだ
と見なされる家庭多いのです
正直な感想、アナタのような人が多くいるから、迷惑する母子家庭が多く生まれ、腹立たしい」




(質問その弐)
質問者は、20代半ばの男性
同世代の彼女から妊娠を告げられ、彼女に結婚を申し出た
すると彼女は、「結婚なんて、トンデモナイ。母子手当受けられなくなるじゃん」
彼女は何とまァ、行政にオンブ抱っこして楽チンに暮らそうの魂胆でいた
顛末は…ベストアンサー他、回答忘れた、不明のまま許せ




質問その弐に関してアタクシは正直な感想、「お兄さん、助かったね。ラッキーじゃん」
彼女が母子手当の言わば不正受給には腹立たしいものの
人間腐った低脳ぶりを、彼が法的に束縛受ける前に判明したのは、儲けもんじゃん
というのも、アタクシ、この質問以上に恐ろしい実話知ってるからよ




実話の主人公、アラフォーのAさん
アタクシは、共通の友人Bさんを介して話したことある
詳細はAさん自身からでなく、後日、一部始終知るBさんから聞いたを前置きして…




A自身、心に隙があったのは認めてます
しかしながら、Aが女に騙されたのは事実です
最悪の部類に入る女でしたよ




Aの妻はキャバ嬢で、Aが熱上げる格好になり、デキ婚に至りました
世間に珍しくない話ですが、Aの妻の場合は計画的であったのが…
離婚調停の際、妻の悪辣さが知れ、許せません




mathichenさんもご存知の通り
Aは、大手企業に入る会社の、出張が主な部署で働いてます
日常、妻子だけで過ごす。仕事の都合上、致し方ない話
ところが、Aの妻は調停の場に、夫の留守がちを持ち出し
「手のかかる赤ん坊いるのに、夫が育児放棄し、家庭を全く顧みない」
という具合に、妻が家庭崩壊の被害者であるを主張しました
日本は親権争いにおいて、父親による養育環境が整っていても、母性信仰が強いですよね
子供の年齢が低ければ低いほど、父親が親権獲得する率も低くなります
不倫犯すような有責の母親でも条件次第、親権獲得はさほど難しくありません
日本の法律は狂ってるというか倫理観の低さを、Aの妻は巧みに利用したのです
Aは高額の慰謝料を請求され、これまた高額の養育費を子供の成人まで義務付けられました
Aの仕事考えれば、最初からカネ狙いであり、子供という葵の印籠を盾にタカるわけですよ




Aは恐らく、生涯、子供に会えないでしょう
円満にでなく泥沼化して別れた夫婦って、まあ身勝手ですからね
子供の親権獲得した親が
子供と別居親を絶対会わせない環境を作って
自分が有責配偶者であるのに、離婚の被害者面を被り
身内とつるみ、別居親の悪口を吹き込む卑劣さ
そのようなケース、世間に多く見られるじゃないですか
A自身、モンスター母に洗脳されてるであろう子供に、もはや何も期待してませんよ




Aは頭を思いっ切り打たれ、昔と打って変わって、人間丸くなりました
母親を盲信し、見知らぬ他人に等しい父親を憎悪する子供のために
父親側もいまや関心薄い、彼もまた見知らぬ他人に等しい生物学上の子供のために
出張とカネを送る日々です




アタクシはBさんに、「デキ婚のデキというのは、子供出来たでなく、出来心の意味が重い」
デキ婚なんて、一時の気の迷いでしかないのよ
お下品な書き方すると、「便所行くまでションベン我慢でけへんほど、ガキなんか、カス」
円満に暮らしているデキ婚家庭は少なくないけど
自分がハシタナイ存在であるを自覚する謙虚さ見せるか、己の愚を全く自覚しないおサルか、どちらかでしょ
デキ婚を公言する奴は概ね、下半身の無責任を男の責任に置き換える、恥知らずよ
デキ婚から離婚した数も掃いて捨てるほど多いけど
前の離婚からの学習能力ゼロというか
当人は反省しているつもりが、本質見えていないため、再現フィルムされちゃう多いよね




以前から書くように
・子供いながら離婚しても許せるのは、親の射幸心より子供の将来を守る者
・子供の人生に関わる愚を犯しながら、「次行こう、次」を最優先させる奴など、心底、軽蔑する
・自分が罪深いを知るならば、修道院生活並みの地味な余生を送れ
・それが無理ならば、中古品同士に限定し、いまやプライスレスの初婚同士を減らすな
・相手が初婚を認めても中古品同士と同じく、自分が一番でなきゃ嫌の後妻や後夫もらうべからず
・上の行、前妻や前夫の有事に子供引き取る可能性持つ以上、別居親の義務でしょが
・親の義務を忘れ、ションベン我慢でけへんほど好いたハレタに狂騒する、みっともないんだよ




先述のBさん、デキ婚関係なくド派手な親権争い演じて離婚する母親について
「母子手当、あれ本当、何とかならないでしょうか
全部ダメというのでなく、離婚母や未婚の母は原則として除外し、世帯主との死別限定みたいにですよ
女手一つの救済を訴え受給しながら、昼間からパチンコやってるバカ母の類を断罪する必要あります
まあ母親に限らない悪行ですが、子供という葵の印籠を盾にタカる、最悪でしょう
その手の親は決して、子供を社会の宝として後世に送り出すべきと考えていません
親の思い通りに操る所有物としか考えていないのですよ
そう、mathichenさんの言われる通り、子供生み育てる意義を知らないのに、愛情に名を借りた虐待です」




Bさんは愛情に名を借りた虐待の例として
『ホームパーティでの最悪な思い出』(ヤホー知恵袋)
【子供の領分、大人の領分。未来の明暗分ける鍵】(2013年4月29日ヤホー本館)
これらに登場する、子供を全く叱らない親も挙げ、モンスター・ペアレント認定したわ




「子供のすることだから、大目に見てあげて」
他所様の子供にでなく自分の子供に『あげる』を使う知的水準の低さ教えてやるを書いといて
人間の本質は善かもしれないが、子供を性善論で教育するのは止せ
性善が前提だと、子供は生まれながらの賢人であり、先人が教え導く必要ないと言える
人間は完璧に作られてない以上、何か失敗は皆するよね
失敗して叱られなきゃ、何が悪かったのかの判断出来なくなる
2001年頃、電車の中で、金髪ヤンキーママ同士の一人が
「まだ2歳やから何言うても無理、10歳になっても走り回るわけないを教えてやってるのに
クソジジィ、いまのうちに躾ける必要ある言うんやで~」
至って正常な舅を罵倒する頭の悪さ発揮していた
早期にシバキ回す躾けしてないと、中坊になっても奇声上げて走り回るぞ
10歳にもなれば、その頃に走り回るなと怒鳴っても、「何で、いまさらやねん」、子供の拒否反応大きいしね
金髪ヤンキーママの子供もいま頃、中学の担任シバキ回す勢いちゃうか




とにかく、就学前に、基本は性悪論で徹底的に締め上げ、良く出来たら褒めてやるのが
思考力を養い、自信と個性を生むにつながると思う
その反面、Bさんと、「もう、手遅れか」
いまの時代、親自身が一度も叱られ経験持たず、正しい価値判断基準知らないが増えたの意味よ




一昔前、アタクシの中学同級女子の次女が小学校時代にも、ワケわからん母親いた
母親が精神鑑定かけたくなるほど問題で、子供の方は意外と素直というか同情の余地見られたので
次女が、母親を怖がって誰も近づかない友だちを庇っていたそう
これはまァ、子供が根っからのモンペ娘でないが幸いしたまでの話であり
一般的なモンスター・ファミリーは結局、誰も寄り付かなくなるものよ
彼らは自分たちが絶対正しいと信じ込んでいるだけに、改心はまず見込めず、始末に悪いでしょ




仮の話、行動を改め、改心したように見えたとして、本質は変わらないままであれば
最終的には、Aさんのキャバ妻みたいな、モンスター妻やモンスター夫がより増殖するんじゃないの?




親の勧める世間も認める立派な釣書持つ相手と、順番守って結婚したって、DV夫やモラ妻の出現はある
さればこそ、安易に相手を選び、ノリでくっついたり、世間体繕うべき状況生んだり、もっと怖いのよ
好いたハレタを全面否定しないけど、見た目に騙されションベン我慢出来ん状況は絶対に避けるべし