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mathichenの徒然なるままに

mathichenの酔いどれ日記【Hatena版】
https://mathichen.hatenablog.com/
ココに常駐中


【2月19日 AFP】女優イザベラ・ロッセリーニ(Isabella Rossellini、57)は18日、デヴィッド・リンチ(David Lynch)監督との恋愛関係が終わった後、精神的に大きなダメージを受け心理療法を受けていたことを、独週刊紙「ツァイト(Die Zeit)」のインタビューで明かした。

 ロッセリーニは、映画『カサブランカ(Casablanca)』で知られる名女優イングリッド・バーグマン(Ingrid Bergman)とイタリア人の映画監督ロベルト・ロッセリーニ(Roberto Rossellini)の娘。1986年にリンチ監督の代表作『ブルーベルベット(Blue Velvet)』に出演し、その後、監督と恋愛関係を続けていた。その前にマーティン・スコセッシ(Martin Scorsese)監督と結婚していたこともある。

「デヴィッドは私の人生で最愛の人。私が彼を愛したように彼も私を愛してくれていると思いこんでいた。でもそれは間違っていた。『私たち2人は幸福なカップルなのだ』と直感で感じていたけれど、そうではなかった」。ロッセリーニはインタビューでこう語った。

 また「同じ経験をした他の女性たちと話をしたり、心理療法を受けたりしたが、結局(心の痛みをいやすのに)一番役立ったのは時の流れだった」とも述べている。(c)AFP


( 出典先:AFPBB News )


記事題名は某映画名台詞よりパクリました

母親バーグマンの名言「私が後悔することは、しなかったことであり、できなかったことではない」

これにピタリ合いませんかね


イザベラも57歳とは、年月の流れの早いこと速いこと

40歳の頃、高齢を理由に化粧品だか服飾だかのモデル契約打ち切りの憂き目に

57歳で↑の若々しさなら熟年ブランドでイケイケだと思いますけど

ちなみに、母親がほぼその年頃には


mathichenの徒然なるままに-オリエント急行殺人事件


現在の娘よりはフケ気味…f^_^;


まぁ苦労ジワという方向で

ロッセリーニ監督の映画を観て感動、すぐさま手紙を送り、ハリウッドも家庭も捨て非難轟々の嵐

長女ピアとも何年も会わず、親子の確執があったが、後に和解した経緯は、

亡くなる直前に発表された回想記を読んだ限り、長年に渡る厳しいものでした


デーヴィッド・リンチ監督といえば、「猫の解体と組み立てが趣味」(@ ̄Д ̄@;)

どっかネジが常人とはかけ離れているのは、彼の娘ジェニファーのお墨付き

そんなんとラブラブになれるイザベラの情熱って、

母親譲りのDNAなのか、それとも単に類は友を呼ぶ的だったのか、さて(?_?)



【2月17日 AFP】アラブ首長国連邦(UAE)のドバイ(Dubai)で、2008年以来400回以上の交通違反を繰り返していたサウジアラビアの学生が、未払いだった総額35万6000ディルハム(約880万円)の罰金などを支払った。UAEの英字紙ハリージ・タイムズ(Khaleej Times)が15日、報じた。

 同紙や別の英字紙ガルフ・ニューズ(Gulf News)によると、この学生は2年間にわたって警察から逃げ回っていたがついに捕まり、「通常の」罰金25万6000ディルハム(約630万円)に加え、押収された四輪駆動車の返還費用として10万ディルハム(約250万円)も支払わされたという。

 しかし、愛車が戻ってきても、この学生にとってはあまり意味がない。警察は免許停止にしたからだ。(c)AFP

( 出典先;AFPBB News )

~OPECの盟主的存在であり、石油などの天然資源の掘削と輸出が主な外貨獲得源(石油が外貨収入の約90%を占めている)となっている他、これらで獲得した外貨を世界各国で投資、運用している。

しかしながら製造業などは小規模なものしか存在せず、また巡礼者や業務渡航以外の一般観光客を受け入れていないことから、観光業による外貨獲得も非常に低い。この為、近年では政府主導でITなどを中心とした経済多角化を進めているが、依然として天然資源開発関連以外の分野においては外国資本導入が進んでいない。~

( Wikipedia:『サウジアラビア』より引用 )

学生ということは20歳前後ですかね
親は40代半ば、つまり1960年代生まれが普通でしょう

1970年代の世界的石油危機の際に、サウジは原油輸出でボロ儲けしました
その利益を国民に分配システム、いまも続く、まあ有難ーい話

ただ当時の子供たちは、贅沢や飽食に育てられてしまい、
「汗水垂らして働くなんてバカらしいぜい」の負の連鎖が始まったといいます

いまの20~30歳の世代は、「公務員以外はヤなこった」
公務員?決まった時間を適当に過ごしても給料出る国家の寄生虫に?
その親ときたら、「お小遣いあげてるから安いお給料で働くなんて必要ありませんよ」
小遣いは確か、日本円で30万はザラとか
で、毎日のように欧州ブランド品買うやら自家用機で遊びまくるやらがワンサカ
ババっちい仕事に従事する外国からの出稼ぎ労働者を何とも考えずに

かと思えば、ヒマな大学生がネットでイラク情勢に義憤っぽいものを感じ、
止せばいいのに「打倒!アメリカ」と出かけ、殉教ならぬ野垂れ死にも

カタールは、国全体で何十年後かの資源枯渇を見据え、産業起こしに精を出しています
サウジの王様も現状を憂い先々を考えてはおられるものの、
国の中核となるべき世代が小皇帝だらけじゃぁ頭痛の日々は続く…







【2月14日 AFP】11歳で誘拐され18年間監禁されていた米カリフォルニア(California)州のジェイシー・リー・ドゥガード(Jaycee Lee Dugard)さん(29)が監禁中に記していた日記の一部から、ドゥガードさんが1人きりで孤独に苦悩していた日々が明らかになった。

 ドゥガードさんは18年間にわたり、フィリップ・ガリドー(Phillip Garrido)被告の裏庭の小屋に監禁されていたが、前年8月に発見されて世界中のメディアで話題となった。ドゥガードさんとガリドー被告との間には、2人の子どもが生まれた。

 ドゥガードさんの日記の抜粋は、検察側の資料として裁判所に提出された。ガリドー被告の弁護人がドゥガードさんと直接連絡をとろうとドゥガードさんの居所を探したことに反対するために提出されたもので、エルドラド(El Dorado)郡検察のバーン・ピアソン(Vern Pierson)検事は、ドゥガードさんがガリドー被告と連絡をとりたがっていないことはドゥガードさんの日記から明らかだと主張した。

 日記には、ガリドー被告に対する恐怖や、被告から自由になることへの絶望、また、ガリドー被告と被告の妻が200ドル(約1万8000円)の子ネコを買い与えてドゥガードさんを巧みに操ろうとした様子がつづられていた。

 米国の各社報道によると、ドゥガードさんは2004年の日記の中で「なんで自分の人生を自分で決められないの!自分の考えでさえ、それが自分のものかどうか確信が持てない」と記したという。

■自由への切望

 1993年の日記には、当時13歳だったドゥガードさんが、ガリドー被告夫婦がプレゼントしたペットに感謝している様子が描かれていた。「彼らは、ほかの誰もしてくれないことをしてくれた。200ドルも払って、わたしに子ネコを買ってくれた」

 それから10年後の2003年9月の日記には、ドゥガードさんの自由になることへの切望と、ガリドー被告への複雑な感情が明かされていた。

「彼を傷つけたくない。ときどき、わたしの存在が彼を傷つけているようにみえる」とドゥガードさんは告白した。「だとすれば、自由になりたいという気持ちを、どうやって彼に伝えればよいのだろう。わたしが願うだけで、自由がやってくればいいのに」

「家族がいることを伝えるのは自由。でも、これをできる限り抑え込めば、彼に苦しみを与えないで済む。自由」。

 しかし2004年後半ごろには、ドゥガードさんは気力を維持するのが困難になっていた。

「沈んでいくような感覚」とドゥガードさんは記す。

「やっぱり自分の人生を自分で決めたい。自分のしたいようにするわたしの人生のはず。でも、また、彼が奪っていった」

 検察側によると、ガリドー被告は拘束時に綿密な計画を立て、ドゥガードさんも弁護士を雇うことで「双方の弁護士を通じて、法的な知識がなくとも、互いに連絡がとれるようにしよう」と考えていたという。

 ピアソン検事は、ガリドー被告を「マスター・マニピュレーター(人心操縦の達人)」と呼び、ドゥガードさんがガリドー被告と連絡をとりたくない意志を示していると語った。(c)AFP


( 出典先:AFPBB News )


米国での長期女性監禁事件というと、1977年に起きたKidnapping of Colleen Stan が浮かびます

‘完璧な犠牲者’(クリスティーン・マクガイア&カーラ・ノートン著) で知られる事件です


20歳にしてはまだおとなしく従順なコリーン。拉致監禁にドンピシャリ型

数ヶ月間全く物を見る事も出来ない状態に置かれた後に、嘘八百の女性売買システムを吹き込まれた

イチコロで信じた。犯人夫婦を頼りにすることも覚えた


そんな彼女でも意思は残されていたんですね

クリスマスに何が欲しいかと聞かれ、本当に貰った聖書、これを心の糧に読む日々

旧約の詩編で好むものなどを見ると、『複雑な感情』が渦巻いていたのが見て取れます

罪の意識その他に堪えかねた犯人の嫁から『真実』を知らされた時には、

虚脱感で沈んでいくような感覚に近かったでしょう

女二人と犯人夫婦の娘たちで何とか逃げ出しました。でも、自分を取り戻すのには時間を要しました


この本を読んだのは、2000年夏。新潟の少女監禁事件が発覚した年

あの少女は小学生段階で教育が止まっていたので読み書きもその程度だったそうですが、

監禁中に独り書き続けていたのは、『忘れないために』自分の名前であったといいます

沈んでいくような感覚とそれに抗う力が交錯していたのでしょうか…






【2月12日 AFP】恋人と別れたいが、別れを切り出す勇気がない? それならば、ベルリン(Berlin)で会社「セパレート・エージェンシー(Separation Agency)」を営むベルント・ドレスラー(Bernd Dressler)氏にお願いしよう。「別れさせ屋」の彼なら、静かに、そして効率的に、嫌な仕事を引き受けてくれる。

 バレンタインデーも近いある日のこと、ドレスラー氏はベルリンの飾り気のない事務所で、AFPのインタビューに応じてくれた。上品な雰囲気を漂わせ、年齢は50代といったところ。仕事の手順を淡々と説明してくれた。「ドアをノックして、自己紹介し、わたしの依頼人があなたと別れたがっていると伝えます。所要時間は2分、しかも玄関先で済みます」
 
 ドレスラー氏は感傷的になるタイプではない。涙やヒステリーもなし。単なる仕事だ。「わたしはただのメッセンジャーです。関係を終わらせるのは自分ではなく、わたしを雇った依頼人なのですから」 

 もともと保険会社に勤めていたドレスラー氏は3年前、米国で活況を呈するデートビジネスにヒントを得て、その真逆の別れさせ屋をオンラインで起業した。

 料金は前払い。依頼人はまず全4ページの契約書に、別れたい理由を3~4個ほど詳細に記載しなければならない。これは後で相手の当該人に見せ、「冗談」ではないことを分からせる上でも役立つという。

■4段階の値段設定

 依頼人は以下の4つの値段設定のサービスの中から選ぶことができる。

―「Let's be friends(友達でいましょう)」コース:29.95ユーロ(約3700円)。相手にとって「悪い知らせ」を電話でドライに伝える。

―「Leave me alone(わたしをほっといて)」コース:上と同額。2度と連絡してほしくないという強い意思を相手に伝える。

―「Break-up by letter(手紙でお別れ)」コース:39.95ユーロ(約4900円)。別れの手紙をドレスラー氏が書き、相手に送る。

―デラックス版「Personal break-up(代理人によるお別れ)」コース:64.95ユーロ(約8000円)。予告なしでドレスラー氏がじきじきに相手宅を訪問し、別れる意思を本人に伝える。

 別れの言葉の口調についても、「強く言う」「優しく言う」などから選択できる。

■「この世は使い捨て社会」

 ドイツは、離婚率が57%の離婚大国だ。そのため「離婚ビジネス」は花盛り。デュッセルドルフ(Duesseldorf)では今年、離婚専門の弁護士から財務コンサルタント、独身者デートサイトの運営人、栄養士までが集うドイツ初の「離婚フェア」も開催される。

 ドレスラー氏に依頼してくる人は、主に18歳から35歳。圧倒的に女性が多いという。「個人的には、別れるために誰かを雇うなんてことはしません。世代の違いですかね。今どきの若者たちはやや無責任だと感じています」

「この世は使い捨て社会です。コーラを飲んだら缶を捨てるのと同様に、パートナーに魅力を感じなくなったらポイ捨てして、新しい誰かを見つけるというわけです」・・・ドレスラー氏は悲しげに微笑んだ。

 ドレスラー氏の事業は拡大している。新たに、依頼人に代わって謝りたい人に謝るという「謝り屋」ビジネスを始めたということだ。(c)AFP/Yannick Pasquet

( 出典先:AFPBB News )

別れるために誰かを雇う。例えば暴力に悩む場合などには第三者の介在は必要です
商売自体は全くムダでは無いと思います

身の危険無い場合はやはり自分で解決しなされ
それをしない出来ないから、パートナー使い捨て社会になり、離婚大国脱却出来んのさ


Das doppelte Lottchen - Charlie und Louise

エーリッヒ・ケストナーの児童文学‘ふたりのロッテ’は何度も映画化されています
‘Charlie & Louise – Das doppelte Lottchen’、1994年のドイツ版が好きですね
1961年のディズニー系と違い、パパの意地悪な彼女みたいな余計なキャラなどが見られない
ベルリン住まいのチャーリー(パパ娘)とミュンヘン住まいのルイーズ(ママ娘)が入れ換わり、
徐々にパパとママの本当は寂しい心を知り、それとなく誘導して、
スコットランドまで家出と派手な騒動起こしたものの、パパとママが団結して家族内解決
そこがいい

何より、幕切れ場面が印象的でした
ママと暮らすことになった双子をミュンヘンまで送ったパパ、「休暇には会いに行くからな」
母娘が駅のホームを歩いていると、背後から電車の急停車音
チャーリーが「パパだ!」
パパは乗車後になって、チャーリーがそっと忍ばせたカードに気づき読んだら、
"Es gibt Momente im Leben, da muss man die Notbremse ziehen"
「人生には急停車する瞬間がある」(そんな意味?)、自分が娘によく言っていた言葉が
で、パパは緊急停車用のひもを引っ張り(それはハタ迷惑ながら…(゚_゚i))
ようやく『家』に帰って来られたのですわ

別れさせ屋とか謝り屋とかに頼る連中じゃ、めでたく縁切り出来て次の相手を見つけても、
何度でもカネをドブに捨てるだけ、いつまでも責任感も真の連れ合いも持てません
時間を要しても怒鳴り合いになっても、自分の言葉と姿勢が大事
昨日の【虚栄の果てに】と2本立てみたいなもの…

♪カヴァレリア・ルスティカーナは1時間半にも満たない上演時間なので、
同じくらいの長さであるレオンカヴァッロの♪道化師と2本立て上演が多いです

南イタリア・カラブリア地方のモンタルト村を訪れた旅回りの一座
一座の花形ネッダは、幼い頃母親と死別して道で行き倒れになっている所を座長カニオに救われ、
衣食住の面倒を見てもらい芸を仕込まれ、成長すると嫁になった
恩義は忘れていないものの、辛気くさいおっさん亭主との生活は空虚
「鳥のように空高く飛び自由に舞いたい!」
モンタルト村を訪れるたび、村の青年シルヴィオと逢瀬を重ね、駆け落ちの相談にまで至った

ネッダに横恋慕する道化師トニオは、彼女からすげなく扱われた腹いせで座長に密告
カニオは激怒のあまり半狂乱。だが、彼も道化師。お客が待っている。仮面をつけろ
芝居でのカニオの役回りは、寝取られ亭主。状況は台詞も含めカニオ自身と同じ
芝居と現実との見境がつかなくなり、「情夫の名を言え。俺はもう道化師ではない」
ネッダは危険を悟り逃げ出そうとするが、カニオは彼女を刺殺
「シルヴィオ、助けて!」。ネッダの最期の言葉によりシルヴィオもまたカニオに殺される
「芝居はこれでおしまいです」。カニオ(トニオの場合もあり)とつぶやいて、幕


Placido Domingo - Pagliacci - No, Pagliaccio non son

「愛してくれなくても、憐れみくらいは欲しかった…!」
仮面が剥がれつつあるカニオは自分の不満を漏らしたネッダにそう訴えかけますが
…カニオがネッダを『女として認め女として愛していたらば』、ネッダの心も違っていた?